つくづく、アンパンマンの作者である故やなせたかし先生があの犬のキャラクターに「バター」と名付けなかったのはギリギリのファインプレーだと思えてならない。

結局その名前は飼い主である「バタコさん」が引き取る形になったわけだが俺はやなせ先生が一度は「バター」を候補に考えた瞬間が絶対あったと確信しており、仮にそれが形になりかけた時、ソレの存在を知る誰かが「先生、バターはお止しになったほうが」と助言した結果「チーズ」に落ち着いた、そんなやり取りが瞬間的にはあったのではないかとこのお下劣で汚らしい心がどうしても邪推してしまうのである。

やなせ先生は絶対に「バター犬」という存在を知らないと思う。俺の子供も随分お世話になったあんなに素晴らしい作品を世に出したやなせ先生の人生においてバター犬なぞを知る余地はなく、知る必要もないと思うからだ。

 

「○○くん、この犬の名前はバターという名前にしようと思っているよ」

 

「先生!犬にバターはアカンです!」

 

アンパンマン誕生前夜、もしそんなやり取りがあったとしたら、それを許さなかった周囲の心はペロペロといくら舐めても落ちないほど汚れているのではないか!俺はそう思うのである。

 

似たような話でもう一つお話しておきたいのだが、タレントのケイン・コスギの父親であるハリウッドのアクション俳優のショー・コスギが自分の息子に「武蔵」という名前をつけようとした可能性は、彼の人生やキャリア、特にアメリカでの活動内容に鑑みると非常に高いものではなかったかと思えてならない。

ニンジャ、サムライを絡めたジャパニーズ・アクション俳優としてあのハリウッドで成功した彼が我が子の名前を考える際にジャパニーズ・ケンジュツ・レジェンドである宮本武蔵にあやかろうと考えるのは、宮本武蔵自体のアメリカでの知名度も考えると実に自然で、極めて現実味のある選択肢だと思えないだろうか。

愛する妻が、後のケインとなる男児を身篭ったとの報を受けたその刹那、ショー・コスギの脳裏にはこの子につける名前の候補として「武蔵」の名前が浮かんだかもしれない。

しかしショー・コスギは東京都港区の出身だそうだ。彼なら瞬間的に気づくだろう。「ムサシ・コスギ」になるという事実を。いかんいかんと思ったかもしれない。今や発展めざましい憧れの街、武蔵小杉駅。せがれがムサコと略されたら大変だ!そんなことを思ったかもしれない。

 

みたいな話を、酒の席で嬉々としてもう何度もしているのだが反応ははかばかしくなく「アンタ、父親のくせに最低だな」という反応が来るのでありますが皆さんも同じ気持ちだろうか。

 

 

 

 

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