皆!

 

突然だけどさ!現代人ってなまっちょろいよな!

便利な文明に甘えきってさ!本心を隠すように賢く生きようとしてさ!

 

人間としての本能はどこにやっちまったんだよ!

かつて野山を駆け巡って命を頂いていたあの頃のように!ありのままに生きるべきじゃないのか?!

 

セコく儲けてるヤワなインテリだの、セレブだの草食系だの、訳の分からん奴らはぶん殴ってやる!

俺達は人間のあるべきように生きるべきだ!今こそ本能を取り戻すぞ!

 

 

 

人間が本能のままに生き始めたら悪い意味での弱肉強食。個々の闘争を勝ち抜かなければ生きていく事すらままならない世界を望んだりはしない。

でも、ちょっとだけワイルドになりたい。本能的な何かを追い求めたい。

そういう気分になりたい瞬間もちょっとはある。

 

……例えば、でっかい肉を食べるとか。

網の上にカルビを並べるとかじゃなくて、もっと野性的な……

 

――そうだ。獣の丸焼き。

 

丸焼きを食べに行こう。

 

今日お伺いするのは神楽坂にある『草原の料理 スヨリト』様。モンゴル料理のお店だ。

モンゴルといえば。今日は羊の丸焼きを食べる

モンゴルの遊牧民にとって、扱い易い羊は生活に欠かせない家畜であり、毛皮から肉までその生命の全てを余す事なく利用するという。

 

余すことなく味わう文化。心惹かれる響きだ。紡がれてきた伝統の中で積み上げてきたのだろう、羊を美味しく頂く技法の存在を感じる。

沖縄では「豚は鳴き声以外全て食べる」というが、それに似た信頼がモンゴルの羊料理にはある。

なお、モンゴルで代表的な羊料理は「チャンスンマハ」という羊の塩茹でだという。なんの誤魔化しも効きようがない塩茹でが好まれているのだから、日頃からよほど美味い羊肉を食べているに違いない。

 

「ここか……」

 

オモコロ編集長の原宿。何を隠そう、彼こそがこの会の発起人である。

 

編集部とライターのチャットルーム、なんの脈絡もなく貼られる食レポのURLと「20人集めるので食べましょう」という誘い。

それからあれよあれよという間に日程が決まり、予約を取り付け、参加者を集めた。

「行きたい」という願望から人をまとめ、「行こう」に持っていける行動力と豪胆さ。「長」のつく役職として求められる素質はこういう事に違いない。

原始時代、部族の男達を引き連れてマンモスを狩りに行っていたのは、きっとこのような男なのだろう。

 

ちなみにだが、「丸焼き」への思いを募らせているのは一朝一夕の話ではない。

この記事が掲載される前年の10月頃、このサイトに「北京ダックを自作する」という記事が掲載されているのだが、その際に食べた丸焼きのアヒルの味に甚く感銘を受けていたらしく、その感動を当時の日報に記していたりもした。

 

 

その後は事あるごとに「丸焼きを作る」という記事の執筆を提案していた。手間やスケジュール等、諸般の事情で手を拱いていたところ、とうとう痺れを切らしたのか今日のこの会に及んだ。

あの日、心の中で何かが頭をもたげたらしい。もしかすると、誰よりも一歩先に本能が目覚めているのかもしれない。

 

そして今日ここに集うは羊の丸焼きを食べようと集ったオモコロ関係者の有志達。
(顔出しをしていないライターもいる為、一部でぼかし処理が施されている事はご了承頂きたい)

インターネット住人の集いであるオモコロの中にも、本能のままに丸焼きに挑もうという一片の気概が宿っているのだと思うと心強い。

なお、この会は経費で落ちるとかそんな事はなく、各々が少なくない自腹を切る事を了承の上での集いであり、
「タダで肉が喰えるならいきます(笑)」という半端者は誰もいない。

狩猟や畜産を出来ない自分達が肉にありつける事に「対価」という形で感謝するのも、社会生活の中で役割分担を行う人類の本能とも言えるだろう。

今根拠0で適当な事を言っているので、いずれかの専門家からなんらかの叱責を受ける可能性がある。

 

羊の丸焼きを食べるとはいえ、それはメインイベントであり焼き上がりに時間がかかる。それまでにお酒と一品料理でボルテージを上げていこう。

 

羊の肩肉の串焼き。この店ではこれがお通し。丸焼きの前では、串焼きですら前座扱いだ(別に丸焼きを頼まなくともお通し)。

 

タマリスク(紅柳)という木の枝を用いた串の影響か、あるいはスパイスの味なのか、どこか梅や紫蘇のような香りを感じる。

 

そして柔らかく、癖がない。

サイゼリヤのメニュー「アロスティチーニ」によって羊の串焼きはぐっと身近な食べ物になったが、やはり専門店のそれは「違うな」と思わされる。

 

 

次いでじゃがいもの細切りや干し豆腐の冷菜、

 

そして「バンシ」。モンゴルでは日常的に食べられる餃子で、餡の肉は当然羊。荒く刻まれた肉は存在感を主張し、それでいて肉汁が弾ける程ジューシー。

 

(実際に弾ける肉汁を浴びせられる被害もあった)

 

「この餃子、ニラが効いてて旨すぎるっ!これはペロリだわ」

――写真を撮る前に食べきらないで下さい。

 

勇気のある者は「血の腸詰め」などに挑んでいた。食べた事がないと少し抵抗があるブラッドソーセージの類だが、やはり動物をくまなく味わう文化には血の料理は外せない。

食い物にそんな感想が許されると思うな。

 

酒とつまみ。否応なしに参加者のボルテージは上がっていく。
主催の原宿もつまみをバクバク行きながら上機嫌だ。

 

「……これ、サイドが美味すぎて、丸焼き食べる余裕ないかも」

――ちょっとそんな気はしていました。

 

その裏で、店員達が慌ただしくなる気配。

……来るのか。

その予感を肯定するように、そいつは現れた。

(ここから先、獣の形をそれなりに残した肉が出る為、苦手な人は薄目でご覧下さい)

 

 

推定10kg、子羊の丸焼き。

何日も前から漬け込まれ、じっくりと(見てないが恐らくそうだろう)火を通され、狐色に焼き上がった丸焼き。

 

通路を完全に占拠する形で現れたそれに、我々の退路は完全に絶たれた。

 

バチン、バチンと、まるで拘束を解くかのように、金網に固定する為の針金が切断される。

 

さぁ、宴の始まりだ。(もう始まってはいる)

 

まずは前脚側にナイフが突き立てられる。湯気と共に肉の断面が露わになり、こんがり焼けた狐色とジューシーな桃色のコントラストが映える。

 

その様子を食い入るように見つめるモンゴルナイフ。肉が手元に来る瞬間を今か今かと待ち構えているのだろうか。

ここってモンゴル料理の店だから……

 

あのナイフって『モンゴルで使われてるナイフ』じゃないですか?

――確かに。

はい!『モンゴルのナイフ』ですよ!

やったー!

 

……それはともかく、丸焼きから引き剥がされた前脚は手際よくバラバラにされ、宝石箱を模したような木箱に詰められた。

 

肉を待つ者達は既に飢えた獣と化していた。箱がテーブルに設置するまで大人しく出来る筈もない。一斉に群がる野獣の手。

 

肉に喰らいつき、噛み千切る。

 

「これは命の味だ」

 

スパイスや塩など、最小限の味付けを加え、骨から引き剥がすように味わう羊の肉。根源的な肉の旨さ。それでいて羊の癖はありつつも臭みは感じさせない調理の妙。

……「臭みを感じない」という褒め言葉は羊料理では頻出だが、冷静に人生を振り返ると「臭い羊肉」というのを食べた事がない気がする。マトンではなくラムしか食べた事がないせいか、あるいは現在の日本に流通する羊肉はある程度のクオリティが担保されているのか。

我々が前脚の肉を楽しんでいる間にも丸焼きの解体は進む。

 

続いては後脚。

 

前脚と比べ肉付きが良い分、より柔らかく、食べやすい部分が多い。瑞々しさを残しながら口の中で解れていくこの部位は間違いなく羊の丸焼きの目玉だ。

 

当然、餓狼達がそんな上質な肉を放っておく筈もなく、我先にと手を伸ばし、頬張る。

 

……皆手を使って食べているのは同じな筈だが、掌まで使い始めると途端に「野生」のイメージが湧いてくるのは何故だろうか。

MAN vs. WILDすらも彷彿とさせる。

 

続いて胸骨。いわゆるスペアリブ。

 

捌き方もワイルドさを増していく。「料理の提供」ではなく「肉の解体」。我々は生命だったものを取り分けて貰っているのだ。

 

一見、どこも食べる場所は少なそうだが、骨にへばりついた皮のような部分をべりべりと引き剥がして食べる事が出来る。

 

肉のジューシーさとは無縁だが、焼いた肉の香ばしさにフィーチャーした部位だ。

 

そうこうするうちに丸焼きは背骨だけが残った。

 

ベキベキ。

もちろん、ここも食べる。

 

こうして羊の丸焼きは、一片の欠片も残さず、我々の元へと差し出された。

 

皆、ただひたすらに肉を食べる。

 

一つの命を、同じ道を歩む仲間達と分かち合い、一心不乱に肉を喰らう。

 

骨に齧り付く。

 

骨の髄まで食べ尽くす。

 

そして酒。

友と、同志との間に、これ以外が必要だろうか。

これぞ原初の、本能のままの宴だ。

 

「おい!ヤスミノが凄いぞ!」

 

 

 

 

本日のベスト本能ニストはヤスミノへと贈られた。

 

後に残るは骨のみ。

総重量10kg。骨の重みもあるとはいえ、単純計算で一人頭500g。その気になればすっかりお腹の中に収まってしまう。

 

こうして丸焼きを食べる会は皆に程よい満足感を残し、幕を下ろした。

 

――お疲れ様でした。

丸焼きは生命感が凄い。後からじわじわと旨くなってきてる。

――記事、楽しみにしてます。

え?なんで?

――俺、原宿さんが昔書いた5キロの豚肉をオフィスに持ってく記事が好きなんですよ。またあのテイストの記事が読めるのが嬉しいです。

いや……?

――もしかして、他の人が記事書く方向で進んでます?

 

いや、書くのはストチャーでしょ?だからストチャーのチャットで声かけたんだけど

 

――?

 

ストーム叉焼(ストチャー)……↑こいつ。この記事の一人称。ずっと写真を撮ってた。

 

……?

じゃあ、後はお願いね。

 

……

 

 

 

 

鎮まれ……!

俺の闘争本能……!

 

※この記事にはフィクションが含まれます。この記事はストーム叉焼が自ら進んで執筆しています。

 

撮影協力・草原の料理 スヨリト

 〒162-0805 東京都新宿区矢来町82 ウィルズウェイ神楽坂

丸焼き以外にも様々な羊料理を楽しむ事が出来ます