サラリーマンをしていた頃のいや〜な記憶を、今でもたまに思い出す。
ふとした時にフラッシュバックして、その度に大声で「ッッワアア!」と叫びたくなる日がある。
ある時、僕の些細なミスで得意先を激怒させてしまったことがあった。僕が連絡を先延ばしにしていたという初歩的な話だが、それが得意先の逆鱗に触れたのだ。
「お前じゃ話にならない。上のもんを呼んでこい」
Oh, My God…
サラリーマンにとって、得意先のこの言葉は何よりも重い。
後日、課長を連れて先方に謝りに行くことになった。
社会ではよくある話だが、まだ新社会人だった僕にとって、大人がマジでキレる姿と僕のせいで上司が頭をさげる光景は相当身にこたえるものがあった。
やっちゃったなぁ……
その夜、事後処理を終えげっそりと退社する僕を、課長が呼び止めた。
「飲みに行かないか」
Oh, My God…
サラリーマンにとって、上司のこの言葉は何よりも重い。
第2ラウンドのゴングが鳴った。
課長が案内したのは、ジャジーな音楽の流れる居酒屋の個室。
はいはい、なるほど。これは静かにキレるパターンだ。がっつり怒るハードパンチャーならガヤガヤした大衆居酒屋を選ぶしね。個室ってことはボディを責められてじわじわ効いてくるタイプのお説教だ。
あぁ…なんであんなミスしたんだろう…
おざなりに頼んだビールを遠慮がちにすすっていると、ゆっくりと課長が口を開いた。
「あんなの気にすることないぞ。今日は災難だったな」
あれ?
お怒りではない…?
課長は笑いながら続けた。
「あんなミス誰だってやらかすもんだ」
「俺なんかもっとひどい失敗したことあるぞ」
「俺が頭をさげて収まるならいくらでも使ってくれ」
びっくりするくらい良い上司だった。
誰だ、ボディを責めるお説教なんて無礼な邪推した奴は。
憔悴しきっていた部下の心に的確な言葉をかけてくれる。すごいぞ課長。俺、一生あなたについていきます。
次第に僕の緊張も解け、課長といろんな話をした。
課長いわく、社会人たるもの勉強のために読書を習慣にした方がいいらしい。
「課長も何か読んでるんですか?」
「おお。最近いい本を見つけてね。日々の参考にしてるんだ」
そう言うと課長は一冊の本を取り出した。
表紙にはおどけたイラストの上に大きくタイトルが記されている。
マジか。
それ俺の前で見せていいヤツじゃないだろ。
「課長…それ…」
「ん?」
「いや…」
「…あ!!!」
「違う違う! お前がバカってわけじゃなくてね!」
「そうですよね! いや、そうですよねって僕が言うのもおかしいか、なんだろコレ!」
「こんな本あるんだな〜っていう興味でね!」
「そう! そんな感じですよね!」
「使いこなすとかじゃなくて! なんかこういう考え方もあるのか的な!」
「わかります! わかります!」
あの後の気まずい空気…
居心地の悪い個室…
そそくさと会計する課長…
ッッワアア!