「日本初のラーメン」ではありません……とは言いましたが、正確には

「日本初のラーメンとされていた時期がある」というのが正しいです。少なくとも水戸藩ラーメンが産まれた時はそうでした。

今は違うって事?

そうなります。この記事を振り返ると、小賢しい言い回しで「後楽うどん=日本初のラーメン」とならないようにしています。

 

歴史が動いたのは2017年『蔭涼軒日録』という僧侶の日記に「経帯麺」という麺料理が載っている事が発見された事からです。

 

みくのしんさん、ラーメンって太麺、細麺、ストレートや縮れ麺といろいろありますが、同じ小麦粉を使っている麺類で、ラーメンに使う中華麺とそれ以外、例えばうどんとの違いってどこにあると思いますか?

 

うーん……そもそも麺が全然違わない?中華麺って黄色くて……

そう!そこです!中華麺って黄色いイメージがありますよね?アレは中華麺に用いる「カン水」が由来です!

 

さっきの水戸藩ラーメンの麺打ちの時、特になんの断りもなく入れていましたが、料理に詳しい人、あるいは料理マンガをよく読む人なら聞き覚えがある筈です。

 

「カン水」は炭酸ナトリウムとか炭酸カリウムを溶かしたアルカリ性の液体で、小麦粉に加えるとグルテンに作用して独特のコシと香りをもたらし、そして生地を黄色に変色させる効果があります。

中華麺が黄色いのって卵入れてるからじゃないんだ!

勿論、卵を入れたりクチナシで黄色くしたりはあるんですが、元々はカン水の働きで黄色くなるのが由来です。

つまり、「ラーメンの定義」「中華麺を使っているか」だとすれば、言い換えれば

「カン水を使っている麺類はラーメン」であると言えます。

 

 

「経帯麺」の話に戻りますね。実はこの麺、麺の製法までしっかり残されています。捏ねて寝かせて茹でて水で〆て……と、ほとんど現代の麺と同じなのですが、ここで大切なのは麺の分量。資料では

小麦粉2斤(約1200g)
碱1両(約37.8g)
塩2両(約75.6g)

とされています。

 


先程の水戸藩ラーメンの麺打ちに使っていた炭酸ソーダ。「食用碱」として販売されていたもの。

碱(ケン)とは炭酸ナトリウムの事。レシピではこれと塩を水に溶いて麺を打つとあるのですが、これ、まごうことなき「カン水」です。

これを用いた「経帯麺」中華麺……つまりラーメンであると定義出来ます。『蔭涼軒日録』は日記なので、当然記された日時も記載されています。
その日付は文明17年(1485年)。徳川光圀が生きていた時代(1628-1701)より遥か昔。その時点で日本にはラーメンがあったのです。

 

……俺は今日「日本初のラーメンを作りたい」という理由でここにいます。

その日本初のラーメンが経帯麺なのだとしたら……

 

 

始めましょうか。経帯麺作り。

今から!?

 

まずは水回しからです。粉の分量は強力粉75gと薄力粉25g。加水率は45%で。さっきのれんこん粉を薄力粉に置き換えた以外ほとんど同じですね。

さっきの麺にも塩とカン水は使ってたんだよね?今回はまるっきり普通の中華麺と同じ?

成分的には塩と碱(炭酸ナトリウム)なので同じですね。違いがあるとすればでしょうか。

 

さっき入れてた碱と塩は小麦粉100gに対して1gずつ、中華麺としてはどちらも1~1.5gくらいが標準かなぁ、という分量なんですが……

さっき書いた経帯麺のレシピを小麦粉100gあたりに換算すると、

 

大体碱3g強、

塩が6.3gですね。

 


※小麦粉100g、水45ccに対する分量

……え!?多くない!?山出来てんじゃん!

滅茶苦茶多いです。量が量なので冷たい水だと全部溶け切らないです。お湯下さい。

この量って一人前でだよね?塩って一日何グラムまでだっけ……?

厚労省の基準だと、男性7.5g、女性6.5gとか……

麺だけでそれはヤバいって!

 

ここで日和って減塩にすると再現レシピじゃなくなるのでそのままやるんですが……

 

これ溶けてなくない

頑張って溶かすんですよ。

 

 

一応、高級そうめんで有名な揖保乃糸は100gあたり5.7g程の塩分が含まれていて、これを茹でると0.6g程残して流出するそうです。

あ、じゃあ大丈夫か

ただ……経帯麺の形状でどこまで塩が流れてくれるかっていうのは気になりますね……

 

とはいえ工程としては普通のラーメンと一緒です。水回しして、

そぼろ状の塊にして、

 

捏ねて固めたのがこちらです。

はっきり黄色!

カン水の濃さが標準の倍以上ですからね。関係あるかは別としてわかりやすく変色が進んでます。

 

ただだいぶ柔らかく仕上がったな。やっぱり加水率は落としてもいいかも。でも碱と塩が溶け切らないかな……

プロになろうとしてる?

 

では、これも昨日作って一晩置いといた生地を……

ちょっと待って

デカくなってない?

麺を長く幅広に作りたかったので倍量で作ってました。

 

打ち粉振って……

 

お、さっきの生地より伸びやすい。

 

もうシートからはみ出すくらい伸ばして……

 

畳んで切ります。

 

麺の幅は経帯(巻物の帯の事らしい)の名前の通り帯状に……きしめんより気持ち狭めくらいかな?

 


過去一上手く出来た気がする

こんな感じに。

 

 

後は茹でて、

すげー黄色になった!

 

茹で上がったら……

 

水で〆て

完成。

 

 

経帯麺のスープに関してですが、実際の記述には「汁は好きなものを」とあるらしく、当時どうやって食べていたかはわかりません。

 

極論、明太バター釜玉経帯麺とかにしてもOKという事です。

そんな訳ないだろ。

 

経帯麺の研究発表を行った新横浜ラーメン博物館で、記者発表の際に振る舞った経帯麺には「しいたけの汁」「梅昆布の汁」がかかっていたそうですが、その汁がどういったものかはネット上にもその詳細がありませんでした。単に戻し汁なのかもしれませんし、ちゃんと調味されたスープのベースがそれら、という事かもしれません。

なのでダメ元で新横浜ラーメン博物館様に問い合わせた所ですね……

 

 

2017年当時、経帯麺の研究発表に関わっていた方からご返信があり、当時のプレスリリースに使用した味付けの詳細を教えて頂きました。しいたけ汁梅昆布汁は、当時の食文化に関する資料を元に……要するに当時使われているソース(情報源)が存在する調味料を用いて、かけ汁を『考案』したとの事です。

注意
この汁に関して、経帯麺にこのような味付けがされていたと『再現』したものではなく、あくまで当時の食文化と照らし合わせ、現代で『考案』されたものとの事です。「室町時代のお坊さんはこんな味付けで食べてたんだ」という認識は誤りとなる事をご理解ください。

例えて言うなら、室町時代にタイムスリップしたら当時こうやって食べていた!という事ではなく、なろう主人公がタイムスリップして現代知識と当時あった食材で作ったスープ、みたいなイメージです。

なるほどね

 

 

ではしいたけ汁から作ります。

しいたけの戻し汁としいたけを鍋に入れ、

 

塩と

ごま油を加えて煮立たせます。

 

これで完成です。経帯麺が主役なので、塩気はかなり抑えめにしておきますね。

 

それを麺にかけ、刻んだしいたけを乗せてできあがり。

 

次に梅昆布汁

 


絶対こんなに昆布使う必要なかった

 

昆布を水に漬けて作った昆布水を昆布ごと加熱しながら、

 

酒と醤(ひしお)を加えます。

ひしお?

 

豆麹と麦麹を混ぜて、塩とか醤油を加えて発酵させた調味料です。多分。

 

味噌とか醤油になる前のもろみみたいなものだと思います。

 

梅干しは種を除いて叩き、

 

味付けした汁をかけた後に

梅を乗せて完成。

(※こちらのレシピは解釈ミスの可能性があります。新横浜ラーメン博物館のレシピだと昆布と一緒に梅干しも煮ているかもしれません)

 

これが経帯麺

『真・日本初のラーメン』です。(※2024年時点)

 

いただきます。まずはしいたけ汁の方から。

 

……なるほど。

どう?

まず、麺にかなりコシがあります。それでいて麺自体が結構しょっぱい。やっぱり塩が結構残ってる。そしてカン水の独特の風味が結構強くて……これは間違いなく中華麺ですね。癖が誇張された中華麺というか……

「美味しんぼ」でカン水を使ったラーメンをボロクソにけなす回があるんですが、その描写の正しさはともかく、あそこで嫌ってた味ってこの癖の事なんだろうな、って思いました。

 

僕ももらお。

 

おお!ダシが優しくて美味い!僕は好き!飲み会の後にこれ食べたい!

 

次は梅昆布の方を。

 

ズゾ

うん。醤油みたいな香ばしい風味と梅のさっぱりしたアクセントがあって、嫌な癖が軽減されてるかも。俺はこっちの方が好みですね。

 

これもあっさりで美味い!ひしおってこういう味なんだ

という訳で、現時点において「日本初のラーメン」を自作してみました。

 

ところでみくのしんさん。今ここには「日本初のラーメン」である「経帯麺」と、「元・日本初のラーメン」をモチーフとした「水戸藩ラーメン」のスープと具がある訳です。

「経帯麺」の汁は「好みのものを」と言いましたよね……?

……!

合体させましょう!

 

水戸藩ラーメンのスープを作り……

 

経帯麺をイン!

 

しいたけとチャーシューを乗せ、

五辛を乗せて……

 

完成!シン・日本初のラーメン!

 

いただきまーす

 

ダハハ!動物性の旨味ってすげー!わかりやすく美味い!

(※経帯麺は本来お坊さんの料理なので肉や刺激の強い野菜は使えない)

これうめー!

香味野菜のおかげで経帯麺のクセもカバー出来てるし、逆に麺の食感とかクセの強さが五辛に負けてなくてはっきり個性として活きてますね!

こういう変わった麺を出すこだわったラーメン屋あるよね。実際あったら何回か通うかも。

 

「何?ラーメン作ってたの?」

業務スペースとキッチンスタジオが隣接しているので見学者がふらっと現れます。

 

こっちが水戸黄門が作ってたラーメンが元ネタのラーメン、こっちが今日本初のラーメンです。

 

「何何?」

このタイミングで撮影が終わったオモコロチャンネルの面々がなだれ込んで来ました。

 

これが今日本初のラーメンと言われてる経帯麺です。こっちがしいたけの汁と梅昆布の汁がかかってて……

 

で、これが新旧日本初のラーメンを合体させたやつで……

 

 

「チャーシュー美味!」

「チャーシュー食ってチャーシュー!マジ美味いから!」

チャーシュー自体は日本初のラーメンと関係ないんですけどね……

 

「これ美味!」

「こっちにもくれ!!!」

 

一瞬かよ。

念のため800g仕込んでたのに秒で消えた。

 

……話がチャーシューに逸れましたが、水戸黄門が作ったとされるラーメンをモチーフとした「水戸藩ラーメン」、そして現在の「日本初のラーメン」である「経帯麺」を作ってみた、というレポートでした。

是非真似してね!とクックパッドなんかに投稿するにはラーメン自体が大掛かり過ぎる料理ですが、日々ラーメンを口にする時、何百年も前のラーメンの歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

 

「このチャーシューオリジナルのレシピなの?」

まぁ……自分で考えましたけど……

「いやこれ本当に美味いよ」

もういいや。塩豚チャーシューのレシピの方クックパッドに投稿しときます。

 


しときました。

 

資料ご協力……「新横浜ラーメン博物館」様

〒222-0033 横浜市港北区新横浜2-14-21
https://www.raumen.co.jp/