「栗鹿の子」という和菓子を皆さんはご存じでしょうか。

 

 ここはひとつ知らないという可能性に賭けて話を進めますが、NHK「みんなのうた」に過去に発表された楽曲「くいしんぼうのカレンダー」に登場する和菓子です。

 私は普段から童謡やキッズソングをよく聞いており、その一環で「みんなのうた」の楽曲をサブスクで探していた際、偶然この曲を耳にしました。

 

おはぎ ながつき ひがんばな

月見だんごに

くりかのこ くりかのこ

「くいしんぼうのカレンダー」の歌詞より引用

https://www.uta-net.com/song/143085/

 

 「くいしんぼうのカレンダー」というタイトル通り、食欲旺盛な子供の視点から一年を通して各月の代表的な和菓子について、瞳がじんわり潤んでくるようなしっとりとした寂しげな曲調で歌われており、その中に登場するのが件の「栗鹿の子」でした。

 

 

 

 

「栗鹿の子」

 

 

 正直、全く聞き覚えがありませんでした。

 

 

 栗という名前が冠されていることから、栗を使った料理であることは間違いありませんが、「鹿の子」という部分から味や食感、食材を推測するのは私には難しかったのです。これまでの乏しい食経験からは信じられることは何一つなく、ただ茫漠とした荒野が広がるのみ。

 

 しかし、ただ指をくわえているのも悔しいので、せめてもの抵抗にWikipediaで調べてみることにしました。すると、次のような説明があります。

栗かの子

・栗菓子の一種で、芋餡でなく栗餡を用いる栗金団。長野県小布施町の名物でもある。
・アダルトゲームの女性声優。『真説 猟奇の檻』に出演。

 

 前者が「くいしんぼうのカレンダー」に登場する栗鹿の子の説明だと信じたいところですが、要するに栗きんとんの一種であるようです。

 

 「栗きんとん」というヒントさえあれば、正体への道筋も自ずから輝きます。つまり、栗をマッシュした甘い食べ物だということでしょう。

 

 Wikipediaに掲載されていた画像を見る限り、私がこれまでおせちなどで見てきた一般的な栗きんとんよりも、かなり艶やかな質感で重厚な印象を受けます。また、栗の形がしっかりと残っており、それが蜜のような粘性の液体に浸されている様子が目を引きます。

 

 固い話は抜きにして、私はこの栗菓子をぜひとも食べてみたくなりました。それゆえに「栗鹿の子」で検索して最初に出てくる小布施堂のWebサイトから、「栗鹿の子(大)」ならびに「かのこ三昧」を注文することも避けられなかったわけです。

 

 和菓子に一度に5000円以上支払うのは贈答用でもなかなかの経験ですが、であるからこそ人生はより色濃く輝きを放つという風向きもあります。

 

 注文から到着までは2週間ほどかかるとのことです。

 

 私が住む大分県から約900km離れた長野県より、手段を問わずえっちらおっちらと運ばれてくるわけですから、それぐらいは当然と言えるでしょう。

 

 長く待つほどに高まるのが期待と信頼です。エンターテインメントを十二分に楽しむためには、受け手側にも当然コンディションや環境を整える努力が必要です。たとえ栗鹿の子の味が不用意に高まった期待のハードルを超えられなかったとしても、その責任は栗鹿の子ではなく、九州の僻地に住む私にあるのですが、それにしても果たして。

 

 

 

 

 

 2週間後の土曜日に届いたのがこちらです。

 秋の遊歩道を思わせる上品で落ち着いた雰囲気の包装紙に包まれていました。

 

 手に持ってみると、ズシリとした重量が伝わります。

 

 まるで生首が入っていると言われても一瞬信じてしまいそうな存在感。こちらは栗鹿の子(大)で、公式サイトの情報を信じるならば、栗が12個収められているとのこと。とても一度に覚えられない量の栗が詰まっているとなれば、この重さにも納得がいきます。

 

 包装を剥がすと、中からさらに青い箱が現れました。

 この物々しいフォントで「栗鹿の子」と記されていると、まるで怒られているような気がして少し恐縮してしまいますが、別に悪いことをしているわけではないのでめげずに箱を開けます。

 

 

 箱の中からは、浅田飴やシッカロールを彷彿とさせる形状の銀色の缶が姿を現しました。この缶の中に十数個の栗がひしめき合っていると思うと、期待が高まります。

 

 そして記事の半ばですが、ここで私は思いがけない事実に直面しました。

 

 ご覧の通り、この缶は一度開けると二度と後戻りできないタイプの蓋がされていたのです。

 

 どういう蓋を想定していたのかと聞かれると、私自身の見通しの甘さが露呈するので口ごもるしかありませんが、ともかく一度開けてしまうと、ラップをかけて冷蔵庫で保管しても、せいぜい3日程度で消費する必要があります。撮影のためにちょっとだけ食べて、残りは心の奥底にしまっておいて、折に触れて取り出して少しずつ楽しむという私の目論見は、あえなく崩れ去りました。(大)をオーダーしたことを改めて後悔しています。分不相応の言葉が実感として身に圧し掛かります。

 

 やってしまったことは仕方がないので、蓋を開けてみると、早速目に映るのは外界に露出した栗が6つほど。残りの栗はその下で息をひそめ、表舞台に立つ日を心待ちにしているのでしょう。

 

 さすが値が張る品だけあって、嬉しい誤算もぬかりなく、蓋の裏にはねっとりとしたものが大量に付着していました。栗鹿の子の本体に対する前哨戦として、スプーンで掬い取り舐めてみると、どこかで覚えた味がしました。しばらくして、これはモンブランの「モンブ」の部分の味だと気づきました。

 

 まずはプレーンの栗鹿の子を味わってみたいと思います。

 

 このサイズのものを缶から直接ほじって食べるのはなかなかリスキーだと考え、一旦小皿に移すことにしました。

 

 まずは一口。

 

 

 

 

 STOP。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お見苦しい点があり申し訳ありません。ヒゲを剃るのを忘れていました。

 

 いや、正確には「忘れていた」というのも少し語弊があります。大変恐縮ですがこの記事の読者層を考えれば、タバコの箱の包装ビニールやまだ中身が一口分残ったペットボトルなどが散乱する部屋にお住まいの皆さま方に、わざわざヒゲ剃りを持ち出してまで綺麗な肌を見せる必要性を正直なところ感じなかった、というのが本音です。

 どうか、そのあたりの事情を察していただけると幸いです。

 

 てか、いい加減口開きすぎですね。閉じます。

 

 

 

 

 うっ(;;)

 

 焼き芋のような素朴で優しい味わいを想像していたのですが、実際には思っていたよりも数十倍甘いです。欧米の菓子に引けを取らないほどの甘さで、その上、生コンクリのように舌にのったりとこびりつく食感も相まって、半ば暴力的とも形容できます。

 もちろん美味しいのは美味しいのですが、ここまで甘いとは。高級和菓子のパブリックイメージに囚われていると、食べた時の衝撃が激しいですね。

 

 そのまま食べるのもいいのですが、どこの誰かは知りませんが考えなしに(大)を注文してしまったせいで、完食までのモチベーションを保つのがなかなか難しいです。

 

 

 味や食感に変化を持たせないと一缶を短期間で食べきるのは難しいので、スーパーで2枚入りの食パンを購入しました。小倉トーストなどに倣い、これの上に栗鹿の子を載せて食べるという試み。どこの誰かは知りませんが、斬新な考え。

 

 ダブルソフトを選んだのは特にこだわりがあったわけではなく、単純に2枚入りの食パンがこれしか売っていなかったからです。

 

 パンの上に載せてみると、このような感じです。栗の粒がひとつひとつ大きく、目の前に迫ってくるような迫力があります。

 

 

 ではさっそく実食。

 

 うん、美味しいです。想像していた通りの味。脳内で定めたラインを越えもしなければ、下回りもしません。スパーンと良い音を立ててキャッチャーミットに綺麗に収まった感じがします。栗鹿の子と舌の間にパン一枚が挟まったことで、ちょうどよく甘さを調整してくれるのも嬉しいです。朝食としては若干重たいかもしれませんが、これはダブルソフトを用いたことも大きな要因のひとつなので気になさらず。

 

 

 

 そのままで挑むのは少々つらいので、濃いコーヒーなどと一緒に楽しむことをお勧めします。(画像の左がコーヒーです)

 

 

 さて、続いて「かのこ三昧」の方を食べてみたいと思います。こちらは味の異なる栗鹿の子の小サイズの缶が三つ詰め合わせになったものです。

 

 こちらもやたら物々しい雰囲気の箱に収められています。呪物とか入ってそうですね。

 

 

 フタを開けてみると、中には小さな缶が三つと、その上になにか薄い冊子のようなものが載せられています。

 

 

 

 冊子はかのこ三昧についての説明でした。

かのこ三昧

弊堂で栗鹿ノ子をおつくりしはじめて百年余り。はじまりのやり方を守る一方で、あたらしいおいしさにも出会っていただきたくて、目線を遠くへやったり、近くに落としたりしながら、長らく鹿ノ子の味わいに心をよせてまいりました。もちろん原材料は栗と砂糖のみ、甘みの異なる三つの鹿ノ子を愉しむ「かのこ三昧」と申します。

 ご丁寧にどうも……。

 仮に転校生のあいさつがこれだったら休み時間に生徒が殺到しますね。

 

 冊子と一緒に収められていたのは、3本の薄い木板。匙のようですね。

 

 

 こちらの銀色の缶については、先ほど食べた(大)と全く同じ味なので……。

 

 ここではないないして……

 

 残り二つを食してみたいと思います。

 

 

 まずはこちら、「くがね鹿ノ子」。先ほどの冊子には「栗の素朴な旨味を引き出し、ほくほくとした食感にしとやかな甘みを秘めている」との説明がありましたが、果たして栗の素朴な旨味を引き出し、ほくほくとした食感にしとやかな甘みを秘めているのでしょうか。

 

 開封してみると、見た目は先ほどの栗鹿ノ子と全然変わらないように思えます。中には栗が3個ほど。なんだかすごく安心します。目に見える範囲に、すべての栗がいることがここまで心に安らぎを与えてくれるとは。

 

 では一口。

 

 んー……。

 

 正直、プレーン栗鹿の子との違いがあまり分からないです。

 確かに言われてみれば栗本来の風味が強いような気もしますが、先ほどの説明書きを見た後の感想なので、正直あまりアテにはならないです。もう既にかなりの情報を食べちゃっています。

 

 お次はこちら、「まろやかのこ」。甘さ控えめで、みずみずしくきれいな後味が特徴とのことです。

 

 こちらもあまり見た目に特徴的な部分は感じられませんが、しいていうならペーストの粒が若干荒いような……?

 

 ではこちらも一口。

 

 

 うーん、やっぱり違いが分からない。

 

 先ほどのくがね鹿ノ子の味がまだ口に残ってるからでしょうか?牛乳で口内をゆすいでもう一口食べてみます。

 

 おお!

 

 確かに、他のものより若干、甘みが抑えられてるような気がします。なんだか、お正月の味がするような。それこそ、高級なモンブランのような、上品で落ち着いた味わい……。そんなもの食べたことないですが。

 

 

 さて、以上が栗鹿の子を一通り食べてみた感想となります。

 

 最後に皆さんに是非ともお伝えしたいのは、買うなら小さい方の缶が断然お勧めということです。

 

 ふんだんに栗を用いて丁寧に仕上げられた逸品ゆえ、なかなか値が張りますが、ぜひとも一度は口にすることをお勧めします。