「私たち、別れましょう」
土曜日の昼下がり、表参道のカフェ。彼女の言葉は突然だった。
「おいおい、一体どうしたんだ」
俺は訳がわからず彼女に尋ねた。
「なんでもよ。私たち、少し前からお互いうまくいってないじゃない。だから別れるのよ」
うまくいっていない?そんな事があっただろうか。俺はここ数ヶ月の事を思い出してみた。確かに付き合いだした頃より、彼女の口数は減ったような気がする。しかしそうなった理由が、俺にあるのだろうか。
「たしかに、最近ちょっと会話は減った気がする。もし何か俺に理由があるなら……」
「あるなら、何?」
彼女はキッとこちらを睨みつけた。
ざっくりとしたショートカットに切れ長な目。アジアン・ビューティーな雰囲気をまとった彼女の怒った顔は、不謹慎ながら綺麗だと思ってしまった。
いやいやいかん。ここはまっすぐに彼女の不満を受け止め、誠実に対応しなければなるまい。
俺は姿勢を正すと、彼女に面と向かって言った。
「もし何か俺に理由があるのなら、ちゃんと、いなないてほしい」
「それよ!」
彼女は悲鳴にも近い声でいなないた。
「それ?一体どういうことだ?」
「わからないの?!今あなたが言ったことよ!」
「俺が言ったこと?具体的にいなないてくれないと分からないよ」
「具体的にいななくって何よ!!!」
彼女は大声でいななきながらテーブルを叩いた。その衝撃で、俺の注文したザッハトルテが一瞬だけふわっと浮いた。周りの客がギョッとした目でこちらを見ている。
「・・・で・・・ぽく言うのよ」
「ん?何だ?」
「なんでちょっと馬っぽく言うのよ?!」
「なんでって・・・」
「私は『言って』るの!『いなないて』ないの!いななくのは馬でしょう?!horse!horseでしょう!」
帰国子女の彼女は、horseの部分だけ流暢な発音でいなないた。
「ちょっと待ってくれ、話が見えない。君は何のことをいなないてるんだ?俺が言っていることがわかるか?」
「あああああもう!なんで自分の時は『言う』なのに、私の時だけ『いななく』って言うのよ!」
彼女はもう我慢できない!といななき、ぐしゃぐしゃに握りしめた1万札を俺に投げつけ、カフェを去った。俺は呆然と彼女の去っていく背中を眺めていた。
・・・・・
それから1ヶ月後。六本木にあるバーで、俺はある男と知り合った。酒が進むに連れて意気投合し、彼女と別れた顛末を話した。
すると、男は俺の目をまっすぐに見て、諭すようにこう言った。
「キミぃ!女性を馬っぽく扱うの、すごい失礼なことだから、やめなよ!」
そうなのか。父親がずっとそう言ってたから、そういうもんだと思ってた。
これは後からわかった事なのだが、うちの父親は町内でめちゃくちゃ有名な、ゴリッゴリにヤバいやつだったらしい。
これは他にも、知らず知らずのうちにヤバい事をやってしまっている事がありそうだ。
僕は左手のひらに彫ったメタモンの入れ墨を眺めながら、そう思った。