???「すみません!」
え?
???「今お時間よろしいでしょうか?」
あ、はい……
突然すみません。私、パティスリー・ゴルドーというお店でパティシエ見習いをしているものでして。
パティシエ見習い?
はい。それで今、パティシエ修行の一環として街の人に私が作ったクッキーを召し上がっていただいてるんですけど、もしよければご協力いただけませんか?
パティシエ見習いってそういうことをするんですか? ……まあ、いいですよ。
ありがとうございます!
こちらが私が焼いたクッキーです!
じゃあ、いただきます。
……うん、おいしいですよ。
本当ですか! 嬉しいです!
何か気になる点とかありませんか? もしあれば全然言っていただいて構わないので!
気になる点? まあ、味は普通においしいんですけど……
これ、何の形なんですか?
あ、やっぱり気になります?
まあ……
では、お話しいたしましょう。
突然ですけど、夢日記ってあるじゃないですか。
え、夢日記?
はい。夜に見た夢を記録しておくあれです。あなたは夢日記、つけたことありますか?
いや、ないですけど……え?
私はあるんですよ。私、けっこう人の夢の話を聞くのが好きで。あの荒唐無稽な感じって意外と面白かったりするじゃないですか。で、私自身も割と夢を見る方なんで、せっかくだし夢日記でもつけてみようかなと思って。
でも結局長続きしなかったんですけどね。やっぱり、目覚めてすぐに書かなきゃいけないのがダルくて。ほら、夢って起きた直後は覚えててもだんだん忘れていっちゃうじゃないですか? だから覚えてるうちにすぐ書き残さなきゃいけないんですけど、寝起きの頭が回らない状態で文章を書くのってけっこう大変なんですよ。
あと、よく「夢日記を書き続けると頭がおかしくなる」って言うじゃないですか。そんなの嘘だと思ってたんですけど、調べてみたらけっこうマジっぽいんですよね。なんか、夢と現実の区別がつかなくなるとかで。あとは頭がおかしくなるってわけじゃないけど、眠りが浅くなるとか。それで怖くなってやめちゃったっていうのもありますね。
でもそれはそれとして、夢日記をつけたいなっていう気持ちも残り続けてはいて。私なんて趣味も何もないですし、毎日職場と家の往復しかしてないから普通の日記を書いても面白くならないんです。だったら夢の話でも記録しといた方がまだ後から読んだ時に楽しめるかなと思って。
それでいろいろ考えてたんですけど、ついに閃いたんですよ。諸々の問題を解消した上で夢日記を書き続ける方法を。それは……
「嘘の夢日記」を書く、ということだったんです。
嘘の夢日記……?
はい。つまり、実際には見てもいない夢の話を創作するってことです。これなら別に寝起きに書く必要はないし、あくまで「嘘」なので頭がおかしくなる心配もないでしょう。実に優れたアイデアだと思いませんか?
はあ……
そういうわけで、まずは1ヶ月間嘘の夢日記を書き続けてみました。
おう……
私も最初は続けられるかわからなかったんですけど、書き始めてみると案外いけましたね。まあ、ただでさえ何でも起こり得る夢の話を自分の好きなように書けるわけですから。こんなに自由なものもないですよ。
うわっ、本当に1ヶ月毎日書いてる……
そうでしょう。ほら、ちょっと読んでみてくださいよ。
6月1日
体育館で巨大なピタゴラ装置のようなものを組み立てている。体育館全体を埋め尽くすほどの大掛かりな装置で大勢の人が作業に参加しており、私はターンテーブルを利用してビー玉の進行方向を変えるギミックを作っている。ところが、飲み物を買いに少しだけ外に出た間に、私の作業場所は高校生のグループに占拠されている。仕方ないのでどこか別に混ざれそうな場所を探すが、どこも人手は足りているらしく完全にあぶれてしまう。
私はだんだん腹が立ってきて、まだ中身の入っているジュースの缶を装置に向かって思い切り投げつける。缶は積み木でできた塔(最終的にそこにビー玉がたどり着く仕組みになっていたらしい)に直撃し、現場はにわかに騒然となる。私はここで逃げ出したら犯人だとバレると思い、周囲と同じように慌てふためくふりをしながら近くにいた男性に「何があったんですか」と尋ねる。すると彼は無言でスマホの画面をこちらに見せてくるが、そこには防災頭巾をかぶった子供の画像が表示されているだけである。
……
どうですか?
どうって……でも、本当はこんな夢見てないんですよね?
ええ、こんな夢は見てないですよ。
…………
…………
まあ、こうなっちゃいますよね。
え?
いや、最初に「1ヶ月は書き続ける」って決めちゃったからとりあえずは無心で続けてたんですけど、終わってみてようやく気付いたんですよ。「自分は何をやってるんだ」って。
遅すぎません?
よくもまあこんな無益なことを続けられたな、と。「継続は力なり」とは言いますけど、なんでも続けさえすればいいってもんじゃないってことがよくわかりましたよ。あなたに想像できますか? 1ヶ月かけて得たものが「嘘の夢日記」だけだった人間の気持ちが……
いやあ……
そんなわけでしばらく打ちひしがれてたんですけど、いつまでもそうしてるわけにもいきませんから。第一私はパティシエ見習いなので、お菓子を作らなきゃいけない。
そういえばそうでしたね。
でも、嘘の夢日記を書き続けたことを全くなかったことにしてしまうのは違う気がしたんですよ。そういう自分の愚かさを切り捨てるのではなく、しっかり受け入れた上で、今度こそ実のある結果につなげようと思ったんです。
……ほう。
それでまずは……
毎日の嘘の夢日記の文字数をカウントしてみました。それがこの表です。
え?
で、この文字数を3で割るんですね。あ、3っていう数字がどこから出てきたのかっていうと、これは私のマイナンバーに由来してるんですけど。
え……え?
ちょっと口頭で説明するのが難しいんですけど、マイナンバーの全部の桁の数字を足していって、最終的に一桁にするっていうか……仮に私のマイナンバーが123456789だとすると、1+2+3+4+5+6+7+8+9=45、4+5=9っていう感じで。この計算を私の実際のマイナンバーにあてはめると、最終的に3になるんです。
???
すみません、よくわからないですよね? でもまあ、ここでは3っていう数字が私のマイナンバーを短縮した数、すなわち私という人間を端的に表している数だってことがわかっていただければ大丈夫なので。
?????
それで話を戻しますと、各日の日記の文字数を3で割って、割り切れた日を調べたんですね。
ここで黄色くマークしてあるのが割り切れた日なんですけど。やっぱり割り切れるってことは、その日の日記は私が書くべきことが書けていたんだと思うんです。私自身が、約数としてその文章の中に宿ってるってことですから。
?????
で、その割り切れた日にカレンダー上で印をつけていくんです。そろそろわかってきたんじゃないですか?
割り切れた日同士を線でつないで……
え……?
浮かび上がった図形と同じ形の型を作って……
まさか……
その型で……
…………
あなた、このクッキーが何の形なのか気になってましたよね。では教えてあげましょう。このクッキーは……
嘘の夢日記を1ヶ月書いて、その文字数を私のマイナンバーを短縮した数である3で割って、割り切れた日をカレンダー上で線でつないで、それで浮かび上がった図形と同じ形にくり抜いたクッキーです。
…………
気持ち悪!!!! なんだこいつ!?!?
あなた、このクッキーをおいしいって言ってくれましたよね? もっと食べてもいいんですよ?
誰が食うか!! そんな意味のわからないものを人に食わせるな!!
そんなこと言わないで食べてくださいって。別に材料に変なものが入ってるわけじゃないんですから。
そういう問題じゃない! ていうか、あんた本当にパティシエ見習いなのか!?
もし違ったらなんだっていうんですか?
は……?
だって私はあなたの同意をいただいた上で、ちょっぴり変わった形のクッキーを食べてもらっただけなんですから。それに何の問題があるっていうんですか?
……なんだ? 何が目的だ……?
目的も何も、私はただ自分が焼いたクッキーを誰かに食べてもらいたかっただけですよ。せっかくお菓子を作ったのに誰も食べてくれないんじゃ寂しいですからね。
だからってこんな……
あ、もうこんな時間か。すみません、私これから英会話のレッスンがあるんでそろそろ失礼しますね。
あ、おい! 待て!
それじゃ、今日はありがとうございました。またクッキー、食べてくださいね。
ちょっと!!
なんなんだ……
なんなんだよ……
なんなんだよ……
(終わり)