「箸が転んでもおかしい年頃」という言葉。なんでもないこともおかしがって笑う年頃、特に女性の十代後半を指すそうだ。

この言葉にふと中学男子の性欲のハンパなさを思い出していた。

常にムラムラし、好きあらば物事にエロを感じる。例えば「精神性」という言葉にも「おや」と反応しアルファベットのYを見ただけでムラついていた年頃。新聞広告に入ったワコールの広告を部屋に持ち帰り、英語の授業中に辞書で「SEX」を調べて無意味にマーカーを引く。社会の教科書に載っていた女の土偶にだって余裕のエロ目線。時代を超えた性の交流である。

「箸が転んでも勃起する年頃」と言っても過言ではなく中学生の性欲を集めればタービンが回り、発電が出来るのではないかと思うわけである。

 中学生のなんでもないところからエロを見つけ出す能力はすさまじく、彼らは荒野であるおと刑務所であろうと、火星であろうと何らかの割れ目や凹凸を見つけてエロに思いを馳せるのだろう。そのエロさのしぶとさたるや性欲のクマムシである。

男子中学生の何も無いところからエロを生み出す能力が活性化されるのは主に授業中、集中力が尽きたときに発揮されるが、基本的にエロすぎて授業に集中していないのでつまり授業が始まった瞬間である。先ほど紹介したとおり、教科書や黒板の中に「性」や「Y」を見つけて一人で喜ぶ男子中学生。

今立派な社会人になったアナタもやさしい子煩悩のお父さんになったアナタにも、思い返せば人それぞれ、色んな授業中のエロ発見エピソードがあるはずだ。

 

中学時代、俺の隣に座っていた楢崎という男から、歴史の授業中にツンツンとつつかれ「なんだよ」と彼のほうを向くとニヤリとした彼は歴史の教科書の中盤にある日本史のページを俺に見せようと体を寄せてくる。

彼の手はある2つのページを意味深にホールドしており、まずマーカーで印を付けられた「細川」を見せてくるのである。

細かく覚えていないが恐らく戦国時代に活躍した足利一門の名門・細川氏の誰かであろうがその詳細や名前を無視し、楢崎は乱暴に「細川」だけを俺に見せてくるのである。

 

(だからなんだよ)

 

という俺の顔を確認するとすかさず楢崎、教師にバレぬようコソコソとあらかじめ用意していた手で次のページと進み、次にマーカーがされていた「踏み絵」を俺に見せて曰く、

 

(おい、ほら、続けてよめ、続けて…!)

 

彼の言うとおり小さい声でそれを読む。楢崎はニヤニヤしてそれを待つ。一体なんなんだ。

 

「細川」

「ふみえ」

 

思わずアッ!と声が出た。意表をつかれた。「細川ふみえ」である。彼女を知る人ももう多くはあるまい。あの当時テレビに出ていたセクシー・タレントなのだが、上手くいえないがめちゃくちゃエロくてテレビで見ただけで男子はみんな興奮していた。

楢崎は俺が「細川ふみえ」と言ったのを確認すると満足げに元に向き直り、そして俺は勃起した。

 

 

 

 

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