ニコニコ動画。
2006年に開始された動画共有サービスです。コメントが動画上に流れてくるという斬新なシステムが独自の文化を形成し、若年層を中心に爆発的な人気を形成してきました。
現在20~30代前半のインターネットユーザーにも、多感な時期をニコニコ動画と共に過ごした人が少なくないはず。
ということは、ニコニコの記憶とともに青春の「思い出」が眠っているのではないでしょうか?
そこで、Twitterにて「青春をニコニコと一緒に過ごした人の思い出」を募集したところ、合計2400件以上ものエピソードが全国から送られてきました。
エピソードはいずれも濃密で、読んでいるだけで頭を抱えてベッドで足をバタバタしたくなるような地獄ばかり。
さて、今回はそんなニコニコとともにあった青春の記憶を黒歴史も美談もひっくるめて合計100個の「あるある」にまとめてご紹介します。
それでは「※鳥肌注意※」でご覧ください。
ちなみに合計25000文字ほどあります。
くるぞ………
1. 昼の放送でニコニコ関連の曲を流す
「給食の時間の放送で流した」という過去を持つ人が非常に多くいました。わざわざCDやMDに焼いてまで持っていく情熱はいったいどこからやってきたのか。
CDラジカセで「自動マリオによる創聖のアクエリオン」や「ランランルーの音MAD」を流していました。今思えば原曲を流すのが恥ずかしかったんだと思います。
小学生高学年だったころ、給食の時間に教室の隅にある
今思えばそっちのほうが恥ずかしい。
小学校の校内放送でU.N.オーエンは彼女なのか?を流したら2学年下の女の子が興奮しながら放送室まで来てすごい感謝された
いい話ですね。
交際していた彼氏が、お昼休みにボカロがかかった瞬間、全クラスメイトの前で曲に合わせて熱唱して突然ワンマンソロライブをかました事をたまに思い出します。なんだか自分の事のように恥ずかしい思いを抱いた記憶があります。あんな人間と付き合っていたのか、とあまり蒸し返したくない黒歴史の思い出です。
学生時代、周囲に関係を秘密にして
うっ……。
2. ネットスラングをひけらかしてしまう
●痛い中2だったのでネットスラングを会話に混ぜ込むのがかっこいいと思ってた時期がありました。
●ネットスラングを日常生活で多用して、ネットに明るい人ですアピをしていました。クラスの陽キャにからかわれて恥ずかしくなって使わなくなりましたが、今思えばあの陽キャに感謝しかないですね。
●ニコニコのスラングしか喋らない友だちとニコニコのスラングだけで会話してました。思い出しては悲しくなります。
ニコニコ関係の特殊な用語、使うだけで秘密の合言葉を言っている気分になれるんですよね。
●友達に「w」とはなにかと聞かれた際に「インターネットの用語だよ、知らないだろうけど」と得意げに答えていた
ア~~~~。
3. アングラ空間に詳しいという謎の優越感
●クラスではYouTubeが主流でニコ動を見てるのは俺と友達の2人くらいだったので、アンダーグラウンドに生きる俺カッケーと思ってた
初期はいろんな意味で無法地帯だったこともあって、漂うアングラ感に陶酔している人も多くいました。
●遊戯王MAD動画にどハマりして、「学校の連中はこんな面白いの知らないだろうな」という愚かな優越感を覚え、学校でよく「ずっと俺のターン!」と叫んでいました。当時は今以上にオタクに対して冷たい視線があったのでキモがられていましたが、それがより深みに嵌る契機になりました。今でも郷愁を思い出すように遊戯王MADをたまに見てます。
学校で「ずっと俺のターン!」と叫んでキモがられるのはオタクとかあまり関係ない気がする。
4. ローカルブームの火付け役になる
●鉛筆の芯を削り出して鎖を作ってみた動画に影響を受け、学校の休み時間に真似してカッターで鉛筆の芯を削っていたら、「私にもやらせて」と友達数人が集まり、しばらくの間ローテを組んで私の鉛筆の芯を無心で削って鎖を作るのが流行った。
●小学校の頃ドナルドMADが好きすぎて、クラス内外でらんらんるーを流行らせました。
ニコニコから持ち込んだカルチャーを教室という狭い世界内で流行らせたという報告が多数。特に小学校における「らんらんるー」「ヴェルタースオリジナル」「ハゲの歌(これはFLASHだろ)」の認知度はかなり高かった様子。
●小学校でドナルド・マクドナルドのMADが流行った。みんなあくまで教室でローカルに流行っているものだと思っていたらしく、「これはインターネットで全国的に流行っているコンテンツだ」という旨を伝えたら、嘘つき呼ばわりされた。
インターネットというテクノロジーがあってなお閉じられた空間はなくならない。
5. 布教者になろうとして失敗する
●女子高生の頃、手紙交換が流行っていたのですが、その時渡す菱形に折った手紙の裏に、好きなボーカロイド曲の歌詞の引用を書くことで控えめに布教しつつ、オタクを炙り出す、、、というのをやっていました。
●東方のにわかオタクであり周りの友人に布教しようと躍起になっていた結果、友人との距離の取り方がわからなくなり孤立した
誰もがザビエルにはなれない。
6. 黒板にスラングを書く
●東方projectに傾倒していて黒板に「( ゚∀゚)o彡°えーりん!えーりん! 」の落書きをしていた
●ボーカロイドの「惡ノ娘」シリーズにどハマりし昼休み黒板に自分の妄想したシリーズの続編「黒ノ娘」の歌詞を書き綴っていた
●小学校高学年の時、黒板の日直の欄に『魔理沙』や『妖夢』など好きな東方キャラの名前を勝手に書いて、オタク男子のウケを取っていました。
教室の黒板は小さなインターネット。そこに(本人的には)さりげなく自我を出す人がたくさんいました。
●中学一年最初のクラスの前での自己紹介で( ´•ω•` )の顔文字をデカデカと書いた紙を黒板に貼り、しょぼんというキャラクターについてオタク語りをした後「インターネットが好きです。2chやニコ動をよく見る人はぜひ話しかけて友達になってください」と言い誰にも話しかけられず中学時代友達ができませんでした。
( ´•ω•` )
●イジられ待ちでコメントで覚えた┌(┌^o^)┐の顔文字を黒板の中央に描いておいたら、先生に冷静に「消しなさい」と言われ、静まりかえった教室の前に出て消したことがある。下手に怒られるより恥ずかしかった。あとで友人に「いや〜らくがき消し忘れちゃったw」と無意味な言い訳をした。
┌(┌^o^)┐
7. 学校で踊る
●学校の廊下でウッーウッーウマウマをオタク仲間と踊り狂った
●体育館の2階にほとんど人が通らない通路があり、そこで友人とハレ晴レユカイやボカロ曲の踊ってみたを練習していました。特に披露する場もないのに。時々走り込みをする陸上部がそこを通り、気まずい思いをしました。
思春期のリビドーを踊りで発散していたのかどうかはわかりませんが、一部の中学生はなぜか急に人に見えるところで踊ります。
●中学校のダンスの授業でハチさんの「マトリョシカ」を踊って完璧に浮いた経験があります。まだ「米津玄師」ではなかった時代です…今なら周りの視線も違うのかな…
今や園児がパプリカを踊っている時代。
●中学生の頃、部活中(美術部)にハレ晴レユカイを踊ってたら顧問に見られ、美術準備室でアカペラ・サシでハレ晴レユカイを踊る羽目になった。顧問は「一生懸命踊れば案外見れるものねぇ」と謎の感想をくれた。
やめてくれ、胸が痛い。
8. バスの中で歌う
●林間学習のキャンプ地へ向かうバスの中で「人柱アリス」をマイクで熱唱した。
●修学旅行のバス内カラオケで「エアーマンが倒せない」を歌った
●小学校の遠足で、みんなで一日中『男女』を歌ってた。 帰りのバスでは、ニコ動を見てないやつもみんな歌うようになってた。
修学旅行やらのバス内で順番に歌わされる文化ありましたよね。なんであんなことさせるんだ。
9. リコーダーで真似する
●あの削除動画で流れるリコーダーのやつをとりあえず真似する
●学校の休み時間にリコーダーでボーカロイドの曲を吹く
●音楽の授業中、リコーダーでにーっこにっこどーがを吹いてクラスで人気者になりました
オタクは急に踊るし、歌うし、笛があれば吹く。
10. パソコンの授業でニコニコを見る
●パソコンの授業で自由時間に周りの生徒が青鬼をしていたので、隣で青鬼の倍速実況プレイを見て、注目を得ていた
●パソコンの授業の自由時間(自由に調べ物をしてもいい時間)で、これみよがしにニコニコ動画を開いていた 特に腐女子は全員やってた
パソコンの授業は「おれこんなの知ってる」をひけらかせる最高のステージ。パソコン室の独特の匂い懐かしいな。
11. クラスの友だちと合唱する
●
教室の後ろの方で開催される、オタクのウィー・アー・ザ・ワールド。この報告めちゃくちゃたくさんありました。
こんなふうに白い目で見られることもあれば、
クラス全員がオタクだったので皆んなでニコニコ動画組曲やニコニコ動画流星群を合唱していました。
高校の頃、
幸運なパターンも。
12. オープンニコ厨にマウントをとる
表向きには知らないふりをしながらも心の中で流れる曲を楽しんでいた。
給食中に流れる校内放送でボカロ曲が流れるとはしゃぐオタクをオープンにしている生徒を横目に、
オタク=陰 というのは一面的。実際は、その趣味をオープンにする「陽のオタク」と、そんな様子を見て「へっ」と思っている「陰のオタク」が存在します。
「本当に恥ずかしいからやめてほしいよね……」と白い目を向けながら、隅っこで静かに共有できるタイプの友達とだけ、面白い動画の情報を交換し合っていた。動画コメに対しても「この中に混ざりたくない、同じだと思われたくない」という意識が強かったため、一度もコメントを書き込んだことはない。
クラスでは所謂”オープンなニコ厨”たちがドナルドやテニミュの音MADをそれなりの声量で歌ったりしていて、彼らのことを心から見下していた。
お前、カッコいいぜ……。
13. 文化祭の出し物で輝こうとする
●文化祭のステージで「やらないか」を踊ろうとする
●文化祭でニコニコ動画関連の曲ばかり演奏した。編曲の出来る有志たちが楽譜を作り、当日は全員コスプレして参加、楽曲に関連のある小物(ネギなど)を各々持ち寄って演奏中振り回していた。
●サザエさんの全自動卵割り機回を文化祭で演劇として上演してしまいました
オタクに無礼講を与えるとろくな事にならない。
●文化祭でニコ厨のクラスメイトとハレ晴レユカイを踊る
文化祭でハレ晴レユカイを踊ったという報告多数。なんだかんだでいい思い出になった人も多いみたいです。
●文化祭で流して欲しい曲のリクエストに「思い出は億千万」と書いたら、郷ひろみの「2億4千万の瞳」が流れた
いい話。
14. 合唱曲でボカロを推す
●ワールドイズマインを中学の合唱祭で歌う曲として提案した。提案は黒板記載式で、英語=カッコイイと思っていたので、「W.I.M(world is mine)」とドヤ顔で書いた。
●卒業式の合唱のときに、突然みんなに楽譜配ってピアノ乗っ取って人柱アリス歌わせようって話してた
カルチャーへの目覚めをニコニコで経験すると、世の中の良いもののすべてがニコニコにあると思ってしまいがち。
15. 卒業シーズンは「桜ノ雨」
●卒業式で「桜ノ雨」を歌うための署名運動をしたが、美術部と科学部の数人分しか集まらなかった
●当時の教師に卒業式には桜ノ雨を歌いたいと打診する。革新的な事をする自分……!と思っていた。
●学年の大半がニコ動を見ていたため中学3年最後の学年合唱曲が桜ノ雨になった
オタクは「オタクじゃない人に『いいじゃん』と言ってもらう」という体験が大好きなので、歌詞が普遍的な「桜ノ雨」を推す勢いは凄まじいものがありました。
●校歌を新しくしようってなった時に名曲桜ノ雨の歌詞からめちゃめちゃ引用したにも関わらず普通に全無視されました。
普通に盗作だろ!
●桜ノ雨を卒業式で歌ってめざましテレビに出た
めざましテレビに!?
16. ノートに歌詞を書く
●好きなボカロ曲の歌詞を授業中に全部書き出して歌詞ノートみたいにして遊んでいた。
これはもう、ニコニコ登場以前から伝統の思春期しぐさではないでしょうか。
●ボカロ曲の歌詞をノートに書き出し、クラスの黒板に貼り付けたことがある。
●授業中ノートに動画プレイヤー描く
なんでそんなことするんだろうな。
17. ボカロにあこがれて機械音声で歌う
●卒業式で歌う「旅立ちの日に」を初音ミクが歌った音源で覚え、合唱の練習中も初音ミクの真似をして機械的な発音で歌っていた。
●普段の生活でも機械音声を真似て話したり、歌ったりしていた
こういう青春もある。
18. 机に歌詞を書く
●机に「魔理沙は大変なものを盗んでいきました」等IOSYS作品の歌詞を落書きしては、何も知らないクラスメイトに見せびらかしていました。
●中1の時、ニコニコ動画組曲やニコニコ動画流星群などの好きな部分の歌詞をを机に書いてクラスメイトから「それ何?」と聞かれるのを全力待機していた(聞かれなかった)
●フォントまで真似た「マトリョシカ」の文字を机に彫ってた
ドワンゴは「マトリョシカ」が彫られた机を買い取って文化財として保存しておいたほうがいい。
19. 卒業文集に残る爪痕
●中学校の卒業文集に「一生ニコ厨」と書いた
●卒業文集の中に、自分のイメージをみんなに書いてもらう欄があったのですが、ニコニコ動画と書かれました。
あと10年経てば自分で笑えるようになる日がたぶん来るから……。
20. 朝読書で張り切る
●中学の朝読書の時間にアイマスのSSを印刷してファイリングしたものを読んでいた。
これは真の男にしかできない。
●国語の授業中にボカロ曲を題材にした小説を読み、『これも国語』と言い張る
休み時間に読め。
21. 歌詞を考察
●友達と交換ノートで初音ミクの人柱アリスや鎖の少女など重めの曲の自己解釈や歌詞の考察をひたすらに綴っていました。そのノートは後に燃やしました。
焼かなくてもいいのに。
●中学生の頃、教室の机に暗い系のボカロ曲の考察を書いたまま消さずに帰り、次の日見たら新たな考察が書き足されていました。誰が書いたのかは未だに分かりません。
ロマンチック・オタク。
22. カゲプロに影響を受ける
●カゲプロ全盛期で、動画が投稿されるたびに友達と裏の意味を考察したりして盛り上がっていました。 学校では「メカクシ団」を結成していて、団員ナンバーやその番号のキャラ名で呼び合ったりしていました。
●カゲプロにハマった集団がGREEの自分のアカウント(2012~13年の中学生は全盛期で友達はほぼ同じ中学)でなりきりアカウントを作る
自然の敵P(じん)の楽曲から派生した『カゲロウプロジェクト』シリーズが一世を風靡。思わず真似してしまった人が多数いました。
●カゲプロの見過ぎでよくフードを被って生活していた(かっこいいと思ってた)
「フードをかぶるのはかっこいい」という価値観、なぜか幅広い世代の思春期に支持されている気がしますね。
●カゲプロが流行り、オタク友達がカラオケで「カゲロウデイズ」や「チルドレンレコード」などを歌う中、「人造エネミー」を歌うことで格の違いを見せつけていた
格差、小さっ。
23. 『ニコニコ動画流星群』などを暗記する
ニコニコで流行した曲をメドレー方式でつなげた「ニコニコ動画流星群」や「ニコニコ動画組曲」は、ニコニコユーザーの帰属意識の受け皿として甚大な支持を受けていました。
●ニコニコ動画組曲、裏組曲、流星群、七色のニコニコ動画の替え歌(特にテイルズ)を聴き覚えソラで歌えることがステータスだった
●小6のころ、組曲ニコニコ動画やニコニコ動画流星群の歌詞(正確には「原曲で再現してみた」のもの)を全部ノートに書き写して覚え、下校中に友達と歌っていた。
ノートに書き写しては暗唱していた人が多数。
●部活終わりの同級生があまりいない帰り道に友達とニコニコ流星群を歩きながらフルで歌って帰っていました。歌い手ごとにアレンジが違ったので、それぞれ好きな合いの手を入れてました。
●下校中に友達と2人で自転車を漕ぎながら、一緒にニコニコ動画流星群のお互いがわかるところを交代で歌っていました。
青春じゃん……。
24. 登下校中に頭の中でニコニコ動画流星群を流す
●自転車通学だったのですが、学校から家までの距離がちょうどニコニコ動画流星群を歌い切るくらいの長さだったので毎日一人で熱唱しながら帰ってました。
同じエピソードを書いてる人が沢山いました。すごく長い曲なので、ボーッとしながら移動する小中学生には脳内再生にちょうど良かったんですね。
25. 感情移入しすぎて泣く
●東日本大震災後、眠れず毎晩ニコニコ動画を見て気を紛らわす生活が続く中、ふと聴きに行った初代「Smiling」で号泣した
●好きだった投稿者が大炎上して済し崩しに引退した時ショックで号泣して朝から目を腫らして学校に行った。授業の後、その投稿主の動画をよく見ていた同じ部活の友人と手を取り合ってまた泣いた。
「手を取り合って泣く」って実際にあるんですね。