ズッ! ズズーーーグビグビ! ズズズーーーー!!
安アパートに響く、しじみの味噌汁をすする音。
俺はその日通算443杯目のしじみの味噌汁を飲み干した。
(読者の皆さんこんにちは、ナ月と申します。アパートの家賃は3万円以下です。)
「美味い! なぁんて美味いんだろう! しじみ、それは最も美味い出汁が出る貝に違いねえ! ヒヒヒッ! ギヒッ! なあしじみさん!」
これは俺が狂ったのではない。
皆も知っているように、人間はしじみの出汁を過剰摂取するとしじみのエキスが脳に作用して気分が高揚する。
そしてしじみの声を聞くことができるようになる。これは科学的に100%正しい。
こうやってしじみの声を聞くことは、ここではありふれた娯楽の一つだった。
しじみエキスがもたらす高揚感に浸っていると、カップの底からしじみの声が聞こえてくる。
しじみ「いかにも。我々しじみがこの地球上で最も美味い出汁を出す貝。我々より美味い出汁を出す貝は今この地球上には存在しないし、未来永劫現れない。」
「ほらやっぱりそうだ! そうだと思いましたよしじみさん! ギギッ! ヒヒヒ!」
しじみ「愚かな男め、貝類の歴史を甘く見るな。確かに今現在はそうだ。未来においても、そうだ。だが……過去はどうかな?」
「過去……そうか、過去の地球上にはもっと美味い出汁を出す貝がいたかもしれない! そういうことですねしじみさん!」
しじみ「…………」
しじみの声はもう聞こえなくなっていた。
ただ、カップの底にはしじみの出汁がら転がっているだけだった。
しかし俺はしじみが言ったことが頭から離れなかった。
過去の貝……確かに、人間が出汁をとるという行いを発明する以前に絶滅してしまった貝は、どのような出汁が取れるのか。それは誰も知らない。
でも、でもそんなこと確かめようがないじゃないか。
…………いや、確かめる方法はある。母なる大地は時として過去の生物を在りし日の姿のまま封じ込める。
化石という形でだ。
貝の化石を採集して、そいつで出汁をとってやろう。
俺は身支度を済ませ、安アパートを飛び出した。
化石が取れる島へ行く
向かったのは熊本県天草市、棚底港。
から、さらに船で渡った先の島。
恐竜の島、御所浦だ。
港ではティラノサウルスの首が出迎えてくれる。怖い。
御所浦は熊本のジュラシックワールドと呼んで差し支えない。
数歩歩けば恐竜に出くわす。御所浦は熊本のジュラシックワールドだからだ。
なんとこの島では誰でも化石採集を体験できるという。
誰でもというのは俺でもだし、おそらくアーノルドシュワルツェネッガー氏が行ってもだ。平等だ。
俺は熊本県の出身だが、こういうところがあることは今回調べて初めて知った。
一説には熊本県は北米大陸と同じくらい大きいと言われているので出身者が知らなくても仕方がない。
港から徒歩数分のところにある御所浦白亜紀資料館。
たった200円で貴重な化石などの資料を眺め放題な上に、ここではなんと化石採集に必要なハンマーをタダで貸してくれる。
最高だ。どうかしている。親切にも程がある。なぜそこまでしてくれるんだ。
資料館で貸し出しているレンタカーにも恐竜。熊本のジュラシックワールドだからだ。
資料館でハンマーを借り、採集場へ向かう。恐竜レンタカーにも乗りたかったが採集場は徒歩で行ける距離にある。
超親切。
ここがそうだ。
ここに転がっている岩は、近くの化石採掘場から崩れた化石の含まれる層の岩を運んできたものらしい。釣り堀の化石採集版のようなところだ。
しかも利用はタダだし、見つけたら持って帰っていい。最高だ。
ただし、脊椎動物などの珍しい化石が出た場合は資料館に寄贈するのがルールだ。
そしてここで取れる化石はなんと約一億年前のものだ。
一億年だ。
白亜紀だ。
まったくピンとこない。
資料館ではこのハンマーを貸してくれる他に、ここでよく取れる化石の一覧表、そして化石を包むための新聞紙までくれる。タダで。
親切にも程がある。親切すぎて
「化石を採集して出汁を取ろうと思ってます」
なんてとても言えなかった。