この会社には「目安箱」が設置されている。
企業にとって顧客からのクレームがサービス向上の道標になることは多い。
目安箱も同じような目的で設置された。社員の不平不満を解消することで、組織力を高める狙いである。
投書は月に一度、総務部で取りまとめて会議を行うことになっている。
今月の投書は1件のみ。「トイレの扉の取っ手が濡れていることがあり、大変不快です」と書いてあった。解決方法について話し合おう。 |
簡単ですよ。犯人を特定して、注意すればいいじゃないですか。 |
まぁ、そうなんだけどね。でも犯人を特定すると、その人が会社に居づらくなるかもしれない。悪気があって取っ手を濡らしてるわけじゃないと思うから、個人を攻撃するようなことは避けたいよね。 |
でも、犯人はトイレで手を洗うヤツですよね。洗って拭かないから取っ手が濡れるわけで。それだけでかなり特定できちゃいますけどね。 |
先輩……もしかして手ぇ洗わないんですか? |
ふつう洗わねえだろ!? なんで洗う必要があるんだよ。 |
信じられない……手を洗わない人なんてこの世に存在するんだ…… |
知らなかったの? 男は手を洗わない生き物よ。逆に女はみんな洗うけどね。 |
いやいやいやっ……! 僕は洗いますよ! 部長も洗いますよね? |
もちろん。ちゃんと洗うし、ちゃんとハンカチで拭くよ。ハンカチはいつも妻が持たせてくれるんだ。 |
僕はハンカチは持ってないけど、トイレットペーパーをちぎって拭きますね。 |
「拭きますね」じゃねえんだよ。紙がもったいねえだろ。お前みたいなヤツがいるから環境破壊が進むんだよ。 |
っていうか、なんで洗わないんですか? |
そんなの、綺麗だからに決まってるだろ。だって、洗剤で洗った清潔なパンツの中におちんち… |
ちょっと。ここにレディーがいるってことを忘れないで。オブラートに包みなさいよ、まったく……。 |
じゃあなんて呼べばいい? 海綿体って呼べば満足? |
如意棒。如意棒にしましょう。 |
OK。まずみんな、パンツは洗ってるよな? 洗って綺麗な状態のパンツの中に如意棒は収納されている。そんな如意棒は汚いか? 汚くないだろ? 汚くないんだから触っても洗わない。何かおかしなことを言ってるか? 君の如意棒はどうなんだ? 汚いのか? |
私は如意棒 持ってないわよ。 |
たしかに、自分の如意棒は愛着があるから汚いなんて思いたくないよね。でも、他人の如意棒は別じゃないかな? 私は君の如意棒に愛着は持てないし……じゃあ、君は私の如意棒が綺麗だと思えるかね? |
部長の言うとおりですよ。先輩は、自分の如意棒を触った手で扉を開けてるんですよ? 僕たちは先輩の如意棒に間接タッチさせられてるんですよ? そんなの嫌じゃないですか。 |
まぁ、たしかに他人の如意棒と自分のそれはちょっと違いますよ。でも俺は、如意棒よりもハンカチのほうが汚いと思ってるんで。だって、濡れた手を拭いて、乾かさずにポケットに入れて、また拭いてって……雑菌がすごいことになってるはずですよ、ハンカチも、そのハンカチで拭いた手もね。 |
ってことは、手を洗うし、ハンカチを使わずにトイレットペーパーで拭いてる僕がいちばん清潔ってことになりますよね。 |
だからそれはエコじゃねえんだって。それに如意棒に触ったくらいで水を使って洗うのもエコじゃねえと思うけどな。 |
話を投書のほうに戻そうか。投書の内容は「トイレの取っ手が濡れてることがあって不快である」だったね。解決策を考えてみよう。 |
普通にジェットタオルを導入すればいいんじゃないですかね。 |
うちの会社ケチだからそりゃ無理だな。そもそもドアなんかあるからいけない。なくしちまえばいい。 |
ドアをなくすのは嫌。ジャパニーズ忍者みたいな回転扉にしたらいいのでは? |
取っ手を2つにしましょう。濡れててもいい人用、濡れてたら嫌な人用。 |
取っ手を2つにするのイイですね! |
それならいっそ、1人1取っ手は? 専用の取っ手を付ける! |
なるほど。じゃあ、どれが自分のか分からなくならないようにテプラを貼りましょう! |
すべては自己責任ってわけね。チームワークも大切だけど、各々が責任を持って自分の取っ手を管理することで、個の力を高めてゆく! 個の力の向上は、組織力の向上につながる!! |
部長、そういうことで。 |
社長に報告しておくよ。 |
というわけで、取っ手を人数分つけることにしました。 |
ご苦労さま。でも、その必要はないよ。 |
……必要はない、ですか? |
そう。じゅうぶん反省してるってこと。 |
反省……ですか? 仰る意味がわからないのですが……。 |