食に関して言えば、何にもまして恐れていることは「足りないこと」である。

俺は量が足りないのが一番嫌だ。怖い。だからいつまでたっても痩せないのだろうが、これは抗えない真実。子供の頃はお化けが怖かったが今はご飯が足りないと怖くてションベンをチビってしまいそうになる。逆にご飯の量が丁度いいとそれはそれで嬉ションが出てしまいそうになる。究極を言えば、マズくてもいいからたくさん欲しい、ってのが食いしん坊の本音だと思う。

これはサラリーマンあるあるだと信じているが、サラリーマン諸兄姉には「ランチで、年配の上司に行きつけの蕎麦屋に連れて行かれる」というイベントが発生することがあると思う。俺もかつてそういうケースに多々見舞われたものである。上司行きつけの蕎麦屋というものはなぜか、自分では絶対行く事はなさそうな古ぼけた地味な外見で、ビルの立ち並ぶオフィス街にあって独り老舗オーラを放つ外観をしているのが常。そして決まってメシの量が少ない。

「ここのざる蕎麦美味いから」

そう言われるとざる蕎麦を頼むしか手立てはなく、そして案の定量が少ないのである。「今日は俺が誘ったから俺が出す」とおごっていただくのはありがたいのだが、やはり絶対的に量が少ないのである。自分で金を払うから、マズい焼きそばでもいいですからとにかく沢山食べさせてくれと、俺のボディがそう叫んでいるのである。

そしてなぜか知らないけど上司が連れて行く蕎麦屋は大抵めちゃくちゃ待たされる。2名様、すいませんが満席なので少しお待ちいただけますかと言われ入り口で15分、そしていざ席に座ると今度は狙ったように出てくるのが遅い。「量が足りない」と並んで俺が耐えられないのが「出てくるのが遅い」である。とにかく上司に連れて行かれがちな蕎麦屋との相性はいつも最悪。

「こんなに待たされて食べるめちゃくちゃ美味しくて少ない蕎麦なんかより、俺は今この瞬間食べられるコンビニのビッグメンチカツパンがいい」

俺はそんな風に思う甲斐性なしなのである。申し訳ないけど俺の食に対する感性は死んでおり、味はそりゃあ美味しいほうが良いけれども、それよりもたくさん、早く食べたい。食事の醍醐味って、一番食いたいときに食いたい量を食べるあの瞬間だと思う。

そしてあれは上司に連れて行かれた蕎麦屋の後だった。満腹には程遠い俺は帰社後再び会社を出て、不足分を補おうと付近のコンビニでこっそり「ばくだんオニギリ」という、オニギリ会社の多分天才の人が考えたと思われるとっても大きくて味の濃い最高おにぎりを買っていたところ、同じコンビニに豆乳を買いに来たらしい先ほど蕎麦を奢ってくれた上司と遭遇。さっき一緒に飯を食ったばかりの部下が食後にそのような爆発物を買っている姿を目撃したとあって、驚きと悲しみで絶句していた。

その辺からあまり誘われなくなった気がする。

 

 

 

 

他の「文字そば」を読む