2回目の調査報告


福島さんは調査いただいたが体調不良により欠席

司書 梶原読書記録、ありがとうございました。かなりのヒントになりました。

岡田あの汚い字が……。

司書 梶原まず、前回不明のままだった「でっかい海の怪獣が出てくる本」ですが……これは、読書記録に「きょだいせいぶつづかん」と書かれている本だと思います。

岡田たしかにタイトルがそれっぽいぞ……!

司書 梶原発行が1987年で岡田さんの生まれ年に近い。何より、見開きで大きな海洋生物が多数掲載されています。

『巨大生物図鑑』
(デイビッド・ピーターズ/偕成社)
生命の歴史がはじまってから今日まで、地球上の陸・海・空間に生息した巨大な動物たちを紹介した図鑑。

岡田なんか……

岡田見覚えがあるかも…!

司書 梶原え!やったー!!閉架書庫から持ってきた甲斐がありました!

岡田「閉架書庫」って言うのは、普段は公開されていない場所ですか?

司書 梶原そうですね。絶版になった本などが保管されていて、うちの図書館の蔵書のうち、半分以上が閉架書庫にあるんです。どなたでもリクエストすれば、閉架書庫から取り寄せられます。

岡田絶版になった本が読めるのは、図書館の魅力ですね。

司書 梶原続いて「こわいはなし」です。

岡田これは同じタイトルの本が多すぎて……。

司書 梶原怖い話は、いつの時代も子供に人気ですからね。ただ今回は他の読書記録があるので、辿り着きやすかったです。この本ではないでしょうか。

『ともだちビクビクこわーい話』
(木暮正夫、原ゆたか/岩崎書店)
「足あとのないおじさん」「おまえのすぐうしろだ! 」など現代のおばけ話を9話収録。

岡田うわ〜!これ!これです!めっちゃ読んでました!!懐かしい〜!!

司書 梶原岡田さんの読書記録に『かいけつゾロリ』シリーズがありましたよね。この『こわーい話』は、ゾロリの原ゆたか先生が作画を担当しているんです。

岡田それで絵に馴染みがあるのか……「他にどんな本を読んでいたか」というのは、大きなヒントになるんですね。

司書 梶原図書館のレファレンスサービスでも、「普段どんな本を読んでいますか?」とよく訊きます。例えば他にも「きょうりゅうずかん」と記されている本は、

司書 梶原先ほどの『巨大生物図鑑』と同じ人が監修している、『恐竜科学図鑑(偕成社)のことですね。

岡田おお。

司書 梶原また「おに100ぴき」と記されているのは、

司書 梶原読書記録にあった『そらとぶめだまやき』の西本鶏介さんが文章を担当していることから、こちらの本だと思われます。

『めだまぎょろぎょろおに100ぴき』
(阿部肇、西本鶏介/ポプラ社文庫)
山おくのあれはてたお寺にとまったら、ま夜なかにたくさんのおにがあとからあとからやってきて…日本のこわくてふしぎな話。

岡田芋づる式に見つかっていく。

司書 梶原あと、「コウモリ」についても同名のタイトルのいろんな本がありますが、

岡田動物名だけのタイトルは難易度が高い。

司書 梶原読書記録に福音館書店の『かがくのとも』シリーズがいくつかあったので、この本だと思います。

『こうもり』
(吉行瑞子、山本忠敬/ 福音館書店)
翼をはためかせて夜空を舞うコウモリは、人間と同じ哺乳類。その生態を、森の四季とともに描く。

岡田あ、これです。

司書 梶原推察ですが、『かがくのとも』シリーズは月刊購読ができたので、親御さんが定期購読していたのではないでしょうか?岡田さんの読書記録には、ほかにも多数の科学絵本シリーズがありました。


読書記録の2割を科学絵本シリーズが占めていた

岡田確かにめっちゃある……本のリストから、購入方法まで予測できるんですね。

司書 梶原どうやって入手しているか?も重要な手がかりになります。

岡田でも不思議なのが、こうやって記録にたくさんある科学系の本は、ほとんど内容を覚えてないんですよね。

司書 梶原読んだ本を全部覚えているわけないですもんね。

岡田当時から好みがあったのかな。

司書 梶原ほかにも、「読みづらい字」系の読書記録はすべて特定できました。

岡田こんな字、よく読めますね。僕の字だけど。

司書 梶原タイトルの一部分でもわかると、割と楽ですね。

岡田また読書記録をつけようかな。

司書 梶原ただ、最後にかなり難航した本がありまして……「どうよむの」「つぎのことばはなあに」と記された二冊です。

司書 梶原この2冊だけ、全然わからなかったんです。閉架書庫にもなく、知っている司書もいませんでした。今回の依頼の中では、一番難易度が高かったです。

岡田100万冊の蔵書に無いって、僕の書き間違いかも……。

司書 梶原書き間違いの可能性も考えて、類似タイトルも探しました。例えば『どの本よもうかな?』という本ではないかとも思ったのですが、年代的に合いませんでした。

岡田宿題を提出するために、架空の本をでっちあげてたかもしれません。

司書 梶原いえ、私たちは当時の岡田さんを信じました。そして、これだけ探しても出てこないのは一般的に市販されていた本ではないのだろう、と結論づけました。

岡田そういうのもあるんですか!?

司書 梶原例えば読書記録にあった『うまれかわったりさ(谷川俊太郎)もそうですね。

司書 梶原これはリサイクル推進活動のPRで配布された、非売品の本のようです。

岡田谷川俊太郎の贅沢な使い方。

司書 梶原そういう店頭には並ばない本……かつこれまでの傾向から、「岡田さんの親御さんが買い与えたシリーズ本」という仮説を立てて探しました。「どうよむの」と「つぎのことばはなあに」が連続して記載されていることからも、2冊がシリーズである可能性が高いと思ったんです。

岡田ガチの捜索作業だ。

司書 梶原すると……

岡田すると…?

司書 梶原見つかりました!

岡田

司書 梶原ここに記された二冊は…

司書 梶原この二冊ではないでしょうか!?

『どうよむのかな』『つぎのことばはなあに』
(学研システム教材セット)

岡田あ〜〜〜〜〜!!!

岡田なんか見覚えある!!!

司書 梶原きたー!!!!!

司書 梶原学研の教材でした!体調不良で今日は欠席の、福島さんが見つけてくれたんです!

岡田福島さーーーん!

司書 梶原オークションサイトで発見したようです!

岡田どうやってたどり着いたんですか?

司書 梶原可能性を順番につぶしていった末に、最後は画像検索で漁りまくったとのことでした。テキスト検索では出てこない本も、画像検索で出てくることがあるんです。福島さんの気合い勝ちです!

岡田最後は、気合い……

岡田福島さん、お大事に……

 

図書館ではどんどん訊いていい

岡田ありがとうございました。今回は企画なので色々訊いちゃいましたが、普段の図書館でもこんなふうに訊いていいんでしょうか?

司書 梶原もちろんです。むしろ私なんかは、訊いてほしくて仕方ないです。本を借りるのと同様に「きくところ」という図書館の役割がもっと広がればいいなと思います。

岡田かなり楽しかったから、いろんな人に体験してほしい。

司書 梶原本を探すと、その人の頭の中が見えてくるようで面白いんですよね。ちなみに子どもの頃の岡田さんは、「ちょっと不思議な世界が日常のそばにある」みたいな本を好む傾向にあったように思います。今でも定番の、不思議な小話を集めた『こんなことってあるかしら?』という児童書もありましたし、

『こんなことってあるかしら?』
(長新太/クレヨンハウス)
たとえば、海の上をとぶヒコーキ。たとえば、四角いお月さま。「こんなことってあるかしら?」の世界。

司書 梶原『おしいれのぼうけん』も日常から不思議な世界につながっている。『天才えりちゃん』も日記と地続きにあったりと、そういうお話が好きだったのかなと…。

岡田本で心理分析されてるみたいだ。たしかに、「日常の中にふっと非日常が現れる」みたいな話は、今でもかなり好きですね。

司書 梶原岡田さんの書かれた旅行記の本からも、そういうテーマを感じます。

岡田やっぱり子どもの頃の本に、かなり影響を受けてるんだなあ。

岡田でも一方で「よく覚えてない本は、ジャンルが偏ってる」っていうのも、自分の新たな一面が見つかったみたいで新鮮でした。科学系の本は、ほとんど覚えてなかった……。

司書 梶原虫や生き物の本も多かったですよね。


カブトムシの本も読んでたらしい

岡田僕、かなりの田舎出身なんですが、虫は苦手で。学校でも根っからの文系でしたし、昔から現実の自然科学よりは、空想の物語が好きでした。

司書 梶原子どもに本を与えても、別にその通りに育つわけじゃないですよね。でもその上で、岡田さんの親御さんはたくさんの「好きの選択肢」を与えてくれたんじゃないでしょうか。

岡田たしかに、とりあえず読んでみないと、好きかどうかもわからないですもんね。いろんな分野の本があったから、自分の好みが見つかったのかもしれない。

岡田そういう意味では、家の本棚だけではなく、図書館で「好き」を見つけられることもありそうですね。めちゃくちゃ本があるから。

司書 梶原まさに。今回は特定の本を探しましたが、「好きな本を見つけたい」みたいなふわっとした疑問を尋ねていただいても構いません。たとえばレファレンス協同データベース」というサイトには、そういった幅広い疑問に、日本中の司書が回答した内容が掲載されています。

岡田このサイト、面白い。「シンデレラのガラスの靴はどんな形状ですか?」って疑問への回答すごいですね。200年以上前の本の挿絵まで遡っている。

司書 梶原そういう事例が10万件以上掲載されている、司書の英知の結集です!今回もそうですが、普段から「司書同士で教え合う」ということは日常的に行なわれているんです。司書のネットワークそのものが、ある意味で究極的な本のデータベースなんだと思います。

岡田「きくところ」の裏側は、先人の膨大な知見で支えられてるんですね……「図書館できく」というのを、もっとやってみたいと思います!

 

子どもの頃の本棚を再現する

さて、本の特定作業に夢中になってすっかり忘れかけていたが、当初の目的は「昔の本棚を再現する」だった。

そこで現在の自室の本棚の一角を空けて……

この空間に、今回特定できた本たちを揃えていきたい。

本屋で買ったり、古本屋をめぐったり、オークションサイトを漁ることで、次々と本が集まってくる。


集まった本たち。懐かしいが過ぎる


『天才えりちゃん』もゲット

 

絶版になっている本も多いので、近所の図書館にも行った。


閉架書庫から借りた年季を感じる本

最後の貸出日は1996年だった

 

そして最寄りの図書館にない本でも、「相互貸借制度」という仕組みにより、なんと他の自治体の図書館から取り寄せてもらえるらしい。
レファレンスサービスといい、こんなに充実したサービスを無料で受けて良いのだろうか。図書館、すごすぎる。


他の区から取り寄せた『おふろやさんぶくぶく』

 

こうして集めた本を、空けた本棚の一角に差し込んでいく。

この小さなスペースだけが、数十年前へとタイムスリップしていく。

当初、本棚を再現するのは「ノスタルジーを感じたい」という理由だった。確かにそういう本もある。だが同時に、全然ノスタルジーを感じない本もある。

読んだけど覚えてない本や、興味を持てずに読まなかった本。それらは、僕が選ばなかった本だ。

そして選ばなかったことで、好みがわかった。選ばなかった本は、選んだ本と同様に、今の自分を形成しているのだと思う。
昔の本棚を再現することは、そんな「好きの分岐点」を、まるっと再現することなのかもしれない。

こうして本が揃って…

 

完成した。

子どもの頃の本棚だ。

 

中央には特にお気に入りだった本たちと、谷川俊太郎の『うまれかわったりさ』を置いた。サイズが想像の5倍小さい。

 

……あの頃はどんなことを考えて、この本棚と暮らしていたのだろうか。

当時から数十年が経って、大人になった僕には子どもができた。もうすぐ3歳になる子どもは、近頃僕の部屋に侵入しては、本棚から本を引きずり出して遊ぶ。

この本棚は、僕の子ども時代のスクリーンショットとして、このまま置いておくつもりだ。そして子どもが字が読めるようになって、この本棚に手が届くような背丈になったころ。この本棚から本を選んだり、あるいは選ばなかったりするといいなと思う。

 

 

2度目の報告会から数日後、司書の梶原さんからまた連絡があった。
「性的な描写の多発する三国志が、ついに見つかりました!」ということだった。

結論から言えば、僕がこっそり父親の本棚から盗み見ていたのは、「白い表紙じゃないから」といってはじめから除外していた、最も有名な三国志の一つ「北方作品」だったらしい。白いのは表紙ではなく、背表紙だったみたいだ。

『三国志 8の巻 水府の星』
(北方謙三 / ハルキ文庫)
ついに天下三分か。乱世を駈ける英雄の、貌、貌、貌。明滅するそれぞれの宿運が、天地を揺がす。

 

全10巻だが、司書の梶原さんによると、8巻以降になって急に強めの性描写が多発するという。「怒涛の追い上げでした」とのことだった。

ひとつの依頼に回答するために、8巻まで読む。その執念に感服する。これがあらゆる疑問に、あらゆる資料を用いて回答する、司書という仕事の矜持なのだろう。こんなプロフェッショナルなサービスを、これからもずっと受けられる社会であってほしいと願う。

この三国志も購入して、小学生が背伸びしたら届くかもしれない位置の本棚に、こっそりと忍ばせておいた。

 

>>おまけ:「人はなぜ生きるの?」子どもの疑問に答えよう