僕には10年以上会っていないアニキがいる。

 

小学校低学年くらいまでは、仲の良い兄弟だった。

 

年子だったこともあり、いつも一緒に遊んでいたように思う。

 

 

 

 

しかし、小学校高学年くらいからだんだんと不仲になり、ケンカばかりするようになった。

 

アニキは力の加減を知らないので、骨を折られたことが2度ある。中学の頃、アニキの部屋から8センチCDを勝手に借りたのが原因で、口が切れて血が出るまで殴られたこともあった。東野純直(あずまの・すみただ)の『君は僕の勇気』という曲だったと思う。東野純直さんはきっと、自分の歌が原因でかわいい中学生の口から血が流れているのを知らないことだろう。

 

 

アニキは中学からグレてしまった。原因の1つは両親の離婚だろう。ただ弟である僕はグレることなく、多少の反抗期はあったものの母と助け合いながら高校を卒業するまで一緒に暮らしたので、離婚のせいだけにするのも間違いだ。アニキがクソガキだったのも大いに影響していると思う。

 

グレて不登校になり、早々に高校を中退したアニキは家を出て働き始める。あとから母に聞いた話だが、その頃のアニキは相当悪いこともしたらしい。思えばこの頃から、片手で数えられるほどにしかアニキと会っていないのだ。

 

僕も高校を卒業してすぐ家を出た。そして「俳優になりたいかもしんない」という曖昧な夢を抱えて静岡から東京へ。これで家族3人は離ればなれになる。

 

アニキと久しぶりの再会

それから数年経ったある日。どういう経緯だったか覚えていないが、神奈川の藤沢でアニキと二人で会うことになった。

 

東京の高田馬場で暮らしていた僕は「二人の中間距離が川崎あたりだから川崎で会おう」と提案したのだが、「電車の乗り方がわからない」という突飛な理由からアニキの住む藤沢まで行くことになったのだ。嘘が下手すぎない?

 

当日、集合時間になっても待ち合わせ場所に現れないアニキ。電話やメールで催促してやっと姿を見せたアニキは、すでに一杯ひっかけてきたのか少しく赤らんだ顔で、おでこはテカテカしており、イカツイ顔に不似合いな「Labrador Retriever」と書かれたトレーナーを着ていた。

 

 

居酒屋に入り、お互いの近況などを話し合った……と思う。というのも、10年以上前の話なので、何を話したかほとんど覚えていないのだ。

 

1つだけ覚えているのは「母に仕送りしてあげたらどうだ」と持ちかけたこと。静岡に残してきた母から「体調を崩してしまってちょっと生活が苦しい」とメールがくることがあったので、余裕があるときに少し仕送りをしていたのだが、アニキもしてあげたらどうだと母の銀行口座をメモした紙を手渡したのだ。困っているときは助け合う、家族とはそういうものだと思っていたし、僕もしがないアルバイトだったので基本的に余裕はなかったからだ。

 

その日以来、アニキとは会っていない。

 

突然のリプライ

母はその後、本格的に体を壊してしまった。不整脈がひどくなり、仕事にも影響し出したのだという。メールの文面から以前よりも一層不安がにじみ出ているようだった。ちょうどリリー・フランキーの自伝『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』を読んで感化されていた時期だったこともあり、僕は母を東京に呼び二人で暮らし始めた。

 

母には家の事を手伝ってもらい、僕は働いた。稼ぎを増やすために独学でWebデザインを覚え、実務経験もないのにTwitterのプロフィールにWebデザイナーと書き、アインツワッパというよくわからないハンドルネームを名乗り、心優しき人たちに仕事をもらったりした。

 

これがその当時のツイートだ。

 

▲当時を再現するためにアイコンと名前は加工した

 

恥ずかしすぎる。何を言っているんだコイツは。

 

 

そして恥ずかしいツイートには、恥ずかしいリプライがつく。なんなんだコイツは。

 

 

なぜか母へのメッセージを募ったりもした。

 

 

だから誰やねん。

 

 

こんなツイートもしていた。実際は自分が書いているのだが、母が僕のアカウントから書いているという体(てい)だ。

 

 

年齢をピタリと言い当てられた。誰なんだコイツは……。

 

……アニキだ。

 

アニキとの久しぶりの再会を、なんとTwitter上で果たしたのだった。このことを母に伝えると、母がアニキに僕のアカウントを教えていたことが判明。

 

 

なんだか元気そうである。

 

返信するかしまいか悩んだが、Twitterのリプライというオープンな場で家族とやりとりするのは嫌だったので、無視した。アニキ、無視して悪かった。

 

アニキに対する不満

母は毎日苦しそうだった。常に不整脈が出ているような状況で、寝込んでいることも多かった。

 

病院で調べたところ母は心臓を患っていて、手術が必要だった。こういうとき、高額療養費制度という国の制度を利用すれば負担額がグッと減る。自分の少ない稼ぎからでもなんとか手術費用を捻出できた。ありがたい。手術は成功し、母に笑顔が戻った。

 

この手術のときも、僕はアニキに「手術代を少し出す気はないか」とメールで伝えている。母からも手術する旨、アニキに連絡したそうだ。しかし僕にも母にも返信すらなかった。最後に会った日にも「仕送りしたらどうだ」と頼んでいるが、このときも結局アニキは何もしてくれなかった。

 

アニキにはアニキの事情があり、何もできなかったのかもしれない。しかしメールの1つでも送ってあげる優しさはないのかと、正直腹が立った。お金うんぬんではなく、せめて気持ちだけでも見せてほしかった。家族が一大事のときに「メールをスルーする」というのは、マイナスの感情しか生まれない最悪の選択肢だと思う。

 

その後、Twitter上でアニキに絡まれることはなくなった。

 

僕は働く傍らオモコロでライターとして活動を始め、コメント欄で叩かれたりしながら記事を書いていた。そう、オモコロには昔、コメント欄があったのだ。

 

コメント欄があった時代のオモコロで、僕は小4の頃の作文の話を書いている。しっこの作文は花丸をもらえたのに、うんこの作文は花丸をもらえなかったのはなぜなのか当時の先生に聞いてみるという内容の記事だ。

 

▲デザインリニューアル前の当時のオモコロ

 

この記事の冒頭で、小4の頃に家族で行った沖縄の海の写真を載せている。

 

 

そして、この写真について、コメント欄で言及する人物が現れる。

 

 

記事のどこにも「沖縄」と書いていないのに、ピタリと場所を言い当てるハンドルネーム「ノマド」。沖縄に詳しい人? BIGIN??

 

一瞬、うろたえたのだが、ノマドの正体はすぐにわかった。

 

実はこの沖縄の写真はトリミングして掲載したもので、元の写真にはもう1人うつっているのだ。

 

 

アニキである

 

ノマドの正体はアニキだったのだ。それを裏付ける資料もある。Facebookだ。アニキの本名で検索したら普通に出てきたのでプロフィールを見てみたところ、

 

 

Noma D」という異名を持っていた。間違いない。ノマドは絶対にアニキだ。

 

 

僕が書いた他の記事のコメント欄にも、アニキからの書き込みがあった。

 

どういうつもりなの?

 

コメントはいいから、普通にメールを返してくれ。

 

その後、オモコロのコメント欄はなくなり、ノマドも姿を消した。

 

アニキをイベントに誘う

2015年3月、デイリーポータルZが主催する「じもリンピック」というイベントがあり、オモコロ編集長の原宿さんと一緒に登壇した。

 

そこで僕は、今日ここまで書いてきたようなアニキとの話をプレゼンした。

 

前日にアニキをイベントに誘っていたので、プレゼンの後半で「この中にアニキはいませんか?」と問いかけたり、アニキへの手紙を朗読したり、母とアニキがつながっていた「へその緒」の写真をプロジェクターに映したりしたのだが、結局アニキは見に来てくれなかったようだった。

 

▲アニキに送ったメール

 

あのイベントから3年、アニキとはまだ会えていない。

 

その後は、Facebook上で友だちになっていないアニキから「いいね!」がついたり、僕の書いた記事を投稿しているのを発見したりした。アニキのウォッチはTwitterからオモコロのコメント欄、そしてFacebookにシフトしたようだが、そのアカウントは現在、削除されている。

 

 

Twitterも2012年6月、盲導犬に噛まれたのを最後に更新が止まっている。おそらくもうログインすらしていないだろう。

 

家族ってなんだ

最近、「家族」について調べる機会があった。法律上、「親族」の定義はあっても「家族」の定義はないそうだ。人によって解釈が違っていいのである。

 

例えば、上地雄輔は島田紳助のことを“父ちゃん”と呼ぶ。これは血のつながりではなく、ヘキサゴンファミリーとして一緒に番組を盛り上げてきたという精神的なつながり、つまり絆があるからこそ、そう呼ぶのだろう。絆で結ばれていれば、血がつながっていなくても、居を同じくしなくても、長いあいだ離ればなれになっても家族なのだ。

 

その線でいくと、「果たして僕とアニキは家族なのか?」と懐疑的になる。今はネットで謎のウォッチをされているだけの一方的な関係性だ。兄弟ではあるけど、絆を感じることはない。子どもの頃は大好きだったのに。

 

 

母とたまにアニキの話をする。手で口をおさえながら「たしかに」と言うアニキの口癖を僕が真似すると、母は「そっくり」と笑う。アニキの誕生日には決まって「今日、あいつの誕生日だね」と言ってくる。アニキが連絡を無視するから「メールを送ったらめんどくさがられる」と思ってメールをしないらしい。アニキの夢を見ることもあるそうだ。夢にアニキが出てくると「あいつの身に何か起こったんじゃないか」と言ってくる。いらない心配なら、元気に暮らしてるということだけでも伝えてやったらどうだろうか。

 

 

最悪、僕とアニキの間には絆がなくてもいい。お互い元気で暮らしているならそれでいいと思う。

 

でも、母さんとアニキは絆で結ばれていてほしいという思いがある。意識したことないかもしれないけど、親っていうのは大抵子どもよりも先に亡くなるぞ。この先ずっとこんな感じで連絡を無視し続けて、自分が知らない間にこの世から母さんがいなくなったら後悔しないのか。悲しくないのか。よく考えてみてくれ。

 

もしもアニキがこれを読んでいるのなら、連絡をください。読んでるだろ?

 

TwitterからDMを送ってもらうのが手っ取り早いと思う。昔のTwitterは相互フォローじゃないとメッセージが送れなかったけど、今は自分で設定すれば相互フォローじゃなくてもメッセージを受信できるようになってる。僕は誰からでも受け取れる設定にしてあります。リプライではできないやりとりもあるから、まずはDMください。

 

連絡くれたら3人でLINEのグループでも作って、たまにやりとりできたらいいなと思う。もうこんなおかしな関係性には飽きたから、そろそろ普通の家族に戻るのはどうだろうか。

 

とにかく、連絡待ってます。

 

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