「ホットコーヒーひとつ。あとね、ホットドッグと。砂糖もミルクもいらないから。なあ、お姉ちゃん、よく見るとあんた、ほら、似てるね、テレビに出てる。誰だっけ。鼻筋のすらっとした。掃除機のシーエム。最新型の、掃除機のシーエム。出てなかったかね。ああ、そうだ。その人。似てるってよく言われんか?言われないかね。べっぴんだねえ。彼氏はいるのかい?恋はね、若いうちにじゃんじゃん、しておいたほうがいいよ。

 

僕ぐらいになっちゃあ、時すでに遅し。だからね。最近暖かくなってきたね。近所の公園の桜のつぼみもね、ずいぶん膨らんできてね。お姉ちゃんみたいなべっぴんさんとねえ、桜の下で弁当でもつまみながら、酒でも飲めるといいねえ、誘ってるわけじゃないよ。誘ってるわけじゃないんだけど。勘違いさせたらごめんね。

 

仕事も辞めちゃってしばらく経つんだけど、毎日、ひまでよくないねえ。バリバリやってた時分のさ、張り合いがないんだよ。趣味のひとつでも始めてみるかねえ。こう見えても、僕は昔バンドをやっていたんだよ。なんの担当だったと思う?ベースだよ。ベースってわかる?わかるわな。さすがに馬鹿にしすぎか。申し訳ない。こうして、ほら、べんべら、べんべん、て。髪も腰ぐらいまで伸ばして。腰は言い過ぎか。まあでも肩ぐらいまではあったよ。シーディーも出したし。シーディー。

 

わかる?わからないか。もう売ってないもんねえ。12曲入っててさ、50分。あるんだけど。売れたわけじゃないんだけど。初めて身内じゃなくって、知らない人に音楽を褒めてもらってさ。新進気鋭じゃんか、って。嬉しかったなあ。知らないでしょ?興奮するのよ。知らない人に褒めてもらえるのって。

 

だけど、結局鳴かず飛ばずでね。辞めちゃったのよ。メンバーの間で熱量の違いもあったし。ツテで運よく就職できて、ふらふらしながらなんとか勤め上げてさ。広告作ってたんだけど。会社、体(てい)よく追い出されてね。今に至るっていうわけ。うん。このお店のホットドッグが好きでね。ソーセージは、ボイルだよね。やっぱり。皮がピンと張っててさ。歯触りが気持ちいいというか。朝からテンションが上がるよね。粒マスタードも効いてて。朝はやっぱり、これって決めてるんだよね。目が覚める。お姉ちゃんありがとう。コーヒーとホットドッグをありがとう。」

 

初老の男が、気分良さげに話していた。相手の女性店員は始終、にこやかに応対すると、客側からは見えないようにカウンター裏に接着されたボタンに手を伸ばした。

 

甲高いサイレンが鳴り響き、瞬く間に警察官が2名現れた。しばらくの事情聴取のあと、パトカーの後部座席に乗せられ、初老の男は消え去った。おべんちゃらを散々まくし立てていた男の、後ろの後ろに並んでいたオザキは、あの娘、最近、掃除機のシーエムに出ていた気がする。と声帯の弁の、寸前まで出かかった言葉をごくり、と嚥下して、無表情に努め、ホットコーヒーを注文した。危ないところであった。順番次第であった。危ないところであった。

 

 

西暦2050年、日本の少子高齢化および人口減少は、30年前の予測を大きく上回るペースで進んでいる。格差社会の拡大に歯止めが効かず、生むな、増やすなのジリ貧の人口体系はもはや手のつけようのない惨状である。原因は複雑に入り組んでいるがひとつ挙げられるとするならば、「声かけの厳罰化」であった。見知らぬ人へ声をかけ、受け手が「不快」と判断した場合、問答無用で通報されお縄となる。先ほどの、外食店の店員に対しての物言いが顕著に危険である。注文をとるハンディや、カウンターの裏側にアラートボタンが搭載されていて、「店員さん、あなたは容姿がいいですね。」なんか、一発、である。

 

むろん、ここで「店員さん、あなたは容姿がいいですね。」と直撃にそのまま発話する人間がいたのであれば薄ら寒いことこの上ないが、要は「お兄ちゃんキマってんな」「お姉さん、美人ですね」などの軽々しいやりとりが対象となる。SNSでも同様であって、

 

「こんばんは(三日月の絵文字)○○チャンは元気カナ!?(汗をかいた笑顔の絵文字)久しぶりにオジサンとご飯でもどうカナ?!(親指を立てる絵文字)○○チャンの頑張りをねぎらって、高級イタリアン(スパゲッティを絡めるフォークの絵文字)を予約したヨ!(意味不明に笑う太陽の絵文字)」

 

というメッセージを若い女性に送ったとされる一部上場企業の会社役員に、懲役8年の実刑判決が下った。

 

世の半数以上を占める中壮年から高年層は、我枯れゆくのみと大人しくなり、その姿を見て育つ数少ない若年層にも活気が生まれず、恋愛をすればいつ自分も地雷を踏んでサヨウナラしかねないと奥手が極まった結果の惨憺たる有様で、未来にまだ価値を見出している者は海外に流れ、日本は大都市、地方問わず曇った雰囲気の蔓延するしなびた場所になっていた。

 

オザキはホットコーヒーをすすりながら日課のパズルゲームに勤しんだ。もう30年も前にリリースされた、いわゆる「ソシャゲ」だが、同じものを乗り換えもせずに細々と続けている。警備員、ライン工、土木作業員などの単純作業・力仕事のたぐいは大量生産されたロボットたちに取って代わられ、働き先もなく国からのいくばくかの補助で糊口をしのいでいる。家でパズルゲームをするとあっという間に格安プランの通信制限にやられてしまうので、どうしても無料電波の入る施設で遊ぶしかないのだ。暇つぶしの手段としてはパチンコやメダルゲームもあるにはあるが、生来ギャンブルに手を染めることがなく、勇気の持てぬままにここまで来てしまったから今更踏ん切りがつかない。

 

守るものといえば己自身の命と体のみのくせに、その命と体が惜しくて惜しくて仕方がないのである。パズルゲームのコンボが繋がれば繋がるほどに微弱に流れる脳内電流に末端まで支配されている。だが、そんな生活を辛い、さもしいと感じる器官がとっくの昔に麻痺しているからその辺りは案外平然としている。

 

そんなオザキの生活に変化が訪れたのはこの春のことだった。行きつけのカフェチェーンに、胸の名札に若葉マークの刻まれた若い女性のアルバイトが入店してきたのである。30年前、まだインテリア用品の小売店に社員として勤務していたころに入社してきた後輩にそっくりだった。明るく元気で誰にでも愛され、すらりとした長身に黒髪が眩しかった。オザキは、天女(てんにょ)じゃん、あるいは、ふつくしい(うつくしい)っすね。と心の中ではしゃぎ、品出しを手伝ったり、社用車で家まで送ったりと、むやみやたらに接近した挙句、その後輩が転職するきっかけとなり、この世に存在しているすべてのSNSでブロックされた。国交断絶である。その日からオザキは異性交際と縁を切った。

 

気まぐれにインターネットのビデオチャットに手を出したこともあったが、ツーショット1分250円という法外な請求で破産しかけて、やめた。何が面白いんだよこんなもの、とわめきながらカップの味噌ラーメンの底にたまった味噌にむせ、のたうちまわるほど咳き込んでいるうちに30年が経過していた。

 

そんなはずあるか、と思われるかもしれないが、そんなはずはない、と思いたいのはオザキのほうがよっぽどそうなのであるから始末に負えない。冷蔵庫には3パックつづりの生ハムがある。1枚1枚食べていたら2パック半ぐらいで気持ち悪くなってきた。しょっぱすぎて。しかも30年が経過していた。どぉなっちゃってんだよ。マンションマンション。

 

天女(てんにょ)がアルバイトしてるじゃないですか、と、春であった。オザキも、テレビで掃除機のシーエムを観た。「新生活応援!」という桜色のロゴがディスプレイから飛び出てきた。確かにあの娘に似ていた。無意識は恐ろしい。つい思いついたことを、生(き)のままで口から出しそうになってしまう。前の前に並んでいた男がしょっぴかれなかったら、自分がそうなっていただろう。60歳をすぎると、脳と声帯の間にある弁に張りがなくなり、思考・思案・思念が垂れ流しになってしまう。おそらく前の前の初老の男も、同じ病理を抱えていたのだ。

 

 

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