本で育った。友達がいなかったから、子どもの頃は本ばかり読んでいた。
実家には壁一面の本棚があって、休日はいつも本棚の前で過ごした。

悲しい話から失礼します。ライターの岡田悠と申します。背後に本棚があるので、もうちょっと本棚について語らせてください。

本棚は、生き物みたいだと思う。本を買ったり、処分したりを繰り返していくうちに、身体の細胞が少しずつ入れ替わっていくように、本棚の中身も変化していく。
だから昔の写真やおもちゃは残っていても、昔の本棚は残っていない。

本に支えられていた、子どもの頃。当時の本棚には、自分の原点が詰まっていると思う。当時の本棚を、再現してみたい。そしてノスタルジーに浸りたい。


ちょうど先日、実家に帰省する機会があったので、2023年現在の実家の本棚を確認してみた。本棚自体は昔と同じものだが、僕が実家を出た後に家族が使っていたので、中身はほとんど入れ替わっている。


現在の実家の本棚

古い辞典がたくさんあるのは、捨てづらかったからだろう。中央にある『ハリーポッター』や『指輪物語』は、中学校に入る時分に、夢中になって読んでいたものだ。

そして一部の区画には、昔の本たちがまだ残っていた。


『ノンタン』に『ねないこだれだ』。記憶にはあるが、ノスタルジーまでには至らない。これを読んだのは乳幼児期だから、ちょっと幼すぎたのかもしれない。

もうちょっと物心がついてから読んだ本……そして久しぶりに再会して「あ〜〜〜!!!」となるような本を集めたい。

そんな中、右端にあるこの本が、僕のノスタルジーのツボをピンポイントに押した。

『ちいさなちいさなえほんばこ』
(モーリス・センダック/ 冨山房)
モーリス・センダック作の4冊が豆本になって、かわいい箱に。

 

あ〜〜〜!!!

この「えほんばこ」には文字通り物理的に小さな本たちが入っていて、ほかの本とは違う特別感が大好きだった。いま手にとってみても、ワクワクする。こういう本をもっと集めたい。

 

追加の情報がないか、親に本棚について聞いてみた。そしたら「エアガンを打っとったねえ」という情報しか得られなかった。本棚の左隅に紙の的を貼り、夜な夜なエアガンを発射していたらしい。不気味な本棚の使い方である。

当時の写真やビデオを片っ端から見返してみても、背景に本棚が映っているシーンはなかった。観光名所を撮るくらいなら、もっと本棚を撮っておけば良かったと思う。

ただ久しぶりに実家の本棚に触れたことで、こんな本があったかも……という記憶がうっすら蘇ってきた。
だがどれも「なんかこんな話だった」「こんなシーンがあった気がする」みたいなうろ覚えで、検索しても「これだ!」というタイトルが出てこない。

こういう記憶の曖昧な本にこそ、ノスタルジーが眠っているのではないか。

そこで本探しのプロに依頼して、これらの本を探してもらうことにした。

 

本の探偵「図書館司書」

今回ご協力いただいたのは、愛知県の『豊田市中央図書館』である。豊田市駅のすぐ前にあり、100万冊の蔵書を誇る図書館だ。


一度訪れたが、開館前に行列ができていた

そしてなぜ図書館かというと……本探しのプロ、「司書」の助けを借りるためである。


※以下敬称略・肩書きは取材当時のもの

岡田今日はよろしくお願いします。「司書」といえば図書館の本を選ぶ仕事、というイメージがあります。

司書 梶原そうですね。でも司書の別の重要な役割として、「レファレンスサービス」という仕事があるんです。

岡田……つまり?

司書 梶原要は疑問を持った方に、図書館の資料を使って回答したり、回答に導くお手伝いをするサービスです。

司書 福島レファレンス、という言葉自体があまり身近じゃないので、図書館では「相談案内」とか「調べ物コーナー」などと書いてあることが多いと思います。

司書 梶原私たちの図書館では、「きくところ」って書いてありますね。

岡田わかりやすい。有名な福井県立図書館の「覚え違いタイトル集」みたいなやつも、レファレンスサービスの一環なんでしょうか?

司書 梶原はい。タイトルを聞いて本を探す、というのはよくあるご相談ですね。それ以外にも、漠然と「こんな感じの本が読みたい」「こんなことを知りたい」といったさまざまな疑問にお答えしています。

岡田今回は子供の頃に読んだ本を思い出したいんですが、そんな曖昧な相談もしていいんでしょうか。

司書 福島もちろんです。以前、天狗のような巨大な葉っぱを手に持ったおじいさんが「何の葉っぱか知りたい」と訪ねてこられたこともありました。

岡田天狗だったのかも。

司書 福島その際は葉っぱの図鑑を開きながら、一緒に特定していきました。

岡田本を使って、謎を解決する……「本の探偵」って感じがしますね。肝心の本は、どうやって探すんでしょうか?

司書 福島記憶でわからなければ、インターネットや豊田市中央図書館の検索システム、また国立国会図書館サーチなどをよく使います。

司書 梶原今回の依頼みたいに昔の本であれば、流通業者が出している歴代の年間ベストセラーも参考になりますね。他にも新聞記事や雑誌、官報、法令や医学論文のデータベースを参照することもあります。

岡田なんかすごいぞ。資料って本だけじゃないのか……!

司書 梶原今回、岡田さんからお送りいただいた依頼も、複数の手法を組み合わせて探しました。

岡田ドキドキしてきた。

司書 梶原では始めていきましょう!

 

子どもの頃に読んだ本を特定していく

岡田前提として、事前にインタビューしてもらったんですよね。

司書 梶原はい。「レファレンスインタビュー」と言って、まずは利用者の疑問を掘り下げてから資料を探します。利用者が本当に知りたいことを、特定していく作業です。

司書 福島事前のインタビューでは、岡田さんの断片的な記憶やこれまで読んだ本の傾向など、参考になる情報をたくさん伺いました。

司書 梶原では早速、簡単だった依頼から順に、結果をご報告していきます。

岡田この依頼をした時は「部屋がどこかに繋がっている本」くらいの記憶だったんですが、インタビューを受けるうちに、「怖い世界観」だったのを思い出してきました。

司書 梶原そのお話で、すぐにわかりました。その本は『おしいれのぼうけん』ではないでしょうか。

『おしいれのぼうけん』
(ふるたたるひ、たばたせいいち/童心社)
おしいれの奥に広がる夜の街で、不気味な「ねずみばあさん」と遭遇したさとしとあきら。「さとちゃん、てを つなごう」。ふたりの大冒険が始まった。

岡田あ、それだ。

司書 梶原今でも定番の絵本です。

岡田一撃だった。

司書 福島部屋が異世界につながる……というだけだと色んな本があるのですが、この本はちょっとした怖さがあるんですよね。

岡田そうそう!「自分の部屋も、どこかに繋がっているのかも…」と想像してドキドキしてました。

司書 梶原難易度を5段階に分けるとしたら、この本のように調べなくてもわかるものは、レベル1。続いてLEVEL2は、検索すればわかるものです。例えば、この依頼。

岡田この本、僕は検索しても出てこなかったんですよね……「くらい」という単語のついた本がたくさんあって。『くらい くらい』というど真ん中のタイトルの絵本もあったのですが、記憶とは異なりました。

司書 梶原私たちが見つけたのは、こちらの本です。

『くらーいくらいおはなし』
(ルース・ブラウン/佑学社)
むかしむかし、あるところに、くらーい くらい あれちが ありました……。

岡田あ!!それだ!!!

司書 梶原よしっ。

岡田懐かしいなあ。この本、ビデオ版もあって、絵本とセットで観てたんですよ。

司書 福島内容を読んでみると、全ページに「くらーい、くらーい」という台詞が出てきますね。

岡田「くらい」じゃなくて「くらーい」だったのか…。

司書 福島たしかに「くらい」がタイトルについた絵本は多いのですが、岡田さんの年齢から発行時期が絞られるので……図書館の検索システムで探せば、すぐに出てきました。

岡田いつ出た本なのか」は重要な情報なんですね。ちなみに検索システムは、図書館によって異なるんですか?

司書 梶原基本的なデータは似ているのですが、郷土資料であったり、豊田市は自動車産業の街なので車関係の本であったり、そういった地域特性のある本は、各図書館の司書が独自にデータ化しています。タイトルや著者だけでなく、内容も検索できるようにデータ化するのが理想ですね。

岡田そもそも探せるようにデータを作るのも、司書の仕事なのか。

司書 福島データになっていない資料が、世の中にはたくさんありますから。

司書 梶原どんどん行きましょう。続いてはこちら。

岡田この本も、僕には見つけられませんでした。「くさい○○」みたいな本がありすぎて。子供って、くさいのが好きなんだなって。

司書 福島私たちは、「くさい」と動物の名前を組み合わせたり、先ほどと同様に年代を絞って検索しました。

司書 梶原あと「くさい」だと「国際」が大量にヒットしてしまうので、除外検索しました。

岡田くさいって厄介だな。

司書 福島見つけたのが、こちらの本です。

『メチャクサ』
(ジョナサン・アレン/アスラン書房)
北の森に大きなへらじかが住んでいました。名前はメチャクサ。めちゃくちゃくさいからついた名前です。

岡田うわ〜〜!!!の表紙に覚えがあります!

司書 梶原やったー!!!

岡田「くさい」はタイトルに含まれてなかったのか……。

司書 福島そうなんです。タイトルで引っかからない時は、本の概要などの書誌情報がキーになってきます。

岡田だから書誌データをちゃんと作るのが大事なんだな……ちなみにこの本、どんなストーリーでした?

司書 梶原「メチャクサ」と呼ばれるめちゃくちゃ臭いヘラジカが出てくるんですが、嫌われてはいませんでした。

岡田そこは記憶と違う……!

司書 福島むしろスカンクに尊敬されていました。

岡田メチャクサは最後には綺麗になるんですか?

司書 梶原最後まで臭いままです。臭いことを肯定する本です。

岡田なんかいい。

司書 梶原さて、次から難易度が上がります。5段階のうち、レベル3。記憶や検索に加え、その他の情報も組み合わせて捜索した本です。

岡田この本、子供でも本を書けるんだ!と、子供ながらに驚いた記憶があるんです。でもそれ以外覚えてなくて……。

司書 梶原この本は周りのスタッフに聞いても、「そんな本あったっけ?」という反応でした。検索しても、すぐには出てきませんでした。

司書 福島ただ、他の本を経由することで見つかったんです。

岡田他の本を?

司書 梶原先に結論からお見せします。こちらでしょうか……?

『天才えりちゃん金魚を食べた』
(竹下龍之介/岩崎書店)
ぼくは竹下龍之介。ひかり幼稚園の年長組である…6歳の童話作家、龍之介くんがおくるSF作品。

岡田こちらです!!!!!

司書 福島司書 梶原よかった〜!!!

岡田表紙の子どもっぽい絵にかなり見覚えがあるので、間違いないです。

司書 梶原作者の妹の「えりちゃん」が金魚を食べちゃって、胃の中で飼うというお話みたいですね。

岡田あ〜、そんな話だった気がする!

司書 福島日記調で物語が進んでいくのも特徴的です。

岡田そうそう!たしか小学生の実際の日記が、だんだん不思議になっていくんですよ。この本はどうやって見つけたんですか?

司書 梶原まず「小学生 作家」などのキーワードで児童書を探してみたのですが、ヒットしませんでした。そこで「国立国会図書館サーチ」を使って、ジャンルを広げた上で検索を続けてみたんです。すると『僕は小学生の童話作家』という作者の自伝がヒットして、そこから辿り着けました。

岡田他ジャンルを迂回するルートもあるんですね……ちなみに作者の方は、今も本を書かれてるんですか?

司書 梶原今は弁護士になって、財産分与の本を書かれていました。

岡田多才すぎる。

司書 福島いよいよ終盤です。次の依頼も、他の本がヒントになりました。

岡田これはかなり記憶が朧げなんですが、とにかくでっかい海の生き物が、たくさん出てくる本を読んだ気がするんです。

司書 梶原こちらは難航したのですが……ヒントになったのは、先ほどの依頼で出てきた『くらーいくらいおはなし』という本でした。岡田さんは、あの本をビデオで見ていた、とおっしゃってましたよね?

岡田はい、ビデオと本をセットで見てました。

司書 梶原それで『くらーいくらいおはなし』が掲載されている映像作品を探したところ、『世界絵本箱』というビデオシリーズにたどり着きました。

司書 福島図書館の視聴覚コーナーにはVHSも保管されているので、手元にあります。

『世界絵本箱』シリーズ
選りすぐりの名作のみを絵本作家の監修のもとに原画・物語性に忠実にアニメ、映像作品にした「うごく絵本たち」。

岡田

司書 梶原岡田さんの実家の本棚には、『かいじゅうたちのいるところ』のモーリス・センダックの本がたくさんありましたよね。このビデオシリーズでは、彼の作品もたくさん映像化されているんです。

司書 福島だから岡田さんの親御さんは、もしかしたら、このビデオシリーズに出てくる絵本たちを、セットで色々買ってたんじゃないかな……と推測しました。

岡田ちょっと待ってください……

岡田その通りなんですけど。

岡田このビデオシリーズが実家にいっぱいあって、どれも絵本と一緒に見てたのをいま思い出しました。まさかビデオを経由してくるとは……。

司書 福島なので「海の怪獣がたくさん出てくる本」も、同様にこのビデオシリーズにあるのでは?と推理したんです。

岡田名推理だ……!

司書 梶原こちらの本ではないでしょうか!?

『沖釣り漁師のバート・ダウじいさん』
(ロバート・マックロスキー/童話館出版)
バート・ダウじいさんは年とった沖釣りの漁師。引退したものの、時々、「潮まかせ」という名の舟に乗って海へ出ていた…。

司書 梶原同じビデオシリーズで映像化されていて、海の怪獣が登場する絵本です!

岡田うわ〜〜〜これ……!

岡田違うかも……。

司書 福島司書 梶原えっ。

岡田確信はないんですが……これまで出てきた本はどこか記憶に引っかかる部分があったのですが、これは一切なくて。

司書 梶原このページとかみてください、海の怪獣がいるんですが……

岡田うーん。

司書 福島このページにもいますよ?

岡田うん。

司書 梶原違うみたいですね……。

岡田さすがにうろ覚えすぎたか……。

 

その後も、「魔法を使う少年の話を探して」のように曖昧な依頼を、とにかく類似書を大量に用意してもらってたどり着いたりなど、いろいろな本を特定してもらった。


魔法が出てくる本をしらみつぶしに挙げてもらった結果…


『バーティミアス』という本でした!

 

司書 梶原「海の怪獣が出てくる本」が見つからなかったのが悔しい……。

岡田でもこれだけ見つかれば、当時の本棚が再現できそうです!

司書 福島いえ、司書のプライドにかけて追跡調査します。

司書 梶原もうひとつの依頼……「妙に性的なシーンが多発する三国志の本」もまだ見つかってないですし…。

岡田この依頼は、ついでに書いてみただけなんですが……親の本棚にあったやつをこっそり読んで、ドキドキしてた記憶があるんです。覚えているのはカバーの色が白かったかな?くらいで。

司書 福島三国志に詳しいスタッフに聞いたり、三国志の論文を調べたりしたんですが、これだというものが見当たらなくて。

司書 梶原三国志で有名な文庫は、吉川英治さんの作品と、北方謙三さんの作品。岡田さんの記憶にあるのは「白っぽいカバー」だったということで、表紙の白い吉川作品を読み始めました。でも、ちっとも性的な描写が出てこないんです。

岡田見つからなかったら、最終的には読むんですね。

司書 梶原はい。なので図書館にある、全ての三国志の冒頭を全てローリングし始めました。


大量の三国志

岡田軽はずみに依頼してすみません。

司書 梶原『秘本三国志』という本は白っぽいですし、男女の話が結構出てきて、これじゃないか!と思ったのですが……冷静になると性的な描写というよりは、恋愛シーンが多いだけでした。悔しいです。

司書 福島「海の怪獣が出てくる本」と併せて調査を続けます!

 

実家から30年前の読書記録が出てきた

数日後。司書さんたちは、引き続き残りの本を探してくれているようだ。

司書の梶原さんからの熱いメッセージ

 

そんな折、実家から新たな情報が届いた。

なんと30年近く前、小一の頃の僕の読書記録を発見した、というのだ。こちらである。


30年前の読書記録

おそらく学校の宿題でつけていたのだろう。全部で8枚もある。

先日特定してもらった『天才えりちゃん』シリーズをはじめ、さまざまな本が記録されていた。これは本棚の再現において、かなり有益な情報になりそうだ。

ただやはり同じタイトルが多すぎて特定できない本や、汚すぎて読めない字も多い。

こちらも司書さんたちにお送りしたところ、先日の不明本と併せて、追加の調査をしていただけることになった。

そして10日後、2回目の報告会を迎える。

 

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