徹底的にお邪魔するぜ
それほどの覚悟だとは

 

彼は僕の大学の先輩だ。おおよそ人間として尊敬できるところが何もなく、一縷の望みをかけてつるんでみたところ、恐るべきことに愛嬌すらないことが判明した。先輩はだれにも過去問を貰えず静かに留年し、今年の春から野良猫に「可愛くないでちゅね」と言って睨みつける活動に従事している。「世界のバランスを取るためだ」と先輩は語っていた。

 

 

今日はなんのご用ですか?こんなにも頻繁に来られると家賃が安くなりそうなんですが
ひとを心理的瑕疵みたいに言いやがって。今日はな、『性行為を超越する方法』について後輩と話し合いに来た
もう二度と言わないでください
もう一度言ってください待ちだったんだけどな。会話とは難しいな
同感です

 

それから先輩は滔々と語り出した。話すごとに正常な酸素が犯されていくようで気分が悪かった。

 

俺はいつも苛立っていた。
なぜ人間の恋愛は性行為に帰着してしまうのかと。ハリウッド映画では、世界を敵に回して少女を守っても、広大な世界を共に旅しても、結局ラストシーンでは狭ぇベッドの上でブレイクダンスみてぇな交尾をしている!!
ラストシーンが濡れ場の映画あんまないですよ
とにかくだ!男女の凹凸を平均化するおマヌケ行為が愛の極致に居座ったままでは、いずれ人類は全滅するッ!!!!!! 
俺たちは考えなくてはならない! 
SEXを超えた愛情表現、

 

先輩の人生のタイトルが『Beyond The SEX』でなければ辻褄が合わないほどマンキンで叫ばれ、僕は絶句してしまった。先輩は童貞菌が脳にまで回っちまっているに違いない。

 

というわけで、Beyond The SEX、略してBTSを実現するための案をいくつか持ってきた
あっ略さないでください
まず一つ目がこれだ

灯油のシュポシュポと
……その薄汚い水は?
これは俺の『情報水』だ
は?
これは俺が第一志望の企業に落ちたときの履歴書の文字を溶かし込んだ、『情報水』だ

これを灯油のシュポシュポで飲んでくれ。
それが第一の Beyond The SEX となる
イヤですよ!!
これのどこが愛情表現だというのですか!!
SEX とは突き詰めれば信頼と情報交換だ。俺が第一志望に落ちた雪辱の記録を、この必ずしも新品とは言い切れないシュポシュポでお前が嚥下する。
これは……
唆らせていただき、ありがとうございます……!

 

何もかも意味がわからない。先輩の就活水溶液を飲むことが性行為の超越に繋がる理屈も、急に「感謝のDr. STONE 石神センキュー」になった理由も何一つわからない。先輩はウェルニッケ野をメルカリに出品してしまったため、まともな会話ができないのだ。

 

結局、先輩にはご自分で情報水を飲んでいただく運びとなった。

おい、これでは自慰行為、つまり Beyond The Self-pleasure じゃないか
それも略さないでくださいね

 

ゴク……ゴク……

先輩はビー玉のような目で僕を見つめながら情報水を吸引していった。

 

どうですか? 
SEXを越えられそうですか

 



うわあ!!!!

先輩が自身の情報水を完飲した。
これによって何が得られ何が失われたのかについては、なにかしらの思考実験のテーマになりうるだろう。

全くダメだな。高揚感がない
計画したことが運の尽きでしたね
というわけで、第二のBeyond The SEXはこれだ

うわあああ!!
推し活ポーチに生肉を詰めたものだ。皆まで言うな、あとで食べる
だからこそイヤなんですよ!!
それじゃあ早速、このうちわで彼を応援しよう


あれ……?

はい?
忘れちゃったのかぁ? 彼は我々が人生を賭けて応援してるさぁ、えーと、こういうのなんて言うんだっけ?
……推し?
そう! 推しじゃないかぁ!それなら推し活しなきゃ!!

 

 


これもう……

今日も顔面が……強い!
400g 買わせてー!!

『始まってる』……?

 

メロ……すぎるだろーー……!!
キャイーーー!!
油ハネちょうだーい!!

 

 

よし、それじゃあ食べるか

ジュウウウウウウ

どうして!!!

 

先輩は数秒前まで応援していた推しを、突如として正しい用途で用い始めた。

妙に手慣れた調理で出来上がったのは『気絶豚ズッキーニ』。
リュウジ氏考案のバズレシピであった。

 

食え

『目勃起』をしているじゃないですか!! 説明してください! これはなんなんだ!
『豚バラ肉の推し活をした後に、それを気絶豚ズッキーニにして食べる』という試みだ。これにより性行為を超えた『背徳感』を得ることができる。
しかし……何かが足りない!

 

先輩は心底悔しそうに机を叩いた。何一つ足りているものなどないというのに。
気絶豚ズッキーニが香る食卓に、気まずい沈黙が流れた。

 

 

次がダメだったら、性行為を超越する方法は事実上存在しないことになる。……見ていてくれ

 

先輩はやおら立ち上がると部屋を出ていった。布擦れの音だけがやけに大きく聞こえる。

しばらく経って、扉の向こうから声が聞こえた

 

___俺がトリックオアトリートと言うから、
「先輩、パーティナイトはとうに終わりましたよ」と言ってくれ

 

 

ガララ

 

トリッコワ〜〜〜……

 

トリッッ!

 

僕は震えを押し殺し、自分の役割を果たした

先輩……パーティナイトはとうに、終わりましたよ

 

すぅぅぅぅーー……

 

まさかまさかの夜叉海峡!?トリケラトプスの女体盛り!?世界広しと申せども、並び評せぬマヌケ猿!?ハロウィンナイトに来てみれば、後の祭りの八代亜紀!?拍子ッ外れのおしゃまな太鼓は、宵にも盆にも用をも為さぬ!?
ヤアヤアあちきは恥塗りダヌキ、首毛のアチ太夫と申します!!今宵の醜態、マコトに失敬!!あちきったら、ポンマ!!このポンマポンマポンマポンマポンマポンマポンマポンマポンマポンマポンマポンマポンマポンマポンマポンマ!!    

 

 

 

 

…………出てってくれ

 

僕は家を飛び出した。自分の家なのに飛び出した。これ以上、彼のあの姿を見ることに耐えられなかったからだ。

 

 

彼は僕の大学の先輩だ。おおよそ人間として尊敬できるところが何もなく、一縷の望みをかけてつるんでみたところ、恐るべきことに愛嬌すらないことが判明した。それなのに僕は、彼の歩く姿勢を覚えているし、いびきのデカさを知っている。
先輩は馬鹿なやつだから、それを知っても「だからなんだ」と問うだろう。

一つ決めていることがある。

だからなんだと問われたら、「だからなんだ」と答えてやろう。

だからあんたを、ほっとけないのだ と。

 

 

……何の用だ。悪いがしばらく_
先輩。
僕と、性行為を超越してください

 

ねえ、先輩。

 

 

僕の乳首を模したフリスビーを、飛ばしてください

 

 

愛しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おわり)