シンデレラはよく笑うようになりました。生活をモノクロからカラーに変えるには、ストレスの除去がいちばんです。家のクローゼットに大量に詰め込まれていた、女どもが遺産にものを言わせて収集した高価なドレス、化粧台の引き出しのコスメなどで身を飾り、街に出るようになりました。元々の素材は城下町中のどの女にも引けを取らないほど優れており、またずっと家に閉じ込められていたのもあって、男どもは「あれ、どこの娘」「遊ぼう」「4頭立ての馬車でエーゲ海に行こう」などと急にシンデレラをちやほやし始めました。シンデレラは「ステキ。楽しい。毎日がスペシャル」とスキップしながら過ごしました。

シンデレラの美貌の評判は、やがて城の王子の元へ届きました。うわさを聞きつけた王子は、シンデレラの住む家に従者を引き連れて突然現れました。ちなみに、シンデレラによって殺された4名は、きちんと処理されて近くの小川に棲息している鮒や海老の餌になっていました。

「やあ、突然すまない。キミがシンデレラかい?さすがに城下町中で評判の美人というだけのことはある。よかったら今晩、余の城で催される舞踏会に来ないか?一等の待遇を用意するよ」

王子は容姿端麗・眉目秀麗でいわずもがなの大金持ちですが、こと政治的手腕がなく、悪政を敷き国の疲弊を招いていました。貧富の差はどんどん広がり、上流階級を手厚くもてなし、貧民たちはその日を暮らすのに精一杯でした。シンデレラは、「これが周りの人々を苦しめている男の面か。成敗せねばならないのではないか」と歪んだ正義感の炎を灯らせました。

「まあ、光栄です。王子殿下自らご招待に来ていただけるなんて。私も是非出席させてください」

シンデレラは二つ返事で了承しました。「この世をお洗濯しなければならない」と考えながら。

 

夕暮れ時になりました。西の空に真赤な太陽が沈んでいきます。

「やあ、アンタ、とんでもないことを企んだもんだね。どうやらアタシはとんでもない化け物を生み出してしまったようだ」

「ええ、でも私、いいんです。多分ですけど、一回まったくきれいにしないと、良くならないものってあると思うんです」

「だからって、やりすぎじゃないのかい?」

「日和っているんですか?魔女なのに」

「結局、アンタに待っているのは破滅だよ」

「そうかもしれません。ただ、不幸な人生でしたから。ゆるやかに破滅するか、自分の思うがままに破滅するか2つに1つなら、私は後者を選びます」

「……わかったよ。そこまで言うなら、最高の装備を用意してやる」

この前のように魔女が杖を一振りすると、見たこともない真っ赤な乗り物が庭に現れました。

「これは一体なんなの?」

「プジョー508だよ。コンパクトだけど頑健にできている。アクセルやブレーキ、ステアリングの自動アシストもついているから運転初心者にも安心だ。まあ、これも本来は運転するために資格がいるんだけど」

シンデレラは一通り魔女から運転操作を学ぶと、右腕一本でバックしながら物置と花壇の間に駐車できるようになっていました。こと、殺しにまつわる技術に関して異様に飲み込みが早いのでした。

「じゃあ、行っておいで。荷物はこれに詰めるんだ。それに当然、武器をそのまま城の中に持ち込むわけにはいかないから、この小型化カプセルに収納して持ち運ぶんだよ。スイッチを押せばボン、で目の前に原寸大で現れる」

「了解です」

シンデレラは、水色のドレスを身に纏い、プジョー508のトランクに銃火器類を詰めると、土ぼこりを撒き散らし、颯爽と城に向かいました。馬車の横を真っ赤なスポーツカーが駆け抜ける様に町中の人々は腰を抜かしました。プジョーはうなりを上げながら、城の正門前に横付けしました。衛兵たちも当然面食らいましたが、威風堂々と名乗り、王子じきじきの招待である旨を告げるとすごすごと門を開けました。今から”事”を成し遂げんとする人間の覇気には鬼気迫るものがあります。

城の正面には、黄金の時計が燦然と輝きを放っています。中に入りまず天井を見上げると、オリンポスの神々をモチーフにした巨大な絵画が飾られていて、大理石でできた立派な彫刻がこちらを見つめております。鏡張りの大広間に進むと、いくつものシャンデリアが虹色に輝き、葡萄酒を飲みながら乳や股間をまさぐりあっている男女を照らしているのでした。シンデレラは「サーチング、シーク・アンド・デストロイ、サーチング、シーク・アンド・デストロイ」と頭の中で何度も繰り返していましたが、そんな感情はおくびにも出さずにこやかに振る舞っていました。この豪華な一夜に費やされる金銭で、貧乏な子どもたちを何人救えるだろうか。

「やあ、来てくれたんだね。どうだ、夢のように華やかだろう?庶民にはまったく縁のない世界だ。シンデレラ、君は一際輝いている。特別に私の寝室まで来て、二人で飲まないかい?」

「えっ、よろしいのですか。王子殿下と二人きりになれるだなんて……。そうとわかっていれば、もっとおめかししてくれば良かった」

「いや、君は十分に美しい。余計な装飾なんか不要だ」

「なんて嬉しい言葉」

シンデレラは、自分でもよくもまあ思ってもいないような台詞をスラスラと言えるものだと苦笑しそうになりました。何人かの使用人とすれ違いながら、王子の後につき、廊下を渡り、階段を上ると王子の寝室に辿り着きました。塵一つ落ちていない、清掃の行き届いた部屋でした。壁には、歴代の王様の肖像画がずらり、と飾られています。先祖に見守られながら寝起きするのって気味が悪くないのか、とシンデレラは思いました。

「さあ、入って。シャンパンを用意させるから、少し待ってて」

「こんな豪華な寝室、落ち着きませんわ」

「まあ、すぐに慣れるさ」

しばらくすると、使用人がシャンパンとグラスを持って部屋に入ってきました。使用人はシャンパンのコルクを手際よく開けると、うやうやしくその場を後にしました。

「じゃあ、二人の夜に乾杯」

「乾杯」

「シンデレラ、これを履いてみてくれないか」

王子は、机の上に置かれていたハイヒールを持ち、シンデレラの足元に跪きました。ハイヒールはガラスで出来ており、とても普段使いできるような代物ではなさそうでした。

「これはなんですか?」

「俺はこのガラスのハイヒールを履ける女性を妻に迎えると決めていてね。一度その美しい足を通してみてくれないだろうか」

シンデレラは、気持ち悪いなこいつ、と胃液がこみ上げそうになるのを堪え、一旦は要求を飲みました。シンデレラの足は、吸い込まれるようにガラスのハイヒールに収まりました。

「素晴らしい。流石俺の見込んだ女だけのことはあった。これで君の愛くるしい足をいつでも堪能できるよ」

「まあ、恥ずかしいですわ」

まだまだ”フェチ”や”偏愛”なんて概念のなかった時代ではありましたが、王子はいわゆる足フェチでした。透明の靴を履いた女性の足の裏や蒸れに性的興奮を覚えるのでした。シンデレラは漠然とした嫌悪感と、「ガラスでできたハイヒール」にいくらお金を費やしているんだろう。ここにも無意味が溢れている。と沸々と怒りを募らせました。

「よろしいでしょうか。王子殿下」

「なんだい、シンデレラ」

「こんな豪華な舞踏会を、毎晩開いていらっしゃるのですか?きらびやかな装飾具をいくつも所有していらっしゃるのですか?」

「ああ、そうさ。財産は使うにこしたことはない。遊べるうちに遊んで暮らすのがもっとも賢い選択だ」

「王子は、貧しい民たちのことをどうお考えですか?日々の暮らしさえもままならないような子どもたちのことを」

「シャンパンが不味くなるな。しけた話をしないでくれよ。政治と道楽は相性が悪い。俺は俺が日々を快適に送れれば、それでいいんだ。王子に生まれた災難は、政治について考えなければならないことだ」

「政治に殺されている民も、たくさんいるのですよ」

「何が言いたい?」

「政治に殺されなくてはならないのなら、私が政治を殺します」

寝室が白煙に包まれました。目を眩まされた王子はひるみ、薄々と視界が開けてくると、耳障りの悪い金属音が鳴り響きました。回転する刃を携えたシンデレラが、王子を睨みつけていました。

「な、なんのつもりだ。ていうかそれはなんだ。どこから持ち込んだ。ていうか危ないから下げなさい」

「この国を腐らせる者は、私が成敗します。それではさようなら」

グリップを何度も何度も、何度も何度も引き、火花を上げながら回転する鋸が王子を垂直に裂きました。

「うぎゃああああっ!」

二手に別れた王子たちは、左と右によたよたと歩き、倒れました。最期のダンスでした。

王子の騒ぎを聞きつけた使用人たちが続々と部屋に押し寄せましたが、全員がサブマシンガンの餌食になりました。シンデレラは、一度掃除を始めると、徹底的にやらねば気が済まない性格でした。

元来た道を引き返し、もうすでに葡萄酒でぐでんぐでんになっている参加者たちの群れを今度はレールガンで一掃しました。若い男も若い女も、おっさんもおばさんも、じゅっ、と微かな音を立てて跡形もなく消えました。数千万という金額があぶくとなって消えました。シンデレラが感じていたやるせなさ、侘しさは、遡ること4世紀ほど前の日本人が「諸行無常」と表現したそれとリンクしていたといいます。

つい先程まで、喧騒に包まれていた大広間でシンデレラは立ち尽くしました。これで余った財産が、人々に行き渡ればいいなあ、と考えていましたが、もうすでに全身が疲労と達成感で満たされており、一歩も動くことができそうにありません。すると、ざっざっ、とけたたましい足音とともに、マスケット銃を携えた大勢の兵隊が大広間に雪崩れ込んできました。シンデレラは、ふらふらと、最後の力を振り絞りレールガンの銃口を兵隊に向けました。

その時、24時を告げる鐘が、城中に響き渡りました。