他人の家でアヒージョをする

せめてもの礼儀として、松岡の借りているアパートの床にブルーシートを引くことにする。

こうすることで「迷惑なこと、自覚してるんやで?」という態度を後輩に示し、「アヒージョするために後輩社員の家に押しかける」という行為から香るパワーハラスメント臭を抑え込むのが狙いだ。

 

「これで床に油がハネても大丈夫だな」と、安心したのだろう。

松岡の顔に、ようやく笑顔が生まれた。生まれたはずである。

 

「食材は買わない」と言ったが、アヒージョ料理の最低限のベースとなるオリーブオイル・ニンニク・塩・バゲットは用意した。

さすがにそれすら用意してないと、本当に色々な時間がムダになる気がしたからだ。

 

こちらはアヒージョを作るたこ焼き器

アヒージョは様々な具材をオイルで煮込む料理のため、複数の穴でそれぞれの味をセパレートできるたこ焼き器はうってつけなのだと言う。

「だろうな」という説得力を感じる話だ。

 

これでいよいよ、人に甘えてアヒージョをする準備が整った。

一番最初にアヒージョされる食材は果たして何なのか? それとも誰もこないのか……

 

 

ピンポーン

 

おっ

 

 

玄関のドアを開けると、「本当にここでアヒージョを……?」という不安に満ちた同僚の顔があった。

ようこそ、アヒージョハウスへ。

いやさ、アヒージョランドへ。

 

 

持ってきてくれたのはシューマイ、ニラまんじゅう、小籠包の点心3種セットだ。

ありがたやっ。

 

さっそくオリーブオイルとカットしたニンニクをたこ焼き機に注ぎ、火を入れる。

金色に輝くオイルがふつふつと泡立ち始め、「メシをくれ!」と叫びたくなるようなニンニクの芳香が辺りに漂った。

 

「マーちゃん、アヒージョもう終わっちゃったのかな」

「バカヤロー、まだ始まっちゃいねぇよ」

 

「キッズ・リターン」のエンディングの言葉を借りるまでもなく、アヒージョの物語はここから始まる。

 

僕たちは点心セットを細かく刻み、輝くオイルの海へと投入した。

 

 

 

いやちょっと待て! 油の熱が高まるスピードが速い! ニンニクがあっという間にニンニクチップになっちゃったぞ」

「あれ? もしかしてこのたこ焼き器……」

 

 

「あっ! オンとオフの設定しかできないやつじゃないですか! 安いの買ったんですね?」

「え!?!?!?」

「ちゃんと温度調節のダイヤルがついてる型を用意しないとダメですよ。アヒージョはオイルの温度を低温に保つことが重要なんですから…」

 

「………………」

 

 

なんちゅうこっちゃ。

オイルの温度を高くしすぎてタコのアヒージョに失敗した経験を持ちながら、肝心の温度調節ができない器具を用意してしまう。

こんな愚かしいこと、世の中にいくつも存在してないぞ。

愚かのデパート、愚かの三越、愚かのタカシマヤ。

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

 

 

「こちらの握り寿司をアヒージョに……」

「ちょっと今、いろいろ混乱してるから待ってくれ」

 

 

予断を許さない状況になってきたが、まずは点心アヒージョを回収していく。

低温の油でじっくり煮込まなければいけないアヒージョだが、何とかなっていることを祈って……。

 

 

もぐ…………

 

 

うめッ!!!!

 

不安とは裏腹に、全然旨い。

ニンニクの香りをまとった食材の旨味、が熱々のオイルを媒介して口中にじゅわっと広がり、体の中にエネルギーが立ち上がってくる。

これだ。これこそがアヒージョだ。

 

 

特に、ニラまんじゅうの中に入っていたエビが凄い。

油の熱でギュッと縮んだ身の中に、魚介のコクが凝縮している。

「だからエビってよくアヒージョにされるんだ」と、今さらの納得感を味わうことができた。

 

 

繰り返すが、エビが、凄い。

 

 

次に、なぜだか一貫だけ持ち込まれたマグロのお寿司をアヒージョにしてみた。

最初は暴挙だろうと思ったが、赤身に火が通って半生状態になっている姿は、意外なほど「イケるんじゃ?」という気がする。

 

あら、本当にいいカンジ……

 

 

「おいしィ~~~~ん」

ネタはホロホロ、シャリはまるでガーリックライス。寿司アヒージョ、本当にイケる。

こりゃ恐らくマグロ以外も旨いぞ!

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

「フルーツを……」

 

 

ジュウゥ……ジュウゥ………

 

 

 

無。

フルーツは、アヒージョにしても全く意味がない。

何となくそうなるような気がしていたが、これはこれでいいだろう。

勝負事には、時に守勢に回るラウンドも必要なのだから。

 

 

 

その後も人々に甘えながら色々なものをアヒージョしたのだが、結局「魚介」の要素をアヒージョにするのがいちばん旨いということに気がついた。

 

いちばん旨かったのが、ごく普通のサバの切り身をアヒージョしたやつだ。

タンパクな身にニンニクオイルが乗り移り、白米をワシワシかきこめる味になる。

 

ちなみにたこ焼き器に残るオイルには、その窓で煮込んだ具材の旨味が蓄積されていく。

溜めるだけ溜めたあと、それを一気にバゲットでさらって食べるのも、言うまでもないが大変にオツだ。

KinKi Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」で「君をさらいたい いいだろ?」と歌っているのは、アヒージョのオイルのことだろうと思った。

 

 

チーチクは油を吸い込みすぎて「AKIRA」の鉄雄のごとく膨らんでしまったが、これも魚介要素とニンニクオイルがよく合い、内部ではチーズがとろつとろになっており旨い。

 

卵黄は、なぜかタコ焼きに擬態してしまった。

 

アヒージョは、とにかく海の幸との相性がバツグンにいい。

その路線でいくと、コスパが良かったのはカニカマだ。

カツオだしが入っているタクアンなんかもいけるのでは?と思ったが、これは脂っこくなってしまうのが合わなかった。

 

 

今回、人に甘えて突発的にアヒージョをしてみたが、少ない器具と材料で気軽に楽しめる宅飲みアヒージョはかなり良い試みだなと思った。

ただオイルを低音に保つため、たこ焼き器やホットプレートは絶対に温度調節のできる型を用意しよう。

 

それさえ守れば、アヒージョは最高!

 

 

あとこの会が終わった後に聞いた話だが、この部屋、実は事故物件だったらしい。

 

 

 

(おしまい)