ウッチャンナンチャンのバラエティは強い

▲TV欄の本を確認中

 

 

じゃあ、次は民放いきましょうか。話すだけ話して脳のデフラグをしましょう。僕はこれですね。

 

 

 

特ホウ王国!

 

 

ウッチャンナンチャンが司会なん……

 

 

オイッ!

 

 

「“投稿”が入ってねェだろうがよ!!」

 

 

厳しい。失礼しました……。“投稿”!特ホウ王国の間違いでした……。

 

 

おおきちさん、真剣にやってくれないと困るンすよ? 字も間違えてるし

 

 

投稿!特ホウ王国

94年。司会はウッチャンナンチャン。視聴者から投稿された「おもしろ仰天スクープ」を内村班と南原班に分けて、報道形式で紹介する番組。今でいうナニコレ珍百景的な番組

 

めちゃくちゃバカバカしくて好きだったな、おならでなにかをするとか。エスパー伊東こと伊東万寿男とか、Mr.マリックこと栗間太澄が毎週出てたり

 

 

ガセというか釣り情報もたくさんあったよね。THE ヤラセって感じで好きだったな〜

 

 

「その時、特派員が見たものは〜!?」

 

 

オチの前に白黒になるフォーマットあったな!僕が一番覚えてる特ホウは……

 

 

俺、分かるよ!多分アレでしょ?せーのッ!

 

「バストで絵を描く女!!!」

 

▲揃ったのでめちゃくちゃウケてしまった

 

 

サングラスをかけた女性が、おっぱいに絵の具をつけてムンクの叫びを描くんですよ。誰も絵の出来なんて見ずに、おっぱいしか見てない

 

▲キャンパスに胸を擦りつけて描いていた様子の再現

 

特ホウ王国はお色気企画が多かったよね。今だったら絶対炎上してる

 

 

バストで絵を描くシリーズは続編があって。「さらなる進化を遂げたぁ~~」ってあのネチっこいナレーションで紹介されるの。覚えてる?

 

 

そこまで覚えてないです。どう進化したんですか?

 

 

点描画になる

 

 

 

 

くだんね〜〜(笑)。ヤラセ確定!でも、最高!

 

原宿・加藤の覚えてるバラエティ

永田の紹介に行く前に軽く原宿・加藤のものを紹介。

「生ダラで定岡正二が放った、ナイアガラ・ドロップ・キック」

生でダラダラいかせて!

91年。当初は高校生が激論を交わすという「しゃべり場」のような番組だったが、徐々にPK対決をしたりカート対決をしたりするロケ番組へとなっていく。デビット伊東がラーメン屋を始めたのもこの番組がきっかけ。

 

元・巨人の定岡正二がPK対決の時に咄嗟に放った必殺シュートの名前で、これが妙に面白かったんだよね。

 

 

「ANDY’S」ってユニットで、佐野元春が作曲した歌も出してたな~。

 

 

「元気が出るテレビのそば屋」

天才・たけしの元気が出るテレビ

85年。ビートたけし司会のバラエティ。ドキュメントバラエティの元祖とされる。この番組から様々なおもしろ素人が発掘された。ダンス甲子園もこの番組から

 

そば打ちに集中してるせいで、めちゃくちゃ顔を振りながら生地をこねる職人さんがいたんだけど、高田純次が気を逸らせようと1万円を落としたり、風船膨らましたりしたりすげー邪魔をするっていうロケ。あれ最高

 

 

 

高田純次のロケは鉄板。今でいうダイアン。

 

 

すみません、僕、元気が出るテレビ、あんま観てなかったです……

 

 

俺は未だに◯◯にキレている

 

 

最後なんで、20年以上溜めてきたもの吐き出させてもらっていいですか? 僕が語りたいのは……

 

「ウッチャンウリウリ ナンチャンナリナリですっ!!」

 

 

あっ、初期のタイトルだ! みんなウリナリって呼んでたのに!

 

運命のファイナルステージ ウリナリ祭り完全版 [DVD]

ウッチャンウリウリ!ナンチャンナリナリ!!

ウッチャンナンチャンのウリナリ

95年。初期はコント番組であったが、ドーバー海峡横断部ポケットビスケッツ企画の成功により、ドキュメントバラエティに。96年に『ウッチャンナンチャンのウリナリ』に番組名が変更された

 

 

ちょっと、コレ、長く語らせてくださいよ! 僕ね、未だに勝俣を許してないんですよ!

 

 

勝俣って半ズボンの?

 

やさしくなるとうまくいく ノートに書きとめてきた教えと言葉

▲半ズボンでおなじみ勝俣州和

 

勝俣って、熱血キャラで通ってますけど、コイツドーバー海峡横断部を途中で辞めてるんですよ? 

 

ドーバー海峡横断部

96年にウリナリ内で始まった、スイマーの憧れと言われているドーバー海峡横断(直線距離で34km)に芸能人6人がリレー形式で挑戦する企画。過酷な練習を観てきた視聴者にとって、最後のゴールの瞬間は感涙必至だった

 

ドーバー海峡横断部の初期メンバーのクセに、最終的に「別番組の共演者から『死ぬよ』って最近言われるんです……」とか言って、ドーバー海峡横断部を退部するんです

 

まあ、そこまではいいんです。そもそも「マジで行くから辞めたい人は辞めてくれ」みたいなターンだったし、芸能人なので他の活動への支障もあったでしょう!

 

 

 

 

ただね、その退部したシナチン勝俣が、次、何をしたか知ってますか?

 

 

鬼コーチとしてドーバー海峡横断部の目の前に現れたんですよ?

 

 

俺は思ったね……

 

「どの面下げて来たんだ?」って

 

 

当時のメンバーに禊(みそぎ)は済んだのかって!?

 

 

「演出とはいえ、鬼コーチとして参加してしまってスイマセン」って菓子折り持って楽屋まわったんかって!?

 

 

それに比べて、鬼コーチから鬼部員になった堀部はカッケぇよ!!

 

 

みんなはどう思う?

 

 

23年前の出来事にまだキレてるのすごいな

 

 

横断に成功した時も、番組より前に先にニュースで流れちゃったんです。ウリナリを観る前に成功の結果を知っちゃったんですよ?

 

 

ウッチャン、よゐこ濱口、テニスの神尾米、藤井アナ、当時の勝俣の相方である堀部、ウド鈴木。この6人が頑張ったのに!「ニュースにすんなよ!」と思ったね! ウリナリの手柄なんだから初出しは番組でさせてやれよって!

 

みんなはどう思う?

 

すいません、もう終わりにして下さい

 

 

俺、ナンチャンにもキレてるからね!

 

 

南原ギャグプロデュースの企画でよゐこの「チュルッチュッチュルッチュ♪マーメイド♪」ってギャグを「チュルッチュッチュルッチュ♪豆♪に無理やり変更したから!

 

聞き間違えて「豆って言ってるのかと思った。よし、豆に変えろ」とか言って! お前はグリードアイランド編のジンかよ!! いや、時系列的にはそっちが後だけど!

 

▲「チュルッチュッチュッチュ♪豆♪」のポーズらしい

 

 

止まらないな

 

 

帰りますよ

 

 

あと、よゐこの濱口がバカで熱血みたいなキャラになったのはナンチャンが元凶だから!

 

 

番組の企画で濱口を強制的に自己啓発セミナーに通わせたの覚えてる?

 

 

そのセミナーで「嫌いな相手を思い浮かべながら枕を叩きなさい」みたいなのがあって、濱口が「ナンバラー!ナンバラー!」って絶叫しながら、枕殴ってたんだよ!?

 

番組とはいえ、そこまで追い詰める? まあそれは今となっては結果オーライなのかもしれないけどさ!

 

 

 

ナンチャンを探せも面白いのは“企画”だからね?

 

 

あれはOPがドラクエ風だから面白いだけだし!!

 

 

ナンチャンを探せ

90年。街の風景に同化しているナンチャンを探す、『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』内人気コーナー。後継番組の『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』にも引き継がれた

 

みんなはどう思う?

 

 

永田くんが暴走したのでこの回解散です

 

 

人狼が紛れてた

 

 

“本当”の人狼って、誰だか分かる?

 

 

???

 

 

それはね……

 

 

 

ナンチャンだよ」

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうど覚えているか覚えていないかぐらいのTVの話、みなさんも是非やってみてくださいね!

 

それでは僕はジェネレーションジャングルふかわりょうVSペトロ三木の舌戦の録画を観てきますので、さようなら

 

 

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