これは、一部の怪談ライターの中で不文律的に伝わっている「ルール」に関する文章記事です。

しかし本題に入る前に、過去に私が取材したひとつの体験談を読んでいただけたらと思います。


このお話を提供してくださった方の名前を、仮にAさんとしておきます。

Aさんは大の怪談好きで、幼少期にはいわゆる心霊番組が数々のテレビ局で放送されていた世代の方でした。

「霊能者」がコメンテーターとして出演し、心霊写真や曰く付きの廃墟(当時は事故物件という呼称も、少なくとも普及はしていませんでした)を前に様々な講釈を行うのを、テレビの前でこわごわと観ていた──ある程度の年齢の方であれば、何となく情景の想像がつくのではないでしょうか。

そういった幼少期を経て、彼は大人になった今もホラーや怪談に傾倒していました。そのため、私が怪談関係の活動をしていると明かしたときには、非常に楽しそうに当時の思い出話をして頂けたのでした。

 

その話の流れで、Aさんは「小さい頃の、今でもよく分からない体験なんだけど」と、自分が体験した不思議な話を提供してくださったのです。

 

小学校四年生の土曜日。

半ドンでお昼に下校し、家でインスタントの袋麵とチャーハンを食べ、午後に公園でたっぷりと遊んだあと、夕方ごろ。

 

その日は休日の特番で心霊写真などを扱った二時間ほどのバラエティ番組が組まれており、Aさんはそれを楽しみにして、普段は中々お風呂に入りたがらないのにも関わらず晩御飯前には入浴を済ませ、テレビの前にかじりついていたそうです。

当時は「途中でお風呂に入ったら全部見られないから」などと理由を付けていたが、本当はそんな番組を見たあとに一人でお風呂に入る勇気が無かったんだろう、とAさんは笑います。

 

ご飯を食べ終わってからも、最前列で寝転がって画面を注視して。

おどろおどろしく装飾されたセットのスタジオで、

女性霊能者の「霊視」や、その様子を見て仰々しく叫び声をあげるタレントを見ながら、家族に怖がっていると思われないようにとテレビを見たまま薄目を開けるなどしているうちに。

お昼の外遊びや早めのお風呂でぽかぽかと上がった体温が災いしてか、

二時間番組のそれが終盤に差し掛かり、長めのコマーシャルが入ったあたりで、Aさんはいつの間にか眠ってしまっていたそうです。

 

うつらうつらと、ねむりこけて、どれくらいたったのかは分かりませんが、目が覚めた直後の感覚としては二、三時間くらいは眠っていたような気がしていたそうです。

しまった、どれくらい時間が経ったんだろう、と時計を見ようとして、テレビの前で寝そべっていた体勢のまま後ろを向いて。

 

居間に自分以外誰もいないことに気が付きました。

寝る前まで、霊能者の説明に何やかやと野次を飛ばしていたお父さんも、

台所で皿洗いをしていたお母さんもおらず、

居間には自分一人だけで。

二人ともトイレやお風呂に立っているのかと思いましたが、ドアの擦りガラス越しに見える廊下は真っ暗で、トイレやお風呂からは一切の物音がしません。

 

もう、二人とも眠ってしまったのか。

寝室、ふたりとも、僕の部屋のむかいがわにある寝室に行ってしまって、

だから僕だけがここにいるってことか。

煌々と電気が点いた居間でひとり、幼いAさんは考えます。

起きぬけのぼうっとしたあたまで、

 

でも、夜遅くになってお父さんもお母さんも寝てるとしても、何で僕のこと起こさなかったんだろう。

お父さんとか、いつもは口うるさく言うんだけどな。僕がテレビ点けたまま寝転がってると、「見てないなら変えるぞ」って、寝てないのに。お母さんだって夜遅くにここで寝てたら、ちゃんとベッドで寝なさい、あんたもう歯磨きしたのって。

 

いやでも、もう四年生だし。

別に起こしてほしいって言ってないからまあ、そうなのかな。

でも怒られなくてよかった。こうやってテレビ点けっぱなしにして寝てたら、

 

あ、テレビ。

点けっぱなしだ。

 

Aさんはそこで視線を戻します。

目の前のテレビに目を遣ると、

そこでは変わらず、心霊番組らしきものが映っていました。

フリップのように拡大コピーされた写真を中心に据え、挟むように立った二人。

向かって左には女性、右には男性が立ち、

女性がその写真を手に持っていました。

恐らく男性の方が霊能者なのでしょう。

その写真を見ながら、解説らしきことをしています。

 

あれ、まだ終わってなかったんだ。

何時間も寝てたような気がするけど、

そんなに時間経ってなかったのかな。よかった。

そんなことを思って、Aさんはまたその番組を見ようとして、

でもすぐにおかしいと気付いたそうです。

 

その特番、霊視とかをしてたのって女の人じゃなかったっけ。

それに、もっと芸能人とかがゲストで周りにいて、

ごてごてしたセットがうしろにあって、

きゃあきゃあ叫んでいた、と思うんだけど。

 

そこに映っていたのはたったふたりで。

殺風景でざらついた灰色の壁を背に立って、

BGMも効果音も何もなく、

ただ淡々と無表情で話をしていました。

 

「これは、家族旅行先の自然公園で撮影された写真だそうです」

だそうです と女性が言い終わる、と妙な間が開いて、

今度は男性が話し始めました。

「見てわかるように、家族の真後ろに女性の顔が映りこんでいます」

ふたりともおそろしく淡々としている。

そして今度は女性。

「ああこれは、とても恐ろしい写真ですね」

会話をしているというよりも、

ただ応答を模したことばが左右を往復しているだけのようで。

だから会話特有のテンポや、抑揚なんてものは微塵も感じられず。

男性。

「これは非常に悪い霊で、すぐにお祓いが必要でしょう」

Aさんの表現を借りるならば、

それはただ、会話のまねごとをしているだけに見えたそうです。

女性。

「果たして、この写真のお祓いは出来るのでしょうか」

更に不気味だったのは、その二人の話し方や雰囲気ではなく。

二人の間にある、フリップに引き伸ばして印刷された写真で。

それは自然公園の写真でも、

ましてや家族旅行の写真でもなく、

ただの無人の廃墟が撮影されていました。

男性。

「かなり難しいでしょう、この悪霊の怨念は凄まじいです」

その廃墟はどこかの古いホテルのようで、

彼らが紹介している写真は、

そのホテルの廊下に立ったようなアングルで撮影されていました。

ずるりと伸びた廊下の右側には宿泊部屋のドアが並び、

左側には窓と、その向こうに広がる薄暗い雑木林が見えます。

窓には所々、ぼろぼろに破れたペイズリー柄のカーテンがへばりつくように掛かっており、石ころや硝子片が転がった床にまで垂れ下がっています。

女性。

「では、除霊をお願いします」「あー、これは」

ここで突如として、

男性が発言を被せるようにして話に割り込んだそうです。

無感情の淡々とした棒読みのまま。

まるで、それを言うことをずっと待っていたかのように。

 

「あー、これは、あーこれは除霊できませんね」

そう男性が言って、

そう男性が繰り返し言って、

繰り返し言いながら歩いてこちらに向かってきました。

こちらに、つまりその映像を撮影するものの方に。

女性はそれを気にも留めず、ただ見ているだけでした。

そして男性はこちらに手を伸ばして、

次の瞬間に大きく映像がぶれました。

それが固定されたハンディカメラのようなもので撮影されていたんだということに、Aさんはそこで初めて気づいたんだそうです。

 

男性がそのカメラを持ったためでしょう。

そのひとの声がさっきよりも明らかに近く大きくなっていて。

「これは除霊できません、だって」

そこでぶれていた映像のピントが再び合うと、その映像は先ほどよりも幾分かズームアウトしており、彼らが立っていた場所がよりはっきり見えるようになっていました。

先ほどまでは殺風景な灰色の壁しか見えていませんでしたが、

灰色の壁の所々に付着した白い壁紙の破片や、砂埃や経年劣化でぐちゃぐちゃになったベッドや床材が見えて。

それはまるで廃墟となったホテルの一室のようで。

そんな部屋の中に二人はいました。

 

解説役らしき男性と「心霊写真」を持った女性の二人、ではありません。

男性はその時カメラを手に持っていて、映像には映っていませんでした。

なのにその映像には、二人がいる様子が映し出されていたのです。

ズームアウトしたから、そこで初めて画面に映り込んだのでしょう。

或いは、それまでは意識的に映していなかったのかもしれませんが。

 

依然としてその写真を持ったままの女性の、後ろにある灰色の壁に。

まるで人が立っているかのような形の、どす黒い染みが出来ていました。

うまく説明できないんだけど──

それは染みなんだけど染みじゃなくて、確かに人間だった。

Aさんはそう表現していました。

 

その染みを、その染みが壁についている部屋の様子をカメラで映した後で。

それを撮影している男性は、

 

「除霊できないよ、もうこびりつけちゃってるから」

 

抑揚のない声でそう言いました。

 

Aさんはそこで漸く、何で自分は一人でこんなものを見ているんだろうととても怖くなって、テレビや居間の電気を消すのも忘れて真っ暗な廊下をぺたぺたと駆け、自室の布団に潜り込んだのだそうです。

あの特番が放送されたのは土曜日だったから、寝て起きた翌日は日曜日の朝で。

テレビや電気を点けっぱなしにしていたことを怒られるかと思ったけれど、朝ご飯の支度をしながらおはようと話しかけてくる両親は、特に何か言うことも無かったそうです。

そして──案の定、

その時放送されていた心霊番組に、そういった企画は無かったそうで。

だからその時に見た番組の記憶は、

家族の気配もない静かな家の居間でそのような不気味な映像を見た記憶は、

今でも腑に落ちないのだと、Aさんは言いました。


この記事は、インターネット上で活動している一部の怪談ライターの中で、不文律的に伝わっている「ルール」に関する文章記事です。

では、何故本題に入る前にこのような体験談を記述したのか。

その理由は、Aさんがこの話を体験してから筆者に話す、そこまでの経緯にあります。

 

そもそもこの体験談、Aさんは人に話すどころか、或る時期までは自身の記憶の中にすら無かったのだと言います。

最近──といっても十数年ほど前ですが、とあるネット掲示板を見たことをきっかけに、そういえば自分にも幼少期のこんな体験があったと、何十年も前の体験を思い出すに至ったのだそうです。

 

2000年代前半の匿名掲示板の、オカルトや怪談について話すためのカテゴリの中には、「詳細や出所が分からない心霊写真や心霊映像を調べる」ためのスレッドが存在しました。今も存在してはいるようですが、話題に上がっているものの内容は微妙に違います。

時代が下ってくると、例えば「三面鏡の動画」や「修理から戻ってきた携帯に入っていた、古い結婚式の動画」など、有名な映像作品シリーズを初出とするものの話題が上がる確率が高いのですが。

 

スレッドが立って間もない頃は、例えば「廃刊した昭和オカルト雑誌の心霊写真特集の隅に、こういう感じの写真が載ってた気がする」といった、まず一次ソースを特定することが難しいタイプの質問が多くあり、そのため2022年現在で半ば迷宮入りとなっているものは、古いスレッドのものほど多いのだそうです。

そういった、実在すらも不明瞭な「怖い動画や写真」の情報を集めることが好きだったAさんは、例えば未解決事件のWikipedia記事を読むような感覚で、よく過去スレを巡回していたのだといいます。

 

そうして、顔も名前も知らない人々の、記憶の中だけにあるこわいものの記憶の集積を見ていたときに、Aさんは「あの映像」に関する書き込みを見たのです。

 

 

それは2004年ごろの書き込みでした。

子供の頃に見た気がするやつなんだけど、といった書き出しで。

 

旅行に行った人が撮影した公園の心霊写真、という名目で荒れ果てたホテルの廊下の写真を紹介する男女。途中で男性がカメラを持ち、彼らがいる場所を映す。そこは廃墟となったホテルの一室のようで、後方の壁には人の形をした黒い染みが立っている。

「もうこびりつけちゃってるから」という言葉。

 

そういった内容の、数行のレスがなされていて。

それを見た瞬間に、それまではまるで思い出したことも無かったはずの幼少期の記憶が、Aさんの頭の中にありありと思い出されたのだと言います。

 

そして、そのスレッドの当該レスにはいくつかのアンカーが付いており、「俺もそれ知ってる」といったレスとともに、どうにか初出のテレビ番組を探そうとする動きが散発的に起こっていました。

結局は番組の特定には至っておらず、そもそもいつごろに放送されたものかも不明瞭なままに終わっていて。

Aさんがそのレスを見つけた時にはとうにそのスレッドは完走していたため、その会話に参加することは出来なかったそうなのですが。

 

しかしそのレスを見たことで、嘗て体験して今の今まで仕舞い込んでいた記憶が共通のものであったことに、少しばかりの安心感を覚えていたのだと言います。

「ただまあ、何というか、ちょっともどかしい気持ちもあったんだけどね。っていうのも、そのスレでは『旅行に行った人が公園で撮った写真』って説明で話が終わってて。でも俺はその時『家族旅行に行った人が自然公園で撮った写真』ってあたりまでちゃんと思い出してたから──もっと詳しい話できるよ俺は、って。はは」

 

Aさんは笑いながら、そう言っていました。

 

話を戻します。

怪談やホラー作品を重点的に執筆するライター、特に「実話怪談」と呼ばれるジャンルの──不思議な体験をした人に対する取材をもとに怪談を執筆するタイプの書き手の一部には、いくつかのルールが共有されています。

 

その中でも、怪談を執筆する段階におけるルールの一つとして、

「個人が特定されかねない部分には原則的にぼかしを入れる」というものがあります。

分かりやすい例としては、「これはS県に住む佐藤さん(仮名)が、某心霊スポットで体験した話である」といった書き振りが挙げられるでしょうか。

 

この書き方は、そうすることで一種の現実感を出すという目的もありはするのですが、それ以前に取材者周りのプライバシーに配慮するという意図が最も大きいとされています。

地名、場所のディテール、場合によっては幽霊の容姿など、

そのまま言ってしまうことで起こりうるトラブルを極力避けるために、屡々こういった書き方がなされます。

 

しかし時々、このようなぼかしが意味をなさないことがあるのです。

 

まず山勘では元の話に辿り着かない程度にディテールを変え、匿名化を行ったにも関わらず、そして読者自身にもその怪談話の心当たりはないのにも関わらず、

何故か話が「復元」できてしまう。

 

例えば、全く行ったことも無い県の、面識もない筈の学生の肝試しに纏わる怪談を友人に読んでもらったところ、第一声で「これ多分、行ったとこダムじゃなくて駐車場じゃない?」と聞かれたことがありました。

 

この活動をしていると、そんな話を見つけてしまうことが稀にあり、

そういった事例を私の周りのごく一部では「怪談が戻ってくる」と表現しています。

そして「怪談が戻ってきた」話に関しては、原則としてそれ以上世に出さず、つまりは没とします。

万が一私たちの想定していない何かが起こった場合に、しっかりと後始末ができる保証がないからです。

 

この話は「戻ってきている」のではないかと、私は思いました。

にも拘わらず、現在この一連の話を記事として取り扱っているのは、後述する理由によるものです。


この話をAさんに取材した後で、Aさんと私の連絡を取り次いでくださったAさんの友人にお礼の電話をした時の話です。

 

取材後の電話だったため、その方と話す内容も、Aさんや彼の怪談に関する話になったのですが。

私が件の体験談を話題に出すと、その友人は少し驚いたような顔をしました。

 

「えっ、そんな話してたんですか。聞いたことなかったなあ僕それ」

 

彼曰く、Aさんは友人と一緒にいるときに、

怪談や怖い体験が話題に上がるとよく話す「小さい頃の不思議な体験談」があり、

彼は今回もその話をするのだろうと思っていたのだそうです。

 

「たしか小学校の、四年とかの体験だって言ってたと思うんですけど。

家族旅行で山の中にある広い公園みたいなとこに行ったときに、親がいるところから離れて山の奥の方に入っちゃったんですって。

 

で、その山奥にはすっごい寂れたホテルがあったらしくて、こんなとこにホテルなんてあるんだなあって思って中に入って。

中には誰もいない、っていうか無人の廃墟みたいになってて、探検気分で色んなところうろうろしてたら、どっかの廊下で変な物音がしたって言うんですよ。ぞりぞり、みたいなそういう音。

 

誰かいるのかなって思って音がする方向に行ったら、その音ってホテルのいっこの部屋の中からしてて。何だろうってその部屋のドア開けたら。

部屋の壁の方を向いて『知らないおねえさん』が立ってた、って。

 

そのおねえさんはドア開けたのに気付いてない、気にしてない感じで。

ざらざらした硬い壁に顔をぴったり壁に付けて、

すりこむみたいに、ものすごい力で顔をこすりつけてたらしくて。

それ見て、一目散にホテルを出てがむしゃらに山の中を走ってたら、

いつの間にか元いた公園で、血相変えて両親が迎えに来て。

後で聞いたら、A君そこで二時間くらい行方不明になってたんですって。

体感では長くても二、三十分だったらしいんですけど。

 

勿論、いくら熱弁しても、当時そんなとこに廃墟なんて無かったから、

信じてもらえずに怒られまくったらしくて」

 

この話、もう十八番みたいな感じで何回も聞いてたから、

てっきり話すならこれだろって思ってたんですけどね。

へえ、ちょっと意外だったなあ。

Aさんの友人はそう言って、私は二言三言の会話を交わした後で電話を切りました。


後で個人的に調べてみたところ、

当時Aさんが行ったとされる自然公園は実在しましたが、

その周辺或いはその土地に嘗て廃墟化した宿泊施設があったという情報は見つかりませんでした。

 

これを受けて、実際にそこで起きた何かの出来事の記憶などが「戻ってきた」わけではないと結論付け、今回このような形で記事化することとなりました。

 

※これは作り話です。

※作中のAさんの体験談には、いくつか加筆修正を行っています。

※思い出し次第、私も加筆します。

 

↑もうとっくに話せる状態じゃなかったです