俺は温泉が好きだ。
温泉に向かうまでの「イエーイ! 今日は温泉だあ!」という気分が好きだし、でかい風呂でぼんやりするのが好きだし、上がった後の「もう何もしたくありません」という気だるさも好きだ。
好きなのでちょいちょい温泉に行く。銭湯にも行く。
だが温泉のアレは嫌いだ。あの忌々しい、風呂で話しかけてくる知らないおっさんたちだ。許せねえ。
別にそういうおっさんのグループがあるわけではない。俺が風呂で知らないおっさんに非常にしばしば話しかけられるという話だ。
俺が温泉で話しかけられた知らないおっさんの中でも、特に特殊だったおっさんを紹介しよう。
あれはたしか中学生の頃だ。ナ月少年は温泉に入っていた。温泉が好きだったからだ。
浴槽の片隅でぼんやりとしていると突然、一つ隣の浴槽に入っているおっさんから腕を掴まれた。そしておっさんは言った。
「どうだ、電気が来るだろう!!!」
本当に怖かった。意味がわからなかった。
まず裸の状態で知らない裸のおっさんに腕を掴まれたのが怖かった。
そしてわけがわからないことを叫ばれたのも怖かった。
何より本当にビリビリとした電撃がおっさんの手から伝わってくるのが怖かった。
ナ月少年は怖がりながら「きっ、来ます」と答えるのがやっとだった。
こいつは電撃おじさんだ。俺は電撃おじさんに腕を掴まれてしまったのだ。そう思った。
電撃おじさんはさらに大声で続けた。
「俺は理科の先生だからな!!!」
本当に怖かった。意味がわからなかった。
電撃おじさんは理科の先生だった。
なんで理科の先生だったら手から電撃を放てるのだ。そんな道理があるか。
「そうなんですか」
電撃おじさんから電撃を流されながら俺は小声でそう答えた。「やめてくれ」と言うべきだった。
電撃おじさんはニヤリと笑うと、俺に電撃を流しながら話しを続けた。
「俺が入っているのは電気風呂! その電気風呂の電気が俺の腕を通じて君に電気が来ているんだ! すごいだろう!」
「すごい!!!」
俺は素直にすごいと思ってしまった。理科って面白い。そう思った。
一瞬物理現象への興味が裸の不審者への恐怖を上回った。
電撃おじさんは俺の反応を見ると満足げに風呂から出て行った。
多分あのおっさんは理科の面白さを教える妖精だったんじゃないかと思う。
いやそんなわけあるか不審者だ不審者。許さんぞ。本当に怖かったんだぞ。