「私の隣に住んでる人、親切すぎて困ってるの…」
思いを寄せる女性からの一言だった。
僕は、何を言ってるのか一瞬理解できなかった。
「親切ならいいだろ」と内心思っていたが、そうでもなく。
彼女の様子や仕草を見ているとどこか不安気で、本当に参っているよな感じだった。
「その…急で申し訳ないんだけど、今日泊まりに来てもらっても良い?」
本来ならしっぽを振って喜ぶのだが、心は変にざわつき、日の暮れた3月下旬は風が冷たく、ポツポツ雨も降ってきた。
「隣の人が親切すぎるって…?」
「うん…毎日何かくれるんだよね…」
「お裾分けか…肉じゃがとか?」
「ううん、肉じゃがの材料とか」
「材料!?」
聞く所によるとその隣人はその子にとにかく物を与え続けるとの事だった。毎日毎日だ。それは食器や食材、調味料から筆記用具まで。何から何まで丁度いらないものを渡してくるという悩みだった。
「昨日はやかんを3つも貰ったわ…」
これは相当かも知れない。
家に着くと隣人からの親切が部屋を圧迫していた。ユニットバスのアパートなのに風呂用の椅子と桶が大量に散乱している。
「これも?」
「そう…」
二人落ち着いてこたつに入り、先程買った飲み物等を飲んでいた。部屋は静かで何とも普通だったが、その普通が少し奇妙でもあった。
ピンポーーン
「…」
ピンポーーン
間違いない。親切な隣人だ。
「俺、出るよ」
どんなに親切だからといって女性の部屋に毎日毎日訪れるのは迷惑だし不気味だ。どんな奴だか知らんがここはガツンと言ってやらないといけない。
ガチャ…
「あら、どなた?」
扉を開けるとそこには60歳位で人柄の良い優しそうな女性が立っていた。
「あ、はい。彼女の友人です」
どんなキモい奴かと思ったけど…見た目には普通だ。
「そう~。じゃあちょうどいいわね。今日も渡したいものがあってね…」
そうだ。思い出した。この人は何でもかんでも物をあげる人なのだ。ここははっきり言わないと…と思っていたが、手には何も持っていない。
「でも…私色々考えたのよね…もしかしたら迷惑じゃないのかって…」
「先日お宅の部屋に伺った時、私があげた物がホコリを被って床を転がっているのが見えたの…本当に…ごめんなさい」
なんだか拍子抜けというか、少し可哀想だった。
この方からしたらその子は孫同然なのかもしれない。経緯はわからないにせよ女性の一人暮らし。心配するのも無理はない。それ故、親切が行き過ぎたのであろう。
「…大丈夫ですよ。彼女も嫌がってません」
湿っぽくなってしまった。こんな筈じゃなかったのだが…でも結果オーライだ。
「そう?それならよかった…」
うん
「そこで私考えたのよ」
うん?
「物で残るからダメなんだって」
え?
「だからー」
ちょっと待て
「今日から私、家に家庭教師を呼んでるの」
なんで?
「だからー」
だからー?
「その先生に大きーい声で授業してもらうから!それ聞いて隣で一緒に勉強しない!?」
するはずないだろ
…その後僕ら二人はテレビを見ながらお酒を飲んだ。隣の部屋から聞こえてくる公式等を無視しながら。
ちなみに手を繋ごうとしたら「それはいらない」と断られた。