────これはむかし僕が森で迷ってしまったときの話です。
どうにか森を出ようとしましたが、どれだけ歩いても似たような景色が続くので自分がいま森の外へ向かっているのか、それとも逆にさらに森の奥深くへ進んでいるのかわからないような状態でした。
長い時間を歩き続けて足は重たくなるばかり。しばらく腰を下ろしてもまるで体は休まりません。
疲労感と空腹感も限界に達し、もはやここまでかと思ったそのときでした。
“あの店”を見つけたのは────。
「お客様、当店の料理はお口に合いますでしょうか」
「ええ、どの料理もすごく美味しいです。本当にこんなに美味しい料理はいままで食べたことがありませんよ」
「それはよかったです」
「でも不思議ですね。こんなに美味しいのに他にお客さんがいないなんて」
「ありがとうございます。まあ、もともとあまり人が多く来るような立地じゃありませんからね」
「お客様はお帰りの際は大丈夫でしょうか」
「ええ、携帯がつながったんでなんとかなると思います」
「それなら安心ですね」
「それではそろそろメインの料理ができあがりますので、いましばしお待ちください」
「いやー、楽しみですね」
「(物腰のやわらかなご主人だな。辺鄙な場所にある店だし正直ちょっと不気味な印象だったけど、料理の味も店主の人柄もいいし、文字通り隠れた名店ってやつか)」
「お待たせしました。こちらメインの料理でございます」
コト
「おお、これはまた美味しそうですね」
「こちら、人肉ハンバーグでございます」
「えっ・・・?」
「すいません、いまなんと・・・」
「はい、人肉ハンバーグでございます」
「・・・!」
「はーっ・・・」
「食べた後に言いません?」
「は、食べた後というのは・・・」
「いや、だって人肉ハンバーグでしょ。人の肉を使ってるってことですよね」
「そういうショッキングな真実って食べてからネタばらしするものでしょ。それを知らされて僕が『じゃ、じゃああのとき食べたのは・・・!』って衝撃を受けるまでが一連の流れじゃないですか」
「それをあなた、『人肉ハンバーグです』って出されたらそんなのヤラセになりますよ。『あのとき食べたのは・・・!』なんて言ってもいやお前知ってて食っただろってなっちゃうでしょ」
「よくわかりませんが、配慮が足らず申し訳ありません」
「まったく、ちゃんとしてくださいよ」
「ってか、人肉ってやばくないですか?この店人肉だすんですか?そしたらいままでの料理も一気に見方が変わってくるんですけど」
「そういえば最初に出されたスープ、美味しかったですけど初めて食べる味でしたよ。あれなんのスープだったんですか」
「ウミガメのスープです」
「なっ」
「・・・っ!」
「はーっ・・・」
「食べる前に言いません?」
「一応、スープとはお伝えしましたが・・・」
「いやまあ普通のスープならそれでもいいでしょうけど、ウミガメのスープですよね。じゃ話は別ですよ」
「先に『ウミガメのスープです』って言われてないと食べた後に物語が始まらないじゃないですか。ただスープ飲んだだけで終わっちゃいますよ」
「そのウミガメっていうのは実際、ちゃんとしたウミガメなんですか?」
「はい、本物のウミガメを調理しております」
「それを聞いて安心しましたよ」
「まあそこ本物だとハンバーグの件が余計深刻になるんですけどね」
「しかし人肉じゃないにしてもやっぱりただのスープじゃありませんでしたね。これ他の料理もなんかありますね」
「なんもないわバカ」
「サラダは?食べた感じだとふつうの美味しいサラダでしたけど、あれも実は死体埋めた土で育てた野菜使ってたりとかしませんか?」
「すごいめちゃくちゃ言うな。名誉棄損どころじゃありませんよ」
「自分でもめちゃくちゃ言ってるなとは思いますけど人肉ハンバーグが可能性の翼を広げてるんですよ」
「野菜は知り合いの農家から譲ってもらっているものです。市場にも売りに出されているごく一般的な野菜ばかりですよ」
「ドレッシングも海外から取り寄せたふつうの市販品です」
「そうですか、サラダはとくに変わったことはないんですね・・・」
「・・・・・」
「ドレッシングあったんですか?」
「言いませんでしたっけ」
「聞かされてないです」
「フレンチ・イタリアン・オニオンの三種類があります」
「いま言わないでくださいよ。『素材の味にこだわってるんだな』と思ってそのまま食べちゃったじゃないですか」
「“サラダをままいっちゃう自分”が好きなのかなと思ってました」
「ふつうにドレッシングの方が好きですよ」
「なんなんですかこの店は。怖いお店かと思ったらシンプルにサービスの質が低いじゃないですか。さっき小さい声で悪口言ってたのも聞こえてましたよ」
「申し訳ありません」
「僕もピンチを救ってくれたお店にこんなこと言いたくないですけどね」
「徒花と散るところでしたね」
「そういうとこですよ」
「でも、料理の味は良かったですよね。パンも焼き方にはけっこうこだわってるんですよ」
「パンなんて食べてませんよ」
「えっ?・・・あっ!」
「パンです」
「いりませんよ!」
「あっもしもし?いきなりで悪いんだけどちょっと迎えに来てくれない?位置情報送るから、うん、ありがとう」
「すいません、もう充分なんでお会計お願いします。いくらですか?」
「120万円です」
「ひゃ、えっ高っ・・。そんなするんですか?」
「森の奥で人肉出すような店が安いわけなくないですか?」
「ごもっともすぎるな。負けましたよ」
「ここで下手にゴネたら自分がハンバーグにされるかもしれないし、おとなしく払いますよ。カードで、120回払いでお願いします」
「うちカード使えないんですよ」
「この価格設定でですか!?」
「えっじゃあ他のお客さんみんなどうしてるんですか。札束持ち歩いて食べに来てるってことですか?」
「はい、みなさんカバンなどに入れてご来店されますね」
「なので『お帰りの際は大丈夫ですか』とおうかがいしたのですが・・・」
「あれそういう意味だったんですか」
「それでお客様、支払えないんですか?」
「(いきなり現金120万円は無理だろ・・・。でも人肉出すようなやつだし言うこときかないとまずいよな)」
「(いやまてよ、もしかしたら走って逃げられないか?食事もしたし、ある程度体力は回復してるからいまならそれなりに走ることはできる)」
「(店の外は木々に囲まれた森だ。ある程度距離が離れたら向こうだってこちらを見失うだろう。うまく不意をついて一気に走って逃げればこの場を切り抜けられるんじゃないか)」
スッ
「フッ!」
バリッ
「(なんてことだ、勁を流せるのか・・。つまり距離をとっても無駄ってことね)」
「もしもし?悪いんだけど迎えに来てくれるときに一緒に120万円も持ってきてくれない?現金で」
「え?食事代」
「いや特殊詐欺とかじゃなくて」
「頼むよ、払えないとやばいんだよ」
「戦えって・・・無理だよ、かなり”使える”んだから」
──────その経験があったからですね。僕が全国にもっとキャッシュレス決済を普及させようと思ったのは。
やはりいざというときに支払いができなくて困るというのは誰にでも起こりうることですから。
慣れないうちはキャッシュレスってなんとなく不安に感じるんですけど、現金を使わないことでむしろお金というものが身近になるんですよね。
お金は我々の生活に必須なものだからこそ、もっと便利になればいいと思っています。
(談・”キャッシュレス100賢人”が一角、
現金 不使男(げんきん つかわないお)