後輩がプロボクサーになった。
会社員をしながらプロテストに受かったらしい。もう今年で30歳になるのに、すごい。祝ってあげたい。
そこで広告を出すことにした。
格闘技の試合を見ていると、

出典:Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
選手が履いているハーフパンツに、広告として企業ロゴなどが描かれていることがある。

あの「パンツ広告」を出したい。後輩がデビュー戦で履くパンツに、お祝いとして出稿するのだ。ご祝儀出稿である。
これなら間接的にお金を渡せるし、選手のスポンサーにもなれる。人生で一度、スポンサーと呼ばれてみたかった。夢も叶って一石二鳥だ。
パンツに広告を出す方法
パンツのどこに、いくらで広告を募集するかは、ボクサー自身が決めるのだという。多くのボクサーは個人事業主として、自ら集客や収益化まで担うらしい。ただでさえ殴られるのに、大変な仕事である。
後輩に広告の相談をすると、パンツの部位別料金を掲載した資料が送られてきた。この辺りに会社員らしさが滲み出ている。

広告枠には、大きく分けてパンツの前面と後面があった。
前面は太もも、後面は尻に出稿できるらしい。太ももは4枠あるが、尻は1枠に限られている。
最も目立つのは、やはり尻だ。尻の面積は大きいし、後ろ姿のほうが観客の目に留まりやすい。
よって料金体系も、尻の方が高価となっていた。言うなれば、尻はプラチナスポンサーである。せっかくだから、一等地の尻枠を購入した。
料金はチケット代込みで45,800円。友人価格ということでだいぶ値引きしてもらった。なおこの値段には、広告を作る原価も含まれている。ロゴのワッペンを制作し、パンツに縫い付ける費用である。

ワッペンの作成は専門の「ボクシング衣装オーダー業者」が行うらしい。
業者のホームページを見ると、「現在注文が殺到し製作が追いついていません」とあった。ネット広告は不景気が叫ばれているが、パンツ広告は活況のようだ。
ただ忙しくとも、プロデビューを控えた選手は優先して対応してくれるようだから、やはりデビュー戦で履くパンツは特別なのだろう。(なおここまで「パンツ」と書いてきたが、サイトでは「トランクス」と呼ばれていた。呼び方の流派があるのかもしれない。)
……とここまで調べたところで、「そもそも、なんの広告を出すんだっけ?」と思い至った。とにかく広告を出したいが、宣伝したい内容は別にない。
たとえば好きなものを宣伝するのはどうか。最近「くら寿司」が好きで行きまくっているから、ボランティアでくら寿司を宣伝するのはどうだろうか。しかし尻に勝手にくら寿司を出稿するのは、なんらかの法律に抵触する可能性がある。同様に自分の本も自著とはいえ、出版社の許可が必要になるだろう。こう考えるとなかなか難しい。

この2点を満たすものとしては、「趣味で個人的につくったもの」がよさそうだ。そこで趣味でやっているPodcastの広告を出すことにした。『超旅ラジオ』というPodcastだ。

ロゴはイラストレーターのべつやくれいさん作
筆者のイラスト(右側)も描かれているこのロゴを、パンツのワッペンにしてもらおう。あまりボクシングっぽくはないが、後輩にデータを見せたところ「こんなに牧歌的なパンツは見たことありませんが、いいですね!」と返事があったので、大丈夫そうだ。そのまま衣装会社に入稿してもらった。
広告ワッペンは「刺繍」と「プリント」の2種類が選べて、刺繍の方が味があるが、プリントのほうが自由度が高いという。
今回はイラストもあるので、刺繍ではなく、プリントが無難だろうということになった。だが制作途中で、「左のアロハシャツの柄をシンプルにすれば、刺繍でもいけるかもしれません」という連絡が衣装会社からきた。職人の妥協しない姿勢に心を打たれ、せっかくなので刺繍で作ってもらうことにした。
まずはロゴ画像を、刺繍用データに落とし込んで……

特別に制作過程の様子を撮ってもらいました

ウイーンウイーンウイーンウイーンウイーンウイーン

カタカタカタ……カタカタカタ……

できた!
すごい。細かなフォントまでしっかり再現されている。

アロハシャツも、最終的にはちゃんとイラスト通りになっていた。

刺繍をパンツに貼り付けて….
パンツと筆者
完成だ。自分の顔のイラストが描かれたパンツは初めて見た。

なおパンツの前側には、税理士事務所の広告や、将棋BARの広告が掲載されていた。どちらも後輩の仕事の取引先らしい。実に賑やかなパンツとなった。
このパンツを履いて、試合に挑んでもらう……のだが、ちょっとその前に後輩の話を聞いてみたい。
どうして会社員をやりながら、30歳でボクサーになったのか。なんなのか。何が彼をリングに引き上げたのか?
試合前インタビュー
こちらが後輩の長野くん、通称「ロッキー」である。あだ名がボクサーすぎる。

1995年生まれ。筆者の前職の後輩。会社でも「ロッキー」と呼ばれている。仕事では営業などを担当
いつもより顔色が悪いですね
明日、計量を控えていて。いまが減量のピークなんです
ボクサーっぽい!この階級なら何ポンド以内にしなきゃいけない、みたいなやつですよね。何ポンドの階級なの?
ポンド?ポンドは……えっと……

ポンドってなんだっけ?
減量で頭が回っていない
ポンドは出てこないですけど、「ライトフライ級」という階級です。下から二番目。それで48キロ台に落とす必要があって
48キロ!?減量前は?
普段は60キロ弱ですね。そこから落とせる限界が、ライトフライ級だったんです
落とすな〜。普段の体重のままの階級だとダメなんですか?
選手はみんな、普段の体重より下げてくるんですよね。だからもし普段の体重で階級を選んだら、必然的に「自分よりデカい選手」と試合しなきゃいけない。それは不利なので……
構造的に落とさざるを得ないんだ。会社員をやりながら減量するの大変そう
飲み会は全部断ってます。仕事と練習でご飯を作る時間もないので、食事はベースブレッドとnashで乗り切ってますね。ランチの誘いが一番辛いです……

そんな辛い思いをしながら、なぜボクサーに?
始めたのはつい3~4年前で。コロナ禍で暇になって、身体を動かしたいなと思って。それで近所のボクシングジムに入会したんです
最初はエクササイズのつもりだった?
はい、週2のフィットネスコースで入りました。ただ入ったときは知らなかったんですが、僕が通い始めたワタナベボクシングジムは、世界王者を排出しているガチなジムでもあって……途中でトレーナーに、「プロコースに移ってみない?」って声をかけられたんです
スカウトされたんだ!
それで時間もあったから、ノリで「プロになります!」って言っちゃったんです。でもこれがキツくて。練習はハードだし、殴られたら怖いし。痛いし
ノリで言うもんじゃないな
でも言った手前引き下がれなくて、毎朝2時間練習してから出勤して、退勤後もスパーリングをする生活が1年ほど続きました
殴られたあと仕事するの、タフすぎる

ジムでの練習風景
会社員と兼業してる方は、意外と多いんですよ。「プロになれるのは34歳まで」っていう年齢制限があるから、そういう人たちはラストチャンスとして取り組んでる
ラストチャンス、応援したくなる
最初はキツかったですが、今は練習も楽しいですね。思い通りに身体が動くようになると、フェイントを入れたり、駆け引きがあったり、まるで将棋みたいな頭脳戦の要素が出てくるんです。僕、将棋も好きなので….
将棋BARの広告もあったもんね
試合でもどんどん、駆け引きを仕掛けていこうと思います!
頑張ってください!

スポンサー代は、新しい練習道具に使ったとのこと
どうでもいいけど、最後にちょっと気になることがあって……さっき、「ボクシングを始めたのは3~4年前」って言ってましたよね?
はい!
でももっと昔から、会社で「ロッキー」って呼ばれてなかった?
ロッキーは小学生の頃からのあだ名なんです。名前が「ひろき」だからロッキー。
ボクシング関係ないんだ
ないですね
むしろあだ名に寄せていった?
……引っ張られたところはあるかもしれません
リングへ引き上げたのは、あだ名だったのかもしれない

岡田悠
ヨッピー
ZAWA
JUNERAY
めいと
インターネット性善説ドラゴン
鬼谷
オモコロ編集部

たかや

八羽
戸部マミヤ
BIGSUN
寺悠迅








