無知というのは罪だ。
人生の大事な決断を強いられた時、無知が故にその選択を間違える事がある。今回はそんな話。

ある日、僕は想いを寄せる女性と会っていた。

季節は秋と冬の丁度境目で、コタツを出すのはまだ早いとエアコンを弱でつけ始め、それもなんだか後ろめたいような気持ちで温風(ぬっぷぅ)をあびる。そんな頃。

その日のデートは滞りなく進み、さぁここらで解散にしようか。みたいな感じになっていたが、なんだか別れるのが寂しくて僕達は深夜の住宅街を当てもなく歩いていた。

気まずく、話すことも無くなってきた。どうしよう…でも…そんな時だ。

 

彼女がふと、足を止めた。

 

え?っと思い彼女の方を見ると、なんというか斜め下方向を向いていた。がっかりしてるようでも無く、だからといってまっすぐ遠くを見ている訳でもない。PS版のバイオハザードで横になってるゾンビに銃口を向ける時と同じ角度で地面を見ていた。

 

その時、何とも言えない異様な空気が辺りを充満した。僕は何かアヴァンチュールな事が始まってしまうのかと、ドキマギしながら彼女の方を見ていた。すると彼女が恥ずかしそうに、

 

「月が、綺麗ですね…」

そう言った。

 

 

僕は、

イミフだった。

 

翌日、「月が綺麗ですね」と言うのは、夏目漱石がI love youを翻訳した時の言葉と教えられて顔が真っ赤っ赤になるのだが、
僕はそんな日本人の淑やかで詩的な言葉なんてしらん。

 

 

でも当時は本当に意味不明でその場で固まった。だが、次の返答次第ではお互いの関係が無くなりかねないし、逆に良いように転がるかも知れない。
と、バカな僕でもわかった。

ピンチはチャンスだ。一般人なら問1の問題かもしれんが、こちとら1問100点の大問題だ。時間は残り1秒!あくせくするな!ヒントは絶対問題文に潜んでいる!!

「月が綺麗ですね」と言った女性は寝てるゾンビを見ている様な視線。その先には何もない。止まれの「れ」の字もありゃしない。

わからん…付き合いたい!!…あぁ、終わる…やだ!!

 

 

自身の未来を知った僕の風貌は
一瞬にして百余年が過ぎたかのごとく変わり果てていた
その間脳裏では
過去の一切が高速で雑然と流れ、その直後弾け散り
現在と混ざり合った。

 

「一言」

 

性への執着と
不可避の死との境界で
かつてなくめまぐるしく働いた脳細胞が導き出したのは
通常であれば選択し得ないものだったーー

 

 

 

「月が…綺麗ですね…」

 

「確かに!!!!!」

 

僕は、月を見上げて共感を叫んだ
コレでいい…コレが最適解だ…

 

彼女の方を見ると、彼女もコチラを細い目で見ていた。そして一言こう言った。

「声デッッカ。深夜の住宅街だよ?何考えてんの?」

それからその人と会ってない。ラインもブロックされた。ていうか夏目漱石って誰?総理?バーカ。

 

 

 

 

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