運動不足だ。もともと運動が苦手なくせに、外に出なくなったのでたちが悪い。ひどい時は1日30歩しか動かないし、歩き方を忘れてしまいそうである。体重は増加の一途を辿り、腹をつまむと見慣れぬ脂肪がぷにっと浮き上がった。君、いつの間に生まれたんだ。

というわけで買った。

 

エアロバイクである。フィットネスバイクとも呼ばれる。自転車のように漕ぐあれだ。色のクセが強すぎるのは安かったのと、他のバイクはどれも品切れだったからである。皆考えることは同じらしい。

 

早速漕いでみる。

 

ああ…

 

続かねえ。

全然続かねえ。漕いだ時間より組み立てる時間の方が長かった。かつてランニングも筋トレも、フィットネスゲームだって続かなかったのに、ただ漕ぐだけの運動が続くはずもない…。

 

申し遅れましたが、ライターの岡田悠と申します。趣味は旅行です。最近趣味が消滅しました。

そう、そもそも本当だったらGWは旅行に出かけていたはずだったんだ。運動は苦手だけど、旅行なら全然いける。知らない土地を巡るのであれば、ちょっとくらいの汗は我慢できる。

そうして思いついた。旅行に出られないなら、部屋で旅行をすれば良い。このエアロバイクに乗って、日本中を旅できないものか。

調べているうちに、「Zwift」「BKOOL」といった、ロードバイクを取り付けて仮想空間でトレーニングができるマシンが存在するのを知った。しかしエアロバイク程度で音を上げる僕にはハードルが高いし、なにより用意されたコースではなくて、好きなルートを気ままに走り回りたい。スピードを競うのではなく、隣町に出かけるみたいにのんびり漕いで、行き当たりばったりの景色を眺めたい。そういう体験が最近足りない。

考えた末に、Googleマップのストリートビューとエアロバイクを連動すればいいのでは?という結論に思い至った。ストリートビューならば自分の行きたい場所に移動できるし、いろんな景色を楽しめる。

どこに行こうか。都会を走るのも、自然を走るのもいい。京都の街や、瀬戸内海沿いの道なんかも最高だな。北海道の大草原というのも捨てがたい。


ああ、もう….

 

縦断だ縦断。もう縦断だよ。エアロバイクを使って、部屋の中から日本中を巡る旅。日本最北端の北海道・宗谷岬から、鹿児島を目指して漕ぎ続けるのだ。

 

 

エアロバイクとGoogleマップを連携する

ストリートビューに連携させるためには、まず何らかのセンサーでエアロバイクの動きを検出する必要がある。センサーを扱うには「Arduino言語」を学ぶのが初心者にはいいらしい。早速入門本と簡単なマイコンを取り寄せて、プログラミングの勉強から始めた。ダイエットをしたかったはずなのに、なぜ電子工作を学んでいるのか。遠い道のりである。

とりあえず部屋にこもり必死に勉強した成果として、「キーボードを押すとLEDが点滅する」という装置を作ることができた。なんだこれは。何の役に立つのだ。

 

いや文字通り、千里の道も一歩からである。人生にショートカットなど存在しない。焦らずこのマイコンを少しづつ進化させていこう。その先に日本縦断という壮大な目標が待っているのだ。

そうやって次の段階に進もうと調査を続けているうちに、とある技術系ブログにたどり着いた。広島でエンジニアをしているというその人物のブログでは、Arduinoを使ってエアロバイクとストリートビューを連携させる仕組みが考察されていた。え、これじゃん。僕のやりたいこと、これじゃん。ショートカットじゃん。

我々は巨人の肩の上に立つべきである。僕は自分のマイコンをほっぽり出して、すぐさまその人に連絡をとった。

「初めまして。エアロバイクで日本縦断したいです。どうぞよろしくお願いいたします。」

巨人にバカみたいなメールを送ってしまった。すると数時間後に、

「是非やりましょう!!やらせてください!!」

とめちゃくちゃ乗り気の返信が届いた。やったぜ。人の熱意は伝染するのだ。中川さんというその方と、次の日早速オンラインで会うことになった。

 

こちらが中川ケイさんだ。

20年近くWeb系プログラマとして働く。一番連れ添った技術はFlash。ネットでは主に「ie4」の名前で活動中。拠点の広島では立ち呑み屋の「西乃屋」がお気に入り。

 

エンジニアの中川です。

ご連絡した通り、エアロバイクで旅行をしたくて。

いやもう、すぐにやりましょう!!

そんなに快諾してもらえるとは…

自分、このアイデアをずっと世に広めたいと思ってたんです。せっかく考えたのに、このまま埋もれるのは勿体無いなと思って…

そういうことなら、ぜひ実現しましょう!どんな仕組みを考えているんですか?

えっとですね。Arduinoの基盤をエアロバイクに接続して、それをスマホで距離データに変換して、クラウドでストリートビューのAPIを叩いて….

すみません、図解でお願いします。

こんな感じですね!!!

 

 

すみません、説明でお願いします。

つまりエアロバイクとスマホを接続して、回転データをスマホに入れる。それを通信でストリートビューに飛ばして、前進するんです。

あー、なんとなくわかってきました。バイクの回転が前への推進力に変換されるんですね。すると横にはどうやって曲がるんですか?

曲がれません。

え?

前にしか進めません。

それ、一生北海道をさまよいませんかね。

大丈夫です!そう思って、今日のために曲がる仕組みも考えてきました。

いい人すぎる…。

例えば、手信号はどうかと思ってるんですよね。

手信号って、あの手をあげて曲がるやつですか?

そう、あの手信号です。

部屋の中で手信号やってたら面白くないですか?

それは面白いです。でもどうやって実現するんですか?

手をあげたらそれをWebカメラで検知して、ストリートビューの方向を調整できるようにします。

そんなことが!?

「TensorFlow」という機械学習のオープンソースを使えば骨格検知ができるので、それを応用しようかと思います。肘と手の平の骨格の位置を分析・比較して条件分岐させればいけるはず。

何者なの?

すぐ作りますね!!

本当にありがとうございます。

 

そして2週間後。僕のショッキングピンクのエアロバイクは変貌を遂げていた。

 

エアロバイクで旅に出る

これが今回使用する、Arduinoのマイコンだ。もちろんただ光るだけではない。

 

エアロバイクのメーターに刺さっているコードをぶち抜いて、代わりにこのマイコンに接続する。さらにスマホにも繋げることで、エアロバイクの回転データがスマホへ渡り、速度と距離に変換。そこからさらにGoogleマップへと連携されるのだ。(注:走行距離の再現は厳密ではない)

 

そしてモニタにつなぐ。エアロバイクからの視界はこんな感じだ。それらしい!それらしいぞ!

 

さあいよいよ出発地点を設定しよう。日本最北端の地、宗谷岬である。
とりあえず記念写真を撮っておく。

 

サドルにまたがる。鼓動が早まる。緊張しているのだ。これはただのエアロバイクで、僕は部屋の中にいるけど、長い旅のスタートであることには変わりない。旅の始まりはいつだって少しの不安と緊張と、未知への好奇心がないまぜになってぐるぐると回る。それは一種の恍惚感であり、一度味わうとやめられない麻薬でもある。

 

息を深く吸い込み、ゆっくりとペダルを踏み出した。

 

進んだ。

 

進んでる〜!!

とてもスムーズだ。ペダルを漕ぐと、その分だけ着実に前へ進んで行く。前進は問題ないようである。
さて、問題は方向転換だ。果たして手信号で曲がることなどできるのか?

PCのWebカメラを通じて、僕の骨格が緑の点として検知されている。

 

手信号をすべく、左右の手を90度に挙げると…

 

視点がその通りに移動した。

 

すげえ!やったよ中川さん!あんたすごいよ!

屋内での手信号が実現した。これで好きな道を自由に進むことができる。

早速宗谷岬をスタートして、海沿いの国道を行くことにしよう。道幅は広く、走りやすそうである。空も晴れていて気持ちがいい。ペダルを勢いよく回すと、どんどん景色が後ろへと吹っ飛んでいく。2分で飽きたエアロバイクも、これならば続けられそうだ。

少し進んだところで休憩し、昼ごはんの時間となった。北海道といえば、海鮮丼である。

 

海を眺めながら食う飯はうまい。

 

さて、Googleマップの指示通りだと、しばらくはこの国道238号線を走り続けるのが縦断への最短ルートらしい。道のりはまだまだ果てしないので、一旦はその通りに進もうと思っていた。だが脇道が見えた瞬間に、気づいたら僕は右手を挙げ、そのまま左折していた。

手信号を使いたかったというのもある。しかし何よりも、ただ知らない道に行きたかった。部屋を30歩動くだけの日々で、無意識に見たことのない光景を渇望していたのだ。
本能そのままに前進する。もう地図はあてにしない。ただ景色だけを眺めながら、ペダルをグイグイと押し込んでいく。それはまるで小学生の頃、初めて自転車で知らない街に出かけた時と同じ気持ち。このままどこまでも行けるような気がして、僕はただ夢中で走り続けるんだ。

そうしてうっすらと汗をかいてきたところで、思わぬ景色が目に飛び込んできた。

 

 

草原にまっすぐ伸びる一本道に、大きな塔が何本も立っている。風車だ。何台もの風車が、見渡す限りずらりと並んでいた。

調べてみると稚内は風が強く、風力発電の導入が盛んらしい。現在では80基以上もの風車が設置され、巨大な電力を生み出しているとのことだ。それも納得の光景である。

風車の一本道をエアロバイクが駆けていく。動いているのはモニター越しの世界だけど、僕の心は高鳴っている。変わらない旅の楽しみがそこにはあった。知らない角を見つけたら、また思いつきで手を挙げよう。稚内の風が部屋の中を吹き抜けていった気がした。

 

 

日本縦断するまで続けます

というわけでこれから毎日、日本縦断の旅に挑んでいきます。
朝晩と30分ずつくらい漕いで、だいたい1日10~30kmほど進めることがわかってきました。今いるのはまだ北海道の先っぽなので、このペースで行くと、日本縦断まで半年くらいかかります。日本でかすぎる。

幸い時間はたっぷりとあるので、途中で寄り道をしたり、現地の名物を食べたり、ゆっくり気ままにこの仮想空間の旅を続けていこうと思います。
こで、旅の記録をたどる特設サイトが誕生しました。

「エアロバイク日本縦断の記録」(外部サイトへ飛びます)

このサイトでは僕がどこにいるかをリアルタイムで表示しています。矢印が点滅している場合は、エアロバイクを漕いでいる最中です。
さらにその矢印をクリックすると、僕が移動しながら見ているのと同じストリートビューをリアルタイムで追体験できます。同じ景色を共有しながら、一緒に旅を楽しみましょう。

また日々の旅の記録や見つけた景色については、Twitterでも報告していこうと思います。

ではエアロバイクにまたがって、行ってきます。