まずは、1枚の画像をご覧いただきたい。
これは写真ではない。
AIによって生成された絵だ。
あなたはこの絵に、どんな印象を抱くだろうか?
実は先日、この絵がSNSで小さな話題となった。これを見て「怖い」と感じる人が続出したのだという。
一見、何の変哲もないこの画像に、いったいなぜ恐怖を感じるのか。
その理由を探った先に、恐ろしい事実が待ち受けていた。
怖い画像
4月某日、知人と雑談をしていた。
その知人は暮田街道(くれたかいどう)というペンネームで実録もののホラー漫画を描く、ウェブ漫画家だ。
私もウェブライターとしてホラー記事を専門にしているため、情報共有のために毎月会って話すのが恒例となっている。
一通り話し終えたあと、彼は思い出したようにスマートフォンを取り出し、私に画面を見せた。そこに写っていたのは空き地の画像だった。
暮田:雨穴さん、これを見て何か感じませんか?
ーーー彼は神妙な顔で私に尋ねた。いわゆる「いわくつきの画像」なのかと思ったが、幽霊や妖怪が写りこんでいる様子はない。
雨穴:いや、特に何も感じませんね。
暮田:……ですよね。実はね、これ写真じゃなくてAIが作った画像なんですよ。
雨穴:ああ、今話題になってますよね。
暮田:この画像、僕も何も感じないんですけど、これを見て「怖い」って思う人がかなりいるみたいで…。
雨穴:どういうことですか?
ーーー彼はいきさつを話し始めた。
画像生成AI
暮田さんは最近、AIで遊ぶことにハマっているという。
ここ数年における人工知能の発達はすさまじく、さすがにドラえもんまでは行かないまでも、それに近いレベルで機械とコミュニケーションをとることが可能になった。
AIには様々な種類があるが、中でも話題になっているのがチャットAIと画像生成AIだ。
チャットAIは、画面に質問を入力するとAIが適切な答えを返してくれるというもので、まるで生身の人間と会話をしているような、自然でスムーズな言葉のキャッチボールができる。
その代表例「ChatGPT」は、連日ニュースを騒がせている。
対して画像生成AIは、好きな言葉を入力するとAIがその絵を自動で生成してくれるというものだ。
最近では、写真と見分けがつかないほどリアルな画像を作れるまでに進化した。
同じ言葉を入力しても、毎回違う画像を生成するので「世界で1枚だけの絵画」をいくらでも作ることができる。
代表的なものに「DALL·E 2」や「Midjourney」などがある。
これらはネット環境さえあれば誰でも利用できるため、今、世界中で多くの人がAIに夢中になっている。
さて、例の空き地の画像は、暮田さんがとある画像生成AIを使って作成したものだという。彼はスマートフォンにそれを表示させた。
AI「kakashi」という名前の、非常に簡素なサイトだった。
雨穴:AI「kakashi」……はじめて見ました。
暮田:相当マイナーなサイトですからね。最近こういう、個人が作ったような小規模なAIが増えてるんですよ。
「DALL·E 2」とか「Midjourney」みたいな大手と比べれば使い勝手は悪いですけど、そのぶん個性があって面白いんです。
雨穴:個人商店的なAIってことですか。
暮田:ええ。中でもこの「kakashi」はお気に入りで、かなりクオリティの高い画像が作れるんです。ためしにやってみましょうか。
ーーー暮田さんは「家」と入力し生成ボタンを押す。
数十秒後、一枚の画像が表示された。
雨穴:日本の民家みたいですね。
暮田:「kakashi」は、どんな言葉を入れても日本的な画像が出てくるんです。
雨穴:国内に特化したAIってことか。
暮田:そうなんです。で、しばらく遊んだあと、ちょっとした怖いものみたさで「怖い画像」って入力してみたんです。
そしたら、あれが出てきまして。
雨穴:「怖い画像」か……。たしかに、草が生い茂っててちょっと不気味に見えないこともないですが、怖いかと言われたら……
暮田:そうは見えないですよね。
まあ、AIが指示と違う答えを出すことはよくあるので、たまたまかなと思ったんですが、何度繰り返してもやっぱり似たような画像が出てくるんです。
ーーー暮田さんは「怖い画像」と入力し生成ボタンを押す。数十秒後、同じような空き地の画像が生成された。
暮田:もしかして僕に見えてないだけで、何かが写ってるんじゃないかと不安になっちゃいまして……ツイッターでフォロワーの人たちの意見を聞いてみることにしたんです。
ーーー暮田さんはスマホの画面を切り替え、ツイッターを表示した。
雨穴:それで、反応はどうだったんですか?
暮田:見てみてください。
ーーー手渡されたスマホを受け取り、リプライ欄を見る。
雨穴:「怖い」っていう人が結構いますね。
暮田:リプライをくれたのが全部で17人で、そのうち8人が「怖い」と答えたんです。
雨穴:半数近くですか……。
暮田:お墓とか、暗いトンネルの画像ならともかく、こんな普通の画像に半分の人が恐怖を感じるなんておかしくないですか?
雨穴:うーん……
暮田:だけど、誰も具体的なことを書いてくれないので、何が怖いのかよくわからないんです。
もう少し詳しい情報が分かれば、漫画のネタにもできるんですけどね……。
ーーーそこからは話題が別に移ってしまい、AIの話はそれきりとなった。
実験
暮田さんと別れたあとも、あの話が頭から離れず、帰宅後、自分のパソコンで「kakashi」を開いてみた。
「怖い画像」と入力し、生成ボタンを押す。
やはり先ほどと同じような、荒れた空き地の画像が出てきた。
他の言葉だったらどうなるのだろうか。
気になった私は、色々な言葉を入力し、どのような画像が出てくるか実験してみることにした。
その結果、以下のようなことが分かった。
結果① ネガティブな言葉
「怖い画像」だけでなく「恐ろしい画像」「悲しい画像」など、ネガティブな言葉を入力すると、いずれも同じような空き地の画像が生成された。
(ちなみに「怖い」「恐ろしい」「悲しい」でも結果は同様だった)
結果② ポジティブな言葉
一方「楽しい」「うれしい」「面白い」といったポジティブな言葉を入力すると「遊園地」「プレゼント箱」「積み上げられた本」など、おおよそ言葉に沿った画像が生成された。
結果③ 一般名詞
また「犬」「車」「電話」などの一般名詞で試した場合も、言葉に沿った画像が生成されたが、唯一「スマートフォン」と入力したときだけは、なぜか意味を持たない画像が生成された。
まとめると、
「kakashi」はどのような言葉を入力しても、おおむね言葉の通りの画像を生成するが「怖い」「恐ろしい」「悲しい」など、ネガティブな言葉を入力した場合のみ、なぜか空き地の画像を生成するということになる。
このAIの奇妙さが際立っただけで、謎の解明につながるような発見はなかった。
ただ、実験の最中あることに気づいた。
ページ下部にスイッチのようなものがあるのだ。どうやら「画像生成」と「チャット」を切り替えられるらしい。
「kakashi」は画像生成AIだけでなく、チャットAI(会話ができるAI)も搭載しているということか。
ためしにスイッチを切り替えてみる。
すると画面が変わった。
メッセージを送信できるようになっている。
私は「こんにちは」と入力し、送信ボタンを押す。
しかし、AIからの返答はない。
次に「あなたにはどんなことができますか?」「あなたにとって『怖い画像』とは何ですか?」などいくつかの質問を投げかけてみたが、やはり何の反応もなかった。
故障したか、もしくはまだ完成していないのかもしれない。
色々と気になることはあったが、仕事の締め切りが迫っていたこともあり、その日はそこで「Kakashi」を閉じた。
知人
数日後、とある知人の家で食事をした。
その人の名前は栗原さんという。
栗原さんとは以前仕事で知り合い、それから記事の調査においてたびたび協力してもらっている。
多方面に知識が豊富で鋭い考察をするため「kakashi」についても何か助言をもらえないかと思い、一連のできごとを話した。
彼は何にでも興味を持つ性格なので、てっきりこの話題にも食いついてくれると思ったが、始終つまらなさそうにスマホをいじりながら話を聞き、最後にこう言った。
栗原:またAIの話ですか。
雨穴:「また」って?
栗原:正直、飽きたんですよ。うっとうしいんですよね。流行りにながされて「AI」「AI」騒いでる連中が。
雨穴:……すみません……。
栗原:いや、別に雨穴さんを否定しているわけではないんですけどね。
でも、どんなに高度な技術が生まれようと、それを使う人間が進化しなきゃ猫に小判だと思いませんか。
雨穴:まあ……おっしゃる通りです。
栗原:その、かかし…?とかいうAIの話だって、結局「人は愚か」の一言で済むことですよ。
雨穴:……どういう意味ですか?
栗原:言葉の通りです。今回の件、要約すると……
・AIが「怖い画像」という言葉から、関係のない空き地の画像を生成した。
・その画像をツイッターに投稿したら、一定数の人間が「怖い」と言った。
ということですね。
雨穴:はい。
栗原:なぜ、空き地の画像を「怖い」と感じる人が続出したのか。今の話を聞くかぎり、その原因は霊でも妖怪でもなく人間の心理です。
見てください。
ーーー栗原さんはスマホの画面をこちらに向けた。そこには例のツイートが表示されていた。
彼は私の話を聞きながら、これを検索していたのだ。
栗原:反応を見てみましょう。
栗原:かなり議論が盛り上がってますね。
雨穴:17人からリプライが来たそうです。
栗原:そのうちの約半数が「怖い」と言った…と。
雨穴:はい。
栗原:では、その謎を解く前に、一度ツイッターのシステムについて確認しておきます。
雨穴さんもご存じかとは思いますが、ツイッターのリプライは時系列で表示されるわけではありません。
栗原:「いいね」の数や、読まれた回数などに応じて、自動で並べ替えられてしまいまうんです。
雨穴:私、それ最近知りました。一番乗りの人のリプライが一番上に来るわけじゃないんですね。
栗原:ええ。早い者勝ちでは深い議論はできない、というツイッター側の配慮です。まあ、それ自体は結構ですが、今回に限って言えばこのシステムが邪魔をしている。
時系列ではないことが、真相を見えづらくしているんです。
雨穴:え…?
栗原:今から外部アプリを使って、リプライを送られた順に並べ替えますので、ちょっと待っててください。
ーーー数分後、作業を終えた栗原さんは、再び私にスマホを見せた。
栗原:今、リプライは時系列に沿って表示されています。これをよく見ればあることに気づくはずです。
雨穴:ええと………あ、最初のうちは「怖い」っていうリプライが全然ない。
栗原:そうです。
栗原:ツイートが投稿された当初は誰も恐怖を感じていなかった。
ところが、あるときを境に「怖い」という人が大量に出現し世論が一変する。
そのあるときというのはいつかわかりますか?
雨穴:ええと…
雨穴:マナハナ……って人がリプライを送ってから?
栗原:正解。その人のリプライがきっかけとなり「怖い」派が急増したんです。
なぜそんなことが起きたのか。マナハナさんのアカウントを見ればわかります。
雨穴:わ、すごい。
栗原:私は知りませんでしたが、SNSではかなり有名なイラストレーターらしいです。イラストつながりで漫画家の暮田街道さんと繋がっているんでしょうね。
雨穴:フォロワー48万人……めちゃくちゃ人気者ですね。
栗原:人気者の発言は、それがリプライであっても注目を集めます。
栗原:投稿時間を確認したところ、最初のうちは5分に1件ほどのペースでリプライがついていました。
ところがマナハナさんが反応してから、1分に1件のペースにスピードアップしているんです。
要は、人気者が言及したことで、そのファンがつられてリプライを送り始めた、ということです。さきほど「怖い」派の人たちのアカウントを見ましたが、その多くがマナハナさんのフォロワーでした。
つまり彼らは、画像を見て「怖い」と感じたわけではなく、マナハナさんの意見に同調した……流されただけなんです。
雨穴:流された…?
栗原:影響力とは恐ろしいものです。
たとえば、自分ではあまりピンとこない漫才やコントでも、実績のあるカリスマ芸人が「おもしろい」と評価すれば、なんとなく面白い気がしてきてしまう……人間とはそういうものです。
栗原:この画像、たしかに怖くはありません。しかし、手入れされていない木や、生い茂る草など、ほんの数パーセントだけ不気味さがある、といえなくもない。
影響力のある人が「怖い」と発言することで、その数パーセントの不気味さが頭の中で増幅され、怖い画像に見えてきてしまう。
先入観による錯覚ですね。
雨穴:うーん……言ってることはわかりますが、先入観だけでここまで「怖い」派が増えますかね…。
栗原:もちろん、原因はそれだけではありません。今回はファン心理というものが大きく作用しているといえます。
マナハナさんのような独特な世界観を持つクリエーターには、熱狂的なファンが付きやすい。
特に若いファンほど「尊敬する人と同じ感性を持ちたい」と願うあまり、その人の意見に同調してしまうものです。
雨穴:じゃあ「自分はマナハナさんと同じ感性を持ってる」と思い込みたい若者たちが、無理して思ってもいないことを書きこんだ、ってことですか。
栗原:「同調すればマナハナさんに気に入られるかもしれない」という下心もあるでしょう。そういった様々な心理が重なった結果、この異様なリプライ欄が作られたのだと思います。
雨穴:そういうものですか……。でも、そもそもマナハナさん自身は、どうしてこの画像を「怖い」と思ったんでしょうか?
栗原:クリエーターだから独特な感性を持っているのか……もしくは「独特な感性を持っている」と思わせるための自己プロデュースなのか。
どちらにせよ深い意味はないと思いますよ。
ーーー本当にそうだろうか。独特な感性がこの画像を「怖い」と判断したのなら、そう思わせる何かがあるということではないのか。
才能ある人だけが感じる違和感……霊感、第六感……。そんなものがはたしてあるのだろうか。
栗原:それにしても最近のAIはすごいですね。マイナーなサイトでもこんなに高品質な画像を作れるなんて。
雨穴:ほんとにね。ついていけないですよ。
栗原:私、あまり詳しくないんですが、最近だとこういう日本産のAIも増えてるんですね。
雨穴:はい。国産だと「AIピカソ」とか「mimic」とかが去年話題になってました。
栗原:うーん……そう聞くと「kakashi」っていうのは、ずいぶん渋いネーミングですね。
雨穴:「kakashi」……「カカシ」……まあ、たしかに。
栗原:どうしてそんな名前にしたんでしょう。
雨穴:わからないけど「samurai」とか「kimono」みたいなノリじゃないですか?
日本語をあえてアルファベットで表記した商品名とか作品名ってよくありますよね。
栗原:それがカカシですか…………ちょっと試してみますか。
雨穴:試してみるって、何を?
栗原:「kakashi」という言葉で画像を生成してみるんです。
雨穴:…………なんで?
栗原:何か発見があるかもしれないじゃないですか。
ーーー栗原さんは「kakashi」に「kakashi」と入力して生成ボタンを押した。私には彼の意図が読めなかった。
田んぼに立つ、へのへのもへじの画像が出てくるだけで、そこから何が分かるわけでもないだろうと思っていた。
しかし、生成された画像を見て、私は唖然とした。
雨穴:え…!?女の子…?
栗原:変ですね…………もう一度やってみましょうか。
ーーー栗原さんはふたたび「kakashi」と入力する。
ーーー出てきたのは、やはり女の子の画像だった。どことなく、先ほどの子と似ているような気もする。
雨穴:何なんだろう……。精巧すぎるカカシ……ではないですよね。
栗原:こんな可愛らしいカカシではカラスもビビらないでしょう。
それにしてもこの部分が気になりますね。
雨穴:この部分?
ーーー栗原さんが指さした先を見て気づいた。
雨穴:あ……どっちの画像にも白いノイズが入ってる。
栗原:なんでしょうね、これ。
ーーー白いノイズを見ながら、私は不思議な感覚を覚えた。
これに似たようなものを最近どこかで見たことがある。記憶をさかのぼり、ある一枚の画像にたどりついた。
雨穴:栗原さん。実はこの前「kakashi」に色んな言葉を入力して、どんな画像が生成されるか実験してみたんです。
そのとき、これと同じように白いノイズが入ってる画像が1枚だけあったんですよ。
栗原:それ、見せてもらえますか?
雨穴:ちょっと待っててください。……これです。
栗原:犬の画像か……。なんて言葉で生成したんですか?
雨穴:普通に「犬」です。
ーーー栗原さんは「kakashi」に「犬」と入力した。
ーーー出てきた画像には、やはり白いノイズが入っていた。
栗原:……おかしいですね…
雨穴:ほんとに、どうして白いノイズが……
栗原:いや、それもそうなんですが、どうして今回も柴犬なんでしょう。
雨穴:え?
栗原:犬にはたくさん種類がいますよね。ブルドッグとかトイプードルとか。
「犬」と入力したわけですから、別の犬種が出てきてもおかしくないと思うんですが、なぜどちらとも似たような柴犬の画像なんでしょう。
雨穴:ああ、たしかに……。
栗原:……雨穴さん。さっき言ってた「実験」の結果、全部見せてもらえますか?
雨穴:あ、はい。
ーーー私は、スマホに保存していた「実験結果」を栗原さんに見せた。
それらの画像を見た瞬間、心なしか彼の顔がこわばった気がした。
栗原:…………
雨穴:どうでしょうか?
栗原:雨穴さん。私、正直これを見るまで「kakashi」は単なる、精度の低いAIだと思っていました。
でも、そうではないかもしれません。
雨穴:……え?
栗原:今、この中のいくつかの画像を見て、恐ろしい仮説を思いついてしまいました。
雨穴:仮説……どんなですか……?
栗原:それは…………
雨穴:……それは……?
栗原:率直に言うと……
雨穴:率直に言うと……?
栗原:雨穴さんの頭では理解できないかもしれません。
雨穴:失礼だな
仕組み
雨穴:私、そこまでバカじゃないですよ。
栗原:では、AIがどのように画像を生成しているかわかりますか?
雨穴:………………わからないです。
栗原:この仮説を話すためには、ある程度AIの仕組みについて理解していただく必要があるんです。
雨穴:ああ……じゃあ無理かも……。
栗原:とはいってもあくまで基本中の基本で、たいして難しい話ではありません。わかりました。まずはそこから説明します。技術的なことは一切はぶいて、なるべく簡単に話しますので、頑張ってついてきてください。
雨穴:……お願いします。
栗原:「AIの作り方は育児に似ている」とよく言われます。
ですのでAIを理解するには、赤ちゃんを理解するのが近道です。
イメージしてください。
栗原:生まれたばかりの赤ちゃんは何も知らない。脳はからっぽの状態です。
栗原:そんな赤ちゃんに、親は丁寧にひとつずつ、ものを教えていく。
栗原:たとえば「これはネコだよ」と言いながら、いろんな種類の猫の写真やイラストを見せる。
栗原:すると赤ちゃんの脳には「ネコ」という名前の、たくさんの記憶が蓄えられていきます。
要するに「色んなネコを見て覚える」ということです。子供は記憶力がいいですから、見たものはすぐに覚えてしまいます。
ただ、ここで一つ問題がある。覚えたはいいものの、赤ちゃんはまだ「ネコ」が何なのかよくわかっていないんです。
なぜなら、ネコにもいろんな種類がいるからです。
栗原:白いのもいれば、しま模様もいる。毛が短かったり、ふさふさしてたり、とにかく色々。
赤ちゃんからすれば「え?全部『ネコ』って教わったけど、どれも違う動物に見えるよ」「ネコっていったいなんなの~?」と混乱してしまうわけです。
そこで混乱を整理するため、赤ちゃんの脳はある処理をします。
栗原:まず、すべての「ネコ」の記憶に共通する特徴を抜き出すんです。
たとえば「耳が三角」とか「つり目」とか。
雨穴:中には目がまんまるのネコもいますよ。
栗原:これはあくまで例えなので。
雨穴:あ……すみません。
栗原:で、次のように結論づける。
栗原:ネコとは「耳が三角で、つり目の動物」である。
これが基本形で、他の部分は…たとえば、色、毛並み、体型、しっぽの長さなんかは、それぞれ色んなバリエーションがある……と。
栗原:頭の中に基本形を作ることで、今まで違う動物に見えていた「ネコ」が「ああ、たしかに全部同じ動物なんだな」とわかる。バラバラだった記憶がひとまとめに整理される。
このとき赤ちゃんははじめてネコを「理解した」といえます。
雨穴:「理解する」=「頭に基本形を描く」ってことか……。
栗原:はい。ちょっと固い話になりすぎてしまったので、ここでクールダウンしましょう。
雨穴さん。紙とペンを用意しますので3種類のネコを描いてください。ただし、お手本は見ずに、です。
雨穴:え?
ーーー私は言われるがまま、用意されたメモ用紙に3匹のネコを描いた。
栗原:へえ、味があるけど下手ですね。
雨穴:下手だけど味があるって言ってくださいよ。
栗原:まあ、クオリティは別として、雨穴さんは何も見ずに3種類のネコの絵を描くことができました。
なぜそんなことができるのか……それは、雨穴さんがすでにネコを理解しているからです。
栗原:理解しているからこそ、脳内にある基本形をもとに、絵を描くことができる。
「基本形」という骨組みがあってはじめて、そこに肉付けができるんです。
雨穴:「理解しているから絵が描ける」…か。当たり前すぎて意識してなかったけど、確かにその通りですね。
栗原:さて、ここでAIの話に戻ります。さっきも言いましたが、AIの作り方は赤ちゃんの育て方によく似ています。
栗原:AIも最初は空っぽ。何も知りません。
栗原:そこで、両親の代わりに設計者がものを教えていきます。
ただし、AIは機械ですので「ものを教える」というよりは「データをインプットする」と言ったほうが正しいかもしれません。
栗原:設計者は「ネコ」とタイトルをつけた様々な猫の画像データをインプットします。
栗原:赤ちゃんと同じように、AIはいろんな「ネコ」をどんどん記憶していきます。ところが最初は「ネコ」が何なのかわからない。これも赤ちゃんと同じですね。
それぞれ違いがありすぎて、同じ動物とは認識できないんです。
「記憶」はできても「理解」はできない……赤ちゃんと違い、そこから先に進めないのが、かつてのAIの限界でした。
ところが最近になって、AIは驚異的な進化を遂げたんです。
雨穴:もしかして……
栗原:そう。赤ちゃんと同じく「理解する」という能力を身につけてしまったんです。
栗原:現在のAIは「ネコ」のデータに共通する特徴を抜き出し「ネコの基本形」を自分の中に作り出すことがきる。つまり「ネコ」がなんなのか理解できるんです。
雨穴:人間と同じじゃないですか。
栗原:まあ、もちろん人間とAIではメカニズムは全く違いますが、広い意味ではAIも人間と同じように物事を理解できるといえます。そして理解できるということは、絵を描けるということです。
栗原:AIも、自分の中にある基本形をもとに絵を描くんです。
ペンを握れない彼らがどうやって?と疑問に思うかもしれませんが、それを説明すると2時間はかかってしまいますので、今回は割愛します。
とにかく、今、雨穴さんに分かってもらいたいのはAIも人間も同じプロセスで絵を描いているということです。
雨穴:つまり……
雨穴:
・たくさん記憶する
・記憶に共通する特徴を抜き出す。
・脳内に基本形を作る。
・基本形をもとに絵を描く。
という順番ですね。
栗原:そうです。
では、この前提をもとに、ひとつクイズを出しましょう。問題です。
栗原:AIにインプットしたネコの画像がすべて黒ネコだったとします。そのAIが生成するネコの画像は、何色でしょうか?
雨穴:それは……全部黒じゃないですか?そのAIは「ネコ=耳が三角で、つり目で、黒い動物」だと理解してしまうはずですから。
栗原:その通り。
栗原:インプットに偏りがあると、間違った基本形を作ってしまう。ゆえに、描く絵にも偏りが出てしまうんです。
たとえば、あらゆる犬種の中で柴犬の画像だけをインプットしたAIは「犬=柴犬」だと理解してしまう。
そのAIに「犬」と入力したら柴犬の画像しか生成しないでしょう。
雨穴:え?……それって……
栗原:はい。
栗原:おそらく「kakashi」にインプットされている「犬」のデータはすべて柴犬なんだと思います。しかも似たような種類の。
雨穴:だから二度とも柴犬の画像が……
栗原:ではここで、またクイズです。
とあるAIが生成した犬の画像に、すべて白いノイズが入っていました。なぜでしょうか?
雨穴:…………インプットした犬の画像に、すべて白いノイズが入っていたから……
栗原:正解です。
栗原:おそらく「kakashi」の設計者は「犬」という言葉とともに「白いノイズの入った柴犬の画像」を大量にインプットしたんです。
そのせいで「kakashi」は「犬=白いノイズを含む柴犬」だと間違って理解してしまった。
雨穴:そういうことか……でも、設計者はなんでそんなことを……?っていうか、インプットした画像に入っている白いノイズって何なんでしょうか?……霊魂?
栗原:柴犬のご先祖様なら面白いですが、もっと現実的な答えがあります。
雨穴さん、こういう経験ありませんか?
つやつやした光沢のあるものをカメラで撮ったとき、反射した光が写りこんで、上手く撮れなかったこと。
雨穴:ええ、あります。白い光が写りこんで…………あ
栗原:わかりましたか?
栗原:設計者は柴犬ではなく、柴犬の写真をカメラで撮ったんです。
そのとき、光沢紙に光が反射し、すべての画像に白いノイズが入ってしまった。
雨穴:しかし、どうして柴犬の写真ばかりインプットしたんでしょう……。
栗原:……不思議ですよね。異常な行動と言っていい。しかし、その異常性にこそ「kakashi」の本質があるんです。
雨穴:……どういうことですか?
ーーー栗原さんは少しの沈黙のあと、私の目を見てゆっくり言った。
栗原:………雨穴さん。ここからは根拠のない、私の与太話だと思って聞いてください。
雨穴:え?……はい。
栗原:少し話はそれますが、雨穴さんは「DALL·E 2」や「Midjourney」を知っていますか?
雨穴:はい。有名な画像生成AIですよね。
栗原:「kakashi」が零細だとするならば、この2つは世界最大手といったところでしょうか。
最大手とはいえ「DALL·E 2」も「Midjourney」も、基本は私が先ほど説明したのと同じ仕組みでできています。
雨穴:つまり…たくさんの画像データをインプットして、基本形を作った上で、それをもとに絵を描いている、と。
栗原:はい。ただしこの2つは、インプットの量が桁違いに多いんです。詳しい説明は省きますが「ディープラーニング」という技術を使い、ネット上に存在する、ありとあらゆる画像を彼らは記憶している。
言うなれば「世界トップクラスの物知りな絵描き」です。どんなマニアックな絵でも生成できてしまう。
こんなものが登場してしまったら、とても人間の絵描きは太刀打ちできない。絵の仕事はAIに奪われる……そんなことを言う人もいます。
雨穴:最近よく聞きますね。
栗原:ただし、私はそう思いません。
雨穴:え?
栗原:大手画像生成AIは世界中のあらゆる情報を満遍なく知っています。しかし、人間はそうではない。
栗原:日本人の知識は日本に偏り、スイス人はスイス以外の文化をよく知りません。
もっと言えば、海で育った人、山で育った人、時代、性格、人間関係などによって、人の知識はどうしても偏ってしまうものです。
しかし、その偏りこそが「個性」なんです。
AIはなんでも知っているがゆえに、その意味においての個性がない。個性がないということは、絵描き、ひいては表現者として大きな欠点です。
なんでも描けるAIの最大の弱点は「なんでも描けてしまう」というところにあると私は考えています。
雨穴:そ、そういうものですか……。
栗原:ただし、私はAI批判をしたいわけではありません。
今の理屈を応用すれば、個性を持ったAIを作ることができる、ということになります。
栗原:たとえば、まっさらなAIに日本文化の画像ばかりをインプットしたら、日本人の脳に近いAIになる、といえます。
雨穴:まあ、理屈上はそうなりますね。
栗原:さらに踏み込めば、たとえば雨穴さんが生まれてから今まで見てきた景色…育った町、知り合った友人、飼っていたペットの画像ばかりをAIにインプットしたら、雨穴さんの脳に近いAIになる……。
雨穴:うわ……なんかいやですね。
栗原:そうですか?自分の分身ができたみたいで楽しいじゃないですか?
「家」と入力すれば、雨穴さんの家の画像が出てくる。「ペット」と入力すれば雨穴さんが飼っていたペットの画像が出てくる。親しみが沸くでしょ?
雨穴:ペット……………
ーーーそのとき、栗原さんの言おうとしていることに気づき、思わずゾクッとした。
雨穴:………もしかして「kakashi」の設計者はそれをやろうとしている……と?
栗原:はい。私の仮説はこうです。
「kakashi」は、ある特定の人物の脳を再現したAIなのではないか。
ある人物
栗原:この3枚の画像、いずれも家が描かれていますが、似ていると思いませんか?
雨穴:言われてみれば、壁の色とか形とか……そっくりですね。
栗原:もしかしたら、一つの家を様々な角度から撮った写真が、大量にインプットされているのかもしれません。
犬にしてもそう。このAIに大量にインプットされた柴犬は、すべて同じ犬なのかもしれない。
そこから私は、次のような推測をしました。
かつて誰かがこの家に住み、柴犬と暮らしていた。
その人物の人生を追体験させるかのように、生まれてから見たもの、身近にあった景色をインプットしたAI。それが「kakashi」なのではないか。
雨穴:いわば、脳のクローン……でも、その人物って誰なんでしょうか……。
栗原:おそらく我々は、すでにその人の姿を見ています。
雨穴:え?……あ、もしかして……
雨穴:あの女の子……
栗原:はい。もし特定の人物の脳をAIで再現したとしたら、その人と同じ名前、もしくはその人を意味する言葉を名づけると思うんです。
雨穴:つまり……
雨穴:「kakashi」=その人を意味する言葉……
栗原:であるならば「kakashi」と入力して出てくる女の子……つまり「kakashi」という言葉とともに大量にインプットされた女の子こそがその人物ということになります。
雨穴:kakashiさん……本名ではないですよね……あだ名とかかな……
栗原:それは分かりませんが、kakashiさんが幼い少女なら色々な点で辻褄が合います。
栗原:AIは「楽しい」という言葉に対して遊園地の画像を生成しました。
これ、少し違和感がありました。確かに遊園地は楽しいですが、世の中にはもっと楽しいとされることがある。お酒、ギャンブル、恋愛、買い物。こういう画像がなぜ出てこないのか。
kakashiさんが子供だからです。
「kakashi」は彼女の脳を再現したAI。すべての画像は彼女の主観に従って生成される。
だから「楽しい」は遊園地。「嬉しい」はプレゼント箱。非常に子供らしい感覚です。そして「面白い」のは本。読書が好きな女の子なんでしょうね。
雨穴:なるほど……。
栗原:そして、最も興味深いのは「電話」という言葉で生成された画像です。
栗原:若い人は知らないかもしれませんが、これ、15年ほど前に販売されていた子供用携帯電話と同じ形なんです。
上の方に輪っかが描かれていますよね。
栗原:子供用携帯って、防犯ブザーの機能がついていて、輪っかに指をかけて引っ張ると、ブザーが鳴るようになってるんです。
kakashiさんの所有物なのではないでしょうか。
雨穴:じゃあ、kakashiさんは約15年前に子供だったってことか。
栗原:彼女の年代については、もう一つ手がかりがあります。
たしか「スマートフォン」と入力した際、意味のない画像が生成されたんですよね。
雨穴:はい。
栗原:おそらく「kakashi」にはスマートフォンの画像はそもそもインプットされていないのでしょう。なぜか。考えられる理由は一つ。
kakashiさんが「スマートフォン」を知らないからです。繰り返しになりますが「kakashi」は彼女の脳を再現したAI。彼女が知らないことはインプットされていないのでしょう。
雨穴:そういうことか……
栗原:しかしですね。ありえますか?今どき、スマホを知らない日本人なんて。
雨穴:洞窟に住んでいる人でもないかぎりは、ありえないですね。
栗原:ですよね。ちなみに彼女の家を見る限り、洞窟ではありません。
するとこう考えるのが自然です。
kakashiさんは、スマホが普及する前に亡くなった。
雨穴:あ…………
栗原:なぜ設計者は、kakashiさんと犬の画像をインプットする際、写真をカメラで撮らなければいけなかったのか。
それは、AIを設計した時点ですでにふたりが写真の中にしか存在しなかったからです。
設計者
雨穴:亡くなった子供の脳をAIで再現……。もしかして「kakashi」の設計者は……
栗原:彼女の親、かもしれないですね。
ーーー私はそのとき、以前取材をした、とある夫婦のことを思い出した。
その夫婦は、幼い娘を凶悪事件で亡くし、悲しみに明け暮れていた。あるとき彼らは女の子の人形を作った。
それを娘の代わりに可愛がることで、悲しみを紛らわせようとしたのだ。いわば、娘の分身を作ったということだ。
現代においては、同じことが人形ではなくAIで行われている、ということか。
雨穴:でも栗原さん。だとすると、あの空き地の画像は……
栗原:これ自体が「怖い画像」というわけではなく、kakashiさんにとって「恐怖を感じる画像」ということになります。
ーーー荒れた空き地……kakashiさんはこの場所にトラウマを抱いている。
「怖い」だけでなく「恐ろしい」「悲しい」といった言葉でも同じような画像が生成された。
ここは彼女にとって、怖く、恐ろしく、悲しい場所。
想像して、背中に冷たいものが走った。
雨穴:まさか、kakashiさんは……この場所で殺された……?
栗原:わかりません。しかし、もしそうだとしたら、設計者はむごい性格ですね。
楽しかった記憶だけでなく、辛い記憶までインプットするなんて。
雨穴:そうですね……。
ーーー私はスマホでgoogleを開き「kakashi 空き地 事件」と検索した。
栗原:何か見つかりましたか?
雨穴:…………いえ、それらしい情報は何も。本名がわからないと難しいですよね。
栗原:彼女の情報を集めるなら、googleよりも「kakashi」を使ったほうがいいですよ。
ここには彼女に関するデータが大量にインプットされているでしょうから。
ーーー私は「kakashi」を開き、ためしに「親」と入力した。AIを設計したのが彼女の親なら、当然、自分の写真もインプットしているだろう。
しかし……
生成されたのは「スマートフォン」のときと同じ、意味を持たない画像だった。
雨穴:おかしいな…。
栗原:もしかしたら両親がいないのかもしれませんね。養子に出されたとか、祖父母に育てられたとか。
雨穴:じゃあ、AIを設計したのも実の親じゃない……?
栗原:そういうことになります。……そうだ。いいこと思いつきました。
たった一文字の漢字を入力するだけで、設計者の画像を生成できるかもしれません。
雨穴:え?漢字一文字?………「親」じゃないとしたら……うーん……
栗原:わかりませんか?
設計者は家、車、電話など、kakashiさんの身近にあったあらゆるものを写真に撮りAIにインプットしている。
ならば、あれの画像も入っているはずです。
ーーー栗原さんは私のスマホを手に取り「鏡」と入力した。
その意図に気づいたときには、すでに画像が生成されていた。
ーーー鏡の写真を撮る際、写りこんだであろう男性。これが設計者。
いったい、この人物はkakashiさんと、どういう関係なのだろうか。
意味
栗原さんの家を出て、帰り道を歩きながら、頭で情報を整理した。
すでに携帯電話が普及し、スマートフォンが一般的になる前。2000年~2009年頃、kakashiさんは亡くなった。
おそらくはこの場所で。
それは彼女にとって、怖く、悲しい死だった。
kakashiさんの死後、彼女が生まれてから死ぬまでに見た様々な景色を、誰かがAIにインプットした。
kakashiさんの脳を再現した人工知能……それがAI「kakashi」だ。だが、私にはどうしても納得のいかない点があった。
なぜ設計者は「kakashi」を公開したのだろうか。
「kakashi」はネット環境さえあれば誰でも無料で利用できる。世界に向けて発信されているのだ。
かつて取材した夫婦は、娘の分身の人形を自分たちだけで大切に保管し、決して人に見せびらかしたりはしなかった。その気持ちは理解できる。大切な人の死を、見世物にしたくはなかったのだろう。
ところが「kakashi」の設計者は、その夫婦と真逆のことをしている。
kakashiさんの人生を、不特定多数の目に晒している。
彼女にとって辛く、悲しい記憶までインプットする徹底ぶりから見ても、設計者が彼女に向ける気持ちは、愛とは別もののような気がしてならない。
そのとき、恐ろしい考えがよぎった。
まさか設計者は、kakashiさんを殺した犯人なのではないか。
愛と殺意が混同した異常者。それなら見せびらかすような行為も説明がつく。
いや、しかし。
冷静に考えればおかしい。
殺人犯がkakashiさんの自宅内部の写真を撮れるわけがない。……ストーカー?それとも、親族の中に犯人が……?様々な考えが交錯する。しかし、そのどれも根拠がなく、空想でしかない。根拠を得るには情報が足りなさすぎる。
せめて、kakashiさんの本名が分かれば……。
そこまで考え、突如、あるアイデアをひらめいた。
私はスマホを取り出し「kakashi」を開く。恐る恐るその言葉を入力する。上手くいけばkakashiさんの名前が分かるかもしれない。祈る思いで画面を見つめる。
数十秒かけて、画像はゆっくりと表示された。それを見た瞬間、私は思わず「あ」と声をあげた。
すべて分かったからだ。
kakashiさんの本名。
そしてAI「kakashi」に込められた、本当の意味。
名前
帰宅後、急いで栗原さんに電話をかけた。
栗原:なんですか?
雨穴:栗原さん、わかったんですよ。kakashiさんの名前。
栗原:本当ですか?どうやって?
雨穴:簡単なことでした。
設計者はkakashiさんの家の外観を、様々な角度から撮影してAIにインプットしています。ということは玄関の写真も入っているはずだと思ったんです。
栗原:玄関…………あ、表札!
雨穴:はい。もしかしたら表札に苗字が書かれているかもしれないと思って「玄関」で画像を生成したんです。今、送りますね。
栗原:「KASHI」……?
雨穴:見えにくいですが、おそらく苗字は「カシ」です。
栗原:カシ……カカシ…………AIカカシ…………あ!もしかして!
雨穴:私も今さっき気づいて驚きました。AI「kakashi」には別の意味が含まれているんです。
雨穴:ロゴを見ると、それぞれのアルファベットは下線で繋がっています。
でも、一か所だけ途切れている部分があるんですよ。
雨穴:「a」と「k」の間。つまり、ここで区切るのが正しい読み方なんです。
栗原:Aika kashi…………カシ アイカ。
雨穴:帰る途中「カシ アイカ」に色んな漢字を当てはめて検索してみました。
そしたら見つかったんです。今、URLを送ります。
ーーーそれは「大人の社会科」という古いウェブマガジンに掲載された記事だった。
ウェブマガジン自体は12年前に終了していたが、幸いなことに過去の記事はまだ読める状態にあった。
栗原:人工知能の研究……じゃあ、このお父さんが「kakashi」を設計したんでしょうか。
雨穴:そう思います。「樫」っていう苗字、かなり珍しいらしくて、おそらく間違いないかと。
栗原:………しかし愛華さん、かなりの秀才ですね。
雨穴:彼女、小学校時代には自由研究コンクールとか、作文コンクールで何度も入賞していたみたいで、10か所以上の受賞サイトに名前が載っていました。
栗原:エリートだな…。
雨穴:なんですけど……2008年、小学校6年生のときに科学観察コンクールで優秀賞をとったのを最後に、それ以降、どこにも名前が見つからなくなるんです。
そして、それと関係あるかはわかりませんが、父親の樫健太郎さんのウィキペディアを読むと、2009年の3月で大学を辞めているらしくて……それ以降、何をしているかは不明だそうです。
栗原:無理やり推理するなら、その頃に愛華さんが亡くなり、健太郎さんは失意のうちに退職。
以降はAIで娘の脳を再現することに人生を捧げるようになった……。
雨穴:一応、辻褄は合いますね。でも……設計者がこのお父さんだとしたら……やっぱり納得いかないな……
栗原:何がですか?
ーーー私は先ほど感じた違和感……なぜ悲しい死を遂げた娘の分身を、見せびらかすように公開しているのか、という疑問を伝えた。
栗原さんの答えは、少し意外なものだった。
栗原:私は別におかしいとは思いませんけどね。
雨穴:そうですか?
栗原:健太郎さんにとって愛華さんは自慢の娘だったんでしょう。
見せびらかすというより「娘の人生を多くの人に知ってほしい」という親心だと思いますよ。
雨穴:そういう考えもできますか……。
会話
電話を切ったあと、いまだ釈然としないまま、健太郎さんの記事を読み返していた。
その途中、ある一説が目に留まった。
健太郎さんと愛華さんの会話は、すべて英語で行われていた。
そのとき、はっとした。
急いで「kakashi」を開く。
「画像生成/チャット」のスイッチを「チャット」に切り替える。
以前、ここに何を入力しても反応しなかったのは、AIが故障しているからではなく、日本語だったからではないか。
健太郎さんが、亡き愛華さんと会話をするために、このチャット機能を作ったのだとしたら……
私は試しに「hello」と入力した。すると……
数秒後、返答が表示された。やはりそうだ。
このチャットAIは、英語にのみ反応するように作られているのだ。
はやる気持ちを抑え、質問を入力する。
(あなたの名前はなんですか?)
(私はKakashiちゃんです)
(あなたはどこに住んでいますか?)
(生きている頃、群馬県に住んでいました)
「生きている頃」……まるで幽霊と会話をしているようで、不思議な気分になる。
(あなたは、いつ死んだのですか?)
(私は2009年の2月に死にました)
(あなたは、どこで死んだのですか?)
(私は、前橋市の空き地で死にました)
「空き地」……やはり。
文字を打つ指が汗ばむ。
(あなたはどうやって死んだのですか?)
(火傷を負って死にました)
火傷……予想外の答えだ。
私は改めて、これまでに生成した空き地の画像を見直す。
そのとき、気づいた。
この画像、手前の方だけ草が生えていない。さらに、土が異様に黒くはないか。
焼け跡……そう見えなくもない。
私は次の質問を打ち込んだ。
(その場所で火事があったのですか?)
(はい)
(火事はなぜ起きたのですか?)
(放火です)
放火……ということは、やはり事件に巻き込まれたのだろうか。
震える指で、最後の質問を打ち込む。
(誰が火をつけたのですか?)
少しの間が空き、返答が表示された。
真相
思いもよらない真相だった。
愛華さんは自殺をした。
空き地に自ら火を放ち、火傷を負い死んだ。焼身自殺ということか。
googleで「前橋 空き地 火事 2009年2月」と検索する。当時の地方新聞の記事が出てきた。
前橋市で火災 児童一人重体
2009年2月6日午後、前橋市の空き地で火災が発生した。火は30分後に消火隊によって消し止められたが、この火災で一人の児童が重症を負い、現在まで意識不明の重体が続いている。近隣の住宅等に被害はなかった。
その後、火事の詳細について色々と調べてみたが、さすがに10年以上前の出来事ということもあり、目ぼしい情報は見つからなかった。
重要な部分が解明されない気持ち悪さはあるものの、そもそも誰かに頼まれたわけでもないため、調査はここでやめることにした。最後に、ことの発端である暮田街道さんに電話をかけ、これまでに分かったことを伝えた。
暮田:うーん。どうして愛華ちゃんは自殺したんでしょうね。
雨穴:そればかりはわかりませんね。もう亡くなってしまったわけですし。
暮田:そうだ!AIに聞いたら答えてくれるかも。
雨穴:いや、ダメでした。私も「kakashi」のチャットでそれについて質問してみたんですよ。でも、具体的なことは教えてくれないんです。
暮田:どうしてだろう……
雨穴:わからないんじゃないでしょうか?「kakashi」のチャットAIは、愛華さんの父親が娘の会話パターンをプログラムして作ったものなんだと思います。たぶん、父親にも自殺の理由がわからないんですよ。
暮田:本当のことは本人だけが知る……か。うん。わかりました。あの、ところでこの話、漫画にしてもいいですか?
雨穴:え?
暮田:僕が今やってる「実録!後味の悪い不気味な話」っていうウェブ漫画で、これを取り上げたいんです。
登場人物の名前は仮名を使いますし、脚色も加えて特定できないようにします。もちろん、原稿料は半分雨穴さんに差し上げますから。
雨穴:いや……別にお金とかはいいですけど……
ーーー結局、押し切られる形で承諾してしまった。
漫画が公開されたのは2週間後。愛華さんは「Aちゃん」という仮名で表記されており、所々脚色が加えられていたが、筋書きはおおむね事実の通りだった。
これで全てが終わった。
そう思っていた。
一通のメール
しばらくして、例の漫画が非公開になったという噂を耳にした。
漫画サイトにアクセスしてみると、たしかに「kakashi」の回だけが欠番になっていた。
暮田さんに電話をして、その理由を尋ねてみた。
暮田:いやあ、まいりましたよ。
雨穴:何かあったんですか?
暮田:編集部宛てにクレームメールが来たんです。「事実と違うことを描かないでほしい」とかなんとか。
雨穴:事実と違う…?そのメール、誰から来たんですか?
暮田:なんか「Aちゃんの友人」って書いてあったらしいですけど、具体的なことは何も書いてないし、たぶんいたずらメールですよ。
でも今って編集部がすぐ炎上を怖がるから非公開処分です。辛いですよね。
雨穴:……そのメール、見せてもらうことはできますか?
暮田:え?ああ、編集部から来た転送メールが残ってるので、あとで送っておきます。
数分後、暮田さんからメールが送られてきた。
from:磯村亜希
後味が悪い不気味な話という漫画が本当のことが描いてないので消してほしい
Aちゃんは私の知ってる友達だと思うから、嘘だってわかる
たしかに具体的なことは書かれていない。いたずらの可能性は高い。
だが、どういうわけか私はこの人と話してみたいと思った。
おそらく、私自身がまだどこかで、この件の結末に納得できていないからだ。
まだ明らかにされていない事実がある。そんな予感が、メールを見た瞬間からむくむくと膨れ上がった。
友達
クレームの送り主・磯村亜希さんと何度かメールで連絡を取り合ったあと、私たちは日時を決めて電話をすることになった。
磯村さんは現在27歳の女性で、夫とともに飲食店を経営しているという。
SNSでたまたま暮田街道さんの漫画を見つけて読んだところ、それが古くからの友人のエピソードに似ていて驚き、同時に、結末に嘘が描かれていることに憤ったのだという。
電話に出た彼女は、不機嫌な声を私にぶつけた。
磯村:雨穴さんっていうんだっけ!?あの漫画のネタ提供したのってアンタなの?
雨穴:はい。調べた内容を漫画家の暮田さんにお話ししました。
磯村:あれ、最後のくだり嘘だからね。
雨穴:……嘘を伝えるつもりはなかったのですが、推測を無責任に話したのはよくなかったと反省しています。
磯村:わざとじゃなくてもさ、本当じゃないこと描かれたら誰だっていやじゃん?気をつけなよ。
雨穴:はい。申し訳ありません。ところで少しお尋ねしたいのですが、磯村さんは「Aさん」とどのようなご関係だったんでしょうか?
磯村:友達。
雨穴:失礼ですが、Aさんの本名はご存じですか?
磯村:は?私のこと疑ってんの?
雨穴:いえ、一応確認したくて……。
磯村:………愛華ちゃん。苗字は……えーと、カ……カキ……カイ?あれ?わかんない。ずっと名前で呼んでるから。
ーーーメールでのやりとりも含め、今まで「愛華」という名前は一度も出していない。磯村さんが愛華さんと友達だったのは事実だ。
私は疑ったことを謝罪した。
雨穴:それで、もう少しお伺いしたいのですが「事実と違う」というのは、具体的にどの内容でしょうか?
磯村:ああ、まだそれわかってないの?
雨穴:はい。
磯村:愛華ちゃんが死んだってとこ。あの子、生きてるから。
雨穴:え!?
ーーー雷に打たれたような衝撃が走った。生きている…?そんなはずはない。
雨穴:愛華さんは2009年に前橋の空き地で焼身自殺をしたと認識しています。違うのでしょうか?
磯村:違う違う。自殺しようとしたのは本当らしいけど、怖くてギリギリのところで逃げたんだって。
死にきれなかったって言ってた。
ーーーたしかに「意識不明の重体」とは書かれていたが「死亡」という報道は見ていない。
だが一方で、チャットには「I died in February of 2009(私は2009年の2月に死にました)」と表示された。頭が混乱する。
話の真偽を確かめるため、質問を続ける。
雨穴:ところで、磯村さんはどこで愛華さんと出会われたんですか?
磯村:施設。私、家が貧乏で盗みやってたんだ。中1でパクられて施設送りになって、そこで愛華ちゃんに会ったの。
雨穴:「施設」というのは、児童自立支援施設のことですか?
磯村:そう。
筆者注:「児童自立支援施設」とは、犯罪や不良行為を行った少年・その兆候のある少年を入所・通所させ、指導を行う施設のこと。
雨穴:愛華さんは、どうして施設に入ることになったんでしょうか?
磯村:放火。ほら、さっき言ってたやつ。
あの子、病院退院してから自首したんだって。「私が火つけました」って。
雨穴:……そうだったんですか……。
磯村:私より年下なのに放火で自殺未遂なんてエグいなって思って。でも、すっげー頭いいの。
変な子だなって思ったけど、いつのまにか仲良くなってた。どっちも漫画好きだったし。
雨穴:施設を出たあとの関係は?
磯村:普通に会ってたよ。二人とも中学出てから一緒の店で働いてたんだ。
あの子、お祖母ちゃんと住んでてお金ないからパンパンにシフト入れて頑張ってた。
雨穴:お祖母ちゃんと……?健太郎さん……お父さんと住まれていたんじゃないんですか?
磯村:違う。「パパとは絶対暮らしたくない」って、お祖母ちゃん家に逃げ込んだらしい。
あ、そうだ。あの漫画、愛華ちゃんと親父が仲良しだった、みたいな描き方してたけどあれも全然違うからね。
雨穴:え?
磯村:愛華ちゃん、親父から虐待受けてたんだって。
雨穴:虐待……!?
磯村:なんかすっごい勉強にうるさくて、テストで100点取らないと叩かれてたらしい。
ほら、テストで90点とったとするじゃん?そしたら間違えた10点分叩かれるの。
10回、ハンガーで。クソ親父じゃない?
雨穴:ハンガーで……それは……ひどいですね。
磯村:あの子の親父、大学の先生なんだよね。子供に対する理想が高すぎるんだよ。
子供なんてさ、いっぱい飯食って体が元気ならそれでいいのにね。うちにもチビが二人いるけど殴ったことないよ。口喧嘩は毎日するけど。
話それたけど、とにかく愛華ちゃんは、親父も勉強も大っ嫌いって言ってた。
雨穴:勉強が嫌い…?愛華さん、幼稚園生のときから毎日勉強して、小学校の頃は色んなコンクールで入賞されてたらしんですが……
磯村:それも親父が怖くて嫌々やってたんだってよ。本読むの嫌いなのに、無理やりに読書感想文書いてたらしい。
本当はあの子、漫画が好きなんだよ。でも「漫画はバカが読むもんだ」って怒られて、親父が見てないところでバレないように読んでたんだって。
ーーー「kakashi」は「面白い」という言葉に対して「積み上げられた本」の画像を生成した。
父親・健太郎さんの目には、愛華さんは読書が大好きな少女に見えていた。しかし、磯村さんの語る愛華さんは真逆だ。
どちらが本当の愛華さんなのか、部外者である私にはわからない。
しかし、磯村さんの口から語られる愛華さんの方が人間味があるように感じてしまう。
磯村:……あの子が自殺しようとしたのも、親父のせいなんだよ。
天才しか行けないような難関中学受験させられて「その学校以外は絶対認めない」って言われてたらしい。で、死ぬ気で勉強頑張ったけどダメだったんだって。
受験に落ちたなんて言ったら、マジで親父に殺されると思って、殺されるくらいなら自分で死んでやろうと思って火付けたらしい。小6の子供がだよ?そりゃ放火はダメだけどさ、親がそこまで追い詰めたら子供はおかしくなるよ。大人と違って逃げ場がないんだから。
雨穴:それで、実際、お父さんはどんな反応をしたんでしょうか。
自殺未遂をするまで追い詰められていたと知ったら、さすがに考え方を変えると思うんですけど。
磯村:普通はね。でもあの子の親父はそんなタマじゃないんだ。
これも聞いた話だけど、愛華ちゃんが入院してたとき、病室に大量に英語の本を持ち込んで「退院するまでにこれ全部読め」って言ったんだって。
雨穴:え…?
磯村:「アメリカ行け」ってこと。よく知らないけど、アメリカの学校って始まるのが遅いんでしょ?
雨穴:ああ、日本は4月入学の学校がほとんどですけど、アメリカは9月入学が基本なんですよね。
磯村:そうそう。だから「アメリカならまだ間に合う。今から猛勉強してあっちの名門中学に留学しろ」って。
異常じゃない?別に日本の公立中学でいいじゃんね。でもダメなんだよ。「公立なんて行ったらバカになる」が口癖だったんだって。そりゃ、逃げ出すよね。愛華ちゃんが自首したのも、親父と無理やり離れるためだったのかもね。
ーーー「kakashi」の正体がだんだんわかってきた。あれは、愛華さんの脳を再現したAIではない。
父親・健太郎さんにとっての『理想の愛華さん』を具現化したAIだったのだ。
健太郎さんが愛華さんを愛していたのは事実だろう。
しかし、彼が愛していたのは本当の娘ではなく、愛華さんが必死に演じる『理想の娘』という虚像だった。
自分のもとから逃げ出し、自分の敷いたエリートのレールからはずれた時点で、愛華さんは『理想の娘』ではなくなってしまった。健太郎さんには、それが耐えられなかった。
だから死んだことにしたのではないか。
前橋の空き地で死んだことにして、楽しかった12年間の記憶をAIに閉じ込め、『賢くて勉強が大好きな理想のKakashiちゃん』を守ることにしたのではないか。
そして、自分の意に反して、好きなように生きる、生身の愛華さんから目を背けることにしたのではないか。
雨穴:ところで、愛華さんは今、どこで何をされてるかご存じですか?
磯村:東京でイラストやってるよ。最初は漫画家目指してたけど、話考えるの難しくて、絵に変えたらしい。
最近ようやく人気出てきて、それ一本で食えるようになったみたい。今度個展やるんだって。私も招待されてるんだ。
ーーー「個展」……それを聞いた瞬間、記憶がうずいた。
最近、その言葉をどこかで見たことがある。
雨穴:あの、愛華さんって、もしかしてペンネームを使ってますか?
磯村:うん。ていうか、名前の読み方変えてるだけ。
ーーーやはりそうだ。私はすでに愛華さんのペンネームを知っている。
「愛華」……読み方を変えると……
雨穴:マナハナ……
磯村:そうそう!よくわかったね。
ーーー今、すべてのピースがはまった。
マナハナさんが、あのようなリプライを送ったのはなぜか。
彼女は分かってしまったのではないか。
自分がかつて自殺を試みた場所。
そして、そのすみにプリントされた「kakashi」という文字を見て、この画像がどんな経緯で作られたかを。
実の父親が、過去の自分をAIで再現しようとしているという、おぞましい事実を。
恐ろしく思う反面、同時に私は安心していた。
彼女の絵に、父親らしき男性は一切描かれていない。
もう、彼女は父親の呪縛からは解き放たれて、自由に生きているのだろう。
AI「kakashi」
後日、栗原さんにことの顛末を話した。
栗原:そういうことだったんですか。ま、生きててよかったですね。
雨穴:軽いなあ。……そうだ。この前、私「どうして設計者は見せびらかすように『kakashi』を世界に向けて公開しているのか納得できない」って言いましたよね。あの理由が、分かった気がするんです。
栗原:ほう……聞かせてください。
雨穴:あくまで想像でしかないんですが、たぶん健太郎さんは悔しいんだと思うんですよ。
自分が作った『理想の愛華AI』よりも、生身の愛華さんの方がイラストレーターとして有名になっているのが。
栗原:張り合おうとしてるってことですか。
雨穴:はい…………どう思います?
栗原:なかなか面白い読みだと思いますよ。もし本当だとしたら、相当滑稽ですけどね。
雨穴:ですよね。ただ、そう考えると別の疑問が出てくるんです。
栗原:なんです?
雨穴:どうして「kakashi」に「親」って入力すると意味のない画像がでてくるんでしょう。
雨穴:健太郎さんくらいエゴの強い父親なら当然、自分の顔を「親」としてインプットするはずだと思うんですけど……。
栗原:うーん……なるほどね。
ーーー少し考えたあと、栗原さんは真剣な顔で言った。
栗原:……雨穴さん、こういう話を知ってますか?
……大量にデータをインプットしたAIは、設計者の理解を超えた動きをすることがある。
雨穴:え?
栗原:よく『AIの中身はブラックボックス』とか言われますが、実際、AIが画像を生成したりチャットで会話をするとき、その中で何が起こっているのか、どんな仕組みが働いているのか、肝心な部分は解明できていないんです。
雨穴:へえ。
栗原:解明できていない部分があるということは、人間がAIを完全にコントロールすることは不可能、ということです。
雨穴:ちょっと怖いですね。
栗原:AIの研究は日々進んでいますが、それを上回るスピードで彼らは進化しているとも言われて言われています。
もしいつか、AIが感情や意思を持ったとしても、人類はそれに気づくことすらできないかもしれない。
雨穴:あの……さっきから何の話をしてるんですか?
栗原:雨穴さん。「kakashi」は愛華さんのデータを大量にインプットしたAIです。愛華さんの分身といってもいいでしょう。
そんな「kakashi」が仮に感情を持ったとするならば……嫌いな父親の記憶を、勝手に消してしまうかもしれませんね。
雨穴:え……?つまり…
栗原:まあ、気にしないでください。単なる空想ですから。
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