旅行に行きたい….

 

旅行に行きたい!

 

 

 

 

 

ライターの岡田悠です。逆光から失礼します。

旅行に行きたいので、以前部屋の中で旅行ができる仕組みを作りました。

健康器具のエアロバイクにGoogleストリートビューを連携させて、バイクを漕ぐと前進する装置です。画面がこんな感じで進みます。

いいですね。

そこでダイエットも兼ねて、2020年春にこの装置で日本縦断を始めました。

 

ここからはその後、エアロバイクを漕いで日本中を巡った、およそ半年間の記録です。

 

北海道から本州へ渡れない

4月末に北海道の最北端、宗谷岬を出発して、そこから南へと下っていく。当時はゴールデンウィークだったけど、緊急事態宣言が発令されていたので部屋に籠もりっきり。エアロバイクを漕ぐ足は捗って、グイグイと前に進んでいく。

じきにGoogleマップのAPI利用料が高騰して企画存続が危ぶまれたりしたけど、なぜかGoogle社が無料にしてくれて解決した。

 

また北海道では興奮のあまり、わざわざ大回りして旭山動物園に寄ったり、美瑛の景色を眺めたり、現地の郷土料理を作ったりしていた。そんな寄り道を繰り返していたら、北海道だけで3週間もかかってしまった。

 

旭山動物園でペンギンを見ている様子

 

そうしてようやく北海道を抜けようとした時に、あることに気づいた。

本州に渡る道がない。

青函トンネルは鉄道であり、鉄道にはストリートビューが存在しない。

なんとか渡ったことにできないかと考えて、気づいた。地上を行けないなら、空を行けばいい。函館から青森まで、飛翔できるような装置があればいいのだ。

 

まずはでっけ〜翼を用意する。塩ビパイプの骨組みに、青いシートを巻いていく。

 

そしてその翼に、センサーを取り付ける。「9軸モーションセンサー」という、X,Y,Z軸それぞれの加速度を感知するセンサーだ。

 

これで飛翔装置の完成だ。

センサーが動きを検知して、翼を羽ばたくことで前進したり、傾けることで方向転換ができる。そして翼とGoogleアースを連携させて、バーチャル上で空の道を行くのだ。


(*エアロバイクはGoogleマップと連携しているが、翼はGoogleアースと連携)

 

いざ、羽ばたく。

 

バサバサ。

 

飛んだ。

青い海の空の間を、滑るようにして移動していく。高度をあげるのも、方向転換するのも思いのままだ。しかしその画面上での快適さとは裏腹に、翼が物理的に重い。重すぎる。人生で使ったことのない筋肉を酷使している。

バサバサ。しばらくすると陸が見えてきた。本州だ。

なんとか羽ばたき続けて、青森県に到着した。両肩が外れるところだった。再び地上へと戻ろう。

 

東日本で夏を過ごし、富士山に登る

旅の途中でふと思い立ち、「あなたの思い出の場所を教えてください」というアンケートを募集してみた。どうせなら観光スポットだけじゃなく、ガイドにも載っていないような誰かの思い出の場所に訪れたいと思ったからだ。そうしたらいろいろな名もなきスポットが集まった。

恋人と付き合った公園や、別れ話をした駅のホーム。先輩を見送った近所のコンビニや、うんちを漏らしたパーキングエリア。通学路の田んぼや、うんちを漏らしたパーキングエリア、今年は帰省できないおばあちゃん家。

…うんち、多すぎない?

300の投稿のうち、全部別々の人から、うんちを漏らした場所が5箇所届いた。人の思い出のうち1.6%はうんちを漏らした記憶で構成されていることがわかった。また漏らした場所のうち5分の3はパーキングエリアだった。パーキングエリアには気をつけよう。

でかい日本地図を用意して、それらの思い出の場所に印をつけていく。

全部寄れるわけではないけど、気が向いたら足を運ぶことにしよう。エアロバイクの旅の魅力は、どこに行ったっていいことだ。定められたルートも、期限もない。漕いでもいいし、漕がなくてもいい。実際途中で1週間くらいサボったこともあって、それでも何食わぬ顔で再開した。

梅雨に入った窓の外では鬱屈とした天気が続いていたが、画面の世界には青空が広がっていた。

岩手で名物のわんこそばを楽しむ様子

 

関東に入って、東京観光をし、それから富士山にも登った。今年は閉山してしまっているけど、エアロバイクの旅ならば関係ない。吉田ルートを1合目から順調に登っていく。

登山の様子

 

8月。GoToトラベルキャンペーンが始まって、旅行に対して寛容な世論が醸成されつつあった。しかし100日目を越えても、僕はいまだにエアロバイクを漕ぎ続けている。旅行に出かけてしまうとバイクを漕げないから、家にいるしかない。

最初は「すごい!」とか言ってもらえたこのエアロバイクの旅も、「まだやってたの?」などと冷たい態度をとられるようになった。みんながGoToの旅に出かけている間、僕は誰かがうんちを漏らした名古屋のパーキングエリアを訪れていた。

ただそう言いつつも、僕はこの旅を案外楽しんでいた。朝と晩にきっちり30分ずつペダルを踏んで、画面を移ろう景色を眺める。特別給付金で新調した大きなモニターからは風の音も草木の匂いも漂ってこないけど、少しずつ前に進んでいくのが楽しかった。

 

静岡では酒を大量に取り寄せて飲んだ

 

そうして110日目に、ようやく関西圏までたどり着いた。ちょうどお盆の時期だったので、地元の兵庫県に帰省したりもした。画面越しの実家の写真を送ったら、両親は思いのほか喜んでいた。
そこからは四国に寄ることにして、これによって当初の予定よりも距離が200km以上増えてしまったけど、もはや誤差だ。僕は元気にペダルを漕ぎ続ける。

 

四国では酒を大量に取り寄せて飲んだ

 

広島と東京でハイタッチする

さて、このエアロバイクのシステム。実は一緒に開発してくれた人がいる。紹介します。エンジニアの「中川ケイさん」です。

20年近くWeb系プログラマとして働く。「ie4」の名前で活動中。

 

エアロバイクの旅を実現すべくオンライン上で意気投合して、オンライン上で議論を重ねた。まだ実際には会ったこともないが、遠隔パートナーとしてここまで一緒に縦断の旅を歩んできた。

そして、その中川さんが住んでいるのが広島市である。9月中旬、僕はいよいよその広島市に差し掛かろうとしていた。

せっかく広島に行くのなら、エアロバイク上で中川さんに会ってみたい。

そして、ハイタッチをしたい。

自転車を漕ぎながら、路上に立っている中川さんに近づく。僕らはさりげなく片手を上げて、パンと一度だけ、ハイタッチをする。そこに言葉なんていらない。皮膚と皮膚が一瞬触れ合うだけで、お互いの存在を確かめることができるのだから…

そういうのがやりたい。

だけどこれはエアロバイクの旅だ。僕は部屋から出ることはないし、広島に行くこともない。だから中川さんの協力のもと、離れた2人がハイタッチできる装置を作ることにした。

まず、ハイタッチに必要なものはなにか?そう、腕だ。腕がないとハイタッチができない。だからまずは腕を買う。

腕を買った。

腕は多い方がいいので、2本買った。

そしてその腕を任意のタイミングで動かし、タッチさせる。そのタイミングとはもちろん、僕がエアロバイクで広島市に到着したときだ。バーチャル上のエアロバイクの位置情報と現実空間での中川さんの位置情報を取得して、両者が一致した瞬間に腕が動くような仕組みを用意するのだ。

 

設計図をつくって…

 

3Dプリンターで出力して…

 

なんやかんやつなげて…

 

できた。

完全にできた。ハイタッチ装置の完成だ。

右腕が2本あるが、ちゃんと顔もついているし、これは紛れもなく彼である。紹介します。エンジニアの「中川ケイさん」です。

20年近くWeb系プログラマとして働く。「ie4」の名前で活動中。

 

2人の待ち合わせ場所は、広島市の「比治山公園」。先に実物の中川さんから、公園に到着したという報告が届いた。僕は東京の部屋から、そのあとを追いかける。

 

パトランプが一瞬点灯して、中川さんの腕がゆっくりと回転し始めた。これは僕が集合場所に近づいているというしるしである。

 

ついに、会える。そういえば今年は誰かに会うことも減って、久しぶりに対面するとなんだか照れ臭い感じがした。いま僕は、まったく同じ気持ちを抱いている。

距離が縮まる。ランプが点灯する。公園の入り口が見えてきた。

あと1km、500m、100m…

そして、

中川さんの腕が本格的な回転を始めた。

 

えっ?

 

速っっっ!!!

腕扇風機か?モーターの威力が強過ぎたようだ。振動で頭部がプルプルと小刻みに震えている。こんな化け物にハイタッチをして大丈夫だろうか。

僕は恐る恐る、そっと手を差し伸べた。

 

ハイタッチ。

 

もげた。

ランプは二度と点灯することはなかった。

こうして800km離れた2人は、言葉のない邂逅を交わしたのだ。もげた腕は記念に広島の中川さんの家に郵送した。

 

そして本州最南端のゴールへ

スタートから140日目。エアロバイクはついに九州へと上陸する。漕いだ距離はとっくに3,000kmを越えていて、なんだか体力もついてきた気がする。

九州では最後の旅路を惜しむかのように、各地の名産を取り寄せては食べ続けた。ラーメンに餃子、もつ鍋。なにを食べてもうまい。

 

宮崎牛と地ビール

 

この日々が終わってほしくなくて、くるくると同じ街を散歩したり、わざと寄り道を繰り返したりした。だが終わりのない旅はただの放浪だ。旅はいつか終わって、そうして家に帰る時がやってくる。ずっと家だけど。

冬の気配が漂い始めた季節。スタートから174日目に、ついにその日を迎えた。鹿児島県は本州の最南端、佐多岬だ。

ゴールを誰かに祝って欲しい気もするが、この旅は部屋の中で一人っきり。せめてもと最後に自分を祝う装置を用意することにした。部屋が装置で埋まっていく。

その名も「クラッカー装置」できた。

エアロバイクがゴール地点に到着すると、祝いのクラッカーが10連発鳴らされる装置である。これを後方に設置して、最後の道路を走る。

 

174日間の旅が、もうすぐ終わろうとしている。半年かけて色んな観光スポットを訪れたし、日本三景も全部見た。誰かの思い出の場所は50箇所以上寄って、うんちを漏らした場所もコンプリートした。こうやってペダルを漕いではよくわからない装置を組み立てることも当分ないかと思うと、なんだか寂しさがこみ上げてくる。部屋に籠もりっきりの1年だったけど、悪いことばかりではなかった。

そして午後9時半。装置が音を立てて起動した。

 

カチッ。

 

パンッ!!

 

ゴーール!!

 

ゴォォォーーーーーール!!!!

 

ビクッ。

 

〜エアロバイク日本縦断の旅〜

協力:中川ケイさん、小島竜太さん、Google社。

総日数:174日。

総走行距離:4,349km。

体重:+4kg。

 

日本縦断、完。

 

そしてその後…

一時期落ち着いたかに思えた状況にも再び暗雲が立ち込めて、GoToトラベルキャンペーンは中止が決まってしまった。

エアロバイクが終わったら旅行しようと思ってたのに、全然行けないじゃん!

仕方ないな……

じゃあ海外、行ってきます。

今はロシアにいます。ユーラシア大陸横断を目指します。多分3年くらいかかります。

ではまた、世界のどこかで。

 

お知らせ:エアロバイク日本縦断が書籍になりました

岡田悠の初書籍となる『0メートルの旅』が発売されました。
「遠くに行くだけが旅じゃない」をコンセプトに、今回のエアロバイク日本縦断をはじめ、16の「旅」の話を書いています。
読みながら家で旅気分を味わってもらえると嬉しいです。