肥前国に、雨尾里(うおり)という里があった。
現在の佐賀県のどのあたりにあたるのか、じつのところ判然としない。
この里に、ひとつの奇談が伝わっている。

 

 


 

時は昔。

一人の僧が、ある深く暗い森を明かりも持たず進んでおった。


木々はただ静まり返り、草履で落ち葉を踏みしめる音が響くばかりである。

 

その時、

 

 

 

「──おーい。」

 

 

 

森の奥より声がした。

僧は足を止める。

 

「おーい。」

 

空耳ではない、人の声である。

されど、その声に人の気は感じられ無なかった。

 

僧はここに至る折、森のほとりの住む、老いた百姓の言葉を思い返した。

 


 

 

───お坊様、あの森に立入ってはなりませぬ

 

「何故に」

 

「猿がおります」

 

「猿と?」

 

「若い猿どもに縄張りを奪われ、深手を負うた老猿でございます」

 

百姓は森へ目をやり、声を潜めた。

 

「初めのうちは、人の声を真似て呼び止めたり、木の陰から姿を覗かせたり、人を脅かすばかりでございました」

 

 

 

 

「それが、いつからか森へ入る者を襲い、その肉を喰らうようになったのです」

 

かすれた声で言う。

 

「つい先月も、薪を拾いに入った倅が、無残な姿で……」

 

百姓の、頬を涙が伝った。

 

「あれは、もはや獣ではございませぬ」

 

 

「妖にございます」

 

 

しばしの沈黙。

やがて僧は静かに立ち上がった。

 

「どちらへ」

 

百姓が問う。

 

「森だ」

 

「なりませぬ。どうか、お入りなさるな」

百姓は袈裟の裾を強く握る。

 

「これまで申したこと、一つとして偽りございませぬ」

 

僧は百姓の手をそっと外した。

「なればこそだ」

 

そう言い残し、僧は一人、深き森へと歩み入った。

 

 


 

 

 

 

ほどなく、再び声がした。

 

「おい。」

 

近い。

僧は静かに声の方へ向き直る。

 

茂みの奥より、黒く細長い影がゆるりと姿を現した。

 

手は異様に長く、毛並みは泥と血にまみれている。

身の丈は六尺ほどもあった。

「坊主か。」

 

 

 

「坊主の肉は。

臭みなく旨い。」

 

猿は一歩、また一歩と近づく。

 

「その耳。」

「実ったアケビの様だ。」

 

 

「ちぎれば、よう鳴くか。」

 

「・・・・・」

 

僧は答えぬ。

 

そのあまりの反応のなさに、猿は眉をひそめた。

 

「どうした。怖くはないのか。」

 

僧は静かに猿を見据えた。

 

「なぜ、恐れさせたがる」

 

猿は口の端を吊り上げた。

 

「恐れは食い物だ。」

「人の恐れを喰わねば、物の怪は飢える。」

 

「ならば、人を驚かすだけで足りよう」

僧は言う。

「なにも肉まで喰らうことはあるまい」

 

猿は鼻で笑う。

「初めは、それで足りた。」

「声を真似、闇より覗けば、人は震えた。」

「されど人は慣れる。」

「慣れれば、恐れは薄くなる。」

「ならば、もっと恐れさせねばならぬ。」

「血を見せ、肉を裂けば、人はまた恐れる。」

猿は僧を睨みつけた。

 

「されど、なぜだ。」

「貴様は恐れぬ。」

 

苛立たしく声を荒げる。

 

「皮を剥げば恐れるか。」

 

「腕をもげば恐れるか。」

 

「妻子を喰えば恐れるか。」

 

なおも僧は微動だにしない。額には汗一つ浮かんでいなかった。
猿の息が荒くなるのとは裏腹に、あたりは水を打ったように静かだった。

 

やがて、僧は静かに口を開いた。

 

「ならば、お前に教えよう」

 

「私が、この世で最も恐れるものを」

 

 

 

「お前が恐れるもの。それはなんだ。」

猿は興奮したように尋ねる。

 

「私が恐れるもの、それは杖だ」

「杖だと。」

拍子抜けしたように首を傾ぐ。

 

「左様」

「足弱れば、山も越えられず、寺にも至れず、衆生を救うことも叶わぬ」

「然して杖とは、その証」

「あれほど恐ろしきものはない」

 

「なるほど。坊主とて、老いの恐れよりは逃れられぬか。」

猿は愉快げに笑った。

 

「されど、この深山には杖などあるまい」

 

僧の言葉に猿は牙を覗かせた。

「残念であった。」

背に負うていた一本の古びた杖を取り出す。

「先日喰うた老いぼれの土産よ。」

「どうだ。恐ろしいか」

 

「いいや、恐ろしいのはそれだけではない」

「眼鏡だ」

 

「眼鏡だと。」

「左様」

「目衰えば、経巻の一字すら読めず、朝夕の読経もままならぬ」

「然して眼鏡とは、その証」

「あれほど恐ろしきものはない」

 

「されど、この深山に眼鏡などあるまい」

 

「運の尽きよ。」

「先日喰うた学僧が持っておった。」

「珍しき品ゆえ、捨てずにおいたのだ。」

 

「いいや、それだけではない」

「まだあるのか?」

「紅白模様の衣だ」

「紅白模様の衣だと。」

「左様」

「白き胴に赤き縞の毒蛇を思わせる。」

「あれほど恐ろしきものはない」

「されど、この深山に紅白の衣などあるまい」

 

「えーと・・・いや、ある!あるぞ!」

「そういえば、偶然拾うておった。」

 

「おあつらえ向きに、紅白の頭巾まであるわ。」

「どうだ?もうないよな?」

「いいや、それだけではない」

「おい。」

 

「ジーンズも怖い、なぜなら異国のものだから」

 

「なんかあるわ。」

 

 

「ぐっぐっぐっ・・・まあよい、道は長かったが。」

 

「ここまでしたのだ、
クソ坊主が恐れぬ道理はあるまい。」

 

 

 

あれ

 

 

え、まって

 

ウォーリーじゃん

 

 

 

 

 

「左様」

 

「お前は恐れを喰らうと言った」

「されど、その姿を見て恐れる者はおるまい」

「餓えの苦しみを知り、心を改めよ」

 

 

これウォーリーじゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

渋谷のハロウィンで一番つまらないコスプレじゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

「左様」

 

 

左様左様うるせええええええええええええええええええええええええええええええええ!死ねえええ!!!!!!!!!!!!!

 

 

「霊丸!!」

 

ばああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

「伊達にあの世は見てねえぜ!!」

 


 

 

かくして、悪事を働きし老猿は、僧の法力によって退治されたのでございます。
そして、この僧。
なんと、かの弘法大師空海。その若き日の姿であったとも申します。ペシッ

はてさて、では退治されたあの猿。その後いったいどうなったものか。

そのまま地獄へ真っ逆さま・・・と思いきや、これがなかなかどうして、しぶとく生き延びましてな。

手を変え、品を変え、今の世でもせっせと人様を驚かせておるそうで。

かつて人を喰らった老猿、
今やびっくり系フラッシュにて、皆様を驚かせておるとか。

それこそが、かの有名な──

 

『魚尾里佐賀猿長手
(ウォーリーを探さないで)』

 

というわけでございます。ペシッ

お後がよろしいようで。ペシッペシッ

 

♬~テンテケテン!テンテケテン!テンテケテンテケテンテケテン!テンテケテン!テンテケテン!テンテケテンテケテンンテケテン!テンテケテン!テンテケテバギュン!!
(噺家が扇子をペシッとやる要領で拳銃をこめかみに当て引き金を引く)

 

 

 

おわり