先日西日本を襲った豪雨。甚大な被害が出た地域も少なくない。被害に遭われた地域の一刻も早い復興をお祈りする。
俺が住んでいる地域は大事には至らなかったものの当時は避難勧告が出されるほどのひどい雨に見舞われた。
避難勧告が出たら避難するのが賢いやり方だ。俺はクレバーなので即荷物をまとめて避難所へ向かった。
最初は俺しかいなかった避難所にも少しずつ人が来た。俺がいた部屋には「俺」「二人組の老婆」「家族連れ」の3組が滞在することになった。
家族連れはペットの犬を一匹、小型犬用のキャリーバッグで連れてきていた。ペットを飼っている世帯は災害などで避難する際ペットを一緒に連れて行くことが推奨されているのだ。
一応、その家族が来る前に役所の方が「この部屋に犬を連れた家族が来るけど、犬が苦手な人はいませんか」と確認を取ってくれた。
二人組の老婆は口々に「私たちは犬が大好き」「大丈夫」と言っていた。
そして俺が「俺も大丈夫です」という前に役所の人は「わかりました!」と言ってその家族を連れてきた。まあ、いいけど。
家族連れが部屋に来ると、老婆らは興味津々といった様子でキャリーバッグを見ながら家族連れに話しかけた。
「ワンちゃん?」「名前は?」
暗い雰囲気の避難所に芽生えた、地域住民同士の犬を通した温かな交流だ。
「チワワ?」
「はい、チワワです」
「可愛いね~、出してあげないの?」
「この子暴れますから……」
二組はそんな和やかな会話をしていた。ここまでは和やかだった。
「でもこんな狭いカゴに閉じ込めてたらかわいそうよ」
「でも、暴れてみなさんに迷惑をかけるといけませんし」
「でもかわいそうよ、暴れても大丈夫よ」
何が「大丈夫よ」だ。
それを判断するのはお前らじゃねえ。何と迷惑な老婆たちだろう。
俺はそう思ったし、きっと読者の皆さんもそう思っているだろう。しかし老婆たちは犬をキャリーバッグから出してやることこそが正義だと考えているに違いないし、言いたいことがわからなくはない。老婆たちは老婆たちで、自分の正義に従っているのだ。
相反する正義と正義がぶつかっている。
でもやめろ老婆、今は引き下がれ。暴れ犬だぞ。頑張れ家族連れ。
こんな時キャプテンアメリカだったらあのでかい盾でこの場を解決しただろう。だが俺はキャプテンアメリカではないし、盾も持ってきてない。どうすることもできない。よしんば盾があったとしてもここでどう使えばいいのかわからない。
老婆らは犬に直接
「ねー、狭いし出たいねえ」
などと話しかけている。クソ、卑怯だぞ。犬と話すんじゃねえ。
犬は「キャンキャン」と申していた。
結局、家族連れは他の部屋へと移っていった。理由は言わなかったが察しはつく。
そして犬というおもちゃを取り上げられた老婆二人の前には俺だけが残された。
クソッ、どうしたらいいんだ。
こうなったらワンワン叫びながら暴れるしか……