という訳で2日後。
「同じ記事の中だから服変わんないほうがいいかな」と同じ服装にしたが、よく考えると2日間着替えてない人みたいになってると執筆中に気づいた。
アヒルくんも2日ぶり。
ちょっと乾いて身が締まっているように感じる。
アヒルを常温に戻している間に、付け合せやソース、北京ダックを包む為の皮を作っていく。
まずはソース。
甜麺醤とはちみつ、醤油を混ぜたシンプルなもの。
どうやら仕込みに使った海鮮醤も北京ダックに合うらしいのでこちらでも作ってみる。
舐め比べてみたが、海鮮醤のほうが複雑に味が重なってるなぁ~と感じる。それから塩気が弱く、はちみつの風味が際立って感じる。
甜麺醤とどちらが優れている、というよりは好みが出るかな、程度の違い。俺は海鮮醤の目新しい風味が好きで、原宿編集長は甜麺醤の方が好きだった。
次に薬味のきゅうりとネギを細切りに。
きゅうりといえば、子供の頃に聞いた事がある裏技なんですけど
こうやってヘタのあたりを切って、ここを擦り合わせると……
こうやってアクみたいなの出てくるんですよ
おお!これ■■■■みた……
飯の記事だって言ってるでしょ!!!
……で、これ、それこそ20年位前からずっとやってたんですけど、ある時ふと『これってなんの根拠もないな』って気づいちゃったんですよね。だって端っこ擦ってるだけで全体のアクが抜けるのってホントか?って思いません?
確かに
でも、子供の頃に信じたものって、それこそ理屈とかなしにずっと『そういうもの』として受け入れちゃう……って不思議な気持ちになったんですよね
まぁ、最近調べたら本当に効果があるらしいんですが……
あるんかい
きゅうりの断面からはギ酸を含んだ苦味を感じる液が出るが、ヘタで擦ると維管束を通ってその液が排出されるらしい。農研機構も研究して成果報告をしているので参考にされたし。(https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/vegetea/2009/vegetea09-25.html)
ネギは白髪ネギにして水に晒す。白髪ネギの作り方に毎回悩む。今回は太めでいいのでおうち麺.TVでやってた刻み方にした。
そして北京ダックを包む皮を焼く。今回は春餅(チュンピン)という薄餅(ハオピン)の一種を作る。
ちなみに先に言っておくと、本来北京ダックを包むのに使うのは烤鴨餅(カオヤーピン)というものらしいし、春餅にしては焼きが薄いし(漠然とイメージしていたのが蒸したものだった)それでいてちょっと分厚いので、多分この世の何にも属さない物体が出来上がっている。ファルシのルシがパージでコクーンみたいな文章だ。
「は?なんか違わない?」と思われるかもしれないが温かく見守って欲しい。何が正解なのかわからないしマジで食った事ないんだから許してよ。
ちなみに上手く作れなかったら春巻きの皮で代用します。これこのまま食えるらしいので
生って書いてあるけどいいんだ
焼いて作る生地なので大丈夫みたいです。デイリーポータルZに書いてありました
世の中のちょっとしたライフハックの6割はデイリーポータルZに書いてある。
あと記事書く時一番最初にやるのはもうDPZに記事がないかの確認。
小麦粉と水を練り合わせ、30分ほど寝かせ、クレープのように焼いていく。
多分お玉でこうやって……
こう。
どんどん焼いていこう。
20枚程焼いたら明らかに焼くのが上手くなっていた。
オモコロの記事を書いていると、今後の人生になんの意味もない技能にばかりスキルポイントを割り振ってしまう。
人生ってレベルMAXまで上げたらスキル全部取れるタイプのゲームじゃなかった気がするんだけどなぁ。
なんか美味そうなので試しにつまみ食い。
無味。
塩すら入ってないので、むっちりねっちりした食感だけあってなんの味もしない。
山形県民だけに伝わる例えをすれば、なんの味付けもされてない具なしのどんどん焼きみたいだ。本当に山形県民にしか伝わらない。
これさっき作ったソースかけて喰うと美味い。地方の伝統的なおやつみたいな……
あ、本当だ。焼きまんじゅうとかそういう方向の味になりますね
少なくとも野菜を包んでソースをかければ喰える事がわかったので一安心。
さぁ、いよいよメインイベント。北京ダックの「焼き」に入る。主役に再度登場してもらおう。
いろんなやり方があるんですが今回はオーブンで。一応オーブン使わない方法も用意してますが手間的にやりたくない……
なんか……こいつとの付き合いが長くなって、だんだん愛着が湧いてきたな
まさか北京ダックで『ブタがいた教室』をする事になるとはね
今は命の形をしたアヒルがいる部屋。そしてまもなくアヒルがいた部屋になる。3日間の命の授業。
脚と手羽にアルミホイルの靴下を履かせる。
(可愛がってるとかではなく焦げそうなので)
そして予熱を終えたオーブンに投入。鳥になってこい。幸運を祈る。
まずは160℃で20分位焼いてみます。あとは調整しながら……
E01。
……?
型番とエラーコードでググれば……あ、『食品の量が多すぎる可能性があります』だって。
……え?詰み?
置き方を工夫したらなんとか動いてくれた。作業中に内壁に手を接触させて叉焼になりかけた。
記事の都合前後してるが実際はオーブンで加熱しながら春餅を焼いたりしている。
――――
原宿さーん。15分位経ちましたけど、焼色とかどうですか?
んー。上の方がこんがりしてきてるかな
もう!?ちょっと一回止めます!
背中のあたりがいい色になっている。いや、なりすぎている。
大きさからして最低でも3~40分は焼かないと火が通らない筈なので、たった10分ちょっとでこんがりしている部分があるのは明らかに早すぎる。
これ以上焦げると最終的に真っ黒焦げになるのでアルミホイルを被せて……温度も下げましょう。150℃で加熱します
あー焦った~……3日かけて丸焦げENDになるかと思った
はは……あー……
こえー……
ヤダーッ!失敗したくないーッ!
難しい何かに挑む記事は、『失敗しました』で終わる事は許されない。
「できなさそうな事に挑んで、できませんでした」という記事は「そりゃそうだろ」以外の意味を持たない。
故にチャレンジ記事を書くのなら、道中に障害があったとしても、紆余曲折あっても、最終的にはゴールにたどり着かなければならない。
だから撮影の時にはプランBを想定しておく。上手くいかなかったとしてもバックアップの『雨傘』を用意してあれば前に進む事が出来る。
でも、このアヒルに予備はない。黒焦げにしたら終わり。プランB?あ?ねぇよそんなもん。普通の丸焼きだったら皮を取り除いて食べる事が出来るが北京ダックは皮を食べる料理。一番大事な所が喰えなくなったらもう『ザ・エンドってね』と記事を打ち切るしかない。
この時滅茶苦茶カッコ付けたがこれで失敗して記事がポシャったらと思うともう立っていられない。
「失敗を恐れてはいけない」だとか、「トライアンドエラーが成長に繋がる」とか、上手く行かない事が未来の礎みたいなキラキラワードはごまんとある。
が、ここでアヒルが台無しになってしまったとて、それは未来への成長に繋がったりはしない。俺は記事を書くためのネタと、費やした労力と、撮影の為に取った有給を2日そっくり失うだけだ。
大した事ないと言えばそうだ。どうせ消化しきれない有給休暇のうち、たった2日をフイにするだけ。
でもな。こういう等身大の損失が、一番ダメージがでかいんだよ。
皆も想像出来るだろ。職場で頭下げて有給休暇用意して、それで何にもならない失敗をした時の痛みが。殆どの人間は片腕を切り飛ばされる痛みをリアルに想像する事は難しいが、一方で爪と指の間に針を捩じ込まれる激痛をありありと思い浮かべる事が出来る。
だから怖い。誰もが同意出来て、でも同情はしてくれない、そんな苦しみが数十分先にリアリティを持って待ち構えている。
もし焦がしちゃったらこの部屋を飛び出してがむしゃらに走り出しちゃうかもしれない。でも追いかけないで欲しい。俺は1人で泣く。
その後は慎重を期して、低温でじっくりと火を通す。アルミホイルを被せたり、ひっくり返したり。その度にE01エラーを吐かれたり腕を叉焼にしかけながら、大体50分程の調理。
……できた。無事に焦がさず火入れを終える事が出来た。
この時点ではパリッとしているのはしっかり焼き色がついている一部だけで、それ以外はふにゃっとしている。
本来大きな炉でやる調理なので家庭用オーブンでは難しい。なので、ここで用意していた最終工程によって北京ダックをパリパリに仕上げる。
先帝の無念を晴らす!
中華鍋に油を注ぎ、再び登場のブッチャーフックでアヒルを吊り、投入。
そして加熱された油を何度も何度も掬い、かける。
ほら。なんか見たことあるでしょこの作業。これで皮をパリパリにしていく。ちょっと危ないが。
万が一ひっくり返したら外の方に逃げてください。消火器は出口出てすぐにありました
怖い事言わないでよ
油を浴びせる度に、アヒルの表面に小さな気泡が浮き出す。お玉で肉の表面を撫でると揚げ物特有の乾いた感触が手に伝わる。
これはいける。
……あれ?そのフック刺さってた穴……
……?
赤い肉汁出てきてない?
……
……
レンジで温めます!!!
ここまで来たら手段は選んでいられない。
レンチンしてる時点で宮廷料理としては落第間違いなしだが、何がなんでも喰える状態にしなければ。こいつは完成させる事に意味がある。みっともなくても、這いつくばってでも、「いただきます」というゴールまで辿り着いてみせる。
10分位チンして肉汁が透明になった。ひとまず食中毒回避。
油風呂再開。男塾だって2度はやらん。
レンジで温めた影響か、皮は完全にふにゃふにゃになっていた。多分内側に閉じ込められていた水分がなんやかんやしたせいだろう。
もう油を回しかけるというよりはガッツリ「揚げ」に入っているが結局パリッとした皮に戻る事はなかった。一部皮が剥がれ始めたし、ずっと油に浸かっていたケツの部分が焦げ始めたのでここいらが潮時だろう。
こうして北京ダックが完成した。正直見た目だけなら90点はある。
そして物撮りを忘れた。記事としては0点。
食べよう。食べてしまおう。北京ダック丸々一羽独り占めだ。ちゃんとした中華料理屋でこんな事は出来ないだろう。
(やろうと思えば出来ると思うが、そんな事する人いないと思うので)
……いや、割に合わんな。
多分だけど、自作のクオリティの北京ダックを食べて、目が覚めるような経験をする事はないだろう。
「あーまぁ美味いっすね」という体験をすると同時に、今日ここまでに費やした労力を想像して「この分の金使ってマジで美味い北京ダック食べに行った方が得だったな」と打算的な考えが浮かんでしまうのが目に見えている。
だとしたら、この北京ダックにはもっと幸せを生み出して貰おう。
この一羽の北京ダックで、生成出来る幸福の総和を稼ぐスコアアタックと洒落込もう。
チン。
すみませーん!!!
北京ダック食べませんかーーー!?
想像して欲しいが、「北京ダック食べていいですよ。タダで」と急に言われたら嬉しいだろう。……多分。有り得ないシチュエーションだからちゃんと想像出来てるか怪しいけど。
だから、今北京ダックを食べて本当に嬉しくなれるのは、俺ではなく、バーグのオフィスにいた何も知らない人達だろう。
一つ懸念があるとすれば、今は平日の業務時間中なので仕事に集中してる人達には煙たがられるかもしれない事だが。
ワッ
皆来てくれた。
とは言え、まずは毒見を兼ねて自分から。
皮を切り取って……
あれ……かったいな……身が全然ないぞ……?
見栄えを考えて背中側を上にしたのだが、こちらには肉が殆どついていなかった。骨と皮しかない丸鶏を削いでいるとちょっと虚しくなる。北京ダック的にはそれで正しいのだが。
春餅に甜麺醤を塗り、ネギときゅうりを乗せ、
今剥がした皮を乗せ、
タレをかける。
ちょっと春餅が小さい。本当は3方を閉じてタレがこぼれないようにするらしいのだが。
いただきます。
……わかんね。
美味しいような気もする。でも正解を知らないからこれが北京ダックに対して抱く「正常な美味しい」かがわからない。
原宿さんもどうぞ
美味い!ちゃんと北京ダック!
ありがとうございます!北京ダックだけ、というのもなんですし……
今日の業務を 終わらせに来た!!!
紹興酒なんかもどうですか?
(平日の業務時間中)
(多分就業時間中)
くううううう!
皆にも振る舞おう。
美味い!
美味い!
鳥になってしまったらしい。
はーいどんどん作りますよー……
ドンペン君?何故?
外野から「同じ鳥の仲間だからじゃない?」との解釈が生じた。
だとしたら同胞の亡骸が皮を剥がれてる所を見せないであげて。
美味い!
そういえば気になるのが皮の下、北京ダックではあまり食べないと言われる肉の部分。多分胸肉だと思われる部位にはしっかり肉がついている。
そぎ切りにするとかなりしっとり感を残している。あんなにレンチンしたのに。これはアヒル肉の特性なのか、あるいは丸焼きにしたから、という事かもしれない。
塩で行ってみよう
! 美味い!美味いじゃんアヒルの肉!
「骨の苦味も感じて美味い」という元肉屋のバーグ社員・加藤さんによる的確な食レポ。
味覚には五味の他「カルシウム味」という第六の味覚がある可能性が指摘されているらしい。
だから骨の出汁や丸焼きは美味いのかもしれない。
お肉たっぷりでお願いします!
美味い!
北京ダックの肉、美味い。北京ダックは皮を楽しむ料理ではあるが、それがすなわち「アヒルは皮が本体」という事ではない。
アヒル料理が色々ある以上当たり前ではあるのだけど、「アヒルと言えば皮を食べる北京ダック」というイメージがあるが故に新鮮な経験だ。
そして解体中にもぎ取ったアヒルのもも肉。(頑張って捌いていたので汗だく)
ローストチキンなら定番の部位だが、北京ダックのもも肉をこうやって食べた事のある人はいるだろうか。「北京ダックなんて飽きるほど食べたよ」という食通だって、ここにかぶりついた事はないだろう。
(やろうと思えば出来ると思うが、そんな事する人いないと思うので)
間違いなく人生に一度きり、大半の人は思い描く事すらない体験をしようとしている。いただきます。
(と、勢いよくかぶりついたが骨)
やはりしっとりした肉の食感、鼻にほのかに抜ける五香粉の香り。下味をつけていないので塩気がなく、皮の脂が少しくどいが鶏肉とは違うアヒルの風味を感じる事が出来る。
成る程、これが北京ダックのもも肉の味……
海鮮醤ソースをかけたら美味しかった。甘みの強い味付けが合う。
この後は削げる肉は片っ端から削ぎ落とし、皆で北京ダックを味わい尽くしたあとに残ったのは骨だけだった。皮を楽しむ料理でありながら、余す所なく美味しかった。本来は骨の出汁まで楽しめるのだというから凄い。
北京ダックを作るという経験。
ここまで叙事詩が如く書き綴ったが、実際は「やろうと思えば出来る」範疇の料理だった。
確かに面倒だし大変だが、前人未踏の霊峰に挑んだというほど大仰ではなく、せいぜいが小高い丘に登ったようなものだろう。
でも、丘の上からしか見えない景色もあるし、「あの丘景色よかったよ」と伝えられるのも登った者だけだ。
1つ1つは大した事なくとも、それを繰り返した者にしか紡げない言葉が見つかるかもしれない。
だから俺は、こうして1つ1つ、丘を越えて行こうと思う。
そう。北京ダックだけに……
北京ダック(アヒル)だけに丘を登って(go up a hill)ってね……
今回参考にさせて頂いた動画
【家庭で作れる】本格北京ダックの作り方(https://www.youtube.com/watch?v=ZPORAKY27hA)
(ホルモンしま田様)
北京ダックの作り方(https://www.youtube.com/watch?v=6h730MzXas4)
(けんた食堂様)