あなたは、「人生で一番笑った瞬間」を覚えているだろうか。
僕は覚えている。いや、『途中まで覚えている』と言った方が正しいかもしれない。
それは昨年末に行った、社員旅行での出来事だった。
その年の社員旅行は熱海の温泉旅館に宿泊することになっており、我々は昼過ぎに旅館に到着してからというもの、温泉に浸かったり卓球をしたりと社員旅行を満喫していた。
そして夜には、宴会場を貸し切っての宴会。
社員一同、懐石料理と酒を飲み食いしながら、オールドスタイルの正統派ドンチャン騒ぎをし、宴会後はほろ酔い状態でそれぞれの部屋に戻った。
僕の部屋は相部屋で、”山口”という上司と同じ部屋だった。
山口は関西出身で、身体が大きく、『優しい巨人』のような人間だ。優しいので人望は厚いが、巨人なので頭は悪い。以前も「ワシのIQ、ドーベルマンと同じらしいで」と誇らしげに言っていた。
部屋に戻った私と山口は、そのまま寝る気にもなれず、売店で買った缶ビールを飲みながら話をすることになった。
……僕の経験上、社員旅行の夜には上司と熱い仕事論を語るのが定石だ。この日のためにビジネス本も読んできている。さあこい。
すると、山口が口を開いた。
「よっしゃ、『嘘のおまじない』教えたるわ!」
……ん? なんだ? 嘘のおまじない? 何を言っているんだ?
確かに、山口は酒を飲むと意味不明な言動をすることがあった。しかしそれを鑑みても、今が『嘘のおまじない』を言うタイミングではないのは明白じゃないか?
僕が戸惑っているのをお構いなしに、山口はその『嘘のおまじない』を語りだした。
「クワガタの粉を赤ちゃんに飲ませると、明日は晴れる」
??????
どういうことだ? 何の理屈も通っていないじゃないか。クワガタの粉ってなに?
しかし、山口の『嘘のおまじない』は止まらない。
「ババアのへそにルビーを埋めると、この世の全ての鍵が開く」
何を言っているんだコイツは。嘘にしたって嘘過ぎやしないか。ババアのへそにルビーを埋めるんじゃない。
……そんな感情が土石流のように一気押し寄せ、気付くと僕は、布団の上でのたうち回りながら笑っていた。
「猿にRIKAKOの手料理を食べさせると、埼玉県にある火力発電所の電源がダウンする」
「4時44分に左腕にカラスが止まると、世界中の画家が死ぬ」
「熊に出会ったら、死んだフリではなく稲のフリをしたほうが吉。稲のフリをした人間は熊には見えないから」
山口によるデタラメな波状攻撃をモロに浴びた僕は、身体を這う衝撃を逃がすかのごとく手元にあった枕を殴りながら笑い続け、そして最終的には、
気絶した。
笑いすぎて気絶したのは生まれて初めてだった。急に視界がブラックアウトし、次の瞬間には朝になっていた。あの感覚は忘れられない。
ちなみに翌日、僕がどう気絶したのかを山口に聞いてみたところ、「それが急に朝になっとって、記憶が曖昧なんよ」とのこと。
山口も気絶していた。
なんで?