6日目

この日は急遽仕事を休んで、飛陀さんが繋いでくれた「専門家」奥原太一さんとコンタクトを取ることにした。

奥原さんは山形県で学芸員として働く傍ら、地元熊原市の郷土史研究をされているのだという。

 

写真は山形県の郷土誌『うぜんのこと』(最上新聞社/2019)より。

飛陀さんが既に詳しい話を通してくれていたようで、すぐに連絡がついた。本来なら直接伺いたいところだったが、ご時世柄ZOOMでのやり取りとなった。

 

「ZOOM、はじめて使います」と苦笑する奥原さん(画面左)

「人形について、飛陀さんから伺いました。確かに、この地方に伝わる”ある物語”に登場する人形に、酷似していますね」
「本当ですか!その物語というのは、どんなものなのでしょう?」
「地元では『おかんぎょさま』『かんぎょさま』と呼ばれています。これが物語のタイトルであり、人形の名前でもあります。かつて山形県竹霞村という自治体がありまして、平成の大合併で熊原市の一部になっているんですが、その地域で狭く語られた民話ですね」
「どういった内容の話なんでしょうか?」
「それが民話ですので、口頭伝承で伝えられてきたために文書での記録がほとんどなく、内容も様々に異なるんですよ。唯一まともな記録として、昭和末期に作られた絵本が残っています」
「絵本?」
「ええ。残念ながら今手元に現物はないのですが、スキャンしたデータがありますのでお送りしますね」

奥原さんからすぐに、画像データが送られてきた。
地元の小さな出版社が出したもので、会社は倒産済み。作者も既に逝去されており、相続人の親族の意向で著作権は手放しているとのことだった。以下に、全文を掲載する。

 


表紙。黒塗りは筆者による。

むかし、村のはずれに 六郎という おとこが すんでいました。
六郎には つまと 子どもがいましたが、 2人とも びょうきで なくなってしまいました。

かなしみにくれる 六郎のもとに しゅげんしゃが やってきました。
しゅげんしゃは 六郎に 1たいの 人形を さずけて いいました。

「このにんぎょうは おかんぎょさま という。
おかんぎょさまを 3人の 人げんに 6日ずつもたせてみなさい。
3人の たましいと ひきかえに あなたの子どもは かえってくる」

六郎は さっそく となりのいえの おとこに おかんぎょさまを もたせました。

6日ご、 おとこは 川におちて しんでしまいました。

六郎は おとこのいえから おかんぎょさまを とりかえし、
こんどは 山のふもとに すんでいる ろうばに わたしました。

6日ご、 ろうばは やとうに おそわれて しんでしまいました。

六郎は ろうばのいえで おかんぎょさまを さがしました。
おかんぎょさまは どこにもありません。
「きっと やとうが もっていったに ちがいない」
六郎は かたをおとして いえにかえりました。

6日ご、 村のちかくで みしらぬ おとこの したいが みつかりました。

おとこは おかんぎょさまを だきしめて しんでいました。
「こいつが ろうばを ころした やとうか」
六郎は おかんぎょさまを とりかえして いえにかえりました。

六郎は しゅげんしゃの いうとおり 3人の たましいを おかんぎょさまに ささげました。
「これで もういちど わが子に あえる」
六郎は 子どもが かえってくるのを いまかいまかと まっていました。

その夜、 六郎のいえの 戸を たたくものが ありました。

戸をあけると そこにいたのは

 

絵本はここで終わっている。

なんとも中途半端な終わり方だ。奥原さんに確認したが、落丁などではなく「伝承には複数の結末があるので、作者がどの説を取るか決めあぐねてこの形にしたのだろう」とのことだった。

「変な話でしょう。明治に鉄道ができる前は竹霞村のあたりは交通の要衝でしたから、怪しい修験者から施しを受けるなという警句だったともいわれていますし、当時は口減らしがありましたから、その罪悪感から生まれた話だともいわれています」

 

奥付。黒塗りは筆者による。

奥付の日付は1986年となっている。出版社は合併前の竹霞村に居を構えていたようだ。

 


手元にある人形が「おかんぎょさま」であることも、ほぼ間違いないと言っていいだろう。

 

わかったことがいくつかある。

まず、人形の目的は「亡くなった子供をよみがえらせるもの」であること。

そして、人形を「6日持っていた者は、魂を奪われ死に至る」ということ。

「7日間持っていられれば願いが叶う」―。当初聞いていた話とは、まったく異なる。これは単なる伝言ゲームの失敗なのだろうか。もしくは、こうは考えられないだろうか。確実に6日間持っていさせるために、誰かが意図的に事実をねじ曲げた。

絵本では、人形に3人の魂がささげられている。そして現実世界では、生徒A、高東教諭の2人が、既に人形を持った末、失踪している。

 

「奥原さん…。僕もうこの人形持って6日目なんですけど…」
「落ち着いてください。普通に考えれば、人形を持っていただけで魂を奪われるなどということはありません」
「ですよね。もっと言ってください」
「ただ……」
「ただ?」
「その人形を作った人物がどこかに確実に存在することも事実です。そしてその人物は、人形のルールをわざわざ変えて広めている可能性が高い。少なくとも、彼ないし彼女は、人形の力が本物であることを信じているのではないでしょうか。そして…」

 

「あまり考えたくありませんが、既に連絡が取れなくなっているお2人の失踪に、その人物が関わっているのかもしれません」

 

丁重に礼を言って、奥原さんとの通話を終えた。

 

思いを巡らす。

自分に人形を持たせようとしたのは、誰だったか―。
そのとき、何か不自然な様子はなかったか―。

 

どうやら、清水原と話す必要がありそうだった。

 

***

 

清水原と連絡が取れたのは、夜になってからだった。

10年来の友人を糾弾するわけにもいかず、まずは絵本のスキャンデータを彼にも送り、飛陀さん、奥原さんから聞いた顛末をすべて話した。

「待って、お前、人形持って何日目だっけ?」
「……6日目だね」

合掌すな。というか、俺視点だとお前がめちゃくちゃ怪しいんだぞ? そもそも俺が人形を持ったのはお前が原因なんだから」
「というかさ、この話、山形県なんだよな?」
「厳密には、山形県熊原市竹霞だね」
「……ちょっと待って」

「県外だし、なんかあったら連絡取れるように控えてたんだよね」
「何を?」
「高東先生の実家の連絡先だよ。……ああ、やっぱりそうだ。山形県熊原市竹霞だ

 

高東教諭が、竹霞の出身……?

あわてて、彼の家で撮影した写真を見返す。

 

あった。

肝心な部分が埋もれていて気付かなかった。

 

高東教諭は、知っていたのだ。人形が持つ本当の意味を。

「高東先生って、去年奥さんに出ていかれてるんだよな? 2人の間に子供は?」
「いなかったはずだけど……。あ、でも奥さん出ていく前、お腹大きかったって誰か言ってたかも……」

 

頭の中で、いろいろなことが繋がっていくのがわかる。

人形を作り、”ルール”をねじ曲げて噂を広めたのは、高東教諭だったのか。

 

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