映画や本を楽しんでいると、ふいに詩の一節や哲学者の言葉が挟まれることがあります。いわゆる「引用」です。
ここぞという場面でスッ…とイケてる引用があるとたまりません。とりあえず聖書が引用されると興奮します。小説の最初のページで、何気ない文章が引用されているのもカッコいいですね。
映画『インターステラー』では、宇宙へ旅立つ主人公に向けて、繰り返しこんな詩が引用されていました。
奮い立つ。ディラン・トマスという詩人の詩ですが、絶望に抗おうとする主人公の心情にバチリとハマります。
ああ、カッコいい。僕もこんな引用をしてみたい。映画をつくる機会はないから、せめて普段の会話の中で、
ただ名言を放つだけじゃない。インターステラーみたいに、その状況にズドンと刺さる華麗な引用をキメたいんです。そしてカッコいいと思われたいんです。
よって会話で引用をぶつけ合う「引用選手権」を開催します。
参加者はこの4人。
あらかじめ、引用したい作品でデッキを組んできてもらいました。
岡田のデッキ
・『HUNTER×HUNTER 32巻』(集英社)冨樫義博 著
・『星の王子さま』(新潮社)サン=テグジュペリ 著, 河野万里子 訳
・『パンセ』(中央公論新社)パスカル 著,前田陽一 他 訳
引用のしやすさという点で選びました。パスカルの『パンセ』は短文集なので探しやすい。『HUNTER×HUNTER』は会話が多い巻をチョイスしました。
恐山のデッキ
- 『人を動かす』(創元社)デールカーネギー著,山口博 訳
- 『ブッダのことば: スッタニパータ』(岩波書店)中村元 著
- 『いちご100% 19巻』(集英社) 河下水希 著
- 『天 ― 麻雀東西決戦 命運vs強運』(竹書房)福本伸行 著
- 『宮本武蔵(一) 』(講談社)吉川英治 著
引用って、要は権威に頼ることなんです。だから私は「権威」という観点で選びました。宗教の権威に、自己啓発の権威。恋愛の権威は、『いちご100%』です。
ヤスミノのデッキ
・『プリンセス刑事 生前退位と姫の恋』(文藝春秋)喜多喜久 著
・『これがニーチェだ』(講談社)永井均 著
・『デス博士の島その他の物語』(国書刊行会)ジーンウルフ 著, 浅倉久志 他 訳
・『バズーカ式「超効率」肉体改造メソッド』(PHP研究所)岡田隆 著
・『週刊新潮 2021年9月2日号』(新潮社)「週刊新潮」編集部
ジャンルの多様性を重視しました。哲学書は当然として、ミステリーやSF、週刊誌まであります。これでどんなトークテーマにも対応できるはず。
原宿のデッキ
・『矢沢永吉激論集 成りあがり』(角川書店)矢沢永吉 著
YAZAWA一冊で勝つ。
果たして会話中に引用できるのか?
引用選手権の開幕です!
まずはこちらのテーマから。
最初のテーマは、「無人島に1つ持って行くなら?」です。議論しながら、好きなタイミングで引用していきましょう。
無人島、か。よくある議題ですよね。
あんまり現実的になってもね、ナイフとか言っても、ね。
ボートとかもね、どうかと、ね。
ねえ…。
うん…。
いやいや…。
会話が始まらない。
無人島に持っていくとしたらねえ…。
ねえ。
これは…
しょうがない、僕からいきます。
では、無人島に何を持っていきますか?
やっぱり、「銭」ですね。
銭?
これはYAZAWAの本からの引用なんですけど。
それしか持ってないですからね。
“銭で買えないものがある?冗談じゃない。おまえ、そんなこと言えるのか”
『矢沢永吉激論集 成りあがり』より
最初の引用がそれ?
無人島に銭を持っていってどうするんだ。
なにも買えないのでは。
それに対して、YAZAWAはこうも言ってますよ。
“金で買えないものがある?うん、あるだろうな。あるって、軽く言ってやる。でも、そういう「金で買えないもの」って言い方には、すごく抵抗があるんだ”
『矢沢永吉激論集 成りあがり』より
無人島の話ですよね?
私は反対です。
反対!?
銭なんて持っていかない方がいいですよ。ブッダは言ってます。
“おびただしい富あり、黄金あり、食物ある人が、ひとりおいしいものを食べるならば、これは破滅への門である”
『ブッダのことば: スッタニパータ』より
おお、引用っぽい。
銭にとらわれたら、破滅するってことかな。
YAZAWAにそんなキレイごとは通用しません。YAZAWAはこう言ってます。
“簡単にキレイごと言うやつは大嫌いだ。「銭じゃ買えないものがあります」 ふざけるな!この野郎”
『矢沢永吉激論集 成りあがり』より
めちゃくちゃキレてる。
ブッダは言ってます。
“女に溺れ、酒にひたり、賭博に耽り、得るにしたがって得たものをその度ごとに失う人がいる、ーこれは破滅への門である”
『ブッダのことば: スッタニパータ』より
YAZAWA vs ブッダが始まった。
無人島の話は?
とりあえず参戦していかないと…哲学者パスカルはこう言ってます。
“邪欲はわれわれのすべての動きの源である”
『パンセ』より
だから銭を求めるのも、自然なのかもしれない。
なるほどね。ニーチェに関する本にも、こう書いてあります。
“弱い相撲取りが勝負に勝つ方法は二つあった”
『これがニーチェだ』より
?
それだけです。
目についた箇所を言っただけだ。
とりあえず原宿さんは、無人島に銭を持っていくでいいですね?
“ホントの気持ちはそうさ。銭じゃない……”
『矢沢永吉激論集 成りあがり』より
どっちなんだ。
持っていくんですか?
持っていく。
持っていくんだ。
他の人は何を持っていきますか?
やっぱり移動手段が大事だと思うんです。だから、
“移動に黒のインプレッサを使う”
『プリンセス刑事 生前退位と姫の恋』より
車があればどこでも行ける。
小説を恣意的に切り取った感じがすごい。
車は無人島では不便です。まず、燃料が要りますよね。その点、僕は浮き輪を持っていきます。
浮き輪?
川とか海に浮かべます。で、もう流れに身を任せようと思うんです。パスカルはこんなことを言ってます。
“川は、人が行きたいと思うところへ運んでくれる、進行する道である”
『パンセ』より
無人島まで行ってしまったら、もう運命に委ねるしかない。
進行する道、か。比喩的で意外といいかもしれない。
連れていかれる場所が、行きたい場所。覚悟が決まってる感じがしますね。
そんなこと言ったってね、無人島ではやっぱり食糧が大事ですよ。
移動じゃなかったの?
やっぱり車より弁当を持っていきます。
どんな弁当?
“中央に、桜の形に整えられた白ご飯。その右隣に人参、かぼちゃ、エビなどの煮物”
『プリンセス刑事 生前退位と姫の恋』より
おお。
“左隣は魚の幽庵焼きとはじかみだ。奥側は左からローストビーフ、野菜の天ぷら、ぶどうと柿という並びになっている”
『プリンセス刑事 生前退位と姫の恋』より
めちゃくちゃいい弁当だ!!!
腹が減ってきた。
でも弁当なんて一食で終わりですよ。即物的すぎる。だから私は「蜜」ですね。
蜜?
自己啓発の元祖、カーネギーは言っています。
“一滴の蜜のほうが、バケツいっぱいの苦汁よりもたくさんの蝿をとらえることができる”
『人を動かす』より
カーネギーが言うと全部名言に聞こえる。
でももともとはリンカーンの名言らしい。
引用の引用?
そろそろ時間ですね。銭、浮き輪、弁当、蜜。この中で一番良かった引用を決めましょう。
浮き輪かも。パスカルの引用が一番ほどよかった。
浮き輪にしましょう。
やったー!
岡田に1ポイントが入りました。引用しながらの会話がそもそも難しい。続いてのテーマはこちらです。
2つ目のテーマは「永遠の命は欲しい?」です。
永遠の命ねえ。
永遠かあ。
死は怖いから。
確かに死ぬのは怖い。
怖くなくなるのはいいよね。
議論に慣れてきたけど、まだ中身が適当すぎるな。
長生きに越したことはないのかなあ。
でも長く生きたって、苦しいだけですよ。宮本武蔵の小説に出てくる、沢庵和尚は言ってます。
“人間は誰でも、こうして、万華の浄土に生を楽しんでいられるものを、好んでは泣き、好んで悩み、愛慾と修羅のるつぼへ、われから堕ちて行って、八寒十熱の炎に身を焼かなければ気がすまない”
『宮本武蔵(一) 』より
炎に焼かれたくはない。
でも傍観するんじゃなくて、そういう苦しみすらも正面から味わう。それこそが人生ですよね。
“本の外側をただながめているよりは、中身を読むほうがいい”
『デス博士の島その他の物語』より
おお!
よくわからないけどそれっぽいぞ!
引用らしさが出てきた。
僕は永遠の命、欲しいですね。やりたいことがあるから。
“オレ、いつか暇ができたら、絶対やりたいことがあるんだ”
『矢沢永吉激論集 成りあがり』より
なんですか?
“ラジコンのヘリコプターを作りたいの”
『矢沢永吉激論集 成りあがり』より
ヘリコプター?
“ネジとかセメダインとか、ちょっとずつつけて、ながめて楽しみたいもんな。角度がいいとか。よし、ここを決めようとか”
『矢沢永吉激論集 成りあがり』より
その本だけ毛色が違うんだよな。
“三年前から言ってるもんな。去年もおととしも、ラジコンのヘリコプターって言ってたよ、悪いけど”
『矢沢永吉激論集 成りあがり』より
さっきからなんの話?
僕も永遠の命は欲しいですね。思い出がたくさんつくれるから。やっぱり大切なのは、目に見えない思い出ですよ。星の王子さまも言っています。
“いちばんたいせつなことは、目に見えない”
『星の王子さま』より
有名なセリフだ!
なかなかの引用じゃないですか?
でも有名すぎて、狙いにいってる感じがあるな。
言いたいだけという印象を受けますね。
引用に厳しくなってきた。
僕は思い出が幸福につながるとは思いません。むしろ逆じゃないでしょうか。
逆?
“過去や未来を知らずにいわば瞬間という杭に繋ぎ止められて日々をすごす動物の生を、人間が羨望するのは、なぜだろうか。動物の幸福は忘却にあり、人間の不幸の根源は過度の記憶にあるのだ”
『これがニーチェだ』より
…と言うと?
思い出より、今この瞬間を生きることが大切だ、ってことかな。
そうです。だから永遠の命は、むしろ不幸につながると思うんですよね。
難しいけど、なんか説得力がある…。
この引用が一番じゃないですか?
ちょっと待ってください。ギャンブル漫画の『天』で似たようなセリフがあります。ヤスミノさんが言いたいのは、こういうことじゃないですか?
“ほどほどの充実じゃ足らねえのさ ともかく最高を感じたいんだ”
『天 ― 麻雀東西決戦 命運vs強運』より
“一瞬でいい……! 最高の時……!”
『天 ― 麻雀東西決戦 命運vs強運』より
あ、こっちの方がわかりやすい。
この引用にしよう。
『天』に利用された…。
だんだん引用に慣れて、評価が厳しくなってきました。次のテーマにいきます。