寒空の下、二人の男が歩いている。一人はスーツ姿の若い男、一人はコートに身を包んだ白髪の老人だ。
「お、十円だ。ラッキー! 先輩、十円拾ったッス!」
スーツ姿の若い男は嬉しそうにコインを拾い上げた。
「ハハハ。なんだお前、十円くらいで大袈裟だな」
先輩、と呼ばれた白髪の老人は笑った。頬に大きな傷があり、左目には眼帯をしている。異様な風貌だ。
「ヘヘッ、塵も積もればッスよ先輩。お、しかもギザ十だ!」
若い男はコインを指で弄びながら言った。だが、白髪の老人は表情を曇らせた。
「ギザ十……か、呑気なもんだな。それがどういう物かも知らずに」
「え? 昔製造された十円はギザギザが付いてたんスよね? なんか特別な意味でもあるんスか?」
若い男は首を傾げた。老人が機嫌を悪くした理由が全くわからなかったからだ。
「その十円のギザギザをよく見てみろ。もしそのギザギザが、もっと長くて尖っていたら?」
「は? 何言って……うーん、まるで小さい丸ノコみたいッスね」
若い男は老人が何を言いたいのかわからなかったが、必死に想像力を働かせた。
「そうだ。昔の十円玉ってのは、まさに小さな丸ノコみたいなもんだった。そして、それが血を求めて飛び交い、人を襲ったとしたら!? どうなる!?」
老人は突然声を荒げた。その剣幕に若い男は怯み、立ちすくんだ。
「いや、意味わかんないッスけど……危ないんじゃないスかね」
老人も立ち止まり、若い男を見て言った。
「ああ、だから……俺が削った」
「は?」
「全部俺が削った。ヤスリでな。何年も何年もかかった。終わるまでに何人も死んだ」
「またまた、そんな馬鹿な」
「俺の顔の傷が、冗談に見えるか? 俺の左目が、冗談に見えるか?」
老人は若い男の襟をつかみ、見せつけるように顔を近づけた。
若い男は丸ノコのような十円玉が宙を舞い、老人の顔を切り裂くのを想像した。
「え……そんな、嘘でしょさすがに。だってこのギザ十、動かないですし……」
若い男は目を伏せ、手の中のコインを見た。そうだ、このコインは動いたりしない。だが老人は続けた。
「刃を削ると動かなくなる。眠りにつくんだ」
「眠りにつくって……でっ、でもじゃあ! なんでもっとツルツルになるまで削らなかったんスか?」
「削ったさ」
若い男はゾッとしてコインの縁を指でなぞった。ギザギザとした感触が指先から全身を這い回った。
「……また尖り始めてる?」
「あと何年後かな、奴らがまた目覚めるのは。その頃には俺はとっくにくたばってるだろうがな」
「…………嘘ッスよね?」
「嘘ピョォ~~ン!」
「もぉ~~! じゃあその顔の傷と左目は?」
「自分で! ナイフで刺したッピョォ~~ン!」
「なぁ~~んだ!」
二人は走った。獣のように走った。やがて二人は溶け合って一羽の巨大なウサギへと姿を変えた。
神は彼らを哀れんで、新たな星座にしてやった。
冬の星空を見上げると、今もウサギ座となり天を駆ける彼らの姿を見ることができる。