さて、河岸も変えたところで、改めて僕の「やれてないけど、やりたかったこと」なんですが……
ちょっと! 自分のターンが終わったからって、飲み始めてる!!!????
すいません、プレッシャーと恐怖から解放されて思わずグビリと……。今日はいい日だな~。
※原宿は完全に見落としていましたが、外科手術当日は基本的にお酒を控えるようにお願いいたします。
まだ一日が終わったわけではないですから。
そうだよね。彩雲は何するの?
僕のやりたかったことは、「たった一人でバーに行く」です。
はいはい! これは「お一人様タスク」として王道だよね。
原宿さんはバーに一人で行ったことありますか?
6年前ぐらいに、オモコロでやっているラジオでもそういう話になって、一人だけでバーに行ってみたことがあるよ。
バーってやっぱり怖いんですか?
いや、向こうも「初見だな」と思って気を使ってくれるから、入ってみたら結構普通に話せると思う。ただ、バーって店内が外から見えないのがなんとも怖いんだよね~
そうなんですよ。入ってみたら、ナイフで素早く指の間をカッカッ…ってやってる人がいたらどうしようと…
そのブーム、100年ぐらい前に過ぎてるだろ。
マスターに「この辺にお勤めなんですか? お仕事なにされてるんですか?」って聞かれたらどうする?
無職なんですよね。
「無職がバーに来んな」って思われるかもな。
ライターって言うのはアリですかね?
ライターは全然いいんじゃない? でもどんなことを書いてるかって聞かれたら……
↓彩雲がオモコロで書いた記事。
こういう時のために、もっと人に説明しやすい記事を書いておくべきですね。しまったな……
ここまで踏み込まれたら、もう「終わり」だと思おう。
あとは、マスターが映画好きらしくて、映画の話が結構できそうなんですよね。
なるほど。じゃあ最近見た映画の話とか? 何か見た?
あ、「武器人間」を見直しました。
バーで「武器人間」の話はしない方がいいよ。俺がマスターだったら「縁起でもないから、今日はもう閉めるか」って気持ちになっちゃうかも。
そんなことないでしょ。映画好きなら「武器人間」は全員見てるんですから。
「じゃ、そろそろ行ってきますね」と言い残し、彩雲はジョナサンを出て行った。その目には「隙あらば『武器人間』の話をしてやるからな」という強い決意が見てとれた。ちなみに注文してみたいカクテルは「ダイキリ」らしい。
勇気づけるために応援のメッセージを送ると、力強い返信が返ってきた。この意気ならば、きっと一人でも大丈夫だろう。
彩雲がバーに行っている間、自分は「本まぐろご飯とハーフみぞれ煮膳」を食べて待つことにした。終始「これよね」と思う、安定して美味しい食事だったが、考えてみると、みぞれ煮を食べて心が動いたことってない気がする。みぞれ煮を食べている時間にあるのは、ひたすら「これよね」という安心感だし、むしろみぞれ煮が食事の選択肢に現れる時、人は「心を揺らさないで欲しい」と感じているのではないか。
強く欲望を刺激する言葉や商品が「バズ」り、スピーディに世界を駆け抜ける一方で、人は心を揺さぶられずにみぞれ煮を食べたいとも願っている。もしかしたら人が本当にバズらせているのは、「みぞれ煮」のような静かな存在なのではないだろうか? 音もなくウケ、生活に根を張る。一体どうしたら、そんなことが可能だろうか。すげぇ奴だ、みぞれ煮。
自分がみぞれ煮の凄さに震える体を一人抱きしめていると、いつの間に戻ったのか、彩雲が目の前に座っていた。
いや、めちゃくちゃほろ酔いでご機嫌になってんじゃん!
バーでお酒を飲むのって最高ですね~。事前に思っていた怖さは一切無かったです。
「武器人間」の話はできた?
いや、それがあんまり詮索もされなくて、ただただ注文したお酒についてだけ色々教えてくれる優しいマスターでした。居心地よかったな~。
一杯目は「イチローズモルト」というウイスキーのハイボールです。
秩父で作ってるジャパニーズ・ウイスキーだ!
正直僕には普通のウイスキーとの違いは分かりませんでしたが、気がついたら「やっぱり普段飲んでるのとは違いますね」と、適当なことを言ってました。
なんてやつだ。
二杯目は「余市」のハイボールです。
これは結構スモーキーだった気がする。
イチローズモルトと比べると、だいぶ「お酒だ!」という感じで、缶で売っているハイボールなどとは明確に別物の香りがしました。やや飲みづらくはありましたが、「バーに来たぞ」ということを実感できるような強い味わいで良かったです。
楽しんでるな~。
三杯目は「小笠原ラムのソーダ割り」です。
急にラム酒になった。しかも国産って珍しいな。
ラム酒に興味があったので、オススメのラム酒を聞いたらこれが出てきました。
おいしいの?
おいしかった気がするんですが、全体的にマスターの話に愛想よく相槌を打つこと気を取られすぎて、あまり記憶がないです。
無念……。
バーって、こんなにガブガブ飲むもんなの?
これがラストです。四杯目は「黒糖酒(沖縄産ラム)のソーダ割り」で、これは凄かったです! まるで納屋か、屋根裏部屋みたいな匂いがするんです。
カビくさいってこと?
いや、それが全く嫌な匂いではないんです。もっと包まれたくなるような……特徴的なんですがクセがなく、初めて「お酒の香りを楽しむ」ということの意味がわかった気がしました。好きです、これ。
いいな~! めちゃくちゃ飲んでみたい!
最初は怖かったけど、バーって色んなお酒が楽しめて普通にいいところなんだなと思いました。でも、一人では多分行ってなかったですね。
そう、俺も一人では粉瘤手術なんて受けてなかったと思う。
人間が持つ、励まし合う力って凄い……。
充実した。満喫した。
僕たちは、お互いに励まし合いながら、やれていなかったことをやった。
一人じゃできなかったことも、誰かといれば覚悟が決まる。
まだ、人生でやれていないことがある皆さん。
どうしても踏ん切りがつかなければ、誰かと背中を押し合ってみるのもいいですぞ!
んじゃ!
(思い出横丁に消えていった彩雲より)
この後、彩雲は特に飲み直すこともなく、ビバホームでヒヤシンスの球根を買って帰ったという。
(終)