傘が好きだ。

 

 

ぼんやり暗がった雨の町を、傘をさして歩くのが好きだ。

 

天井を打ちつけるぽつぽつという音を聞いたり、傘をつたって落ちていく水滴を眺めていると気分が落ち着く。

 

 

しかし

 

 

雨に濡れるのもまた、好きだ。

 

傘などそのへんに投げ捨て(るような気持ちでたたんで)、思い切って雨に打たれるのは気持ちがいい。

 

羊水にまみれて生まれたからだろうか、たびたび郷愁のように濡れたくなるのだ。

 

 

傘をさすこと、雨に濡れること。

どちらも好きだ。

 

どちらも好きだから、同時にやりたい。

傘をさしながら雨に濡れたい。

 

そんなことを考えながら私はあるものを作った。

 

 

 

それはテクノロジーと言っても過言ではない、まったく新しいタイプの傘であった。

 

 

 

 

 

 

これが何を意味するのか。

実際に使い方をお見せしよう。

 

 

 

風呂場に来た。

さっそくシャワーを流してみる。雨のかわりだ。

 

 

シャーーーーーーーーー

 

豪雨のように湯が傘を打つ。傘の中がムワッとする。

 

人を濡らすためのシャワー。人を濡らさぬための傘。出会ってはいけない二人が出会ってしまった。

いったい何が起こるというのか。

 

 

 

 

 

 

 

水が、流れた。

 

 

 

 

 

肩が、濡れた。

 

そう、これは「濡れるための傘」だ。

 

小間(こま)にあけた小さな穴から入った雨が、漏斗を通り水差しから流れ落ちる。

 

雨に濡れること、傘をさすことを同時に味わうことができる。

(傘に穴をあけるだけでも結果は同じだが、それではあまりに野暮なので)

 

 

 

 

さっそく外に出て、本物の雨に打たれてみよう。

 

雨は降っているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

晴れている。

 

 

 

次の日も

 

 

 

また次の日も

 

 

 

そのまた次の日も晴れた。

 

なんということだ。

傘をさしたいのに雨が降らなければ濡れることができない。

 

 

 

思いあまって、空の写真を地面に置いて水たまりのように見せてみたが、そんなことをしたところで雨が降るわけでもない。

 

 

 

じれる心をあざ笑うかのように、その後も晴れは続く。

もうこの世界に雨なんて降らないんじゃないか。

 

 

 

悲しいほど澄んだ青空を眺めていたら…

 

 

「翌日」と書くと漫画のコマみたいに見えることがわかった。

 

わかったからどうなるというのだ。

 

 

待っているだけではだめだ。

 

 

てるてる坊主を作った。しかし、てるてるとはいえ坊主を逆さ吊りにするのはかわいそうなので

 

 

てるてる坊主以外を逆さにすることで「逆・逆さ吊り」という状態を作った。天を混乱させるようなことをして申し訳ない。

 

 

 

 

それから一週間後

 

 

 

雨が、降った。

おおおおお!!

 

ついにその日は来たのだ。

 

 

 

いそいで傘を持ち、公園にやってきた。

 

さあ、濡れよう。

乾いた私の肩に、雨よ、そそぎたまえ。

 

 

 

 

 

 

全然そそがない。なぜだ。

 

 

 

見ると小降りということもあり漏斗にほとんど雨が落ちていない。およそ20分でたったの5-6滴。水が流れるには時間が必要だ。

焦ることはない。ゆったりと待とう。

 

 

 

 

 

 

日が暮れていく。水はいっこうに流れない。雨はすぐそこにあるのに。

 

それからまた数十分が経った。

 

 

 

ついに夜にさしかかる。

高いところにいたほうが雨がたくさん落ちるのではないかと滑り台に登ってみる。なんの変化もなかった。

 

 

 

 

 

 

夜の公園は怖いので家のベランダに移動した。(はじめからここにすればよかった)

 

寒い。

 

 

ふと傘に目をやる。

 

 

雨粒が星のようだ。きれい…

「私はなにをやっているのだろう」と急に切なくなってしまった。

 

いつのまにか雨は大粒になり、傘を打つ音もはげしくなっていった。

 

それから少し経ってのことだった。

気がついた。

 

 

 

水が、溜まっている。

いつのまにか水が水差しに溜まっていたのだ。残念ながらその瞬間を見ることはできなかった。しかし、何時間もかけて雨粒は、一滴の水になったのだ。

 

長かった。

とうとう濡れるときがきた。

 

 

 

水が、落ちる

 

 

こうして私は傘をさしながら濡れた。それ以上のことはなにもない。

 

秋の夜のことであった。

 

 

(おわり)

 

 

 

2.風邪の少女を看病する