まずは、こちらの曲を聴いていただきたい。

 

 

『木綿のハンカチーフ』 

 

作詞 松本隆

作曲 筒美京平

歌唱 太田裕美

 


 

 

さて、どうすればよかったのだろうか。

 

「どうすればよかったのか」とはつまり、どのようにこの男女が振る舞えば、どのようにコミュニケーションを取れば、どのように意思疎通を図っていれば、悲しい思いしなくて済んだかのだろうという差し出がましい余計なお世話だ。

 

男性が恋人の女性を置いて、都会(おそらく東京)に上京してしまったのが原因か?

 

女性の殊勝すぎる態度が、これから社会で羽ばたこうとする男性の志を折ってしまうような、気持ちのズレを生むことになってしまったのが原因か?

 

おそらくその両方だろう。

 

いや、他にもさまざまな原因がある。

 

まずそもそもの前提として、女性が男性の就職に伴う上京を歓迎していない。女性が男性を追いかけて都会に出る、という発想が無さそうだ。だが、この作品が発表された1975年の女性の進学あるいは就職に伴う上京率は全体の約2割程度。

 

だから、地元で恋愛関係になった場合、そのまま残って結婚しなければならないという前提が女性にあった。時代のせいでもあるが、言い方は悪いが「男性が残ってくれるという思い込み・決めつけ」である。まず男性側が就職上京を決めた時点で、お互いに「今後の擦り合わせ」を行っていなかったこと。スタートラインの時点で今後の方向性にズレが生じてしまっていたわけである。

 

なぜ①

今後の方向性に関するすり合わせ不足

 

さて今回は、あのトヨタでも用いられている、問題(事象)に対して「なぜ?」を5回繰り返して根本的な原因を追究する「なぜなぜ分析」を駆使して「木綿のハンカチーフ」の破局を紐解き、発生を未然に防止しようというのが主軸である。

 

はなやいだ街で 君への贈り物

探す 探すつもりだ

 

 

これは男性が、都会で何かしらの装飾品を女性にプレゼントする”つもり”だという意思表明だ。この”つもり”というのがまずい。何がまずいか。「~するつもり」という意思表明は大した意味をなさないケースが往々にしてあるからだ。「こう言っておけば彼女は喜んでくれるだろう」との浅い打算であって、彼女もそこを見抜いて「こいつ、所詮口だけで何も送ってくる気なんてないのだろうな」とはなから打算を見透かしているにのではないか。

 

「探す 探すつもりだ」に対して、女性は「いいえ あなた 私は 欲しいものはないのよ」と返している。が、少し先の箇所になるが「星のダイヤも 海に眠る真珠も」とあり、「あなたのキスほどきらめくはずない」としつつも、「宝飾品」をうらやむ気持ちは彼女の心の中にいくばくかは存在するのだ。上京前に、誕生日やクリスマスといったイベントで彼女に何かしらのプレゼントを贈ったこともあっただろう。2人が交際を始めてから仮に1年として、会話の中で「最近雑誌に載ってたアクセサリーがきれいだったわ」とほのめかす場面だってあったかもしれない。その場面では「ふーん」程度で流れて、だけどいつかは贈ってあげられたらいいかもな。ぐらいには男性もうっすら思っていた可能性はある。しかしながら「探すつもりだ」と無意味に期待だけ募らせるような文面を送ってしまっている点に問題がある。控えめな彼女は「欲しいものはないのよ」と返すことしかできない。ただ、話が進んでいくにつれてわかることだが、この女性の過剰とも言える奥ゆかしさが、離縁・破局の遠因である点も否めない。

 

なぜ②

無駄に期待を煽って、裏切った

 

女性は「都会の絵の具に 染まらないで帰って」と返信するに留める。この時点ではまだ「会社なんて辞めて地元に帰ってきて欲しい」という無茶とも言える願望は強く表に出てはいない。

 

そして、半年が過ぎる。

 

半年間会わずに、手紙も送らずに恋人を放っておく。これが破局の最大の原因と言ってもいいだろう。

 

この時点でもまだ「指輪を贈るよ」と「意思表示」しかしていない。半年間放置しておいて「指輪を送るから(許しておくれ)」もないものだ。

 

ダイヤも真珠も、「あなたのキスほど」きらめくはずはない。半年間の音信不通に耐えた女性が「あなたのキスほど」なんて生々しくストレートな表現を使うほど、鬱憤が溜まりに溜まっていたわけだ。正直言ってここまで惚れた異性がいるのであれば絶対に手放してはならない。とは言ってもせっかく見つけた職を辞して地元に戻るわけにもいかないだろうから、男性も「女性を東京に呼ぶプラン」を早い段階で提示しておくべきだったのだ。おそらくこの女性は(時代のせいもあるが)自ら都会に繰り出そうという意思が希薄で、「いつか彼氏が戻ってきてくれるはず」との淡すぎる祈りを募らせ続けることしかできなかった。断言するが、目的に対して最大限の努力や工夫を積み重ね、これ以上ないほど念には念を入れて対策を打った上でなければ「祈り」は意味を成さない。「祈り」には何の意味もないという意見や立場もあろうが、私は「最後の最後、あとは思い残すことなし」との心境に立ってから成される祈りは「ケリをつける覚悟」という意味合いで、私は一定の効果があると考えている。

 

なぜ③

半年間の放置

 

 

恋人よ 今も素直で

口紅もつけないままか

見間違うような スーツ着た僕の

写真 写真を見てくれ

 

 

女性の気持ちを意に介する様子は一切なく、男性は相変わらず意気揚々と、あるいは「調子こいて」都会での生活の近況報告を続ける。おそらく、前回の書簡からまたそれなりに長い期間が空いてしまっていることは想像に難くない。そればかりか「今も素直で 口紅もつけないままか」と「まだ垢抜けないままでいるつもりなんだ。君は」と無意識に小馬鹿にしたような発言をしてしまっている。私はこれも先ほどの件と同等の破局の決定打に繋がったとみている。

 

他の男性に振り向かれないように、あえておしゃれをせず、色気も出さず、としていたのかもしれないし、日々の暮らしに追われてファッションに気を遣う余裕がなかったのかもしれない。そんな彼女に「化粧ぐらいちゃんとしたらどうだ」と余計な指摘をしてしまったとすれば相当にデリカシーのない一言だと言えるだろう。そこにスーツを着た写真を送りつけているものだからたまらない。余計な追い討ちというほかない。

 

女性も「いいえ 草に 寝転ぶあなたが好きだったの でも木枯らしのビル街 体に気をつけてね」と返すのが精一杯。実に健気だ。一方、男性はせっかくスーツでビシッと決めたつもりの写真を送っているのに、まさか返事が「いいえ」から始まっているものだから面白くない。「いや”いいえ”って。褒めろよ。まずは」とイライラし、関係を続けるのは難しいと悟ったのではないか。この辺りまで来ると、歩幅のズレの修正が効かなくなってしまっていると思う。一つ前の書簡にもどれば「指輪を送るよ」と宣言しているのに、いざ手紙が届き、ワクワクしながら封筒を開けたところ「一丁前にスーツを着ている男」のL判写真が出てきたら「おい!」と言ってしまうだろう。だから、本当は「いいえ 草に」ではなく「おい!いいえ 草に」が正確なのである。

 

なぜ④

スーツの写真を同封した

 

 

いよいよ最後のパラグラフだ。

 

 

恋人よ 君を忘れて

変わってく僕を許して

 

 

訣別のメッセージである。田舎で恋人と過ごす日々よりも、都会で仲間たちと笑って遊ぶ暮らしを選んだわけだ。ひょっとすると、新しい恋人ができた可能性も否定できない。化粧もせずに「野原で寝転んでいるのが楽しい」と、よく言えば素朴だが悪く言えばいつまで経っても洗練されない恋人を見限って、スーツを着た自分を(おべっかかもしれないが)褒めてくれる女性を選んだとも考えられる。『木綿のハンカチーフ』が発売された1975年の日本は、第一次オイルショックを越えてゆるやかに経済が回復傾向にあった年。そしてこれから先に控えたバブルに向け、いけいけドンドンで老いも若きも働きに働きまくっていた時期だ。男性も企業戦士としてバリバリ稼ぐ気まんまんだし、羽振りが良くなれば身につけるものもそれなりに高価になっていっただろう。にも関わらず、田舎にいる恋人は「草に寝転がっている自分」が好きだという。

 

変わらない人間なんてこの世にただの一人も居ないが、変わらない良さをとるのか、変わり続ける良さをとるのかの価値基準は人それぞれだ。転石苔むさず、ライクアローリングストーン、この言葉だって、「どこまでも転がっていく奴は責任から逃れ続けているだけだ」、要するに「根無草」との否定的な意味合いもあれば「転がり続けるからこそ、時代に取り残されない」という解釈もある。

 

女性が「最後のわがまま」として「涙拭く木綿の ハンカチーフください」と”元彼”にお願いする場面で作品は終わる。あまりにも切なく悲しい幕切れではあるものの、私はこうも思ってしまう。

 

「追いかけんかい」と。

 

「ほんまに好きなんだら追いかけんかい」と。

 

女性に家庭的あるいは経済的ないしは健康的な事情があるにせよ、泣いている暇があったら、追いかけるための建設的なプランを立案するべきだ。もしそれが様々な要因で成立しなかったにしても、あまりにもガッツが足りない、好きで好きでたまらないはずなのに、執着心の伴っていない女性の振る舞いに納得ができない。事情があるなら説明すべきだし、これを言ってしまうと『木綿のハンカチーフ』という作品自体が成立しなくなってしまうのだが、「直接会って話をしろ」と言いたい。現代でさえ、メールやSNSでのやり取りを重ねているうちに、双方の熱量やスピード感に差異が生まれて話がややこしくなるケースが頻繁に発生しているではないか。このギャップを埋めるために最もシンプルかつ簡潔な解決策、それは「直接会って話をする」ことだ。

 

なぜ⑤

手紙だった

 

『木綿のハンカチーフ』のカップルが破局に至った要因を改めてまとめてみよう。

 

 

なぜ①

今後の方向性に関するすり合わせ不足

 

なぜ②

無駄に期待を煽って、裏切った

 

なぜ③

半年間の放置

 

なぜ④

スーツの写真を同封した

 

なぜ⑤

手紙だった

 

 

 

人様の恋愛の揉め事に口を挟むほど野暮なことはないのは承知しているが、ここまで原因の深掘りができているのであれば、野暮のついでに「第三者としての介入」を試みて、この2人の仲を繋ぎ止めるために策を講じてみることにしたい。

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