―このたびは最新映画の公開おめでとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
―これまでも数々のヒット作を生み出してきた名監督と名脚本家の夢のタッグが手がけるということで多くの映画ファンから注目を集めている最新映画が5年の製作期間を経てついに来月公開です。監督、公開にあたってなにかコメントをお願いします。
はい。
撮ってません。
―え?撮ってないというのは・・・。
そのままの意味ですね。最新映画、撮ってないです。
撮影期間中、家から出てないです。
―?
マジで撮ってないです。
一秒たりとも。
あっ待ってウソ。
トランプ手裏剣の映像は撮りました。
―トランプ手裏剣の映画なんですか?
トランプ手裏剣の映画じゃないです。
あの、
ほんとうに焦ってます。
―淡々となにを言ってるんですか。
―公開予定の映画を撮ってないってかなりおおごとじゃないですか?製作発表から5年たってますけど。
ピンチすぎて昨日からナイススティックしか喉を通りません。
―ピンチのやつがナイススティックなんか食うなよ。
―脚本家さんはどう思いますか。脚本家の立場からしたら信じられないですよね?
書いてないです。
―お前もかい。
執筆期間中、家から出てないです。
―それならむしろはかどるんじゃないですか。
ぼくはジャズとコーヒーと雨音とレゲエとメタルと赤ちゃんの泣き声と衣擦れの音と爆竹がないと筆が進まないんですよ。
―ふだんどこで作業してんだよ。
―じゃあ監督は脚本がなかったから撮影してないんですか。
脚本があっても撮ってないです。
―なんでだよ。
―じゃあ二人ともこの5年間なにやってたんですか。
マインスイーパにバカハマってました。
―マインスイーパに5年の歳月をかけるな。
ぼくはピンボールですね。裏コマンド入力したらボールが自由に動かせるんですけどそれで板が回転するところにボール固定して点数が増えていくのをじっと見てたらなんかめちゃくちゃ時間たってました。
―なんで二人とも古いWindowsのゲームばっかやってるんだ。
―そもそも、なんで映画が完成してないのに公開の話が進んでるんですか?
制作会社の人があんたの映画はいつになったらできるんだとか、別の監督はもう映画つくってるよとかうるさいから「映画くらいおれもできてるっつーの」って見栄を張ったらなんか話が進んじゃって。
―親に彼女いるってウソつく高校生かよ。
―ていうかなんでそんなやつらがこの取材ひきうけるんだよ。断れよ。
そこですよ、今日の本題は。
さっきも言いましたが、我々は焦っているんです。本当に。
映画の公開は来月ですが、明日その試写会があるんです。なんとかそれまでに映画を完成させないといけない。
―明日!?
―脚本もないのに無理じゃないですか?
いえ、ぼく達にいい考えがあります。
このインタビューの場を撮影させてください。その映像を使ってぼく達を主役にしたドキュメンタリー映画をつくるんです。
―ドキュメンタリー映画ですか。
ドキュメンタリー映画って被写体を映す第三者の視点ですすむでしょう。ぼくたち二人がお互いを撮るわけにはいかないんでどうしてももう一人必要なんですよ。
―そんなのこんな外部の記者じゃなくて知り合いのカメラマンとかに頼んだらいいじゃないですか。たくさんいるでしょ。
知り合いのカメラマンなんて使ったら5年間なにもしてなかったのがバレちゃうじゃないですか!
少しはこっちの立場も考えてくださいよ。
もし今回の一件が明るみに出れば我々の今後のクリエイター生命に大きく関わってきます。だから業界の人間にはとくに知られちゃいけないんですよ。
バカ。
―なんだこいつらムカつくな。程度の低いアイスクライマーかよ。
もし失敗に終わったらこのことをそのままスクープにしてもらっていいんで協力してもらえませんか。
―わかりました。映画は好きですし、失敗しても責任とらなくていいならできる限りのことはしますよ。
ありがとうございます!
―それでドキュメンタリーって話でしたけど、いったいなにについてのドキュメントなんですか?
今回の最新映画がどのようにしてつくられたかについてですね。
―?
?
?
―映画つくってないじゃないですか。
だからドキュメンタリー映画をつくるって言ってるじゃないですか。
―だからそのドキュメンタリー映画がなんのドキュメントなんだって話だよ。
だからドキュメンタリー映画をつくるところをドキュメントする映画をつくろうって話だろうがクソボケが!
―口わるっ。
あれ!?でも待って、そしたら最初のドキュメンタリー映画はなにをドキュメントしてるんだ!?
最初のドキュメンタリー映画がドキュメンタリー映画をドキュメントしてると仮定してそのドキュメントの対象ってなに!?
ドキュメントするってなに?
―自分からパラドックス起こして壊れるなよ。
―だから、そもそもドキュメンタリー映画をつくるならなにか成果物がないといけないんですよ。成果とかじゃなくてふだんの暮らしや風景に密着したドキュメンタリーもありますがそういうのって長い期間密着して撮影するものだし、たとえばWBCの優勝とか、それこそ大ヒット映画の裏側とか、そういったわかりやすい成果物がない今回みたいな状態だと映画として成立させるには厳しいんじゃないですか。
憧れるのをやめましょう。
―無理だって言ったの伝わってます?
あっ!!!
トランプ手裏剣の映像があります。
―よくさっきのあっ!!!が出せたな。
トランプ手裏剣を5年の成果として、その裏側がインタビューで明かされていく。こんな構成はいいんじゃないですか!?
―映画館でその映像が流れたら変な涙でるかもな。
―いっても5年ですよ。ほかになにかないんですか?
トランプ手裏剣以外はなにもないです。
―なにもないならしょうがないか・・・。
―じゃあもうトランプ手裏剣でいくとして、そっちのクオリティはちゃんと確保できてるんですか?そこが大前提になりますよ。
バッチリですよ。なんせ5年かけてますからね。教科書が一回改定されてるんですよ。
―いばって言うことじゃないですよ。
いま映像あるんでよかったら実際にみてみてください。
―なんでそこだけ用意がいいんだ。
それではトランプ手裏剣をやっていきたいと思います!
―がっつりオバケ映ってるじゃん。
まあこの場所山が近いですし、多少はどうしても入ってきちゃいますよね。
―虫みたいに言うなよ。
古くから山にまつわる怪異譚は多く語られてますからね。
―山由来のオバケってこんなチャーリーブラウンちの庭先でみそうな感じじゃないだろ。
スリーカード!
ツーペア!
―そんでこれトランプ手裏剣っていうより手裏剣トランプの映像じゃねえか。
ストレート。
―オバケ強いし。
どうですか。素晴らしい映像でしょう。
台本はもうできたんであとはインタビューのシーンの撮影をしてさっきの映像とうまいことつなげれば映画は完成です。
―本当にこれでいくんですか。なんかめちゃくちゃになる気しかしないんですけど。
まあ映画は生き物ですからね、ハプニングもちょっとは起こりますよ。
―全部ハプニングだろ。
―もうこの際最後まで付き合いますけど、どうなっても知りませんからね。
わかったから。
早く撮って。時間ないんだから。
―ほんとにムカつくなこいつら。
◇3ヶ月後◇
―ということでお二人が手がけられた映画『ドキュメント・オブ・トランプ手裏剣』大ヒットおめでとうございます。
―ふつうにオバケが映っているということでホラー映画として予想外にヒットを飛ばしている今作ですが、製作をふりかえってのコメントをお聞かせください。
またこのタッグで映画を撮りたいですね。
次は7年かけたいです。
―いい加減にしろよ。