私は日高屋に行ったことがない。
日高屋とは東京都を中心に関東で展開をしている大型チェーン店で、現時点で約700店舗もあるらしい。
都心はもう日高屋がぎっちぎちに詰まっている状態、私もその気になれば日高屋に入るチャンスはいくらでもあった。
でも未だに日高屋を経験していない。それには理由がある。
「熱烈中華食堂」という看板がこわいのだ。
「熱烈」の圧に私は打ち勝てないでいる。
中華を愛する者たちが一心不乱にメシをかきこんでいる、そういうイメージがあるのだ。こわい。きっと私のようなぼんやりした者が入る隙なんかないだろう。
だから今まで私は日高屋を避けてきたのだ。
日高屋に入るきっかけは突然に
用事があって銀座に来たのだが、あまりに空腹で「俺のベーカリー&カフェ」の前をハァハァしながらうろついていた。
すると、不意に日高屋の看板が目に飛びこんできた。
なぜだか急に「今だ」とひらめいた。銀座の空気に緊張していたのか、勢いで日高屋に行ってしまえとなったのだ。
日高屋の前に来て目を疑った。看板から「熱烈」が消え、「ちょい飲み」に代わっている……!
あんなに恐れていた熱烈の気配がないなら話は早い。勢いのまま店内に足を踏み入れた。
店内は主に1人用のカウンター席のようだ。仕切り板で1人分のスペースに区切られており、お客さんたちは黙々と目の前の料理と向かい合っていた。
張り詰めた空気、これはまさか……熱烈だ。ここには静かな熱烈が漂っている。ようし帰ろう。そのまま後ろ歩きでお店を出ようかと思った。
私が固まっていると店員さんが助け舟が出してくれた。
「2階のテーブル席も空いてるのでどうぞ」
私はこれほどテーブル席が好きだったのか。スキップぐらいの感じで2階へ上がった。
2階は空いていた。1階はほぼ満席だったので別世界のようだ。
すぐに店員さんから「お好きな席へどうぞ」と声をかけられた。
私は初見でお好きな席を見つけるのが苦手だ。でも的確な判断でお好きな席を選び、店員さんの期待に応えたい。
壁際にある隅っこのソファー席に目をつけ、体を滑りこませた。
この席、紙ナプキンが2つある。伝票を挿す筒も2つ。
だめだ、たぶんお店の余った備品をいったん置いておく用の席に座ってしまった。完全に間違えた。お好きな席を選ぶとこういうことがある。
メニューも見当たらなくてどんどん精神が削られていく。
隣の席を見たらテーブルの下にメニューがあった。テーブルの上じゃなくて下に収納するタイプのメニュー!
コソ泥のモーションで隣席からメニューを拝借して広げてみた。
中華食堂だけあってやっぱりラーメンがおいしそう。そういえば「ラ・餃・チャセット」は良いらしいと風の噂で聞いたことがある。気になる。
おつまみの小皿も充実していた。やはり「ちょい飲み」を掲げているからだろうか。少しずつ色々食べたい派としてありがたい。
壁のメニューは美術館みたいでよかった。きれい……
ラーメン、定食セット、小皿……、豊富なラインナップでかなり迷ったが何とか無事に注文できた。
料理がくるのが楽しみだ。
はじめての日高屋で頼んだもの
チーズ巻きが運ばれてきた。これを選んだ理由は明確だ。
日高屋に入る前にフレンチトーストの写真を見て興奮しており、フレンチトーストのカリカリでトロトロのイメージが、チーズ巻きという形になって日高屋で現れたのだ。
カリカリのトロトロでおいしい。チーズは少し緩めで塩気がきいている。
ところでこの味つけ、懐かしい感じというか今まで食べたことのあるような……あれだ、チーズ味のスナックだ。
チーズを再現したお菓子の味に似てる。これはチーズそのものなのに不思議だ。どういう仕組みなのか分からない。
でもお酒に最適なおつまみということは分かる。
ただ、注文の時に食べ物のことで頭がいっぱいで、お酒を頼むという発想がなかったため水をたくさん飲んだ。おいしい。水も引き立たせてくれるチーズ巻きはすごい。
玉子とキクラゲ炒めも運ばれてきた。テーブルの上が全体的になんか黄色い。食べたいものを頼んだらこうなってしまった。
でも私はいつだって心のままに注文したい。たとえ食べ合わせのバランスが崩れたとしても後悔はない。心が先、彩りは後。
玉子とキクラゲ炒めはボリュームがすごい。
さり気なく入っている細かい唐辛子のピリ辛具合がアクセントになって、お箸がさくさく進む。
優しい味つけをイメージしていたが、じわじわとパワーを感じる料理だ。
出汁と塩分がきいたスープに浸っているのが珍しい。これのおかげでふわふわの玉子が主体でも、おかずやおつまみとしてしっかり成り立っている。
だから次はお酒かごはんを一緒に頼みたい。
当たり前だ。はじめての経験を通してすごく当たり前のことを学んだのでびっくりした。
ごちそうさまでした
はじめは「熱烈中華食堂」の響きを恐れて日高屋に入れずにいたが、実際に食事をしてみたら全然気負うことはなかった。
ほかの料理も気になるし、今度は正解のメニューを探ってみたい。
ちなみに後日、友達に日高屋の正解を聞いてみたところ、
私たちは日高屋のことをまだよく知らない。
だからまた行かないといけない。
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