注:記事中に登場する人名・地名は、必要に応じて仮名を使用しています。
「その人形を7日間持っていられれば、願いが叶う」
そんな話を聞いたのは、大学時代の友人たちとのリモート飲み会の席上だった。
参加者の1人で、北関東某県の公立高校で教師をしている清水原という男が、突然そんなことを言い出した。
彼の勤める学校で、その人形をめぐり、ちょっとした騒ぎが起こっているという。なんだか好奇心をそそられる話だ。ぜひ詳しく聞きたかったが、残念ながらその場では別の話題に流されてしまった。
そこで後日、清水原と1対1で詳しい話を聞くことにした。
※清水原(画面左)。公務員である彼の立場を考え顔にボカシを入れている。
(筆者)「すまんね、忙しいところ。で、なんだっけ?『7日間持ってると願いが叶う人形』?」
「そうそう、女子生徒が学校に持ってきてさ。見た目がちょっと不気味な人形だったもんで、生徒たちが騒いじゃって」
と言って送られてきたのが、冒頭にも載せたこの写真だ。
「で、そのあとが大変でさ。なんせ、人が2人もいなくなっちゃったもんだから」
「え?……ちょ、ちょっと待って、順を追って話してくれる?」
人が2人消えた? いきなりの急展開だ。
彼自身も混乱しているようで、話はなかなか要領を得なかったが、まとめるとこういうことのようだった。
・女子生徒たちの間で、「7日間持っていられれば願いが叶う人形」という噂話が広まる。
・ある女子生徒(個人情報のため名前はオフレコでも言えないとのことで、清水原の言葉を借りて”生徒A”とする)が、ある日突然その人形を学校に持ってきた。
・生徒Aが常に人形を持ち歩くので、噂を知らない生徒にまで人形の話が広まり、日に日に騒ぎが大きくなった。
・見かねた生活指導担当の教師・高東が、生徒Aから人形を没収した。生徒Aは人形を返すように泣き叫んで訴え、その様子を清水原を含めた大勢が目撃している。
・生徒Aは、それ以来学校に来ておらず、家にも帰っていない。
「高東先生は没収した人形を自宅に持ち帰ったみたいなんだけど、その翌週ぐらいから高東先生も学校に来なくなっちゃったの。ずっーと無断欠勤状態」
つまり、人形を所持した人間が連続で2人消えてしまったことになる。
「警察には?」
「生徒Aはもともと、なんというか、素行が悪かったんだよ。だから母親が『どっかの男の家にでも転がり込んでる』って決めつけてるみたいで、特に探してないらしい。高東先生は県外に住んでるご両親が心配して、捜索願を出してる」
「人形は今どこにあるの?」
「高東先生のご両親と一緒に、先生が一人暮らししてたアパートに行ったんだけどもぬけの殻でさ。そのときに人形だけ見つけたのよ。生徒から没収したものを捨てるわけにもいかないから、今は職員室で保管してある」
「なるほど……」
もしかしたら記事にできるかも、と軽い気持ちで聞いてみたものの、思ったより事態は深刻なようだ。
というか警察が介入している件に、むざむざ首を突っ込むこともない。適当な所で話を切り上げようかと思ったところで、清水原がとんでもないことを言い出した。
「この人形さ、オモコロで記事にならない?」
「え?」
「記事ってことにして、人形についてちゃんと調べてほしいんだよ。ほら、もしかしたら高東先生の居場所がわかるかもしれないだろ?警察は人形の話なんて取り合ってくれないし、かといって俺も調べ方なんてわからないし」
「オモコロってそういうサイトじゃないんだけど」
「大丈夫でしょ。『【検証】持つと失踪する呪いの人形を7日間持ってみた』とか、ありそうじゃん」
「ねーよ。現に2人消えてるんでしょ?そんなものと関わるの普通に嫌だし、人形は然るべき寺とかに持ってった方がいいと思う」
「……お前、人形持ってるだけでマジで人が消えると思う?」
「……まあ、思わないけども」
「じゃあお前んちに人形だけ送るから。あとは任せた」
【検証】持つと失踪する呪いの人形を7日間持ってみた
というわけで、後日届いたのがこの人形だ。
サイズ感はこんな感じ。小さいが意外と重い。うっすら、おばあちゃんの家のタンスのにおいがする。
今回調べるポイントは2つ。
① 「人形を7日間持っていられれば願いが叶う」というのは本当か?
そもそもの触れ込みは「願いが叶う人形」という話だ。とりあえず叶ったかがわかりやすい願いとして、ちょうど7日後に抽選がある宝くじ「ロト7」を買ってみた。
画像は宝くじ公式サイトのスクリーンショット。
気になるのは「持っていられれば」という部分だ。何か、持っていられないような妨害があるかのような文言である。
……当たるといいな、6億円。
② 人形の正体は何か?
見れば見るほど、何かの意図を感じるデザインの人形だ。
まずは人形の出所を探るべく、清水原には「生徒Aがどこから人形を入手したのか」を調べてもらうことにした。また筆者自身も、この手の話に詳しそうな知人に人形の写真を送り、見覚えがないか尋ねてみた。
返事を待つ間、自分でも人形について調べてみるつもりだ。
というわけでここからは、実際に人形を持っての7日間の記録である。
1日目
「7日間持っていられれば願いが叶う」「持っていた人間が2人消えた」……。
そんな”いわく”付きの不気味な人形を家の中に置いておけば、何か起きるのではないかと思ってしまう。誰もいないはずの場所から物音がするとか、触ってないのに人形が移動しているとか、人形の髪が伸びるとか、その手のやつだ。
さっそく何かが起きるのではないかと不安半分、期待半分で過ごしていたのだが……
なーんも起きない。
よく考えれば、いやよく考えずとも、そりゃそうだ。人形を持ってたぐらいで超常現象が起きるなら、この世には超常現象の体験談がもっとあふれているはずだ。ただの”モノ”である人形が、動いたり、物音を立てたりできるはずがないし、この人形には伸ばせる髪もない。つるっつる。
まあ人形の「効能」は7日後に宝くじで確かめればいいとして、進めるべくは人形の正体を確かめる調査だ。
この日は休日だったため図書館に赴いて、オカルト、民俗、歴史、迷信などに関わる本を片っ端から当たってみたが、残念ながら有力な情報は得られなかった。質問を送った知人からの返信も、まだないようだ。
2日目
2日目になったが、特に人形周りでは何も起きない。
記事を盛り上げるために「人形がある方から視線を感じた」ぐらい書きたいのだが、それすらもない。視線ください!
ちょっとかわいくしてみた。
ちなみに筆者は、現実世界での霊現象などについては積極的には信じていない。なので、元も子もないことを言うと、この人形を持っていても何も起きないだろうし、どうせ宝くじも外れるだろうなと思っている。
たださすがにそれでは記事としてはマズいだろう。
そこで今日からは、身の回りで起きた些細な変化も書き残しておこうと思う。もしかしたら関係のなさそうなことが、人形の正体解明につながるかもしれないからだ。
今日の些細なこと:
間違い電話があった。
いきなりブログにでも書いておけよ、というレベルの話で申し訳ない。
正確には間違い電話ではなく不在着信だ。山形県熊原市という場所の市外局番だった。縁もゆかりもない場所だ。
番号で検索しても特に何もヒットしないため、商店や企業の番号でもなさそうだ。あとで念のため折り返してみたが、不通だった。
3日目
夜に、清水原から連絡がきた。人形の出所について、生徒たちに聞き込みをしてくれたという。
「申し訳ないけど、生徒Aが誰から人形をもらったのかはわからなかったわ。元々あんまり周りとつるまないタイプでさ、誰に聞いても『あの子のことはよく知らない』の1点張りで」
「保護者から話は聞けないの?」
「母親と2人暮らしなんだけど、母親もよく言えば放任主義というか、あんまり娘に関心がないみたいで。ほら、現に失踪してるのに捜索願も出してないわけだからな」
「たしか、生徒Aが学校に人形を持ってくる前にも、人形の話は噂になってたんだろ?その噂の出所はわからない?」
「それも聞いてみたんだが、こいつはあいつから聞いた、あいつはこいつから聞いたって具合に要領を得なかった」
生徒Aがどうやって人形を手に入れたのか、人形の噂はどこから広まったのか、いずれも謎のままということになる。
「ただ、1つ進展もあったよ」
「お!」
「高東先生のご両親に連絡を取って、記事の話をしたら、高東先生のアパートを調べてもらって構わないってよ。ちょっと距離あると思うけど、見に来るか?」
手がかりのないなか、ありがたい提案である。住所を聞くと、筆者の暮らす街からも在来線で1時間強で行ける場所のようだ。早速翌日に伺うことにした。
今日の些細なこと:
今日も同じ山形県熊原市の番号から電話が来た。思い切って電話を取ってみたが、すぐに切れてしまった。やはり間違い電話だろうか。
また、筆者の暮らすマンションの掲示板にこんなものが貼られていた。
管理会社の許可を得て撮影。黒塗りは筆者の編集による。
同じものがポストにも入っていた。
過去2日間、筆者が住む階で夜の0時ごろに子供が走り回るような騒音がすると苦情があったらしい。0時なら普通に起きて活動している時間帯だが、そのような音がした覚えは一切ない。
念のため、この日の深夜0時にスマホの録音機能で音を録ってみた。やはり何も聞こえなかったが、一応そのファイルをここにも貼っておく。
みなさんには、何か聞こえるだろうか。
4日目
仕事を早めに上がり、北に向かう特急電車に乗る。
1時間ほど揺られ、車窓越しの建物がどんどんまばらになっていったところで、高東教諭の住む町に着いた。地図アプリをたよりに、彼のアパートを目指す。
清水原も来られないかと誘ったが、期末試験で忙しいと断られてしまった。駅から20分弱歩き、アパートが見えてくる。
1階に住む大家さんには、事前に話をつけてくれているという。呼び鈴を押すと壮年男性が現れ、名乗ると小さな鍵を1本渡してくれた。ついでに何か話を聞けないかと思ったが、すぐにドアを閉められてしまった。
高東教諭の部屋のドアだ。表面に何か跡があるが、なんだろうか。中に入る。
中はがらんとしている。埃なのかカビなのか、住人の不在を感じさせるにおいが鼻を突いた。
間取りで言えば2DKだろうか。玄関入ってすぐの部屋がダイニングキッチンになっていて、奥にもう2部屋あるようだ。何か手がかりはないかと、とりあえず左の部屋へ進んでみる。
電気をつけて、ぎょっとした。部屋を埋め尽くすのは、大量の本だ。6畳ほどの部屋に、秩序なく本が敷き詰められている。
数学教師らしく、数学の参考書もかなりの量がある。しかし部屋中の本はそれとは関係ないものが多いようだ。何か異常なものを感じ、一人でこの場にいるのが急に心細くなった。少し足早に、もう一部屋へと向かう。
こちらは寝室兼書斎といった様子である。デスクの周りにも、先ほどの部屋と同様に本が積み上げられている。
デスクの上にも、本が並んでいる。「雑食」なタイプだったようで、ジャンルもまちまちだ。
キッチンはずっと放置されていた様相だ。
清水原に聞いた話では、高東教諭はかつてはこの部屋で夫人と2人暮らしをしていたという。詳細は知らないが、1年以上前に彼女は出ていったきりらしい。室内に、女性が住んでいた痕跡はほとんど見受けられない。
ひとつ、わかったことがある。
あえて写真は載せないが、部屋内には借金の督促状と見られる書類がいくつか散らばっていた。高東教諭への申し訳なさもあるが、いくつかは開いた状態で置かれており、金額が見えてしまった。決して少なくない数字がそこには書かれていた。
そう思うと、このドアの痕ももしかしたら……と勘繰ってしまう。借金の取り立てにきた人間が叩いた痕だと考えるのは、映画やドラマの見過ぎだろうか?
何とも言えない気持ちを抱えたまま、アパートを後にした。
***
もっとかわいくしてみた。
失踪した生徒Aは、素行が悪く、友人もいないタイプで、実際に家出をする理由は豊富にあったようだ。
一方で高東教諭も、とても返しきれない額の借金を重ねていて、突然”失踪”するだけの要素は十分に持っていたように見える。
ここにきて、「2人は人形を持っていたから失踪した」という前提が崩れてしまった。
今日の些細なこと:
この週は雨が続いていたので、帰宅後にコインランドリーに行って乾燥機を使った。
乾燥中は一度家に戻り、終わった頃合いを見計らって洗濯物を回収したところ…
洗濯物のなかに、見覚えのない靴下がひとつ混ざっていた。赤ん坊用のもののようだ。もともと乾燥機の中に残されていたのを見逃したのだろうか。いや、確証はないが、洗濯物を入れる前に習慣として、中がカラであることは確かめていたはずだが……。
そんなことを考えている折、インターフォンが鳴った。
夜も深い時間だったのでぎょっとして、画面を見ると誰も映っていない。
写真は自動録画されたもの。
画像から伝わるかわからないが、インターフォンのカメラは魚眼レンズになっており、マンションの入り口と入った先のエレベーターまでをすべて捉えている。そのため、インターフォンを鳴らした人物がどれだけ急いでその場を立ち去ろうと、画面左右のどちらかには姿が映るはずだ。
あまり有りそうではないが「誤作動だった」ということで自分を納得させた。
5日目
ここに来て、調査は手詰まりの様相を呈している。
2人の「失踪」には人形が関係していない可能性が高い。
人形を持っていた生徒Aの情報はほとんど追えず、人形の出処はまったくもって掴めていない。
このままでは本当に、「変な人形を持ちました。間違い電話が来ました。宝くじは外れました」だけの記事になってしまいそうだ。かくなる上は、なんとかして生徒Aの居場所を探すしかないだろうか……。
そう思っていた矢先のことだ。
一通のメールが届いた。差出人は、ルポライターの飛陀 光夫さん。最初に人形の写真を送っていた”こういうことに詳しそうな知人”だ。
著書『山からおりてくるもの』(2013/木霊書店)著者近影より
飛陀さんはオカルト系に強いライターだ。週刊誌の怪談特集やホラー系のコンビニ本でその名を見たことのある人もいるかもしれない。以前、ある仕事でご一緒したことがあり、地方の伝承や奇習が関わる怪談の引き出しの多さに驚かされた記憶がある。その縁を頼って連絡していたのだが、5日越しに思いが結実したようだ。
「直接話したい」とおっしゃってくださったので、すぐに通話をつないだ。
画像左が飛陀さん。
一通りの挨拶を済ませて、さっそく本題に入る。
「それで、この人形ですが……」
「そうそう、送ってもらった写真を見たときから、どうも既視感があってね。どこで見たかな、と思ってここ2~3日調べてたのよ」
「ありがとうございます!それで、思い出されましたか?」
「うん。ある特定の地域だけに伝わる伝承というか……ほとんど昔話に近いのかな。それに、似たような外見の人形が登場してたと思う。10年ぐらい前にかなりしっかり取材までしたんだけど、似たハナシが多くなっちゃって泣く泣くボツにしたんだよね」
「おお!ちなみにこの人形、『7日間持っていられれば願いが叶う』っていう触れ込みで出回ってたものなんですが、その昔話っていうのもそういう話なんですか?」
「7日?6日の間違いじゃなく?」
「少なくとも僕は7日と聞いていますが……。それが何か……?」
「うーん……。10年前にボツにした話だから僕もあんまり確かなことは言えないんだよね。当時取材した専門家につなぐことはできるけど、直接聞いてみる?」
「本当ですか!助かります! ちなみに、その昔話が語られてた『特定の地域』ってどこなんですか?」
「山形県の熊原市あたりだよ」
思わず、ぞくっとした。
2日目と3日目に来ていた「間違い電話」の発信元だ。これは何か関係があるのではないか。そう思わずにはいられない。
とっさにスマートフォンを確認する。
いつの間にか、不在着信が増えていた。山形県熊原市の同じ番号からのものだった。