最近、巷で噂になっている怪人がいる。
それは主として大学生を狙い、音もなく背後に現れる。
それは緩やかな午後に現れる。
それは気怠げな朝に現れる。
だからそれは、略されも訳されもせず、こう呼ばれている。
おもにモラトリアムの中でエモがっている大学生を襲う怪人
と。
私は知人のツテで、3人の『被害者』と接触することに成功した。
これからお読みいただくのは、自称・都市伝説の被害者たちの体験談である。
Case #1 リョウイチ(大学3年生・もと軽音楽サークル)

取材に協力していただいたリョウイチさん
あっす、はじめまして。
リョウイチです、大学生です。
……サイケ、蟹光線さん?
あ、いや知らないっす、すみません。
オモコロ……ああ、YouTubeの!
けっこうサブカルっぽい感じのやつですよね。へーあれ出てるんだ、すげえ。
あ、すんません、おもにモラトリアムの中でエモがっている大学生を襲う怪人の話ですよね。
___あれは、ライブの後のことでした。
その日のライブはかなり盛り上がったんです。ああいや、客とかは、ほとんど身内でしたけど。
みんなの『音』、やたらエロくて。
ライブ終わっていつものトリキで打ち上げしたあと、2次会行って、3次会行って。
で、田舎なんで27時回ると居酒屋だいたい閉まってて、まだ潰れてないメンツで宅呑みするっていう、まあお決まりのコースでその日も呑んでたんです。

サークルの演奏会にて、ギターソロを披露するリョウイチさん
その日は俺の家で呑むことになりました。俺とマサ、エリちゃんとユキちゃんっていう後輩の子の4人で。
……サイケさんはあんまり知らなそうだけど、呑み会って人数少ないほど話題がゲスくなるんすよね笑
部長が高校生と付き合ってるらしいとか、退学したあいつは関西でヒモやってるらしいとか、そんな碌でもない噂話を肴にしてるうちに酒が足りなくなりまして。
マサとエリちゃんがコンビニで買い出ししてくるって出て行ったんですけど、帰って来ません。
だから俺、あーやられたなって思って。
抜け駆けされたんですよ。
俺がエリちゃん狙ってるの、あいつ知ってたくせに。
それでもう虚しくなっちゃって、ユキちゃんを押し倒しました。
あいや別にウミガメのスープの話はしてないですよ。
論理クイズじゃないです。
あれ、わかんないですかそういう……雰囲気? 感情の機微? みたいな。
あの、大事なのはここからなんで、ちょっとシーでおねがいしますね。
……コトが終わった後、俺はタバコを吸いながら、背中を向けて眠るユキちゃんに話しかけました。
俺たちの関係って、何なんだろうな。
余り物どうしで、何やってんだろうな。
って。
その時でした。
アレが現れたのは。

あ……っ……
あれはっ、おそろしい形相で、俺という存在の全てを恨んでいるかのような声音で、こう言いました。




『性欲で充満した汝のモラトリアムを』

そこから先のことは、話したくありません。
まさか俺の体に、あんなにもほじくれる場所があったなんて……
リョウイチさんはこの事件があった後、軽音楽サークルをやめたという。
「コピーバンドって、意味ありませんから」
「就活の方が、意味ありますから」
既に大手企業からの内定を複数いただいたと、彼は爽やかな顔で語った。
Case #2 トヨヒコ(大学3回生・もとイベントサークル)

取材に協力していただいたトヨヒコさん
トヨヒコという名には、『曾孫の代まで富むように』との願いが込められているそうである。
生後間もない私の相貌は愛嬌と叡智ではち切れんばかりであったから、両親が過分な皮算用を弾いてしまったのも無理からぬ話ではあるのだが、それにしたって限度がある。今の私はどうだ。倒壊前夜と囁かれることウン十年のぼろ下宿から這い出しては倒壊済みとの噂の絶えないぼろ大学へと這い入る日々を繰り返すこと三年半。鏡を眺めるたびに怒りに駆られる。なにゆえおまえはそんなことになっ__
あ、本題に。はい、入りますね。すみません。
え? モリミ、トミヒコ?
いえ知りません。
意識してません。

おほん。あれは大学で迎えた三回目の春の日のことであった。
オオツとはイベントサークル「きずな」で出会った。オオツは不摂生と不養生をルーチンワークとしており、その甲斐もあってかいつもゾウの足裏のような顔色をしている。そのような風体なので、サークル内カーストにおいても誇り高き足裏とも云うべき位置にへばり付いていた。気に食わないのは、私もまた足裏にへばり付くガムとしての立場を揺るがざるものとしていたという事実である。かのようなもの悲しき状況を鑑みれば、読者諸君。私とオオツがサークルに対して謀反を企てるようになったのも、情状酌量の余地があるとは思わないだろうか。
ですからサイケさん。
森見登美彦の文体など、意識しておりません。
小津というキャラクターなど、知りません。

あの日、私はいつもの四畳半で小津、じゃないオオツを待っていた。いかにして「きずな」の人間関係をひっちゃかめっちゃかにしてやろうかという、この上なく崇高な会議を行うためである。足裏の毒米粒ズと並び評される私とオオツの暗躍により、「きずな」を取り巻く人間模様は宵越しのすき焼き鍋のごときぐずぐずっぷりを見せていたが、この度、最後の一撃を加えてやろうという魂胆である。
建て付けの悪い引き戸が、不快な音を立てて開いた。
だが、その時入ってきた人物は。
オオツでは、なかった。

あれが我が四畳半に差し入れを寄越しに来た殊勝な怪人でないことは、紙背を見通す我が慧眼を凝らすまでもなく、自明のことであった。あれは私に言った。




『自己陶酔に満ちた汝のモラトリアムを』

それから起こったことについては黙秘させていただく。
ほじくられ尽くした身体ほど語るに値しないものはない。
トヨヒコさんはこの事件があった後、オオツと絶縁したという。
「サークルの方も、これまでの失礼千万を陳謝したあと自主的に抜けさせてもらいました」
「いつまでも無益に酔ってはいられませんので」
今は履歴書の作成に苦心していると、彼は照れくさそうに語った。
Case#3 タケオ(会社員・36歳)

取材に協力していただいたタケオ(仮名)さん
正直なところ、このインタビューをお受けするかすごく悩んだんです。
だってぼくは……ご覧の通り、大学生じゃない。
確かに、あれは『おもに』モラトリアムの中でエモがっている大学生を襲う怪人。
大学生以外を襲うこともあるのかもしれない。
しかし、ぼくの前に現れたあいつが巷で恐れられている存在だとは、どうしても思えないんです。
____1年ほど前になります。
当時ぼくは、いわゆるブラック企業に勤めていました。
朝礼、外回り、定時連絡、会議、見積もり、日報作成……
休憩時間は上司から身に余るハラスメントを賜り、繁忙期には飯を食う暇もありませんでした。
でも、そんな中で唯一だれの咎めもなく休める時間がありました。
上司のウンチタイムです。
昼食をとってから数時間後、上司は必ず長めのウンチタイムを取りました。
慢性の痔のようで、トイレから響くどこかカワセミに似た泣き声を聴きながら、ぼくと同期は束の間の休息を噛み締めていたのです。
あの日も。
上司のウンディショナル・タイム(ウンチのアディショナルタイム)が始まるのを確認し、ぼくは従業員用の裏口扉から抜けたところにある自販機の前で佇んでいました。
このまま、上司の肛門環境の悪化だけを願うだけの毎日でいいのかな。
いつか上司が、適切な医療を受けてしまったらどうしよう。
これじゃあぼくは、ウンチタイム哨戒班じゃないか。
ウンチ次第ですぼくは
じゃないか。
そんなことを考えていたと思います。
そのとき、首筋に缶コーヒーの当たる感触がしました。
同期かと思って振り返ると、そこには。

あいつがいました。
そのときぼくは咄嗟にこう思ったのです。
「ああ、この人がぼくを殺してくれるんだ」と。
でも、それは違った。
恨めしげに口を開いたあいつは言いました。

そこから先のことは、話したくありません。
おじさんがほじくられ尽くした話なんて、聞きたくないでしょう。
タケオさんはこの事件があった後、辞表を提出したという。
「今は、9時5時とは言わないまでも、ちゃんと休みを取れる会社で働いてます」
「きっかけをくれたあいつには、感謝してるんですよ」
彼は晴々とした顔で語った。

さて、彼らの体験談を読んで意外に感じた読者も多いだろう。
そう。彼らはみな、かの都市伝説と接触したあと、人生を好転させている。
少なくとも退廃的な生活から抜け出す一手を打っているのだ。
これがかの怪人の権能によるものなのか、『ほじくられた』末の価値観変容なのか、本当のところはわからない。
ただ、今回の取材を通して
『おもにモラトリアムの中でエモがっている大学生を襲う怪人』が人類に危害を及ぼす存在であると、筆者は断じ切ることができなかった。

……と。
こんなもんでいいか。
インタビュー記事ってのを初めて書いたが、まあやることは普段と変わらない。
憧れのオモコロにスカウトされて、オモコロからお金をもらって。
夢に見た生活のはずが、気がつけば当たり前になっていく。
それでも俺は、
この『新しい当たり前』が、
いつまでもだらだらと続いていくことを
願うばかりだ。


Case#4 サイケ蟹光線(オモコロライター)

サイケ蟹光線
りきすい











