ひとりぽっちで佇む若者の後ろ姿が目にどう映ったのか定かじゃない。とにかくあの夏、19歳の僕におじさんが話しかけてきたのが始まりだった。

 

 その夏、僕は暇だった。留年したから。いい機会だから免許でも取りなと親に追い立てられて教習所へ通っていた。午後の講習が始まるまで、僕は唐揚げ弁当を手に教習所近くの河川敷に腰を下ろしていた。ここは涼しくて人もいないので過ごしやすい。弁当を粗方食べ終えてぼーっと川面を見つめていると、後ろから車のエンジン音。一台の白いワゴン車が乗り入れてきたのだ。

 

 降りてきたのは、真っ黒に日焼けした肌にピンク色のキャップを被った60代ぐらいのおじさん。すぐ目を逸らしたのに「暑いな」と声をかけてきたのはおじさんの方からだった。

 

 おじさんと僕は他愛もない会話を交わす。天気の話だとか、仕事だとか。雲行きが変わったのはサウナの話題になった辺りから。

 

 包茎には塩サウナがいい。剥いて亀頭に塩を擦り込めばズル剥けになる。

 

 やたら力説するのである。へー、はーと感心した顔で相槌打ちながらも「なぜこんな話に…?」と困惑するしかない。8月、照りつける太陽の熱と蝉の声は脳をまろやかにする。

 

「見せてあげる」

 

 おじさんのその声で、脳はシャープな輪郭を取り戻す。ワゴン車の影に移動したおじさんは、右手でおいでおいでして僕を招く。おいでおいでに抗える人なんていない。ご多分に漏れず僕もふらふらとおじさんの元へ向かう。無骨な車体が二人を隠す中、おじさんはパンツをちょいとずり下げた。泥まみれのレンコン?そんなわけはなく陰茎だ。確かに、くすんだピンク色の塊が先っちょで胡座をかいている。じじいのチンポを見せられた時の適切なリアクションを僕はまだ知らない。メルアドと電話番号を交換してその日は別れた。

 

 それから数日して、おじさんからメールが届いた。怒張したちんぽの写メと、「今こんなになってます」というメッセージが。「すごいですね」と返しておいた。

 

 破局は突然だった。

 

 ある晩、両親が僕を居間に呼び寄せた。

 

「変なおっさんからお前に電話が来てるぞ」

 

 あのおじさんだ。震える手で受話器を受け取り、耳に当てる。おじさんは言った。今近くまで来てるが、ガソリンが切れそうだ。油を買う金がないので、少し貸して欲しい。僕は後ろを振り返り両親の表情を窺った後、丁重にお断りした。電話を切った後、両親にたっぷり絞られた。曰く、見知らぬおっさんに固定電話の番号を教えるな。ごもっともだ。

 

 以後、おじさんの連絡はぷっつり途絶えた。季節は冬になり、無事免許も取ったというのに。

 

 あの晩、おじさんはどうしたんだろう。ガソリンは買えたのか。僕の返事を聞き何を思ったのか。

 

 僕とおじさんの間に友情が確かにあったなら、親の反対を振り切ってでもお金を貸してやるべきだったのか。2回目の免許更新を終えた今でも、答えは出ていない。

 

 

 

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