帰り道にあるコンビニで明太子おにぎりとビール、そしてつまみをいくつか買った。今日は金曜日。1人でゆっくり飲もうと思ったからだ。
商品をレジへ持って行き、バーコードを読み取っている店員にふと目をやると、名札に「おにぎり」と書いてあった。
正確には“書いているように見える”。
眼鏡を家に置いてきてしまっていたせいで(中途半端な視力の悪さなのだ)、ぼんやりとしか見えず、確証を得ることができない。確かコンビニの名札には、自分の名前をひらがなで書くはずだ。「さとう」とか「すずき」とか、そんな具合に。
これはもしかして、「おだぎり」じゃないのか。
小田切さん。それを空目して、おにぎりに見えたのではないか。
目を細めてみるが、視力が足りない。「に」のところが、どうしてもぼやけてしまう。私は目頭をこすり、全神経を眼球に集中した。
文字はだんだんと、その輪郭をはっきりとさせていく。
あ。
お「だ」ぎり……か?
ちょっとぼやけてるけど、お「だ」ぎりっぽいぞ。
文字が完全にその形を成そうとした次の瞬間、気が抜けてしまったのか、「だ」と思われる部分は急速にフェードアウトしてゆき、後から「に」と思われる文字が浮かんだ。
またおにぎりに戻ってしまった。
よし……もう一度だ。私は最後の力を振り絞り、全力で眼球に力を込めた。それこそピシピシと音が鳴りそうなくらいに。
「に」がフェードアウトし、その奥から「だ」がフェードインしつつあった。
いいぞいいぞ。やっぱり、お「だ」ぎりさんだ。
もう一息、もう一息ではっきりする。
しかし、すんでのところで「だ」と思われる文字はまるでブラックホールのように空中の一点に吸い込まれ、代わりに「に」と思われる文字が、ギュルギュルと逆再生されたかのように現れた。
嗚呼、もうだめだ……。
お「に」ぎりなのか……?
お「だ」ぎりなのか……?
どっちなんだ……?
ふと我に帰ると、店員はすでに私がお金を払うのを待っているところだった。私はすみませんとつぶやき、会計を済ませてそそくさと店を出た。
結局、店員の名札に書かれていた文字は「おにぎり」なのか「おだぎり」なのか、わからずじまいのままになってしまった。
しかし後日、事態は急展開を迎える。
なんか頭がめっちゃ痛いから病院に行ってレントゲンを撮ってみたら、脳みそにおにぎり菌っていうバイ菌が4,000匹くらい入ってて、そのせいで「おだぎり」が「おにぎり」に見えてたんだそうだ。
私は「そうやったんや〜〜〜」と思った。