17世紀末のヨーロッパのとある国のとある田舎町に、ある1人の美しい少女が居ました。少女の名は「シンデレラ」といいました。

シンデレラはここのところ、毎日「あー、抹殺抹殺抹殺、キルキルキルキルキルエムオール」と考えていました。

なぜこのような状況に陥っているかというと、話は2年前に遡ります。

もともとシンデレラは母親・父親と平々凡々と暮らしていたのですが、寒い冬の夜、もともと体の弱かった母親が心臓の病気でこの世を去ったのです。

遺された父親と少女はしばらく2人で暮らしていたのですが、冬が去ったころ、父親が突如新しい妻を連れてきました。しかもシンデレラと同じ年頃の2人の娘を連れていたのです。シンデレラに寂しい生活を送らせるわけにはいかないとの建前でしたが、実際のところはどうでしょうか。「ようやくこれで新しい女にイケる」と心の中ではほくそ笑んでいたのかもしれませんが今となっては知る由もありません。

父親が居る間は女たちもある程度顔色を窺いながら大人しくしていましたが、その父親が突然、呆気なく死んでしまいました。趣味の狩りの最中、猟銃が暴発したのでした。

シンデレラは悲しみに暮れる暇もなく、何処からか現れた縁もゆかりもない謎の女3名との生活を余儀なくされる羽目になったのでした。

父が死に、多少の遺産が家に入ることになったのですが、3名の女は「この遺産をぶん取って好き放題遊びたい」と企みました。そして家事、雑務の一才合切をシンデレラに押しつけると、毎夜毎夜、城で開かれる舞踏会に出かけるのでした。この舞踏会というのは、葡萄酒をがぶ飲みし、乱痴気楽団の奏でる品のない演奏を聴いたり聴かなかったりしながら、べろべろになり異性同士で尻を揉んだり顔を舐めたりするあまり褒められたものではない催しでした。いつもバチバチに化粧とおしゃれをし、楽しそうに出かけていく女たちの後ろ姿を眺めながら「私だっていつか舞踏会に行ってみたい。ていうか、あの女たちより私のほうがどう考えても可愛いから。顎も細いし鼻も高いし色は白いし。ストレスのせいで最近荒れ気味だし枝毛も増えてきたけれど。あークソクソクソ。蹂躙蹂躙蹂躙」とついシンデレラはいらつき、昔はそれはそれは仲良く戯れて洗濯などしていた小鳥たちはいつしか怒気にあてられ、近づかなくなっていました。

私の人生にはいいことがひとつもない。

私はこの世で最も不幸な存在である。

私は呪われた存在だ。

と、日々気持ちを陰々滅々とさせていました。冬の寒い日の朝、バケツに張った刺さるほど冷たい水で雑巾を洗い、絞るその手にはギリギリと力が込められていました。

「ねえ、シンデレラ。朝飯なに?」

昼前にぼさぼさの髪で起床した次女が話しかけてきました。前日も夜遅くまで遊び歩いており、口から馬の糞の臭いがしました。

「あ、はい。ケールのサラダとハムエッグ、焼いたクロワッサンです」

「クロワッサンはよく焼き?私よく焼きじゃないと受け付けないから」

「もちろん、カリカリに焼いてます」

「おっけー。合格。でもケールのサラダ、あたしは粉チーズをかけて欲しかったわ。覚えといて。あ、昨日はお母さんもお姉ちゃんも泊まってたみたいだけど、夕方ごろに戻ってくると思うし晩御飯の準備もヨロシクね。あとたぶん、あたし今日は男連れて帰ってくるから晩御飯出来たらその後は家空けといて。離れんとこで過ごしといてね」

シンデレラの家には「離れ」と呼ばれる木造の物置があって、庭仕事や掃除用具をしまっているスペースなのだが特に暖房器具があるわけじゃなくて、冬に一晩過ごそうとすればしこたま防寒具を着込み、毛布を持ち込んで過ごすしかないのでした。

いったい、この状況を打開するにはどうしたらいいだろう。お母さんも死んで、お父さんも死んで、私まで死ななければならないのだろか。死ぬ?この私が?十代で?あいつらが死ぬべきなのではなくて?殺されるべきなのではなくて?まどろんだ鬱屈と鋭角な殺意のはざまでシンデレラはさまよっていました。

 

すると、ギイ、と重く不快な音がして、冷たいすきま風が小屋の中を吹き抜けました。毛布に包まれてうずくまっていたシンデレラは、「もう女ども帰ってきたのかな。持ち帰りされなかった腹いせに私に八つ当たりでもしに現れたのだろうか」と考えながら体を捩って毛布から這い出て、開いた扉の方を見てみると女たちの誰でもなく、見知らぬ老婆が立っていました。腰が深く曲がって稲妻のようになっている、深紫色のローブを身に纏った老婆は、両手で杖を持ち身体を支えながらシンデレラに向かって話し出しました。姿勢と服装のせいで面相がまったくわかりません。

「やあ。シンデレラ。またいじめられているようだね」

「誰?なぜ私の名前を知っているの?」

「ヒッヒッヒ。私は魔女なんだよ魔女。魔法の力でアンタのことは全部お見通しだよ」

「魔女って本当にいるんだ。警察に言わないと」

「待て。わざわざアンタの前まで出てきてやったのは理由があるんだ。アンタ、あの家に棲んでいる女どものことを殺したいんだろ」

「……。」

「全部お見通しだって言っただろ」

「……はい。それはもう、完膚なきまでに、身体中が炸裂しそうなほどに、両耳から血液がどばどば出てくるほどに、まっ白の百合の花が紅く染まるほどに、ダイヤモンドが砕け散るほどに、ハヤブサが空高くから川魚目がけて垂直に飛来する勢いで、蠍座のアンタレスの如く燃え上がる勢いで、千馬の騎兵隊が突撃する勢いで、月は東に日は西に、ストレートに、シンプルに、なめらかに、然しながらしっかりとした芯があり、根深く、鮮烈に、殺したいです」

「とんでもない逸材だね。気に入った。望みのものをなんでもくれてやろう」

「先ほどの願いを叶えられるような道具です。もう今、気持ちが入ってます。あとは、あとは道具さえあれば」

「道具?例えばどんなものを望んでいるんだい」

「ナイフとか、銃とか、なるべく手っ取り早いのがいいです」

「まかせな」

魔女が杖を一振りすると、煙がぼわん、と上がり、シンデレラの人生には当然まったく縁のなかった銃火器類が現れました。

「すごい。初めて見るけど、おそらく間違いなく人を殺すための武器なんだ、と肌で感じる」

「さすがアタシの見込んだ女」

「ひとつひとつ説明を聞いてもいい?このごつごつした卵のようなものは何?」

「それは手榴弾だよ。グレネードとも言うね。先っぽのピンを抜いて、3秒経つと爆発する。おっと、今試すんじゃないよ」

「この大きなギザギザの刃がついたのは?」

「チェーンソーだよ。左手でハンドルを握りながら、右手でグリップを引っ張って起動するんだよ。業務で扱うためには資格を取らないといけないからね。座学で9時間、実務で9時間」

「この透明な、黄緑色の液体が入った筒は?」

「今回で一番おっかなくて強力な武器、レールガンだよ。アンタの時代から何千年も遥か先の技術でできている。電磁力で超音速の銃弾を発射して、壁の向こうの人間までやっつけることができる。あんまり迂闊に扱うと危ないから気をつけな。たぶんこれも資格がいる。本来は」

「素敵。じゃあこれは?」

シンデレラは夢中で、矢継ぎ早に魔女へ質問を繰り返しました。

「おいおい。夜が明けちまうよ。ああ、そうそう。夜中の24時を回ると、武器はいっさいが幻になって消えちまう。あんまり調子に乗ると痛い目に遭うから気をつけるんだよ」

「はい。気をつけます。よし!やるぞ!」

シンデレラの十数年の生涯のうち、もっとも希望と輝きと怨毒に満ち満ちた瞬間だったといいます。

「それじゃ、アタシは帰るからね。せいぜい楽しむんだよ」

魔女は何処かへと姿を眩ませました。

 

辺りはすっかり暗闇に包まれています。今ごろ下の女が、舞踏会で引っ掛けてきた男とねんごろやっている頃合いです。シンデレラが窓の外から寝室の様子を伺うと、男女の下品なやり取りが聞こえてきます。

「さっきの会場でもさあ、キミがいちばん美人でスタイルもよくてノリがいいって思とってん、思とってんなあ」

「マジで?どうせ誰にでもそんな口利いてるんじゃないの?アハハ」

「んなわけあれへんやん。俺の目を見てくれ。これが嘘をつく男の目に見えるか?」

「うん、見える」

「コラ!おもろいなあ。んふっ」

「ああ……んふっ、ちゅっ」

「あっ……。」

シンデレラは「どこのタイミングで仕掛け出してるのか。もうだめだ、確実に殺す。いや、殺さねばならない」とより殺意を固めましたが、いざ部屋に踏み込むとなるともう一歩の踏ん切りがつかないのでした。

「なあ、この家って誰と住んでんの?」

「ワタシと、お姉ちゃんとお母さん。あとお母さんの元旦那の娘。これが何考えてるかわかんなくてさ。簡単な雑務を任せてるんだけど、ロクにこなせなくて困ってるのよ。住まわせてやってるだけ感謝してほしいぐらいなんだけど」

その言葉を聞いた瞬間、シンデレラの目の奥の奥の奥のほうで稲光が水平に走りました。

「刈刈刈刈刈刈、刈刈刈刈刈」

シンデレラは、大型チェーンソーを構え、左手でハンドルを握りながら、右手で思い切りグリップを引っ張りました。悪魔の轟音が、冬の寂れた庭に響き渡りました。

「えっ、なんの音?地震?」

「なんやろ。ちょっと外の様子見てくるわ。寝とき」

男が廊下に出て、玄関の扉を開けると、自分の身の丈ほどもある鋸を構えた華奢な女が立っていました。

「う、うわあああっ」

「刈刈刈刈刈」

ぐわああああん、と地鳴りのごとく音がなり、男はちょうど線対称になりました。竿に引っ掛けたらかなり干しやすそうな状態です。

「きゃあああっ!何何何何何!」

シンデレラは女の声がする寝室にゆっくりと向かい、ドアを蹴破りました。ベッドの上で女は乱れたパジャマ姿で跪いていました。

「シ、シンデレラなの?」

「違います。私は熊であり獅子であり雷鳴です。今までお世話になりました。さようなら」

もはや慣れた手首のスナップでチェーンソーのエンジンをかけました。女の首がジャイロ回転しながら天井まで吹き飛びました。呆気ないものでした。ですがこれで終わりではありません。

「ただいまー。シンデレラあ?ご飯とお風呂の準備は?って何何何何何!?」

「ギャアアアアア!」

残りの女2名が帰宅しました。姉と継母です。廊下には、真っ二つになった頭の悪そうな男が血まみれで斃れていました。地獄に迷い込んだのかと錯覚しました。

「お帰りなさい。お継母様、お姉様。今すぐに片付けますので」

シンデレラは、エプロンのポケットから拳銃を二丁取り出すと、躊躇なく、流れるように女2名に撃ちまくりました。火薬と血の匂いが家中を包みました。明日また掃除しなければ。あれもこれも全部私の仕事。シンデレラはため息をついて、狭い自分の寝室に戻り、眠りにつきました。翌朝、朝日とともに目を覚ますと、ベッドの傍らに置いていたチェーンソーはどこかへと消えていました。

 

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