かのSF作家、アイザック・アシモフはこう言った。
「人間は無用な知識が増えることで快感を覚えることができる唯一の動物である」と…

 

 

このセリフを聞いてピンとくる人は多いはずだ。そう、トリビアの泉という番組の冒頭部分だ。
わからない人は実家に帰ればラベルに「トリビア」とマジックで書かれたVHSが戸棚に絶対あるので見直してほしい。

 

15年くらい前、僕は中学生で、学校から帰って来たらすぐにテレビを付け、二つ下で小学生の弟と深夜まで番組を見るのが日課だった。
中でも僕らがハマってたのが『トリビアの泉』だ。CMに入るたびに「お願い!まだ終わらないで!」と目をつぶって天に祈り、ゆっくり薄目を開いて時計を見て「わっ!これもう次のコーナーで終わりじゃん…」と凹むほど好きだった。

 

そんなある日。

 

学校から帰った僕は麦茶を片手に弟と共有の部屋へ向かった。今日は水曜日、9時からトリビアの泉が始まる。しかし、新聞のテレビ欄を見て思わず叫んだ。

 

「今日トリビアないじゃん!」

 

特番が入っていて、トリビアの泉が放送休止の日だったのだ。
トリビアの泉を見ながら「へぇ」とか「知ってた」とか言い合うのが何よりの楽しみだった僕ら兄弟は大いにがっかりした。

まぁ、ワンナイとココリコミラクルタイプがあるからいいか……と心の整理をつけたとき。

 

「お兄ちゃんちょっといい?」

 

と、弟が一言。

なんだろ? と思う僕の返事を待たずして、

 

 

「ホーテービーアー」

 

 

弟が冒頭のコーラスを歌い始めた。

何が起こった? ホテビアって何?

「さぁ始まりました。ホテビアの泉へようこそ。この番組はー」

…八嶋智人だ。ちゃんと真似までしてる。

 

「それでは参りましょう!まず、最初のホテビアはコチラです。ッパァアアーーン…」

SEも律儀に真似するんだ。

 

「東京都、ペンネーム 布袋寅泰大好きさん、56歳からのトリビア」

トリビアを送ってきてくれた人の紹介も律儀に真似する。

 

「あ、布袋だ!カッケー!!」

トリビア紹介に入る前の映像に対してリアクションを取るビビる大木の真似をすんな。誰がわかるんだ。

 

「…『布袋寅泰は、娘の愛紗(あいしゃ)が風邪で病院に運ばれて治療を受けている間……野球観戦をしていた』」

嘘こけ。滅多なことを言うな(あとで調べたらそんなエピソードは無かった)。

 

「へぇへぇへぇへぇへぇ~………へぇ~」

遅れて「へぇ」してるやつがいる間とかいいんだよ。

 

「実際に聞いてみた」

おい

 

「…はい確かに。私、布袋寅泰は娘の愛紗が風邪で病院に運ばれて治療を受けている間、野球観戦をしていました」

布袋本人に聞いたのかよ。ホテビアって布袋のトリビアかよ、しょうもねえな。っていうか、布袋そんなに好きだったのかよ。
マジで一人で何してん……アハ、アハハハハハ!!

 

 

トリビアのない、本当なら退屈な日。
その部屋には出鱈目なホテビアを次々に放出する小学生の弟と、わけもわからず笑い転げている中学生の兄がいた。

思いつく限りのホテビアを撃ち尽くした弟が、弾切れを起こして最後にひねり出したホテビアは「布袋寅泰は…ギターが…上手」だった。

 

その後、思春期に入った弟はお笑いより音楽にハマり、ホテビアを披露してくれることは二度となかった。
「笑い」と「音楽」。この二つが弟の中で重なっていた時期に偶然生まれた「ホテビアの泉」。

 

また、見たいな。

 

 

 

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