中学時代、「早起き」がマイブームだった時期がある。誰に言われるでもなく、むやみに午後8時に寝て午前3時に起きたりしていた。目的があったわけではない。ただ、まだ太陽が出る前の、しんと静まり返った住宅街は綺麗だった。
かすかに朝の気配がただよう暗い道をよく自転車で走った。ある朝、資源ごみ回収に出された雑誌の存在を知った。小遣いで生きている子供にとって、タダで手にはいる雑誌の存在は魅力的だ。見つけた雑誌を手あたり次第に持ち帰り、6時くらいまで読みふけり、またゴミ捨て場に戻す。そんな週に一度の習慣がいつしか生まれていた。隣町まで駆けずり回ることもあった。
慣れると、あのアパートは2ヶ月に一度ジャンプをまとめて出す、あっちのマンションはヤンサンを出す、など、規則性もつかめてきた。熟女もののエロ雑誌をジャンプ3冊ずつで挟んで隠して出す隣人の存在にも気がついた。エロ雑誌は月刊だったので、それを隠すのに6冊のジャンプを使っていたらエロ雑誌が徐々に溜まっていってしまうのではないか、と心配になったが、それを伝える術を当時の私は持たなかった。今もない。
中2の頃だ。雑誌ではない大量の本が束ねて捨てられているのに出くわした。とりあえず拾って帰ると、一番上の本は「1週間であなたは変わる!」というような自己啓発本だった。自己啓発懐疑派の筆者が、セミナーに参加して啓発されるというベタなものだ。その手の本を読むのは初めてだったので、熱中して読んだ。
目を閉じて瞑想することでイライラや不安を手なずける。そんなメソッドを段階的に実践していく。想像よりも科学的で、試してみると確かに効果があるような気がした。なるほどすごいな、と感心して一気に読み進めると、セミナーは最終フェーズに入った。
誰かの人名が書かれたカードが参加者ひとりひとりに配られ、講師が呼びかける。
「これはある病を抱えた実在する患者の名前です。目を閉じて名前からイメージを膨らませてみてください……彼はどんな病気だと思いますか?」
「ううん、ええと……」
「いいですよ、続けて……」
「肺が黒くなっているイメージが見えました……」
「そうです。彼は肺気腫を患っています!」
会場がどよめく。
セミナーの参加者は、そこで次々と「名前から病名を当てる」というスキルを習得していった。
ん?
違うのでは?
これは「超能力」では?
セミナー参加者がみんなサイキッカーになって本は終わった。最後のページはセミナーの案内だった。このラストのウルトラCに驚きおののいてしまい、私は初めての自己啓発に失敗したのだった。
ゴミ捨て場で拾った自己啓発本を読了した私は、他の本に手を伸ばす。超能力とか出てこない本であってくれと思いながら。
残りは全部、『行け!稲中卓球部』の単行本だった。
稲中を隠すな。自己啓発本で。