zenra

 

 

 

町のはずれに、小さな家があった。 
そこには、一切の生活を全裸で過ごす”哲人”が住んでいた。 


「だれでも全裸で生きることができる」


どこかで彼のそんな言葉を知った”青年”は、

強い興味と反発を抱えて哲人の家の戸を叩いた。 
全裸を巡る対話はここから始まる。

 

 

cap01

哲人
よく来てくれましたね。さあ、座ってください。
暖かいコーヒーを煎れましょう。今夜は長い夜になりそうですから。

 


青年
かねてより先生のお噂は聞いていましたよ。
町のはずれに、毎日を常に全裸で過ごしている風変わりな男が住んでいると。
なるほどたしかに噂は正しかったようだ。
先生は僕を前にしても、一糸纏わぬ素っ裸なのですね。

 


哲人
ふふふ。
今夜は話があってはるばる来てくださったそうですね。

 


青年
先生を論破しに来たのですよ!
あなたは毎日を徹底して全裸で過ごし、それを誇っている。それどころか、
「今すぐ誰でも全裸になれる」などとのたまっている。

僕はそれが我慢ならない。だから馳せ参じたわけです。
今日はその鼻っ柱を折らせて頂きますよ。

 


哲人
なるほど。ではまず、あなたの立場を聞かせてください。
あなたはなぜ全裸にならないのですか?

 


青年
なぜ全裸にならないかですって? ご冗談を。
それが社会の規範であり、ルールだからです。
僕は、外に出るときには必ず服を着るように親に命令されてきました。
誰だってそうでしょう?

 

 

哲人
「ルールだから脱ぐな」ということですか。

 


青年
そうです。あなたはその明快なルールを犯している!

 


哲人
私の全裸学では、その考え方を認めません。

 

 

青年
でもあなたは現に服を脱いでいる!
それはお認めになりますね?

 

 

哲人
認めません。

 


青年
なぜです!

 


哲人
私は服を「脱いでいる」のではなく「着ていない」からです。
あなたが私を「脱いでいる人」と認識しているのは、
従来の脱衣論的常識に囚われているからなのです。

 


青年
それは詭弁ですよ!
「脱いでいる」のではなく「着ていない」?
順序を逆にしただけではないですか!
哲人がとんだお笑いだ。あなたは淫らなソフィストですよ。

 


哲人
いいえ。これは大きな違いです。
「脱ぐ」という矮小な感覚に囚われることから脱すること、
それ無しに全裸ライフは歩めないのです。
今すぐに理解するのは難しいかもしれません。
でも夜は長い。じっくりと語り合いましょう。

 

 

 

fukukina

 

 



若い青年は哲人の態度に憤っていた。
なんとしても彼を言葉の力で屈服させ、
裸の上に衣を着せてやりたいと思っていた。
静かな書斎の中で、ふたつのコーヒーの湯気が立ちのぼる。
それは対話の始まりを予感させた。

 

 


cap02



青年
先ほどの「『脱いでいる』ではなく『着ていない』」という言葉が
単なるレトリックでないのなら、
どういう意味なのですか?

 


哲人
あなたが私の裸体を見て「脱いでいる」と思ったのは、
あなたが着衣の共同体に属しているからです。
動物は裸ですが、犬を見て「服を脱いだ犬だ」と思いますか?

 


青年
人間と動物は違います!
いいですか。人間らしさとは文化を持つことです。
その中には衣服の着用も含まれています。
先生は陳腐な比喩で人間の尊厳を貶めるおつもりですか!

 

 

 

fukukina04

 

 


哲人
では、服を着ていない人間は人間ではないということになりますね。
違いますか?

 


青年
そ、それは……

 


哲人
私には、あなたのほうが人間の尊厳を貶めているように見えます。
全裸学には「私という衣服を脱ぐことはできない」という言葉があります。
着ているもので測れる尊厳など、たかが知れています。

 

 

 


cap03

 

 

青年
人間性と衣服は無関係。それは認めましょう。
しかし、だからといって、それが全裸生活を推奨する理由にはなりません。
まったく、理解に苦しみますよ!

 


哲人
「着衣の共同体」の話をしましょう。
あなたは服を着ている人たちの共同体の中で生まれ、育った。
だから、それが「当たり前」だと思っている。
ゆえに私が目の前で諸々をもろ出しにしていることが許せない。

 


青年
ええ。ええ、そうです。目のやり場に困ります。

 


哲人
いいですか。シンプルに考えてください。
誰しも生まれたときには全裸だったのです。
あなたは「共同体の論理」に支配されているから、それを忘れている。
自由になりたいのならーー裸になりたいのならーー
服を脱ぐ前に、 常識という衣服を脱ぎ捨てるのです。

 


青年
常識という衣服?

 

 

 

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哲人
そうです。
ある意味、パンツよりも脱ぐことがはばかられる衣服です。
しかし「勇気」を出して脱がなければ全裸イフ(全裸ライフ)は始まらないのです。

 


青年
ハハッ。ついに馬脚を現しましたね!
先生、あなたが言っているのは単なる精神論です。
「勇気を出せ」と言うのは簡単ですよ。
でも、それができたら苦労しません。

 


哲人
できることからやればいいのです。
大切なのは「脱ぎたい」という思いなのですから。
まずはパンツを履かず直にズボンを履いて通勤するところから
始めてみたらどうでしょう。

 


青年
パンツを履かず……?
先生、あなたは悪魔のようなヌーディストだ!
淫猥な言葉で若者をたぶらかし、堕落させようと企んでいる!

 


哲人
たしかに、着衣共同体の論理に従えばそうでしょう。
私自身、あえて全裸に首輪と靴下だけ着用して出歩くことがあり
そこに性的興奮を覚えていることは否定しません。
ですが、これだけは意識してください。
着るからこそ、脱ぐことが猥褻性を帯びるのです。

 

 



暖炉から薪の焦げる音が聞こえる。
夜はますます深まるが、青年の目は冴えわたっていた。
哲人の言葉には危険な魅力があった。
だからこそ青年は彼に反発した。
「論破してやる」 青年は密かに唾を飲み込んだ。

 

 

 


cap04

 

 

青年
ええい、騙されません。騙されませんよ!
どう言い訳しても、全裸イフには無理があります。
社会がそれを許してはくれませんからね。
せいぜい家の中では全裸で生活する長嶋茂雄スタイルが限界でしょう。

 


哲人
全裸学には「周りがみな服を着ていても関係ない。お前が脱げ」という言葉があります。
まずは社会の目という幻想を捨てて「勇気」を持つことです。

 


青年
また「勇気」が出てきましたね。
先生、それは理想論というものですよ。
僕は貧相な身体をしているし、恥をかくのが怖い。
先生と僕とは違うんです。
まずそれはお認めになってください。

 


哲人
認めません。

 


青年
なぜ!

 


哲人
あなたは「脱ぎたくない」という目的のために、
「脱げない理由」を作り出しているのです。
そうすれば服を着ていて済むし、
笑われる心配も無くなりますから。

 


青年
くっ……

 


哲人
しかし、竹下通りを全裸で疾走できない人生は
本当に幸せといえるでしょうか?

 

 

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青年
……わかりました。白状しましょう。
僕は怖いのです。恐ろしいのです。
全裸を公衆の面前にさらし、あざ笑われるのが!

 


哲人
では、脱いでみたらどうですか。
今、ここで。

 


青年
えっ?

 


哲人
ここには私以外誰もいません。
私はあなたの裸体を見て笑ったりはしないと誓いましょう。

 


青年
し、しかし……
ここまで年の離れた男性に裸を見せたことがないので
どうしていいのかわかりません。

 


哲人
シンプルに考えるのです。
裸になるには、服を脱げばいい。 

 

 

 


青年はおずおずとシャツのボタンを外し始めた。
脱ぎながら哲人のなめ回すような視線を感じ、
青年の頬は次第に紅潮していった。
ついに青年は生まれたままの姿になった。
今まで彼を苛んでいた羞恥は、意外にも心地の良いものに変わった。

 

 

 


cap05

 

 

哲人
ふふふ。
やっと若者らしい肉体をお見せしてくれましたね。

 


青年
……やはり恥ずかしいですが、
同時に感じたことのない開放感もあります。

 


哲人
それが「勇気」です。
あなたは最初の一歩を踏み出すことができた。
さあ、裸のつきあいを始めましょう。
こっちに来て……

 


青年
はい……

 


哲人
おっ?

 

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青年
あっ!
あっあっあっあっあっあっ。

 


哲人
ん?
おっおっおっおっおっおっおっ?
おっおっおっおっおっおっおっ?

 

 

 kazoku

 


青年
あっあっあっあっあっあっあっ!
あっあっあっあっあっあっあっ!
あっあっあっあっあっあっあっ!

 

哲人
オーーーッ!オーーーッ!オーーーッ!
オーーーッ!オーーーッ!オーーーッ!


青年
ア~~~~~~~~~~~!
トラウマ克服~~~~!!

 

 

yuhi

 


哲人
あどらぁ~~~~~~!!!

 

 

 

 

 

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警察
警察だ!
風俗営業法違反で逮捕する!
おとなしくしろ、この変態野郎!

 

 


哲人は警官に挟まれ、全裸のままパトカーに乗り込んでいった。
最後に哲人が叫んだ言葉を、青年は聞き逃さなかった。
「裸でなにが悪い!」
いまや青年の心の内には勇気の炎が灯っていた。
彼も裸だったが、寒くはなかった。

 

「だれでも今すぐ全裸になれるのだ!」
青年は町へと走り出したーー

 

 

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tayori


(おわり)