「毎月、知らない人から荷物が届くんです」

その不思議な相談を受けたのは、8月下旬のことだった。

 

仕送り

相談主は、浦川光利(うらかわみつとし)さんという40代の男性だ。都内のアパート『小巻田荘』に一人で暮らしているという。

普段、奇妙な出来事を取材・調査している私のことをSNSで知り、メールを通して相談をしてくれた。内容は、以下のようなものだった。

 

雨穴様
突然のご連絡失礼いたします。
浦川光利と申します。

(中略)

ご相談したいことというのは、正体不明の郵便物に関することです。
毎月、私の部屋に、食品などが入った段ボールが送られてきます。

送り主は毎回違う名前なのですが、どの名前もまったく見覚えがありません。
メールに添付した写真は今月の上旬に届いたものです。
(筆者注:このメールが届いたのは8月20日)

たいへん気味が悪く、怖い思いをしております。
真相解明に、お力添えをいただけるとありがたいです。

浦川光利

 

メールには1枚の写真が添付されていた。

 


※企業名・ブランド名のぼかしは筆者によるもの

まるで、上京した大学生に両親が送る仕送りのようだ。
写真を見るかぎりでは「不気味な荷物を送って怖がらせてやろう」というような、いたずらや悪意は感じられない。

それだけに、誰が何のためにこんなことをしているのか分からず、よけいに不気味に感じた。

 

複数の送り主

後日、より詳しい情報を得るため、浦川さんと電話で話すことにした。

以下、その会話を記載する。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

雨穴(筆者):浦川さん、このたびはご連絡ありがとうございます。

浦川:いえいえ……。突然、迷惑なご相談をしてしまい、恐縮です。

 

―――腰の低さが電話越しに伝わってくるような、気弱な声だ。

 

雨穴:さっそくですが、荷物の送り主に、本当に心当たりはないんですか?たとえば、ご両親とか友達とか。

浦川:両親はすでに他界していますし、ここ十数年は友達付き合いもまったくで……。
妻も子供もなく、私に仕送りをしてくれるような人は……誰も思い当たらないんです。

雨穴:なるほど……。

浦川:ですので、はじめて荷物が届いたときは誤配送だと思いました。近くに住んでいる、別の『浦川』さん宛ての荷物が間違って届いたのかと……。
でも、近所を探してみても同じ苗字の家は一軒もありませんでした。

雨穴:うーん……。じゃあもしかして、前の住人宛ての荷物じゃないですか?
引っ越したことを周りに報告していないせいで、もう住んでいない家にその人宛ての荷物が届いてしまう、っていうケースは結構あるみたいですよ。

浦川:それも考えました。でも、不動産屋に事情を話してみたら、私以前に『浦川』という人間が住んでいた記録はない、と言われました。

 

―――つまり、荷物は間違いなく、浦川さんに宛てに届いているということだ。

 

雨穴:ところで、荷物はいつごろから送られるようになったんですか?

浦川:引っ越してすぐです。去年の10月上旬に今のアパートに住み始めまして、最初に届いたのは同じ月の下旬でした。

雨穴:そのときの中身は?

浦川:この前お送りした写真とだいたい同じです。レトルト食品とか、生活雑貨とか……。

雨穴:手紙やメッセージは?

浦川:何も入っていませんでした。それから今まで、毎月違う名前で似たような荷物が届くんです。

雨穴:「違う名前で」っていうのが不思議ですよね。たとえば、どんな名前がありましたか?

浦川:えーと……毎回、荷物が届くと写真を撮るようにしてますので、今、メールでお送りしますね。

 

―――メールを確認する。荷物の中身と、送り状を写した写真が送られてきた。

 

 

 

雨穴:『横田麻衣子』『西本愛』『山崎楓』
……差出人の名前はすべて女性のようですね。

あと、住所も毎回違いますが神奈川県 海老名市というのは共通している……。
浦川さん、この地名に心当たりはありませんか?

浦川:……いいえ。海老名市には、一度も行ったことはありません。
親戚や知人で、その地域に住んでいる者もいません。

雨穴:なるほど。一回、ここに書かれてる住所を全部調べてみますか。

浦川:それはすでにやったんですが……すべて実在しない住所でした。
丁目・番地・号がすべてデタラメなようで……。

 

―――偽の住所。すると複数人ではなく、一人の人物が名前と住所を変え、何度も荷物を送っているということになる。
ならば名前もすべて偽名だろう。

偽名を使うのは、浦川さんに本名を知られないためだとして、なぜ毎回変える必要があるのか。差出人の動機がわからない。

 

訪問者

雨穴:ところで、荷物が届く以外に、何か異変はありませんか?たとえば無言電話が来る、とか。

浦川:…………そうですね……。関係があるかはわからないんですが……

雨穴:何かあるなら、小さいことでもいいので教えてください。

浦川:はい。実は一度だけ、うちの前に誰かが来たことがあったんです
引っ越してすぐの頃でした。去年の10月中旬あたりですかね。夜、寝ようとしていたら、ドアの外で足音がしたんです。

普通の足音じゃなくて「ずっ ずっ 」って、片足を引きずって歩くような音でした。
その足音が、私の部屋の前で止まったんです。来客かと思ったんですが、一分ほど経ってもインターホンが鳴らないので、気になって様子を見に行くことにしました。

私が玄関に近づくと、また「ずっ ずっ」という音がしたんです。ドアを開けると、遠ざかっていく人影が見えました。

雨穴:つまり、浦川さんが部屋から出てきそうな気配がしたので、慌てて逃げていったってことですか。
その人の体格とか性別は?

浦川:体格は小柄なほうだったかな……?
性別は……夜でしたし、うちのアパートは共有通路に電気がなくて暗いので、よくわかりませんでした。

ただ……たしか、左足を引きずっていたように思います
追いかけるほどでもないかなと思って、そのままにしてしまったんですが。

雨穴:ちなみに、そのとき玄関に何か置いてありませんでしたか?

浦川:いえ、何も。

 

―――謎の訪問者と荷物の送り主が同一人物だとしたら、一つの可能性が浮かび上がる。

 

雨穴:もしかして、ストーカーなんじゃないですか?
頻繁にプレゼントを贈ったり、こそこそ家の前まで来たり……ストーカー被害でよく聞く話です。

浦川:40過ぎの男をストーキングしますかね……?
自分で言うのも情けないですが、最近は髪の毛もすっかり薄くなって、とても女性に好意を持たれるような外見ではないんですが……。

雨穴:薄くたってモテる男はモテますよ。
ストーカーなら放っておくのは危険ですから、たとえば警察に相談したり、もしくはいっそ引っ越してしまうとか、逃げる手立てを立てたほうがいいですよ。

浦川:警察なら、少し前に行きました。
でも、荷物が送られてくるだけでは事件性が低いらしくて、あまり真剣に取り合ってもらえませんでした。

かといって、引っ越しをするにも……金がないんです。
去年、ずっと勤めていた会社が倒産しまして、社員寮も閉鎖されて、逃げ込むように借りたのが、小巻田荘の102号室なんです。

今やってる仕事では、月2万の家賃を払うのがやっとで……引っ越し代なんて、とても……。

 

―――逃げることもできず、相談できる人もいない。八方ふさがりだ。
見ず知らずのオカルトライターに頼るしかなかったのだろう。
浦川さんがひどく不憫に思えてくる。

 

雨穴:わかりました。私がなんとかします。不安だと思いますが、少しの間、待っていてください。

浦川:本当に申し訳ないです。

雨穴:ただ、今の状態だと手がかりが少なすぎますよね……そうだ。
これまでに届いた荷物って、まだとってありますか?

浦川:はい。一応、すべて保管してあります。

雨穴:こちらに送っていただくことってできますか?

浦川:……そうですね。一つ一つがかなり大きいので、すべてお送りするのは……。

雨穴:難しいですよね。じゃあ、今月届いた分だけ送っていただけますか?

浦川:はい……承知しました。すぐにお送りします。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

電話を切ったあと、写真を見返してみた。

 

荷物の中身は、パックご飯、レトルト食品、ティッシュやキッチン用品などの生活雑貨。
やはりどう見ても仕送りだ。

続いて、送り状の写真を見る。

 

すべて同じフォーマットで書かれている。
筆跡も似ていることから、やはり同一人物と考えるべきだろう。

また、これらの写真にはもう一つ注目すべき点がある。

 

送り状の横に貼られた証紙だ。

証紙とは、郵便局の窓口で職員が発行する、切手がわりのシールだ。

つまり、荷物はすべて郵便局の窓口に持ち込んで発送したのだとわかる。
(ひとつだけ貼られていない荷物があったが、段ボールの表面に破れた跡があった。おそらく、もともと証紙が貼られていたが、はがれてしまったのだろう)

送り主があえてこの方法を選んだのは、浦川さんに自分の情報を知られないためだと考えられる。

コンビニやヤマト便で荷物を送るには、より詳しい個人情報を書かなければならない上、担当者の名前も記載されてしまう。
そこから自分の身元が割り出される危険があると考えたのだろう。

ただ、それでも隠しきれない情報がある。

郵便局の名前だ。

 

証紙にはすべて、郵便局の名前が入っている。

 

調べてみたところ送り主は

・岸江小学校前郵便局
・風見駅前郵便局

・鈴原郵便局

という、3つの郵便局を使い分けていることがわかった。
そしてこれらはすべて神奈川県 海老名市にあるらしい。

住所は偽だが送り主が海老名市に住んでいるというのは間違いなさそうだ。

 

実物

後日、浦川さんから荷物が届く。

 

写真で見た通り、食品や生活雑貨が詰め込まれているだけで、それ以外におかしなもの……手紙、メッセージなどは何も入っていない。

しかし、なぜだろう。
実物を見た瞬間、奇妙な違和感を覚えた。

浦川さんから送られた写真をもう一度見返す。

 

そのとき、私はこれらの写真のおかしさに気づいた。
ただ、それはあまりにも些細なものだったため、この時点では、たいして気に留めなかった。

しかし、それこそが「仕送り事件」の根幹にかかわる重要なヒントであることを、あとになって知る。

 

知人

郵便局の場所から、送り主が住んでいる地域はわかった。
しかし、偽名を使っている以上、一軒一軒まわって居場所を探すなどということはできない。

真相に一歩も近づけないまま、数日が過ぎた。
私は一人で解決するのを諦め、一人の知人に助けを求めることにした。

以前から、何度も記事に協力してもらっている栗原さんという男性だ。
本業は設計士だが、多方面に知識が豊富で頭も良いため、今回も彼に頼ることにした。

これまでのいきさつをまとめ、メールで送ったところ、一時間もしないうちに電話がかかってきた。

 

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栗原:もしもし。栗原です。

雨穴:どうも、お久しぶりです。メール読んでくれました?

栗原:ええ。内容はだいたい把握しました。まとめると、こうですね。

雨穴:改めて考えると、やっぱりストーカー説が有力だと思うんですよね。ただ、そこから先に進めなくて……。

栗原:そうですか?私は今出ている情報だけで、かなり細かい『犯人』の人物像がわかりましたけど。

雨穴:え?

栗原:まずはじめに、犯人はストーカーではないと思います。

雨穴:言ったそばから否定された。……なんでですか?

栗原:ストーカーが被害者にプレゼントを送り付ける、という例は多々あります。
ではなぜそんなことをするかというと、自分の存在をアピールしたいからです。

「お前のことを愛している”一人の人間”がいるぞ」という過激な自己主張です。

しかし、浦川さんに送られた荷物には、すべて違う名前が書かれていた。
これではまるで、複数人の女性が贈り物をしているような構図になってしまう。
『自分』を誇示するストーカーの心理とはかけ離れています。

雨穴:そういうものですか……。

栗原:では逆に、浦川さんを恨む誰かがいやがらせをしているのか……というと、その可能性も低いと思います。

雨穴:それは同感です。もしそうなら、もっと相手が嫌がりそうなものを送るはずですからね。

栗原:ええ。ですので今の段階では、犯人の動機は不明。
わからないものをいくら考えても仕方ないので、外堀から埋めていきましょう。
まず、さっき話に出た『名前』の問題から。

なぜ犯人は毎回、名前を変えるのか
雨穴さん、どう思いますか?

雨穴:うーん……「複数人が荷物を送ってる」と浦川さんに思わせたいから……?
いや、でも、それなら送り状の形式が毎回同じなのがおかしいか……。

栗原:ええ。写真を見ましたが、これでは名前を変えたって、同じ人間が送っていることはバレバレです。
つまり犯人は、自分が「単独犯」であることを浦川さんに隠す気はない。

雨穴:じゃあ、何のために……?

栗原:おそらく、郵便局をあざむくためです。

雨穴:郵便局?

 

受け取り拒否

栗原:雨穴さんは『受け取り拒否』という制度を知っていますか?

雨穴:聞いたことはあるような……

 

栗原自分あてに届いた配達物を受け取らずに、配送業者に返すことができるという制度です。
私だったら、知らない人から届いた奇妙な荷物は、一も二もなく受け取り拒否します。

 

栗原:で、その場合、荷物は差出人に返却されるんですが、差出人の住所と名前が虚偽だった場合、どこにも届けようがないですよね。

行き場を失った荷物は、一定期間保管されたのち廃棄されます。職員からしたら余計な手間がかかるわけです。

雨穴:業務妨害ですね。

 

栗原:ええ。ですから、こんなことが何回も続けば、送り主の名前が『悪質な客』としてブラックリストに載ってしまいます。
二度とその名前で荷物を送れなくなるんです。

浦川さんは毎回、ご丁寧に荷物を受け取っている。しかし、いつ彼が『受け取り拒否』の制度を知って、それを利用するかわからない。

雨穴:犯人はそうなることを想定して、毎回名前と住所を変えることで、ブラックリストに載るのを予防しているってことですか。
……でも、それならわざわざ偽名を使わなくても、無記名で出せばいいんじゃないですか?

栗原:それができないんです。トラブル回避のため……

①届け先の名前
②届け先の住所
③差出人の名前
④差出人の住所

の四つが書かれていない荷物は、窓口で受け取ってもらえない。
だから犯人は、毎回偽名を一生懸命考えなければいけないんです。

雨穴:苦肉の策ってことか。

栗原:犯人も必死なんでしょう。

 

―――『必死』……その言葉で、これまで怪しくかすんでいた犯人の輪郭が少しだけ見えた気がした。

浦川さんに荷物を送り続けるため、必死に策を練る人間。
そう。犯人は怪物でも幽霊でもなく、一人の人間なのだ。
しかし、分からない。

なぜそこまでして浦川さんに荷物を届けたいのか。

 

栗原:送り主の動機はわかりません。しかし、行動の筋は通っています。

・浦川さんに荷物を送り続けたい
・そのために、郵便局に目をつけられないようにしたい

この二点を抑えておけば、不可解な行動も理解できます。

犯人が複数の郵便局を使い分けているのは、職員に自分の顔を覚えられるのを避けるため
そして、偽名がすべて女性なのは、犯人自身が女性だからでしょう。
女性が男性の名前で荷物を送ったら、職員に不自然に思われるのではないか。犯人はそう考えたのではないでしょうか。

雨穴:なるほど。すべては郵便局の目をごまかすためってことか……。

 

第四の郵便局

栗原:だんだん犯人に近づいてきましたね。
さて、ここからが重要です。郵便局の場所に着目してください。

 

栗原:犯人が利用している郵便局は神奈川県 海老名市 風見駅を中心に点在している。
ならば、犯人の家は風見駅の周辺にあると考えるのが自然です。

雨穴:ですね。

栗原:ただ、そうすると一つの疑問が湧いてきます。なぜ、電車を使わないのでしょうか

雨穴:え?

栗原:犯人は、駅から2km以上離れた岸江小学校前郵便局まで足を運んでいる。
それならばいっそ、電車に乗って隣駅の駅前にある郵便局に行った方が楽じゃないですか?

雨穴:……まあ、言われてみれば。

栗原:そして、もう一つおかしな点があります。さっき調べたところ、風見駅付近にはもう一つ郵便局があるそうです。

 

栗原『桜丘郵便局』……3つの郵便局と同じ地区にあります。なのに、ここは一度も利用していないんです。

雨穴:それは……変ですね。

栗原:犯人には桜丘郵便局を利用できない理由があるのではないか
そう考え、この郵便局について色々と調べたところ、面白いことがわかりました。

『桜丘』という名前からも分かるとおり、小高い場所にあるそうです。
徒歩で行くには、いくつかの階段を登る必要があるらしい。

つまり犯人はなんらかの理由で『電車』と『階段』を避けているのではないか。

雨穴:電車と階段……

栗原:犯人は、車椅子に乗っているのではないでしょうか。

雨穴:え……?

栗原:おそらく高齢者……もしくは、足が不自由な人間

 

―――急に背筋が寒くなる。浦川さんの言葉が頭によみがえる。

 

『ドアの外で足音がしたんです。普通の足音じゃなくて「ずっ ずっ」って、片足を引きずって歩くような……』

 

雨穴:じゃあ、浦川さんが聞いた足音は……

栗原:間違いなく、犯人のものです。

 

―――送り主は、足が不自由な女性。自立歩行はできるが、普段は車椅子に乗っている。

去年の10月、女性は浦川さんの住む『小巻田荘』を訪れた。アパートの前に車椅子をとめ、歩いて共有通路に入り、足をひきずりながら102号室の前に行った。
しばらくして、浦川さんが出てくる気配を感じ、急いで退散した。

しかし、彼女は何のためにそんなことをしたのか。

普段、電車で隣駅に行くことすら避けている人間が、わざわざ神奈川から東京まで出向いた……よほど大事な用事に違いない。

 

雨穴:栗原さん……。犯人は、浦川さんの部屋の前で、何をしていたんでしょうか?

栗原:そのヒントは、送り状にあります。宛名を見てください。

 

栗原:『浦川様』……なぜ宛名に苗字しか書かれていないんでしょうか

雨穴:……それは、ずっと気になっていました。

栗原:住所が書かれていれば、苗字だけでも荷物は届きます。しかし一般的に、宛名はフルネームを書くのが常識です。
郵便局員に目をつけられたくない犯人なら、少しでも目立つ行動は避けるはず。
なぜ、下の名前を書かなかったのか。

私はこう考えます。

書かなかったのではなく、書けなかった
犯人は、浦川さんの名前を知らなかったのではないか。

雨穴:……でも……フルネームすら知らない人間に、毎月荷物を送るなんて…

栗原:おかしいですよね。普通に考えてありえない。だから、普通に考えちゃダメなんです。
頭を180度回転させて、常識を捨てなければ犯人の思考にたどり着けない。

雨穴:常識を捨てろって言われても……

栗原:犯人は、浦川さんに荷物を送っているのではなく、浦川さんの部屋に荷物を送っているのではないでしょうか。

雨穴:は!?

 

102号室

雨穴:住人ではなく部屋そのものに贈り物をしてるってことですか?

栗原:そうです。それなら、犯人が浦川さんの部屋の前に来て、何もせずに帰った理由がわかる。
犯人は表札を見ていたんです

『小巻田荘 102号室に荷物を送りたい』
『そのためには、送り状に住人の名前を書かなければいけない』
『でも、102号室に誰が住んでいるのかわからない』
……だから部屋の前まで見に行った。

表札には、普通、苗字しか書かれていません。だから送り状には苗字しか書けなかった。

雨穴:でも、部屋の前まで行けるなら、直接自分で荷物を届ければいいのに……。

栗原:本当はそれが理想だったのかもしれません。でも、足の不自由な人が重い荷物を持って、神奈川から東京まで毎月行くのは、あまりに重労働です。

雨穴:そうか……。じゃあ、そももそ犯人はどうして『102号室』に贈り物をしようなんて思ったんでしょう。

栗原:私が説明しなくても、雨穴さんはもう感づいてるんじゃないですか?

雨穴:……

 

―――見透かされていた。すでに心のどこかで不吉な想像が膨らんでいた。
人ではなく部屋……つまり『場所』に対してものを届ける。その行為は……

 

雨穴お供え……

栗原:それが一番しっくりきますよね。
つまり、供養です。

かつて102号室で誰かが亡くなった。
犯人はその人を供養するため、部屋に毎月お供えものを送っている。
事故現場に花を手向けるようなものです。

雨穴:でも……荷物には生活雑貨も入ってるんですよ?日用品をお供えするなんて、おかしくないですか?

栗原:おそらく、カムフラージュです。
一見、お供え物には見えないような荷造りをすることで、自分の意図を隠そうとしたんじゃないでしょうか。

だって、荷物が『お供えもの』だと分かったら、大事な情報がバレてしまいますから。

雨穴:大事な情報?

栗原犯人は、過去に102号室で死亡した住人の関係者である、ということです。

雨穴:あ……

栗原:犯人に繋がる重要な手がかりが見つかりました。102号室で亡くなった人がいるか調べましょう。

雨穴:じゃあ、不動産屋に聞いてみますか。

栗原:いや、不動産屋はダメです。守秘義務があるから教えてくれないでしょう。

雨穴:じゃあ、どうすれば……?

栗原:大家ですよ。小巻田荘は都内で月2万の破格物件。言い方は悪いですが、ボロアパートです。

雨穴:言い方悪すぎでしょ。

栗原:こういうアパートの大家さんって、昭和の頃から営んでるお年寄りが多いんです。
彼らは情にあつく、守秘義務に疎い。

泣き落としが通用するんですよ。

 

―――栗原さんとの会話を終え、私は浦川さんに電話をかけた。
少し迷ったものの、事故物件とお供え物の話は正直に伝えることにした。彼は取り乱すこともなく、冷静に話を聞いたあと、こう言った。

 

浦川:事故物件というのは、たしかに少し不気味ではありますけど、幽霊を信じる性格ではありませんから大丈夫です。

それより、送り主に敵意がないことがわかっただけでも、安心しました。
今度、菓子折りを持って大家さんの所に行ってみます。

 

事実

数日後、浦川さんから電話が来た。彼の声はいつも以上に沈んでいた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

浦川:今日、大家さんとお話をしました。

雨穴:おお!それで……どうでした?

浦川:102号室で、死亡事故は一度もない……と。

雨穴:え?

浦川:嘘をついたり、隠し事をしている雰囲気はありませんでした。
その後、他の部屋の住人にも聞いてみたんですが、やはり102号室で人が亡くなったことはないそうです。

雨穴:本当ですか……

浦川:なんというか……申し訳ありません。

雨穴:いえ…!謝ることじゃないですよ。……ただ、これでまた振り出しに戻ってしまいましたね。

浦川:そうですね……。あ、でも、大家さんと話して収穫もあったんですよ。

雨穴:え?

 

―――浦川さんによると、小巻田荘の大家は、栗原さんの予想通り、70歳は過ぎているであろうおばあさんだった。
一人暮らしで寂しい思いをしていたらしく、浦川さんの訪問をたいへん喜んだという。
結果、5時間近く世間話に付き合うことになったが、代わりに大きなお土産をもらった。

過去、102号室に住んでいた人たちの名簿を見せてくれたのだ。
そこには住人の名前と、当時の携帯番号が記載されていた。

さすがにメモを取ることはできないため、5時間かけて必死に頭に叩き込んだという。

 

浦川:覚えられたのは、過去20年分だけでした。

雨穴:それでもすごいですよ。

浦川:今、メールでお送りします。

 

―――彼から送られてきた、過去の住人一覧を見て、私は息を飲んだ。

 

―――注目したのは、浦川さんの前に住んでいた田辺亮一秋山陽介・美紀夫妻だ。

 

―――田辺氏は4カ月、秋山夫妻は3カ月で部屋を出ている。あまりにも短すぎる。
一瞬、頭をよぎる。

事故物件。怪奇現象。

いや、違う。この部屋では誰も死んでいない。だとしたら考えられるのは……
『荷物』だ。

おそらく、浦川さんが住み始める前から、102号室には荷物が送られていた
それを不気味に感じた二組の住人は、早々に引っ越したのではないか。

ひとまず、それを確認するため、田辺氏と秋山夫妻に電話をかけることにした。

 

過去

田辺氏は留守電になってしまったが、秋山陽介氏の携帯はつながった。
私が102号室のことを尋ねると、彼は軽い調子で当時のことを話してくれた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

秋山:ああ、はいはい。その荷物ならね、よく届いてたよ。

雨穴:本当ですか?

秋山:毎回違う女の名前で送られてくるから、奥さんに浮気を疑われて大変だったよ。気味悪いからすぐに引っ越したんだ。

 

やはり、浦川さん以前にも荷物は届いていた
私は続いて、秋山氏の前の住人に電話をかけた。

 

桐村真子 結衣(親子)
102号室に住んでいた期間は7年弱。田辺氏・秋山夫妻と比べて長期だ。

はたして……

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

桐村:はい……もしもし

雨穴:突然のお電話、失礼いたします。桐村真子さんの携帯でよろしいでしょうか?

桐村:はい……そうですけど……どちら様ですか?

 

―――比較的若い、女性の声だった。
私はこれまでの経緯を説明した。
その途中、相槌を打つ桐村さんの声が、だんだんと緊張を帯びていくのを感じた。

 

雨穴:……というわけで、102号室の荷物に関して調査しているんですが、何かご存じないでしょうか?

桐村:…………知りません。

 

―――小さく、しかしはっきりと拒絶するように彼女は言った。

 

雨穴:つまり、桐村さんが102号室にお住まいの頃は、荷物は届いていなかった、ということですね?

桐村:だから、そう言ってるじゃないですか!あの、もう切っていいですか?忙しいので。

雨穴:あ、申し訳ありません。えーと、最後に一つお聞きしたいんですが、今はどちらにお住まいでしょうか?

桐村:どうしてそんなこと教えなきゃいけないんですか!?もうかけてこないでください。

 

―――電話は切られてしまった。

 

その後、桐村さん以前の住人、倉本栄太 沙奈夫妻水原恵一氏にも電話をかけたが、つながらなかった。
彼らが102号室に住んでいたのは10年以上前。もう携帯を解約してしまったのかもしれない。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

栗原:なるほど。一番怪しいのは、桐村真子という女性ですか。

雨穴:ええ。荷物の話になった途端、明らかに様子がおかしくなったんです。
なにか隠してる気がするんですよね。

栗原:隠してる…………。そういえばその人、娘さんがいるんですよね。

 

雨穴:ええ。『結衣』っていう女の子です。桐村さんの声は若そうだったので、まだ小さい子供だと思います。

栗原:その子、生きてるんでしょうか?

雨穴:…………

 

―――栗原さんの言いたいことは分かる。

犯人は過去に102号室で大事な人を亡くした人間
桐村真子さんの娘・結衣ちゃんは、102号室で亡くなったのではないか。

だとしたら、桐村さんの奇妙な態度にも納得がいく。
彼女は荷物を送っていることを、知られたくなかったのだ。

『娘さんはお元気ですか?』……その質問をされる前に電話を切りたかった……そう考えることもできる。

しかし……

 

雨穴:もし結衣ちゃんが102号室で亡くなったのだとしたら、小巻田荘の大家さんと住人たちは、そのことを浦川さんに隠した、ってことになりますよね。何のために?

栗原:雨穴さん。私は別に『102号室で結衣ちゃんが亡くなった』とは思っていませんよ。

雨穴:え?

栗原:もし結衣ちゃんが亡くなったのだとすれば、アパートの外
……もっと言えば、自動車道なのではないか、と考えています。

雨穴:自動車道!?どうしていきなり…?

栗原:まあ、単なる憶測にすぎませんが、これまでの情報を総合すると、その可能性が高くなるんです。

 

左足

栗原:仮に、これまでの私の推理がすべて正しかったとしましょう。
すると、桐村真子さんは片足が不自由で、過去に娘の結衣ちゃんを亡くしている、ということになります。

雨穴:はい。

栗原:そういえば、犯人はどちらの足が不自由なんでしたっけ?

 

たしか、左足を引きずっていたように思います。

雨穴:浦川さんが見た人影は、左足を引きずっていたそうです。

栗原:左ですね。では、犯人はなぜ左足が不自由になったのか。
考えられる理由はいくつもありますが、私は次のように推理します。
真子さんは、娘の結衣ちゃんを車の助手席に乗せて運転していた。

 

栗原:結衣ちゃんは、真子さんの左隣に座っていたことになります。

 

栗原:たとえば、真子さんがハンドル操作をミスして、車が道路の左脇に衝突したとします。
すると、一番ダメージを受けるのは左側に座っていた結衣ちゃん。
そして、真子さんは左足に大怪我を負った。

雨穴:つまり、結衣ちゃんは事故死……。でも、それならどうして事故現場とは関係のない小巻田荘にお供えを送るんですか?

栗原:…………雨穴さん。話は変わりますが『お墓』って何のためにあるか知ってますか?

雨穴:え?なんでいきなり…………。うーん、亡くなった人が安らかに眠るため……ですか?

栗原:違います。生きている人がお墓参りをするためです。

雨穴:リアリストだな。

栗原:あのね、人は死んだらいなくなるんです。それはもう、あっけないくらい。灰だけ残して消えてしまう。

でも、残された人たちは、それに耐えられないんですよ。だから、死んだ人の『居場所』を作る。
それがお墓です。

『ここにはあの人の霊がいる』と思い込む。自分を騙すんです。
騙して寂しさをまぎらわさなきゃ、生きていけないんです。

雨穴:……。

栗原:もちろん、『居場所』はお墓だけではありません。仏壇もそうだし骨壺もそう。
交通事故があったとき、道路脇に花をたむける人がいる。その人は、道路脇に霊がいると『思い込むことにした』んです。霊がどこにいるかは、生きてる人間が勝手に決めるんですよ。

結衣ちゃんは、交通事故で亡くなった。人によっては、道路脇に結衣ちゃんの霊がいると考えるでしょう。
しかし母親である真子さんは、そう思いたくなかった。
排気ガス臭くて、車や人でゴミゴミした場所に結衣ちゃんをいさせたくなかった

だから彼女は、結衣ちゃんの霊が、小巻田荘の102号室に『いる』と思い込むことにしたんでしょうね。

 

栗原:二人が102号室で過ごした時間は7年弱。雨穴さんの見立てによると、真子さんは若く、よって結衣ちゃんはまだ小さな女の子。
つまり、結衣ちゃんは人生のほとんどを102号室で過ごしたことになります。

真子さんにとって、結衣ちゃんが『いる』のにふさわしい場所は、102号室しかなかったのかもしれません。

雨穴:……

 

―――栗原さんの話に半分は納得しつつも、疑問は残った。
結衣ちゃんの供養をしたいなら、102号室に住み続ければいいじゃないか。

わざわざ遠くに住み、そこに住んでいる人の名前を調べ、偽名でお供えものを送るなど、あまりにも手間がかかりすぎる。
そして、さらに不可解なのはお供えものの中身だ。

 

子供を供養するなら、お菓子やおもちゃを供えるのが自然ではないか?
レトルト食品にパックご飯……とても子供に向けたものとは思えない。

ただ、色々考えたところで、栗原さんを超える推理など、私にできるはずがない。
納得するしかないのかもしれない。

 

雨穴:そういう……ことなんでしょうかね……。

栗原:まあ、ただの憶測ですが。

 

 

電話を切ったあと、私はネットで『桐村結衣』と検索してみた。
もしも死亡事故があったのなら、どこかにニュースが残っているはずだ。

 

しかし、それらしい情報は何も出てこない。

それ後『桐村真子』『桐村結衣 事故』『桐村真子 事故』などで検索してみたが、やはり何も見つからなかった。
もしかしたら、死亡したのが小さな子供だったため、匿名で報道されたのかもしれない。

そこで私は事故の内容……『道路脇に自動車が衝突したことによる死亡事故』を検索することにした。
調べ始めてから数十分後、一つの記事が目に留まった。

『東名高速で車両が道路脇に衝突  一人死亡』

その中身を読んで、衝撃を受けた。

 

助手席

雨穴:もしもし、栗原さん。見つけました。死亡事故の記事。

栗原:お!やりましたね。

雨穴:ただ……栗原さんの推理と、ちょっと違うんですよ。

栗原:え?

 

2013年3月19日、東名高速道路・横浜町田インターチェンジ付近で、軽トラックが道路脇に衝突する事故が起きた。

事故当時、車は右車線を走行しており、ハンドルの操作ミスにより、右側の壁に衝突したものと見られている。

運転手の倉本栄太さん(27)は死亡。助手席に乗っていた妻の沙奈(27)さんは、左半身に重傷を負ったものの、命に別状はなかった。

栄太さんは、4月から神奈川県海老名市の会社に就職することが決まっており、夫婦は引っ越しの最中だった。

 

栗原倉本栄太……沙奈……

雨穴:はい。

 

雨穴:2005年から2013年まで、102号室に住んでいた夫婦です。
犯人は、倉本沙奈だったんですよ。

栗原:……しかし、それならどうして左足を…………あ!そういうことか…………。

雨穴:はい。…………栗原さんはさっき『車はハンドルミスをしての道路脇に衝突した。その結果、犯人は左足が不自由になった』と推理していました。

でも、逆だったんです。

 

事故当時、車は右車線を走行しており、ハンドルの操作ミスにより、右側の壁に衝突したものと見られている。

助手席に乗っていた妻の沙奈(27)さんは、左半身に重傷を負ったものの、命に別状はなかった。

雨穴:車は右脇に衝突した。しかし、倉本沙奈は左半身に重症を負った。
少し混乱しましたが、冷静に考えれば簡単なことでした。

倉本沙奈は助手席に乗っていたんです。

 

雨穴:走っていた車が突然、右に急ハンドルを切った場合、慣性の法則で、助手席に乗っている人は車内の左側に体を打ち付けることになります。

栗原:倉本沙奈が生き残ったのは、彼女の体が車の左側に偏り、右側の衝突にぎりぎり巻き込まれなかったから……ということか。

雨穴:はい。

栗原:なるほど。私の完敗ですね。

雨穴:いや、でも『自動車事故』っていう読みは合ってたわけだし、ほとんど栗原さんが解決したようなものですよ。

栗原:まあ、そう言われればそうですね。

雨穴:謙虚じゃないな……。でも、そうなると桐村真子さんの態度が気になりますね。
犯人じゃないなら、彼女は何を隠そうとしてたんだろう……?

栗原:ああ、そのことならたぶん…………いや、これは言わないでおきます。

雨穴:え?何でですか?分かってることがあるなら教えてくださいよ。

栗原:いや、これは言うべきじゃないと思うので。
……話は変わりますけど、雨穴さん。貧乏暮らしをしたことはありますか?

雨穴:ずいぶん変わるな……。貧乏暮らしは……ないです。

栗原:私もです。うちの父親は銀行員で、裕福ではありませんでしたが、食うに困ったことはありません。

雨穴:いや、栗原さんの生い立ちはどうでもよくて……それがこの事件とどんな関係があるんですか?

栗原:……もしかしたら、私たちのような人間には、この事件の本質は理解できないのかもしれませんね。

雨穴:……どういう意味ですか?

栗原:すみません。ちょっとこれから出かける用があるんで、また今度電話します。

 

―――意味深な言葉だけ残し、栗原さんは電話を切ってしまった。

私はひとまず、浦川さんに電話をかけ、これまでに分かったことをすべて伝えた。

 

浦川:ありがとうございます。そういうことだったんですね。
理由がわかればいいんです。送り主の方に文句を言うつもりもありません。
おかげで気が楽になりました。本当にありがとうございます。

 

―――『気が楽になりました』と言うわりに、彼の声は不安げで、沈んでいるように感じた。

まだ、解決していない。

……そんな気がした。

 

電話

事態が急変したのは、数日後のことだった。

家で仕事をしていると、登録していない番号から電話がかかってきた。
なぜかその番号には見覚えがあった。脳をフル稼働して、必死に思い出す。

一つの記憶にたどりついた。

倉本沙奈……荷物の送り主の携帯だ。

 

この前、102号室の過去の住人たちに電話をかけたとき、倉本沙奈の携帯にもかけたが、つながらなかった。
しかし、今になって向こうからかけてくるとは……。

私はおそるおそる出た。
すると電話の向こうで、か細い女性の声がした。

『お電話失礼いたします。マツハラ リエと申します』

耳を疑った。
そんな名前は聞いたことがない。女性は続けてこう話した。

『先日、こちらの携帯にお電話をいただいたみたいで…。折り返しお電話を差し上げました』

「はい……たしかに、お電話をいたしました。……あの、たいへん失礼ですが、これは倉本沙奈さんの携帯電話ではないのでしょうか?」

『はい、そうです。申し遅れました。私、沙奈の姉で、リエと申します』

「え?……あ!そうでしたか。失礼いたしました」

 

―――頭を整理する。倉本栄太と結婚して、沙奈は『倉本』姓になった。
『マツハラ』は沙奈の旧姓ということだろうか。

しかし、なぜ沙奈の携帯にお姉さんが出るのだろう。
考えても仕方ない。私は電話をするに至った経緯を説明することにした。

 

リエ:そうですか……妹はそんなことを……

雨穴:お姉様は、ご存じなかったんですか?

リエ:はい。栄太さんを亡くしてから、ずっと一人ぼっちで自分の家にこもっていて、私たち家族にもほとんど連絡をよこさなかったものですから。

雨穴:そうですか……。沙奈さんは、今も引きこもりの状態ですか?

リエ:いえ……3カ月前に亡くなりました。

雨穴:え!?

リエ:今年の春に癌が見つかりまして……。わかったときには、もう手の施しようがないほど進行が進んでいたんです。
亡くなったのは5月でした。本当にあっという間でした。

雨穴:5月……。本当に、亡くなったのは『5月』なんですか?

リエ:はい…………何か……?

 

―――おかしい。浦川さんの元には、今月、8月の上旬に荷物が届いている。
沙奈さんが5月に亡くなったのなら、いったい誰が……?

 

雨穴:あの……失礼なことをお聞きしますが、お姉さまが沙奈さんの代わりに荷物を送っている……なんてことはないでしょうか?

リエ:いいえ。そもそも、妹が荷物を送っていたこと自体、今知ったんですから。

雨穴:そうですよね……。あ、じゃあ、たとえばですが、沙奈さんが亡くなる前に、誰かに荷物を送ってもらうよう頼んでいたとか……そんな様子はありませんでしたか?

リエ:いいえ。あの子、最後の数年間は誰とも交流がなかったようですから。

雨穴:そうですか……。

リエ:ただ……誰かを待っているような様子はありました。

雨穴:え?

リエ:『来ないな』『来てくれないかな』って、亡くなる寸前まで、病室でうわごとみたいにつぶやいていました。

雨穴:……誰を待っていたんでしょう?

リエ:わかりません。もしかしたら、投薬治療のせいで、記憶が曖昧になっていたのかもしれません。

 

―――電話を切ったあと、しばらく呆然としていた。

沙奈さんが亡くなったのは3カ月前。しかし、荷物は今月も届いた。

 

これは誰が送ったのだろうか。

しばらく考えて、私はふと思い出した。
最初にこの荷物を見たときに感じた、正体不明の気持ち悪さ。

そして、浦川さんから送られた写真の違和感。

今まで、たいして気に留めていなかった。しかし、もしやこの違和感が、事件の真相に繋がるヒントなのではないか。

 

そのとき、栗原さんの意味深な言葉がフラッシュバックした。

 

『私たちのような人間には、この事件の本質は理解できないのかもしれませんね』

 

本質

 

ふいに、電話口で聞いた、桐村真子さんの言葉を思い出す。
『知りません』……そこに含まれた拒絶。

 

もしかして

 

散らかっていた情報の欠片が、頭の中で繋がっていく。
やがて、ひとつの像を結ぶ。

 

この事件の本質、それは……

 

8月

私は浦川さんに電話をかけた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~

雨穴:もしもし、雨穴です。

浦川:ああ!お世話になっております。

雨穴:浦川さんにお伝えしたいことがあります。落ち着いて聞いてください。

浦川:はい?

雨穴:荷物を送っていた倉本沙奈さんは、今年の5月に亡くなったそうです

浦川:………………

 

―――長い沈黙のあと、彼は小さな声で言った。

 

浦川……やはり、そうでしたか

雨穴:『やはり』……心当たりがあるんですね。
浦川さん。そろそろ、本当のことを教えていただけませんか?

浦川:…………………………

雨穴:送ってもらった写真を見たときから、おかしいと思っていました。

 

雨穴:荷物を写した写真は、8カ月分しかありませんでした。
最初の荷物が来たのは去年の10月
あなたは『荷物は毎月送られてくる』と言った。

だとしたら……

 

雨穴:写真は全部で11カ月分になるはずです。では、残りの3カ月分はどうしたのか。

ヒントは証紙にありました。

 

雨穴:証紙には、郵便局名のほかに日付が記載されています。
日付順に写真を並べ変えると、おかしなことがわかりました。

 

雨穴:5月と6月と7月がないんです。そして8月の荷物は、なぜか証紙がはがれている。
あまり気に留めていませんでしたが、よく考えるとおかしい。
証紙は、いわば切手のようなもの。簡単にはがれないようにできているんです。

つまり、誰かが意図的にはがした
では誰がはがしたのか……浦川さんしかいません。

浦川:……はい…………おっしゃるとおり、私がはがしました……。

雨穴:ですよね。あなたは私に、8月分の荷物の証紙を見られたくなかった。
なぜなら、そこには『5月』の日付が印刷されていたから。

本当はこの荷物、5月に届いたんですよね

 

雨穴:沙菜さんは5月に亡くなった。ということは6月以降、荷物は届かなくなったはずです。
あなたは、5月に届いた『最後の』荷物を『8月に届いた荷物』だと偽った。

『今も、荷物は送られてきている』……私にそう思わせるためです。

なぜか。

 

ヒントは、荷物の中にありました。

 

雨穴:あなたから送ってもらった荷物を見たとき、違和感を覚えました。

 

雨穴:写真で見たのと、どこか違う気がしたからです。でも、具体的にどこが違うのかわかりませんでした。
間違い探しのように、何度も見比べて、ようやく気付きました。

 

雨穴:レトルトカレーの側面に書かれている賞味期限です。
写真に写っているものは「2023.12.29」なのに、私に送られた実物には「2024.1.24」と書かれている。

別物なんですね。

カレーだけじゃなく、おそらくその他のレトルト食品も、パックご飯も、すべて別物。
この荷物、一見、見た目は同じでも、中身はまるっきり入れ替わってるんですね

浦川:…………

雨穴:私はあなたに『8月に来た荷物を、こちらに送ってください』とお願いしました。

雨穴:その時点で、荷物の中の食品はすでになかったんじゃないですか?
だから、あなたはあわてて同じ食品を買い集めて、同じように箱に入れて私に送った。

食品がすでにないことがバレないように。

なぜ、そんなことをしたのか。
そして、入っていた食品はどこに行ってしまったのか。

浦川:…………もう、勘弁していただけませんか……?

雨穴:勘弁……?私は、あなたのしたことは何も悪くないと思います。

あなたは、荷物に入っている食品を、食べていたんですよね

 

―――電話越しに、浦川さんの唸り声が聞こえた。

 

雨穴:『正体不明の人物から届いた、謎の荷物に入っているものを食べる人なんていない』……私は当然のように思っていました。しかしそれは、幸せな環境で生きてきた人間の思い込みだったのかもしれません。

知人の栗原さんがこう言いました。
『私たちのような人間には、この事件の本質は理解できないのかもしれません』と。

『私たちのような人間』とは何か。今になってわかります。

『空腹を知らずに生きてきた人間』ということです。

去年の10月、あなたは仕事を失い、逃げ込むように小巻田荘に部屋を借りた。
月2万の家賃にさえ苦労するほど、お金がなかった。

そんなとき、突然荷物が届いた。中には食べ物が入っていた。
あなたは葛藤したはずです。出どころの分からない食べ物を口にするなんてできない。
それは人間性を捨てるような、恥ずかしい行為だ、と。

しかし、腹は減る。お金もない。
あなたは結局、我慢できずに、食品に手をつけた。

それから毎月、荷物は送られてきた。あなたはそれを食べ続けた。
あなたにとって正体不明の送り主は、生活を助けてくれる恩人だった。

しかし、今年の6月以降、なぜか荷物は来なくなった。あなたはこう考えたんじゃないでしょうか。

『送り主の身に何かあったのではないか』

しかし、送り状に書かれている住所は存在せず、名前も偽名。探すあてもない。
だから、私に頼ることにした。

あなたの本当の目的は、送り主の居場所を探し、安否を確認することだった。
しかし、それを正直に私に話せば『出どころ不明の食べ物に手をつけていた』ということがバレてしまう。それは、あなたのプライドが許さなかった。

だから『荷物が送られてきて困っているから、真相を解明してほしい』という、嘘の相談をでっちあげた。

ですよね?

 

―――浦川さんは、鼻をすすっている。やがて、震えた声で話し始めた。

 

浦川:騙して……申し訳ありませんでした。……あの頃は、ひもじかったんです。
再就職の面接を受けるだけで……交通費やらなにやらで金は飛んでくし、バイトも受からないし……。

雨穴:辛かったんですね……。

浦川:何日も何も食べてないと……本当に動けなくなるんです。
もう、腕とか足とか、まるで神経が通ってないみたいに言うことを聞かなくて……。生命の危機っていうのは、ああいうことを言うんですね。
腹が減ったから食うとか、美味いから食うとか、そんなもんじゃなくて、死にたくないから食うんです。命を、守るために食うんです。
あんな感覚は、生まれてはじめてでした。

雨穴:…………

浦川:今年の4月に、やっとの思いで再就職しました。小さな町工場で、月給は安いけど、食うに困ることはなくなりました。それからしばらくして、あの荷物がぱったり来なくなったんです。
送り主が誰なのか、何のつもりで送ってきていたのか、わかりませんでした。
でも、あの荷物がなければ私は死んでいました。

命の恩人なんです。
せめて、お礼が言いたかった……。

雨穴:…………これは言おうか迷っていたことなんですが、あの荷物に救われた人は、浦川さんだけじゃないんですよ。

浦川:……え?

 

行先

私は次に、桐村真子さんに電話をかけた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

桐村:……もしもし。

雨穴:お忙しい中、たいへん失礼いたします。ウェブライターの…

桐村:またあなたですか!?いいかげんにしてください!

雨穴:申し訳ありません!これ以降、二度と電話はかけません。
ただ、切る前に一つだけ聞いていただきたいことがあります。

小巻田荘102号室に、毎月荷物を送っていたのは倉本沙奈さんという女性です。
沙奈さんは、3カ月前に亡くなったそうです。

桐村:え……?

 

―――彼女は驚いたように言った。やはり……

 

雨穴:桐村さんが住んでいるときも、荷物は送られてきていたんですね。

桐村:…………………その方、どうして亡くなったんですか?

 

―――その後、桐村さんはぽつりぽつりと過去のことを話してくれた。
やはり、彼女も浦川さんと同じだった。

10年前、当時18歳のフリーターだった桐村さんは、バイト先の先輩の子供を妊娠した。それを告げた翌日、彼はどこかへ消えた。
期待はしていなかったから、落胆はなかった。しかし、金には苦労した。

2013年8月、行くあてのない彼女は、生まれたばかりの結衣ちゃんを抱いて、小巻田荘に部屋を借りた。
子守りの合間に働きに出ることなどできなかった。

当時増えつつあったアフィリエイトサイトで日銭を稼いだが、それでも家賃は大幅に滞納した。
彼女は食べることを我慢した。食べなくても母乳は出る。
『この子さえ、満腹ならそれでいい』……そう思っていた。

しかし。

 

桐村:母親が食べていないと、お乳の出も悪くなるんですよね。

 

日に日に夜泣きが激しくなった。お腹をすかせている。
一番、栄養が必要なときに、満足にお乳を飲めていない。

桐村さんは母乳を絞り出そうとした。焦るあまり、胸は傷だらけになり、母乳よりも出血のほうが多くなった。
『子供に分け与える栄養などない』……彼女の意に反して、体はそう言ったのだ。

彼女は自分の体を恨んだ。情けなかった。

そんなとき、荷物が届いた。
食品が入っていた。

少しの迷いもなく、むさぼった。
生きるためではなく、生かすために、食べ物を口に、胃につめこんだ。

数年後、結衣ちゃんが保育園に行けるようになると、桐村さんはようやく職を得た。
貧しかったが、食事に困ることはなくなった。

彼女は順調にキャリアを積み、ここ数年は人並みの収入を得られるようになった。
そして一昨年、小巻田荘を出てマンションに引っ越した。

結衣ちゃんは今年で9歳になるという。

 

桐村:もう、元気すぎて困ってるくらいなんです。男の子みたいにヤンチャで、すぐ一人でどっか行こうとするし。毎日大変で。

 

彼女も浦川さんと同様、出どころのわからない食品を食べてしまったことに、うしろめたさを感じていたという。
しかし、沙奈さんのことを話すと、その考えは変わったようだった。

電話を切る前、彼女は私にこんなことを尋ねた。

 

桐村:もしよければ……その方のお墓の場所、教えていただけませんか?……今度、娘を連れてお礼をしに行きたいんです。

雨穴:それはいいですね。沙奈さんのお姉さんと連絡がついてるので、聞いてみます。

桐村:ありがとうございます。

 

目的

すべては終わった。
謎は解けた

 

……はずだ。

しかし、頭の片隅にもやもやが残っていた。どうしても納得できないことがあった。

倉本沙奈さんが102号室に荷物を送っていた理由は、本当に『お供え』だったのか

 

写真を見るたび、その疑念は深まっていった。どうしても、これが『お供えもの』には見えない。

パックご飯はまだしも、レトルト食品を霊前に供える人など見たことがない。

どう考えてもこれは、生きている人間に向けた荷物だ。
しかし、なんのために?102号室の住人に仕送りをして、沙奈さんにいったい何の得があるのか。

どこかにヒントが隠されていないか、写真をもう一度眺める。

そのとき、ある一枚の写真の奇妙な点に気づいた。

 

去年の10月に送られた荷物。その一点に目が行く。

 

ガムテープをはがしたときに破れたのだろう。
段ボールの端の薄紙がはがれ、内部が見えている。
そこに、何かがある。

 

明らかに段ボールとは色味が違う。これは何だ。

考えて、私ははっとした。

 

段ボールは、波型の芯を、2枚の紙がはさむような構造でできている。
そのため、段ボールの内部には、たくさんの空洞が存在するのだ。
何かを隠すならば、ここは最適ではないか。

私は、手元にある荷物の表紙をはがしてみた。すると…

 

やはり、何かが隠されていた。

慎重に取り出す。

 

紙を棒状に丸めたもののようだ。

開いてみる。

 

『乞母神、以此魂代价、使霊回生』

筆で書かれた文字。
日本語と中国語が混ざっているようだ。意味を理解するにつれ、胸がざわざわしてきた。

 

『母神に乞こう、この魂を対価として、霊を蘇らせてほしい』

 

対価

『乞母神、以此魂代价、使霊回生』という言葉をインターネットで検索してみると、一つのサイトに行きついた。

 

こんな話は聞いたことがないし『口通』について書かれたサイトは、これ以外に一つもない。

おそらく、この記事を書いた人物の創作だと思われる。
しかし、もしも生前の沙奈さんが、偶然このサイトを見つけて、真に受けてしまったのだとしたら……。

 

鏡と米……。思い当たるふしはある。

ずっと気になっていた、荷物の中の生活雑貨

 

アルミホイル、アルミボウル、アルミ皿……すべて、の性質を持っている。
それに、毎回荷物にはパックご飯が詰められていた。

鏡と米だ。

まさか沙奈さんは、102号室の住人を依り代として利用し、降霊術によって栄太さんを呼び戻そうとしていたのではないか……。

 

『ただ、誰かを待っているような様子はありました』

『「来ないな」「来てくれないかな」って、亡くなる寸前まで、病室でうわごとみたいにつぶやいていました』

沙奈さんは、住人に憑依した栄太さんが来るのを待っていた、ということか。

いや、しかし無理がある。
102号室に『降霊術』の道具を送ったところで、住人が儀式をやってくれなければ意味がない。
沙奈さんからすれば、神頼みのような計画だったのかもしれないが、それにしたって望みが薄すぎる。

そして何より、決定的な道具が足りない。

 

『血液を染み込ませた紙」……そんなものはどこにも入っていない。

これでは不十分だ。

そこまで考えたとき、ふいに嫌な想像が浮かんだ。

 

 

レトルト食品。

 

荷物に入っていたレトルト食品は、麻婆豆腐、チキンカレー、トマトペースト……どれも赤みの強い液体だ。
たとえばレトルトパックに注射針を刺して、血液を混入させたとしても、少量ならば気づかないのではないか。

嫌な想像がふくらむ。

浦川さんと桐村さんは、送られた食品を食べていた。
レトルト食品をおかずにして、パックご飯を食べることもあっただろう。

口の中には米。
血液入りのレトルト食品で口のまわりが汚れる。そして……

 

ティッシュでぬぐう。
するとティッシュには血液が染み込む。

その途中、何の気なしに、荷物の中のアルミに目がいく。

ありえない話ではない。

 

成立してしまう。日常的な動作が、そのまま降霊の儀式になってしまう。
そこまで計算ずくだったというのか。

いや、仮にそうだとして、何だというのだ。

浦川さんも桐村さんも、現在、元気に生活している。沙奈さんには気の毒だが、降霊術に効果はなかったということだ。
そもそも、血と米と鏡で死者がよみがえるなんて、バカバカしいにもほどがある。

 

ただ……

 

桐村真子さんが、娘の結衣ちゃんについて語った言葉が、一瞬、胸をかすめた。

 

『もう、元気すぎて困ってるくらいなんです。男の子みたいにヤンチャで、すぐ一人でどっか行こうとするし。毎日大変で』

 

私はそれを、急いで打ち消した。

 

(おわり)

 

 

 

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作:雨穴

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